0048話 至福のひととき
炊きあがったご飯と炒め合わせるところまで準備をし、風呂場の方へ意識を向ける。話し声がかすかに聞こえるので、二人とも風呂を上がったのだろう。俺も二階で待っていることにするか。
色々と問題のありそうな従人だが、俺にとってさしたる問題ではない。なにせ念願の狐種を手に入れたのだからな。あのボリューム満点のしっぽと、頭の両サイドから伸びる大きな耳は、実にモフりがいがありそうだ。
栄養バランスに問題があったのか、少し毛艶は悪い。しかしここで暮らしていれば、すぐ改善するはず。そうすればモフ値も百を超え、百二十に到達するだろう。俺が今まで触れてきた野人や従人の中で、最高値を叩き出すことは確実。さあ早く風呂から出てくるがいい、俺のテンションは既にマックスだぞ。
「ほらね、やっぱりベッドの上で待ってただろ」
「ミントさんもいらっしゃるということは、三人まとめてお相手していただけるということでしょうか」
「いくらタクト様でも、三人一緒には無理だと思うです」
前の主人が持たせたのか、オークションの主催者が用意したのかわからんが、ユーカリの持ってきた服は胸元の開いたものばかりで、ワンパターンすぎる。この調子だと、寝間着はシースルーのベビードールとかになりそうだ。明日はまずユーカリの服を揃えることにしよう。
「風呂でどんな話をしてきたのか知らんが、やるのは一人ずつだ。とりあえず二人ともベッドへ上がってこい。汚れや臭い、それに抜け毛とか気にするんじゃないぞ。俺がいいと言ってるのだから、黙って従え」
「わかりました。では失礼いたします」
風呂上がりで血行が良くなってるはずだが、ユーカリの顔色が微妙に悪いな。シトラスからなにか吹き込まれたのか?
「それで、ユーカリ。どうして仰向けに寝転ぶんだ?」
「相手にすべてを委ねる時は、このポーズでと教わりましたので」
「犬かお前は! しっぽも乾かしていないのに、服従のポーズで寝転がるんじゃない。布団が濡れてしまうだろ」
キツネもイヌ科だが、そんなことはどうでもいい。裸で過ごすように命令したり、ろくなことを教えてないな、前の契約主は。そんなポーズで寝転がってたら、腹を撫でくりまわすぞ!
慣れない場所に付き合ってくれた、シトラスからブラッシングしてやろうかと思っていたが、先にユーカリの方を済ませてしまおう。このまま放置したら、どんな奇行をやらかすか予想すらできん。
「とりあえず起きて後ろを向け」
「はい、旦那様」
「待て。四つん這いになってどうする。何をしてほしいんだ、お前は」
「獣のように後ろから、激しく交尾を……」
くそっ! ブラッシングしたいだけなのに、なんでこんなに疲れないといけないんだ。シトラスのやつは、この状況を楽しんでるな。ニヤニヤしながらこっちを見やがって。それに顔が赤いぞミント。まったく耳年増な奴め。
「あとで説明してやるが、ユーカリと契約したのには理由がある。それはお前の持つ将来性が気に入ったからだ」
「四等級で年嵩のわたくしに、旦那様の求める未来など存在しません。このように醜く汚臭にまみれた体ですが、どうかお慈悲をいただければ」
「大体だな、顔を青くしながら震えている女は抱けん。無理やりやるのは俺の趣味じゃない」
「わたくしの存在価値は、旦那様に使っていただくことです。そのためには、なんでも致しますから」
「俺に奪ってほしいなら、まずは惚れさせてみろ。そのために必要なものは、モフ値だ!」
「もふち……でございますか。それは一体」
「口で説明するより、実際に体験したほうが早い。座ったまま動くんじゃないぞ」
やっとしっぽのブラッシングが出来る。こんなに立派なものを持っているのに、自己評価が低すぎだろ。その理由は察しがつくがな。とにかくこの俺が、お前の新しい価値を教えてやる。心の奥底に刻みつけるがいい!
「温かいもので撫でられている感じがします。旦那様は何をなさっているのでしょうか?」
「温風魔法でしっぽを乾かしている。もう少し乾いたらブラシを通していくぞ」
「毛づくろいは自分で致しますから、おやめください。不浄の塊を触ると、旦那様も汚れてしまいます」
「神聖なしっぽ様になんてことを言う。しっぽとケモミミは世の中で最も価値あるもの、それすなわち至高の存在。これほど美しいものが不浄の塊だと? 寝言は寝てから言え」
徐々に乾いてきたしっぽを見ろ、胴体より太くなってきているぞ。誠に素晴らしいではないか。掛け布団にして眠りたいくらいだ。
「そもそも俺の楽しみを奪う権利が、従人であるユーカリにあると思うか? 余計な心配をしなくていいから、大人しくしていろ」
「タクト様のお顔、とても幸せそうなのです」
「ユーカリのしっぽって、ふさふさだからね。洗うのもちょっと大変だったよ」
今日はシトラスに、色々と苦労をかけてしまったな。このあと存分にモフってやるから、もう少しだけ待っていろよ。今夜は五割増しで可愛がってやる。
「ユーカリ用に毛足の長いブラシを買わねばいかんな。さすがにこのボリュームだと、もう二回り大きなサイズが欲しい」
「すごくふわふわなのです!」
「それは当然だ。なにせ毛並みが充実するのは、二十歳を超えてからになる。加えてユーカリは生まれながらにして、高いポテンシャルを持っていた。そこに俺の本気が加われば、この程度造作もない」
これこそシトラスやミントにはない、ユーカリだけのアドバンテージだ。いくら頑張った所で、年齢の差は埋められんしな。更にこれだけのボリュームがありながら、垂れ下がること無く上を向く。これこそ狐種が持つしっぽの良いところ。
「ボクがユーカリと同じ年になっても、体より太いしっぽにはなれないだろうね」
「触ってみてもいいですか?」
「あっ、ボクにも触らせてよ」
「えっと……このようなもので宜しければ」
ユーカリの許可を得て、ミントとシトラスがしっぽに群がる。小柄なミントだと、上半身がしっぽに埋まるな。
「ふわー。タクト様が前に作ってくださった、綿菓子みたいなのです」
「確かにこの手触りは癖になるね。キミの気持ちが少しだけわかった気がするよ」
そうだろう、そうだろう。
やっとシトラスも、この素晴らしさを理解できるようになったか。俺は嬉しいぞ。
こらこら、ユーカリ。なに不思議そうな顔で目の前の光景を見てる。お前のしっぽがシトラスとミントに幸せを与えてるんだぞ。
「次は頭を乾かしていく。耳をモフらせてもらうから、くすぐったくても耐えるろよ」
「あの……旦那様。耳は呪いで生えているのだと――」
「――うるさい、黙れ。俺のモフモフ愛が呪いなんぞに負けるか。弾き返してくれる」
背中まで伸びたストレートヘアをドライヤー魔法で乾かし、毛をすくい上げながらブラシを通していく。これだけ長いのに、まったく枝毛がないというのもすごいな。それにこの大きな耳がたまらん。シトラスやミントとは違う魅力が、これでもかと詰まっている。
「ユーカリさん、とても色っぽいのです。さすがオトナの人ですよ」
「初めてだからって、激しくやりすぎなんだよ。ユーカリの息も荒くなってきてるし、そろそろやめてあげたら?」
「いま大事な場所をやってるんだ、中途半端に終わらせることはできん」
外耳にそって生えた長い毛をいかに整えるか、これで見栄えがすべて決まると言っても過言ではない。お前たち二人のブラッシングでも、特に気を配っているところだ。
「わたくしの……ハァハァ、耳やしっぽに触れるだけで、旦那様は満足されるのでしょうか」
「大満足だ! 俺はいま幸せに包まれているぞ。なにせこんなに素晴らしいものを持った従人と、契約できたのだからな」
「旦那様のお考え、わたくしには良くわかりません」
「いまは理解できなくても構わない。とにかくユーカリは俺のものだ。前の契約主がどんな扱いをしていたのか知らんが、そいつに教えられたことはすべて忘れろ。生まれ変わったつもりで主に仕え、俺の喜ぶことを探していけ」
「旦那様がそうおっしゃるのなら、それに従います」
ユーカリの行動には色々とチグハグな部分が多い。当面は問答無用で従わせる感じに、付き合っていくのが良さそうだ。自分自身の価値と存在意義が見えてくれば、状況は改善していくはず。まずは俺の魔力を馴染ませる時間で、こいつとの付き合い方を模索するとしよう。
次回は「0049話 ユーカリの役目」です。
主人公がユーカリに何をやらせるのか、お楽しみに!