0045話 オークションの闇
全てのオークションが終わり、落札者たちが個室へ案内される。しかしレア従人の競りはかなり白熱していた。栗鼠種の従人なんて、七桁まで跳ね上がっていたからな。誰に競り落とされたのかは分からないが、金というのはある所にはあるものだ。
ちなみに巨乳好きのジギタリスだが、結局競り負けて牛種の従人を落札できなかった。あの金額を狐種へ賭けておけば俺に勝っていたので、かなり悔しがっていたが……
まあ戦略負けなので仕方がない。
そんなことを考えていると、ノックとともに仲介人が入ってくる。後ろに控えているのは、質の良いワンピースを着せられた狐種の従人。さすが格式の高い場所だけあり、従人販売店とは段違いの待遇だ。
「このたびはご落札頂き、誠にありがとうございます」
「初めまして、ユーカリと申します。このような年嵩の従人をお買い上げいただき、誠にありがとうございました。誠心誠意ご奉仕いたしますので、どのようなことでもお申し付けください」
さすがに言葉遣いはしっかり躾けられているが、やはり表情に覇気がないな。愛玩用としての期待に押しつぶされたのか、あるいは他に理由があるのか……
「俺の名前はタクト。呼び方は好きにすればいい」
「では旦那様とお呼び致します」
「そんな呼び方をされる年齢ではないが、まあ良かろう。隣りにいるのは、シトラスだ。これから一緒に仕えていくことになるので、仲良くしてやってくれ」
「よろしくね、ユーカリ」
「よろしくお願いします、シトラスさん」
「ちゃんと自衛しないと、要求がどんどんエスカレートしていくから、気をつけなよ」
「旦那様に使っていただくことが、わたくしの存在価値ですので……」
こらこら、妙なプレッシャーを与えるんじゃない。自分に想定外の高値がついて、かなり恐縮している感じなんだ。更に追い込んでどうする。
「お前にやってもらうことは後から話すとして、まずは契約だな」
「こちら四等級の商品になりますので、ご契約いただくとかなり制約が弱くなります。よろしいでしょうか?」
「制約以外で縛るつもりなので問題ない」
体を固くしなくても平気だぞ、ユーカリ。ロープや革製品で物理的に縛るわけじゃないからな。どちらかと言えば、胃袋をつかむという感じか?
「ご契約後のトラブルには介入いたしませんので、お含み置き下さいませ」
「面倒をかけるつもりはないから、心配しなくても大丈夫だ」
「では契約を進めさせていただきます」
逃げたり反抗されるのは、俺の待遇に問題があったということ。その責任を他人に負わせるなど、恥知らずな真似は絶対にできん。まあ今のユーカリを見る限り、そんなことは出来んだろう。当面は俺の魔力をなじませつつ、心のケアをしていくことにするか。
最初の目標は、笑顔にさせるでいいな。
◇◆◇
契約が成立した者は協会の馬車で送ってくれるというので、それに乗って家まで戻ってきた。一人で留守番をしているミントは寂しがってるだろう。それにオークションが長引いたので、お腹も空いてきている。
「ただいま、ミント」
「あっ、お帰りなさいです、タクト様」
走り寄ってきたミントが、俺の腰にすがりつく。やはり家に一人きりというのは、心細かったんだな。よしよし、頭を撫でて耳をモフらせてもらおうじゃないか。
「いちゃついてないで、新しい従人を紹介してあげなよ。後ろの方で困ってるからさ」
「新しい従人が見つかったのですね」
「シトラスやミントと同じ四等級で、モフ値もかなり高いぞ」
なにか言いたげな表情で待っていたユーカリを家に招き入れ、そのままミントの前に立たせる。狐種のしっぽは感情が読みにくくていかんな。シトラスばかり見ていたので、意外な盲点だった。
「初めまして。わたくしユーカリと申します。不束者ですが、どうぞよろしくお願いいたします」
「ふわー、きれいなお姉さんなのです!」
「あの……旦那様はこのように幼い者も、従人にしておられるのですか?」
「年齢ではなく能力で選んでいるからな」
ユーカリは年齢のことを気にし過ぎかもしれん。確かに愛玩用としては、適齢期を過ぎている。しかし俺が求めているのは、八ビットの数値に秘められた将来性だ。
「タクト様と結婚されたから、旦那様と呼んでるのですね。さすがオトナの女性なのです!!」
「待て待て、ミント。ユーカリとはさっき契約したばかりなんだ。短絡的に物事を判断するのが、お前の悪いところだぞ」
「あうー、ごめんなさいです」
仮にシトラスが同じことを言われたら、即座に反論しただろう。しかしユーカリの表情には、まったく変化がない。スタイルと容姿が優れているにも関わらず、見切り枠として出品されていた理由はこれか?
受け答えはしっかり出来ているし、さっきは俺に質問もしてきた。つまり心が死んでいるわけではないだろう。しかしどこか歪で危ない雰囲気がある。しばらくはしっかり目をかけておく方がいいな……
「とりあえず、こんなところに突っ立ってても仕方ない。ユーカリも遠慮なく上がれ、今日からここがお前の家だ」
「はい、旦那様。それでは失礼いたします」
「おい、コラ。どうして服を脱ごうとする」
前の主人は一体どんな躾をしやがったんだ!
痴女か? 痴女を作ろうとでもしてたのか?
「はわわ!? えっちです、えっちなのです!」
「ちょっとスタイルがいいからって、見せびらかすつもりなのかい?」
「いえ、動物は服など着ないと、わたくしを飼ってくださっていた奥様が」
「家にいたミントも服を着ているし、シトラスだって脱ごうとしてないだろ。今後、家の中でも外でも、裸で生活するのは禁止だ」
とんだ変態主人と契約していたらしい。
ジギタリスといい勝負できるかもしれん。
「とにかくリビングにいくぞ。このままだと落ち着いて話も出来ん」
ここに来るまで服を脱がなかったのは、家へ上がる時は全裸になるルールでもあったのか?
「だから、どうして床に座ろうとする。服が汚れてしまうだろ」
「動物がソファーに座ると、抜け毛で汚れると」
「それはちゃんとしっぽの手入れをしてないからだ。ここでは毎日ブラッシングを欠かさないから、抜け毛など心配する必要はない」
くそっ、なかなか手ごわいぞ、これは。ユーカリの価値観を変えるには、骨が折れそうだ。
「ボク着替えたいから、お風呂に入ってくるよ」
「それならユーカリも一緒に入ってこい。そこでシトラスから、家のルールを聞いておくように」
逃げようとしたみたいだが、甘いぞシトラス。俺が食事の準備をしている間、ユーカリの面倒はお前に任せた。
「別にいいけど、ボクになんとか出来るとか思わないでね」
「この様子だと風呂の使い方も知らないだろうし、まずはその辺を教えるだけでいい。あとは時間をかけて一つづつやっていく」
「あの……わたくしが入ると、お湯が獣臭くなってしまいます」
「そうなったら風呂を張り替えるだけだ。いいから、とっとと入ってこい!」
オークション会場にいたスタッフの連中、このあたりのことを隠してやがったな。さすが生き馬の目を抜く社交界だ。俺はオークションの闇に触れてしまったわけか。ノークレーム・ノーリターンの規約が恨めしい。
まあ貴重な八ビット持ちだから、手放すなんて選択肢はないが。
「ユーカリさんって、今までどんな扱いを受けていたのでしょうか」
「あの様子を見る限り、ある程度予想はつくが……」
「まだ何も聞いておられないのですね」
「さすがに御者のいる馬車の中では、プライベートな話がしづらくてな。ここに着いてから聞こうと思ったのだが、話以前の問題にぶち当たってしまった」
まずは当初の目標どおり、ユーカリを笑顔にしてやろう。
その過程で問題も解決していくに違いない。
次回は第三者視点で、シトラスとユーカリのお風呂シーン。