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0005話 住む場所の確保

 調理道具や日用品を買い揃え、次に向かうのは不動産屋だ。服も買ってやりたいが、今の薄汚れた状態だと入れない店なので、明日行くことにしている。洗濯と乾燥は生活魔法でもできるから、今日一日くらいなら問題ない。



「いらっしゃいませ」



 ドアを開けて中に入ると、口ひげを生やして丸い眼鏡をかけた老紳士の出迎えを受ける。黒い燕尾服がむちゃくちゃ似合ってるな。店員というより執事といった感じだ。



「郊外で構わないから、従人と長期滞在できるコテージを探している」


「どのような間取りをご希望でしょうか」


「ダイニングキッチンと寝室、それに風呂は欲しい。コンロは二口(ふたくち)以上、ベッドは大きなものが一つあれば十分だ」


「少々お待ちくださいませ」



 壁全体が本棚になっており、そこには膨大な数のファイルが並べられていた。この街で一番の老舗不動産屋だけあって、取り扱っている物件の数が段違いなんだろう。それを全て把握してる、この老紳士はすごい。ピンポイントでファイルを抜き取り、カウンターへ並べていく。



「結構数があるんだな。おすすめの物件はどれだ?」


「それでしたら、こちらでございますね。近くに民家が存在せず、気兼ねなくご滞在いただける物件です。キッチンには三口(みくち)のコンロがあり、従人のしつけに使える部屋もございます。広い浴室は血や汚物を簡単に洗い流せるため、あらゆるニーズにお応えできるかと」



 あんまり嫌そうな顔をするな、シトラス。従人と住める家を借りるのは、その手の目的が多いんだよ。なにせお前が四等級なのは、首の従印(じゅういん)を見ればひと目でわかる。レベルが極端に上がりにくい四等級を飼う目的なんて、コンテスト用か愛玩用――あるいは口に出すのも(はばか)られる用途しかない。


 それに、そもそも街の中で宿を取ったら、お前が寝るのは馬小屋になってしまう。そんな場所に俺の可愛い従人を、置けるわけないじゃないか。



「ふむ、このキッチンは使いやすそうだ。それにベッドの大きさも十分か。立地条件も悪くないからこれにする。ひとまず、ひと月の契約を頼みたい」


「ありがとうございます」



 よし、これで住む場所も確保できた。ここを拠点にして、まずはシトラスの心と体を健康にしてやらねば。劣悪な環境で飼育されていただけあり、少し歩き回っただけで疲れが出てきているしな。


 指輪の生体情報で契約をすませ、不動産屋から鍵を預かる。さっきシトラスに呆れられたが、使役契約の証になる指輪は、こうした使い方もできるんだぞ。だから俺のやったことは間違ってない。



「家についたらゆっくりできるから、もう少しだけ頑張れ」


「ボクたち従人の置かれている立場を何度も思い知らされて、ちょっと憂鬱な気分になってるだけだよ。キミに心配してもらうほど、ボクはひ弱じゃない。もう覚悟はできたから、煮るなり焼くなり好きにすればいいさ」


「その心意気、立派だぞ。では家についたら、存分に楽しませてもらおう」



 ブラッシングしてモフモフをな!



◇◆◇



 さすがおすすめの物件だけあり、設備はかなり充実していた。家の周りは植林されてるので、人の目を気にする必要もない。ちょっと隠れ家っぽくていい感じだ。


 キッチンは広くて使いやすく、ベッドは三人くらいで眠れるんじゃないだろうか。そして風呂もなかなか良いものがついている。元実家の本宅には劣るものの、民家の風呂としては十分大きい。



「ふーん、これが魔道具ってやつ?」


「ああ、そうだ。ここまで取り揃えてるなんて、俺もちょっと驚いた」



 ランプや井戸水くらいは覚悟していたが、この家はあらゆるものが魔道具化されている。いくら郊外にあるとはいえ、賃貸料が安すぎじゃないか? 思わず事故物件という言葉が頭をよぎり、慌てて振り払う。



「だけどボクにとっては住みにくい場所だよ」


野人(やじん)は魔力を持たない種族だから、こればっかりは仕方がない。そこは俺がフォローするから心配するな」


「いい主人だって自称するなら、せいぜい頑張って欲しいものだね」


「とにかくまず風呂だ。汚れたまま食事をさせるわけにはいかないし、このままだとベッドにも上がれない。そろそろお湯も溜まった頃だから、先に入っておけ」



 ベッドという言葉を聞いてビクリと反応したシトラスだが、渋々といった感じで浴室へ消えていく。俺はその間に料理の仕込みをしよう。骨付きの肉を買っているし、時間のかかるガラスープからだな。あとは熟成期間が必要なソースも作っておくか。せっかくの三口(みくち)コンロ、目一杯有効活用せねば。


 材料の下ごしらえを次々すませ、コンロに魔力をチャージしていく。こうしないと魔道具は使えないから、野人の間には普及していない。だからこそ身体能力の高い野人、魔法の使える上人(じょうじん)と、前衛後衛みたいな関係になっている。俺の生まれた国では上流階級を才人(さいじん)なんて呼ぶが、遺伝的に良いギフトが発現しやすいだけ。魔法の下手なやつも大勢いるし、実力勝負なら冒険者にも劣るだろう。単に金と地位を手に入れたから、そう呼ばれているに過ぎない。


 そんな事を考えながら手を動かしていると、浴室の扉が開いてシトラスが出てきた。



「ってお前、全然きれいになってないじゃないか。髪やしっぽが汚れたままだし、石鹸の匂いもしないぞ」


「仕方ないだろ! お風呂の使い方とか知らないんだから……」


「あーそうか、少し考えればわかることを失念してた。すまなかったな。お詫びに俺が風呂の入り方を教えてやろう」



 手取り足取りな!



「一緒に入るとか、なに考えてるんだよ。いいじゃないか、ちょっとくらい汚れてたって。どうせこの後、ボクのことを無茶苦茶にするんだろ」


「ダメだダメだ。今のお前はモフ値が四十程度しかない。風呂に入ってしっかり洗い、ドライヤーとブラッシングを受ければ、倍の八十モフまで上がると俺は踏んでいる。(おのれ)の持つポテンシャルを最大限発揮出来ない従人に、なんの価値があると思ってるんだ。やり直しを要求する、異論は認めん!」


「なにを言ってるのか、さっぱり理解できないよ!」



 モフモフこそ至高の存在なんだぞ、どうしてそんな簡単なことが理解できん。なんのために立派なしっぽと、ケモミミが付いていると思ってるんだ。それは俺にモフられるためだと決まってるだろ。



「いいから来い。グズグズしてるとメシの時間が遅くなるぞ。お前には風呂を出たあと、ベッドの上でやる仕事が待っている」


「くそっ! 人が抵抗できないのをいいことに、この変態! 鬼畜! バカ上人!!」



 なんとでも言え。その程度で止められると思ってるのか。俺のモフモフ愛をなめるな!


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