0046話 シトラスとユーカリ
脱衣場に入ったユーカリは、ミントのように躊躇いを見せることもなく、衣服を脱ぎ始める。そして一枚一枚丁寧にたたみ、そっと棚へしまっていく。それを見ていたシトラスは、服の奥からまろび出た裸体に、思わず盛大なため息を漏らす。
「このように醜いものを見せして、申し訳ありません」
「その辺りの美醜ってボクにはわからないけどさ、そこまで酷いものじゃないと思うよ」
「そうでしょうか? 以前お仕えしていた奥様からは、何度もこのように言われておりました」
ユーカリは頭に刷り込まれている言葉を、そのままシトラスに伝える。
曰く〝お前は獣としての自覚が足りないから、そんなはしたない物をぶら下げているのよ。森にいる狐はもっとスマートで美しいわ。きっと生まれる種族を間違ったのね。出来損ないのお前を、私が立派な獣にしてあげる――〟等々。
淀みなく伝えられる数々のセリフを聞き、とんでもない契約者に仕えていたんだと、シトラスは一瞬で理解できた。そしてやっぱり自分の手には負えないと、早々にさじを投げてしまう。
「今日から契約者が変わったんだし、昔のことは忘れたほうがいいと思うよ。それよりボクたちがお風呂から出てくるのを待ち構えてると思うから、さっさと洗い場に行こうか」
「わかりました」
「ところでユーカリって、お風呂に入ったことあるのかな?」
「頭だけが出る小さな箱に入れられて、沸騰したお湯で体を清められることはありましたが、このようなお風呂は初めてです」
それを聞いて拷問かと思ってしまうシトラスだったが、要は水蒸気を使った湿式サウナである。体臭が抜けるからと、強制的に汗をかかされていただけだ。
「まっ、まあ、ここのお風呂はそんなに熱くないから、安心していいよ」
「わたくしは、どうすればいいのでしょうか?」
「今日はボクが頭としっぽを洗ってあげるから、そこに座ってくれるかな」
「わたくしに触れたりすると、シトラスさんにも臭いが移ってしまいます」
「別にユーカリって、臭かったりしないけど? どっちかというと、いい匂いがするよ」
シトラスが感じ取っていたのは、普段の食事で過剰に摂取させられていた、ハーブ類の香り。ユーカリの体には、そうした匂いが染み付いている。逆に肉や乳製品をまったく摂っていないので、体臭に関して気にするほどではない。
「それに、一番従人のシトラスさんに洗っていただくなど出来ません」
「ミントにもやってあげてるから、遠慮は無用さ。だけどボクが一番従人だって、よくわかったね」
「あのような場に連れてくるのは、主人が一番気に入っている者だと、相場が決まっておりますので」
ユーカリの言葉を聞き、シトラスのしっぽがピクピクと左右に揺れた。普段はほとんど意識していないが、他人の口から改めて言われると、嬉しくなってしまうのだ。
「確かにボクはあいつと最初に契約した従人だけど、順番なんか気にする必要はないからね。そもそもボクたちの契約主は、序列をつけるのが嫌いだしさ」
「そのような事をおっしゃる旦那様とは、どういったお方なのですか?」
シトラスに目線で促され、諦めてバスチェアに腰掛けたユーカリが、疑問に感じたことを口にする。やはりこの世界の住人にとって、序列を付けないというのは不思議なことであった。
「一言でいうと変態だね」
「変態……でございますか」
「自分の欲望に忠実で、相手のことなんてお構いなしさ。所構わず欲情するし、人前でも平気でやりたがる節操なしなんだ。旅の途中であいつの犠牲になった野人が、どれだけいたことか……」
シトラスの話を聞いたユーカリは、やはり上人の男は以前の契約主が言ったとおりだと、身震いしてしまう。売りに出されると決まったときから覚悟していたが、やはり初めての行為は恐ろしい。
しかし自分を競り落とそうとしていた、この街でも有名な男ではなくて良かった。そう思い直してなんとか耐える。
「わたくしのような者に、旦那様のお相手は務まるでしょうか」
「それは心配しなくて大丈夫だよ。こんなに立派なものを持ってるんだから、あいつが興奮すること間違いなしさ」
ユーカリのボリューム満点のしっぽは、シトラスを軽く落ち込ませるほどだ。これを見てタクトが興奮しないわけない。それに朽葉色の毛に覆われた大きな耳も、モフ値という謎の数字が高い部分。そんな二つのアドバンテージを持つユーカリなら、なんの心配もいらないだろう。シトラスはそう考えながら、ユーカリの体を洗っていく。
一方ユーカリは視線を落とし、自分の視界を遮る二つの膨らみを見る。やはり男性というのは、大きければ大きいほど喜んでくれるのか。しかし以前の契約主からさんざんバカにされたこれで、本当に満足させられるのか不安になってしまう。
「シトラスさんは毎日、旦那様からどのようなことをされているのですか?」
「毎日お風呂上がりは、好き放題に体を弄ばれてるよ。それに寝てる時も離してもらえないし、朝起きてからされることもある。森で狩りをした時なんて、事あるたびに触られるんだ。やめてって言っても聞いてくれないから、いい迷惑だよ」
「あのお方はそこまで絶倫なのですか……」
「ぜつりんって良くわからないけど、ユーカリも覚悟しておくんだね。今日は初めてだから、すごく激しくされるはずさ」
シトラスから伝えられるタクトの話を聞き、ユーカリの懸念はどんどん大きくなっていくのであった。
箱蒸し風呂は秋田県の後生掛温泉なんかに存在します。
市販もしてるみたいですね。
ちなみにシトラスですが、嘘は一切言ってません(笑)
次回も第三者視点で「オレガノとセイボリー」をお送ります。
二人の話題はやはり主人公について。
そしてユーカリの秘密も……