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0050話 深夜の密話

 ユーカリは体に違和感を覚え、夜中に目を覚ましてしまった。目の前には今日から契約主になった男が、規則正しい寝息を立てている。そしてその向こうには、男の腕に抱かれて幸せそうに眠る、小柄な兎種(うさぎしゅ)の少女。


 違和感の原因になったのは、胸元に収めていた長さ十三センチほどの小さな棒だ。茜色の下地に黒いマーブル模様が施されており、片方が若干細くなっていた。両端が丸く加工されているので、攪拌棒(かくはんぼう)や細いすりこ木に見えなくもない。



「それ、お風呂場でも見たけど、寝るときも持ってるのかい?」


「申し訳ございません。起こしてしまいましたか?」


「今日は眠りが浅くて起きちゃっただけさ。ユーカリのせいじゃないよ」



 シトラスは耳やしっぽをモフられながらの睡眠に、すっかり体が慣れさせられていた。それが突然途切れたため、眠りが浅くなってしまったのだ。



「もし宜しければ、少しだけお話に付き合ってください」



 後ろを向いたままだと話がしづらいと、ユーカリはそっと寝返りをうつ。するとタクトの腕が下へと降りていき、ボリュームのあるしっぽをゆっくり撫で始める。



「はぅ!?」


「その顔、あいつにしっぽを触られたんだね。あまり大きな音を出すとミントが起きちゃうから、話すなら小声で頼むよ」


「はっ、はい。承知いたしました」



 背中の方から伝わってくる感覚に頬を染めつつ、ユーカリは気持ちを落ち着けていく。この家に来てから何度も触られたが、まだまだモフられる行為に慣れない。くすぐったさ以外の不思議な感覚に、ユーカリの心は揺れ動かされてしまう。



「旅の途中でも狐種(きつねしゅ)野人(やじん)にエロい目を向けてたから、ずっと自分の従人(じゅうじん)にしたいって思ってたんだよ、こいつは。オークションが始まる前にも、他人の従人をモフってたくらいだしね。ボクたちの契約主は、本当に救いようのないやつさ」


「ですが待遇は破格ですよね?」


「こんなふうにボクたちを扱ってくれるのって、こいつともう一人くらいしか知らないかな」


「旦那様の他にもいらっしゃるのですか……」



 意外そうな顔をするユーカリに、シトラスは旅の途中で出会ったオレガノについて伝えていった。そしてシトラスの話は、二人の出会いやミントと契約したときのこと、そして旅のことにまで及んでいく。


 ユーカリはその話を聞いているうち、しっぽを触られる刺激に慣れてくる。腰のあたりから広がるじんわりとした温もりが、心地よくなってきたのだ。しかし今の彼女には、どうしてそんな感覚が生まれるのかわからない。答えを求めるように後ろを振り返ると、幸せそうな表情に変化したタクトの顔が目に入った。



「もう一人のかたに買われなかったのは、幸運だったのだと思います」


「アレと契約したら、ロクな目に遭わなかっただろうね。だけどそうやってベタベタ触られるのが嫌いなら、これから苦労すると思うよ」


「不思議と嫌な気持ちにはならないです。ただ、旦那様に手入れをしていただくのは、なんだか恐れ多くて。あれだけの額に見合う価値が、このわたくしにあるのかなんて考えると、どうしても不安で……」


「落札金額なら気にしなくても平気さ。頑張って依頼をこなしたり、森で狩りを続けてれば、すぐ取り戻せるから。それに悔しいけど、ユーカリのモフ値って凄く高い。八桁の数値を持っていることも含めたら、十分お釣りが来るんじゃないかな」



 実際タクトも同じような結論に至っている。四等級というハンデはあるものの、器量の良さや温厚な性格、そしてスタイルまで勘案すると、お買い得と言ってもいい。もしユーカリの年齢が十代で新品だったなら、落札金額の数倍で売り出されていても、おかしくなかっただろう。


 何よりユーカリは貴重な八ビット持ちだ。タクトにしてみれば、お金に()えられない価値がある。しかも旅の途中からずっと気になっていた、狐種(きつねしゅ)の従人なのだから。



「わたくしのレベルが上がるなんて、まだ信じられません。失礼ですけど、シトラスさんやミントさんは、旦那様に抱かれてレベルを上げたり、していないのですよね?」


「ミントはまだ子供だし、ボクだってあいつに体を許したことはないよ。もうしばらく時間はかかるけど、レベルに関しては実際に経験してみるまで、実感がわかないんじゃないかな。ボクもそうだったしね」


殿方(とのがた)は下半身で物事を考えると教わりました。旦那様はこうして女性従人に囲まれていて、本当に平気なのでしょうか。わたくしの体でしたら、いくら使ってくださっても構いませんのに」


「他の男は知らないけど、少なくともコイツはボクたちの耳やしっぽを触るだけで、満足するみたいだよ。そもそもユーカリって、震えながら体を差し出すような真似するくせに、どうしてそんなに抱かれたがるのさ」



 今日だってお風呂を出てからベッドルームに行くまで、自分の体を抱きしめながらずっと震えていた。それにベッドの上でも、積極的に行為を受け入れようとする姿勢とは裏腹に、顔面蒼白で歯がカチカチと鳴っていたほどだ。ずっとそんな姿を見ていたシトラスには、ユーカリの考えがどうにも理解できない。



「行き遅れたわたくしには、今回の競売が最後のチャンスなのです。以前の契約主だった奥様にも、男に買われたら全てを投げ出して尽くすよう、言われておりました。その願いを成就させるためにと頂いたのが、このお守りです」


「へー。その棒みたいなものに、そんな効果があるとは思えないけどなぁ」



 ユーカリは再び茜色の棒を取り出し、肌身はなさず持ち続けなければ効き目がないこと。そして行為の最中に握って祈りを捧げると痛みが和らぎ、男にも満足してもらえる加護が働くと伝えていく。かなり眉唾(まゆつば)な話だったが、シトラスは黙って聞いていた。



「まあそうやって信じ続けていれば、ご利益みたいなものがあるかもしれないね。だけど効果がなかったからって、自暴自棄になっちゃダメだよ。こいつはボクたちに、ほとんど制約をかけてないんだ。逃げ出したり自分を責めて自害したりすると、凄く悲しむだろうからさ」


「もしかして、旦那様を傷つけることも出来るのですか?」


「ボクだけじゃなく、ミントだって本気になれば、簡単に息の根を止められるよ。ユーカリもレベルを上げていけば、同じことができるようになる。でもね、こいつに何かあったら、ミントはきっと後を追う。それにボクだって、殺したやつを一生許さない。もしユーカリがこいつに牙を()いたら、ボクは容赦なくキミを倒す」



 シトラスは目を細めながら、ユーカリを見つめる。その青い瞳の奥に本気の炎を見たユーカリは、ここまで従人(じゅうじん)に愛されているタクトのことを、もっと知りたくなってしまう。隣で眠る不思議な契約主に、より一層の興味を持つのであった。


街へでかけた主人公たちは、ユーカリの元契約者とばったり出くわす。

そして元契約者の行動にユーカリは……


次回「0051話 再会」をお楽しみに!

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― 新着の感想 ―
[良い点] 50話到達おめでとう! [一言] 今回は更新早くて感謝!
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