0049話 ユーカリの役目
二人分のブラッシングを終わらせ、充実した気分で料理の仕上げに取り掛かる。卵白と卵黄が一体になるまでよく混ぜた卵をフライパンへ流し入れ、かき混ぜながら焦げないように固めていく。上半分にチキンライスを入れて卵をかぶせ、軽く形を整えたあとに皿へ移せば完成だ。
今の気分を反映しているのか、いつも以上にいい仕上がりになっているぞ。自作したケチャップの赤と、黄色い卵のコントラストが素晴らしい。
「晩飯ができたから、みんな集まれ」
「今日のご飯はなにかなー」
「オムライスなのです! ミントすごく好きなのですよ」
ミントの目がキラキラ輝いてるな。今度はお子様ランチ風にして、オムライスの上に旗を立ててやろう。
「お食事の用意は、すべて旦那様がやっておられるのですか?」
「料理をつくるのは楽しいからな。それに俺が作るものは、門外不出のレシピばかりだ。使用人などには任せられん」
「ですが掃除や洗濯も旦那様の役目だとお聞きしました」
「魔法を使って簡単にすませる部分は俺がやる。細々としたことは、シトラスやミントにも手伝わせてるぞ」
「あの……宜しければ、わたくしがお手伝いいたします。これでも雑用は得意ですので」
「それは助かる。なにせシトラスは大雑把すぎて整理整頓ができんし、ミントには難しい仕事を任せにくいんだ」
「仕方ないだろ! きっちり並べるのとか苦手なんだよ……」
「あぅー、なかなか上手にできないのです」
まあ精白作業を頑張っているだけで、俺的にはチャラだ。とにかく白米がなければ、なにも始まらない。この家における最重要物資を生み出す、貴重な戦力なのだから。
「とにかくまずはメシだ。ほら、全員席につけ。付け合せの温野菜は、ドレッシングでもマヨネーズでも、好きなものを付けて食べろよ」
「この緑のスープ、とても綺麗です」
「それは青豆と丸ネギで作ったスープだ。お代わりもあるから遠慮するな」
さて、食べ始める前に懸念を解消しておくとしよう。
「先に言っておくが、ちゃんとスプーンとフォークを使え。手づかみや、直接口をつけるような行儀の悪い真似は、絶対に許さん」
「道具を使って食事をとるなど、獣のすることではないと……」
「さっきも言ったろ。前の契約主に教えられたことは、全て忘れろと。これからは俺のルールに従うんだ」
「わかりました、旦那様」
やはりな。どうせそんなことだろうと思った。主人と同じテーブルで食べる、そちらの抵抗がない代わりにこれだ。自分だけ優雅に食事をとり、横にいる従人には動物のように食べさせる。そうやって人としての尊厳を、奪っていったのだろう。
「この赤い粒は、水麦なのでしょうか?」
「さっきボクたちがやってた精白って作業をすると、こんな水麦を食べられるんだよ」
「ミントたちが頑張った分だけ、美味しい食事になるのです」
「この家では俺も水麦を食べる。全員で同じメニューというのが、俺の決めたルールだからだ。ユーカリもそれに従え。お前が決して忘れられない料理を、必ず作ってやる」
ユーカリはオムライスをスプーンで少しだけすくい、小さな口を開けて頬張った。そして口元を手で隠しながら、ゆっくり咀嚼する。なんか仕草がやたら上品だよな。こんな食べ方のできるやつに、動物のマネをさせていたわけだ。
「こんなものを食べたのは、初めてです。とても美味しいです、旦那様」
美味しい食事で引き出せるかと思ったが、まだ笑顔は浮かべてくれない。しかしユーカリの心には、今日食べたものが刻まれたはず。この調子で続けていこう。
◇◆◇
本人が自己申告した通り、ユーカリは洗い物や後片付けを、卒なくこなしてくれた。それに洗濯物のたたみ方とか、やたら丁寧なのにスピードが早い。これは俺の負担が一気に減る。本当にいい従人が来てくれたものだ。
「わたくしのようにくたびれた従人を、このような待遇で迎え入れていただき、本当によろしかったのでしょうか」
「お前はまだ二十四歳だろ、なに年寄りみたいなことを言ってるんだ」
「旬の過ぎたわたくしを、愛玩用として買っていただきましたのに、なにも報いることが出来ておりません。旦那様のご負担になってしまうのは、心苦しいのです」
「ちょっと待て、ユーカリ。俺がいつお前を愛玩用に買ったと言った?」
こいつには早めに打ち明けたほうが良いな。時間が経つと罪悪感で押しつぶされかねん。
「四等級をお買い上げいただく目的は、愛玩用しかないと思いますが?」
「同じ四等級のシトラスは頼りになる護衛で、ミントは優秀な索敵役だぞ。ユーカリもレベルを上げて、俺の役に立ってもらわねば困る」
「まあ、いまキミに死なれても困るしね。仕方なく守ってあげてるってこと、忘れないでほしいな」
「ミントはタクト様のお役に立てて、嬉しいのです」
「四等級のレベルを上げるとか、旦那様は本気で仰っておられるのですか?」
「シトラスはレベル三十二で、ミントはレベル二十六、それに俺だってレベル三十八だ。すぐには無理だが、お前も簡単に追いつける」
「そのようなこと、あるはずが……」
契約前にどれだけレベルを上げてたのか知らないが、ユーカリも四等級の特性は知っているらしい。そこで俺が持つ〝論理演算師〟について説明していく。こいつもかなり論理的な思考力を持っているぞ。読み書きをマスターしていたり雑用が得意だったり、ちょっと優秀すぎるだろ。
なんで前の主人は、ユーカリを手放したんだ?
愛玩用以外にも使い道はいくらでもあっただろうに……
「ついでにもう一つ伝えておく。お前は自分の年齢にこだわりすぎだ」
「ですが、わたくしは旦那様より九歳も年上ですから」
「俺は別の世界で死んだ人間が生まれ変わった、いわゆる転生者という経歴を持ってる。前世で経験してきた分を合わせると、四十年ほど生きてきたんだぞ。二十四のユーカリなど、俺にとってはまだ小娘にすぎん」
「だからってミントのことを子供扱いするのは、やめてほしいのです」
「いくら記憶があると言っても、今の世界ではボクより年下ってこと、忘れないようにしてほしいね。だからユーカリも、特別扱いしちゃダメだよ。落ち着いた大人と違って、すぐ調子に乗るような子供っぽい性格、してるんだからさ」
いまはユーカリの遠慮やコンプレックスを、軽くしようとしてる所なんだぞ。変なチャチャを入れてくるんじゃない。二人とも喋れなくなるまで、モフり倒されたいのか!
「皆さんは旦那様のお話を、受け入れておられるのですか?」
「この世界では誰もやらないことを、平気でするからね。変な知識ばかりでうんざりすることも多いけど、一応は信じてるよ」
「美味しいご飯の作り方や便利な魔法は、タクト様しか知らないものばかりなのです。嘘は言ってないと思うのです」
おい、お前ら。完全に信じていなかったとしても、いまは口裏を合わせておけ。まったく……場の空気を読めないやつらめ。
「どちらもユーカリにとっては、荒唐無稽な話だろ」
「……はい」
「これから自分の目で見て、体で感じながら判断していけ。俺がこの世界の人間とは、まったく異なる価値観を持つこと、このあとすぐ体験するんだからな」
「それは、どのような……?」
話をしながらミントのブラッシングも終わらせたし、そろそろ我慢できん。目の前にこんなに柔らかそうなものがあるんだ、やることは一つしかないだろ。
「さあ、大人しく俺の抱きまくらになるがいい!」
「またこいつの病気が始まったよ。ご愁傷さまだね、ユーカリ」
「しばらくユーカリさん優先なのは仕方ないですけど、ミントのこともちゃんと構ってほしいです」
「心配するな。俺の崇める神は、モフモフを等しく愛せよと、おっしゃっている」
唖然としているユーカリを布団に引きずり込み、腕の上へ頭を乗せる。するとシトラスがその向こうに、そしてミントは反対側へ入ってきた。
さすがにユーカリほどのボリュームがあると、仰向けでは眠りにくいのだろう。こちらを向いたユーカリの顔が間近に迫る。軽く抱き寄せて頭をなでてやるが、やはりこのキツネ耳は最高だな!
とにかくこいつは何もかもが柔らかい。ミントも同じタイプだが、ユーカリのそれはまさに別次元。そんな二人に挟まれるとか、幸せ指数が振り切れそうになる。俺は左右の手で二人の耳をモフりながら、夢の中へと旅立っていった。
次回は再び第三者視点、深夜に繰り広げられるユーカリとシトラスの会話。
「0050話 深夜の密話」をお楽しみに。