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0047話 オレガノとセイボリー

 高級住宅街にある大きな邸宅で、オレガノとセイボリーが酒を酌み交わしていた。ここはセイボリーが所有する、プライベート用の別宅。彼らの他にはセルバチコとマトリカリアしかいない。



「ところで、オレガノ。あのタクトとかいう男、いったい何者なんだ?」


「お前さんも聞いただろ。あやつは三つ星の冒険者だよ」


「そんな訳あるか。あいつ、俺が睨んでも平然としてやがったんだぞ。しかもコーサカとかいう、まったく聞いたことのない家名を名乗ってる」


「儂もあやつの家名を聞いたのは初めてだが、まあ偽名だろ」



 セイボリーの身長は、成人男性の平均より低く、百六十センチにぎりぎり届かないくらいだ。しかし生え抜きの商人である彼は、一般人を震え上がらせるほどの威厳がある。そんな視線を軽く受け流したタクトの態度に、セイボリーはとても興味をひかれていた。


 加えて各国の富裕層と取り引きのある自分が、聞いたことのない家名を名乗ったのだ。たとえそれが偽名だったとしても、まるで長年使っていた馴染みが感じられる態度で告げた姿に、違和感をおぼえるのは必然。



「それに連れていた従人(じゅうじん)も化け物だぞ」


「女の従人に化け物はなかろう」


「俺が飼っているマトリカリアはな、相手の力量を見抜く野生の勘みたいなものを持ってる。そこにいるセルバチコを、強敵と認識できる程度だがな」



 セイボリーに指差されたマトリカリアが、オレガノに向かって小さく頭を下げた。



「で、シトラスとかいう従人を見たこいつの答えは〝底が知れない〟だ。よくわからん力を秘めている奴に、化け物と言って何が悪い」


「魔力切れになった儂を守りながらというハンデがあったとはいえ、セルバチコが苦戦していた盗賊を五人まとめてぶちのめしとる。その程度の力量はあるが、危険な従人ではないぞ」


「なんだそりゃ!? セルバチコのレベルは百九十二だろ。どうして十五やそこらの小娘が、それより強いんだよ」



 セイボリーは驚きの余り、手にしていたグラスを落としそうになる。テーブルに少しこぼれてしまった蒸留酒を、セルバチコがそっとトーションで拭い取った。



「さあな。儂はその辺に興味がないから、どんな秘密があるのかわからん。知りたかったらお前さんも、タクトと友誼(ゆうぎ)を結んでみたらどうだ?」


「まあ言いたくないならそれでもいい。人の秘密を無理やり聞き出すようじゃ、商人としては三流だしな。とにかく商売の邪魔さえしなけりゃ、俺にとってはただの客だ」



 口元に笑みを浮かべるオレガノの態度から、何かしらの事情を知っていることは読み取れる。しかしいくら気心の知れた者同士とはいえ、仲間や友人の秘密を軽々しく喋るようでは、信頼関係が揺らぐ。商売人をやっている以上、欲しい物を手に入れるには、対価を支払わねばならないからだ。



「あやつは料理が好きだから、この街ならではの海産物を売ってやるといい。売れ筋以外の珍しいものでも、喜んで飛びつくかもしれん」


「俺の商会は食材に強いからな、色々売りつけてやるとするか」



 配下の商店に指示でも出しておこうと考えていたセイボリーは、そういえばと今日のオークションを思い出す。



「そうそう、売れ筋以外と言えば、とんでもない従人を落札してやがったぞ、あいつ」


「愛玩用の古物に買い手はつきにくいが、年齢はともかく容姿はそれほど悪くないと思ったがの……」


「元の飼い主だった女が、常軌を逸した変態でな。従人を扱う連中の間じゃ、ジギタリスと並んで有名人なんだ」


「ほう。あの男に匹敵する者がおるとは、相変わらずタウポートンの闇は深いな」



 オレガノの店は央国(おうこく)ヨロズヤーオにあり、ここタウポートンの事情には詳しくなかった。もちろん長い付き合いであるセイボリーはそのことを知っているため、良い話のネタが出来たとばかりに、グラスに残っていた酒を一気に飲み干す。マトリカリアがグラスに新しい酒を注ぎ終えると、ユーカリの契約主だった女性について話を始める。



「今日も会場に来ていたが、あの女は外面(そとづら)だけ良くてな。だが内面にかなりドロドロとしたものを抱えてやがる」


「あの下品きわまりない男と違って、精神的に追い詰めるタイプか?」


「正解だ、オレガノ。制約で逆らえない状態にして、相手の精神をゆっくり支配していく。時間をかけて従人の常識を壊していく事に、無常の喜びを感じるらしい」


「それはまた陰湿で気の長いやり方だな」


「二年ほど前にそいつと契約していた従人が、水死体になって発見されるって事件があった。本人は事故だと主張していたが、ある噂がささやかれてる。自分は鳥だと信じ込ませ、崖の上から身投げさせたってな。女の異常性を象徴するような出来事だったぞ」


「なんともやりきれんの……」



 タクトと出会い、改めて従人との接し方を意識しているオレガノにとって、眉をしかめてしまう話だった。そんな心の機微を敏感に感じ取ったセイボリーは、相変わらず従人に対して優しい親友の姿を見て、気を許した者だけに見せる笑みを浮かべる。


 従人であるマトリカリアに(しゃく)をさせているとおり、彼もオレガノの影響を少なからず受けていたのだ。シトラスの服をオーダーした店も、その思想を反映しているので、従人向けでも手を抜かない。



「本人曰く、そうやって自分色に染め上げた従人は〝作品〟なんだとよ。とんだ芸術家気取りがいたもんだ」


「主催者はそれを知っていて、あの従人を競売にかけたのか?」


「そいつからの出品物は、廃棄処分になることも多い。それに落札者が何人も泣き寝入りしてるのは、主催者だって把握してるだろ。だがよっぽどのことがない限り拒否は出来ん。それがオークションのルールだ。それにあの女は毎回違ったテーマで、作品を作ってるからな。今回出されたのは、比較的まともだったんじゃないか?」


「今の話を聞くと、お前さんの言う〝まとも〟がどのレベルを指してるか、わからんようになる」


「群れることの嫌いなお前が、誰かと旅をしたのなんて始めてだろ。最強の従人を連れた商売人と呼ばれたオレガノに気に入られたくらいだ。タクトのやつなら何とかしてしまうかもしれんぞ。あいつの手腕に期待だな」



 グラスを(あお)りながら笑い声を上げるセイボリーを見て、オレガノはそっとため息をつく。しかし野盗討伐のあとに集落で見せた、タクトの持つ包容力。あれはなかなか真似のできるものではない。それに従人たちと家族のように過ごす姿は、自分とセルバチコの遥か上をいく親密ぶりだ。


 セイボリーの言うように、どれだけ心に傷を負っていたとしても、タクトなら何とかしてしまうのではないか。そう思い始めるオレガノだった。




 そうやって二人が酒を酌み交わしていた頃、タクトは風呂から出てきたユーカリに、手を焼いていたのである。


次回は視点が戻ります。

ベッドの上でユーカリを待ち受ける主人公。しかしブラッシングしようにも、一筋縄ではいかないのであった。

「0048話 至福のひととき」をお楽しみに。

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