表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

43/286

0043話 ジギタリス・アンキモ

 従人の扱いもなっていないし、面倒なやつに絡まれたな。なにせ着ているのが紫のスーツだ。目立ちたいだけにしても、この場で浮きまくってるじゃないか。



「これはこれはジギタリス殿。今日も新しい従人(じゅうじん)を探しに来たのですかな」


「こいつにはもう飽きてねぇ。椅子としても三流なんだよぉ」



 セイボリーさんにジギタリスと呼ばれていた男は、リードを引っ張って従人を四つん這いにさせると、その背中に腰を掛けた。重度の肥満ではないものの、かなり体重があるんだろう。従人の顔が辛そうにゆがむ。


 それを見たシトラスは、なにかを言いかけて踏みとどまる。マトリカリアという馬種(うましゅ)の従人は目をそらしているし、セルバチコの表情はかなり厳しい。こんな顔、初めて見たな。



「俺の名はタクト・コーサカ。田舎出身で色々マナーはなってないと思うが、許してほしい。隣りにいる()従人はシトラス。俺のボディーガードを務めているから、機動性を重視している」


「ふ~ん、メスだったとは驚いたねぇ。よく見ると、少しはあるのかなぁ」



 おいこら、人の従人をいやらしい目で見るな。どうせ胸の大きさが戦闘力とか思ってやがるんだろ。そんなもん戦力の決定的な差ではないと教えてやる。



「田舎は食料事情が厳しいから、身分を問わず森へ入ることも多くてな。そんな時にこのシトラスは、最高の働きをしてくれる。見てみるといい、このスリットから覗く、しなやかな足を!」



 俺はチャイナドレスのスカートを指差す。毎日手入れを欠かさない生足は、実に素晴らしいだろ。赤いロングスカートから、ちらりと覗く白くてきれいな足。フェティシズムを刺激すると思わんか?



「それに美しいだけじゃないぞ。狼種(おおかみしゅ)の持つバネを生かした跳躍で、ワイルドボアですら蹴り殺す力を秘めているんだ」


「いやいやー。ワイルドボアは盛り過ぎでしょぉ。ボクチンが知ってる冒険者にも、そんな従人を飼ってる奴はいないよぉ」


「実際に見せられないのが残念だが、信じる信じないはそちらで判断してほしい。そして今や八十モフを超え、九十に届かんとしているしっぽも見てくれ」


「……モフゥ?」



 お前がその単語だけ口にすると、非常にキモいからやめるんだ。動物系のマスコットキャラに転生してから、モフモフ鳴いてくれ。契約を迫って魔法少女にする、関西弁で喋る羽の生えた奴や、赤い目をした奴みたいに。


 ――って、これはいかん。


 今だらしない顔で胸にすがりつく、淫獣のビジョンが頭をよぎった。却下だな。



「従人のしっぽには、重要な役割がある。例えば不安定な場所でバランスを取ったり、方向転換の補助に使ったり、とても優れた機能を持つんだ。さっき見ていたが、その従人は体幹が歪み歩きにくそうだった。従人のしっぽを拘束するというのは、俺たち上人が手足を縛られるのに等しい。その姿は言うまでもなくイモムシ!」



 不思議そうな顔をするんじゃない。お前のやりたいこと、俺にはちゃんと理解できている。それを今から告げてやろうではないか。



「あえて自分の従人にその姿をさせているということは、導かれる答えはただ一つ。しっぽの拘束を解き放つことにより、蝶へと羽化する姿を見せたいのだろ?」


「チ、チミはなにを言ってるのかなぁ?」


「簡単に言うとだな、イモムシを美しいと思うか、そう問いかけている」


「あんなモゾモゾ動く生き物を美しいと思うやつは、いないんじゃないかなぁ」


「そうだろう、そうだろう。そう言ってくれると思った。なら今からやるべきことは、もうわかるな? しっぽの拘束を解き、蝶へと生まれ変わった姿を、田舎者の俺に見せてもらえないか」


「まあチミがそこまで言うのなら、見せてやってもいいけどぉ。特別だからねぇー」



 特別でも限定でもいいから早くしろ。狐種(きつねしゅ)最大の魅力であるしっぽを台無しにしている、その醜い器具をとっとと外すんだ。ちんたらやってるようなら俺が剥ぎ取るぞ。


 見るからに不器用そうな手で拘束具を外すと、従人のしっぽがふわりと広がる。



「やはり本来あるべき自然の姿は美しい。見事に羽ばたいているではないか。やはり上流階級が使役する従人には、この優雅さがなくていかん」



 四つん這いの状態から開放され、しっぽの拘束を解かれた従人がほっと息を吐く。やはり大きな負担になっていたのだろう。主人に気づかれない程度の小さなお辞儀をしてきたが、気にするな。俺は自分のやりたいことをしているだけだ。



「……おっと、拘束されていた部分の毛がほつれているな。これは画竜点睛(がりょうてんせい)を欠くという状態だ。ちょうどコームを持っているのだが、良いものを見せてもらったお礼に、しっぽを整えてやってもかまわないか?」


「がりょうてんせいとか、チミはよくわからない言葉を使うねぇ。田舎者は(なまり)がきつくて困るんだよぉ」



 元の世界で使っていた四字熟語だからな。知っているやつがいれば、転生者か転移者の可能性が高い。こんな場とはいえ、そう簡単に見つからないと思うが……



「まあオークションでいい従人が落札できたら下取りにだすつもりだし、チミの好きにすればぁ?」



 許可の言質(げんち)を取ったので、胸ポケットに入れていたコームを取り出し、温風を当てながら絡まった毛を伸ばしていく。主人でもない男に触られるのは嫌だろうが、少しだけ我慢してくれ。なにせしっぽには骨もあるし血管も通っている。うっ血した状態が長く続くと、細胞が壊死しかねん。軽く揉んでおいてやろう。



「いい加減にしなよ、くすぐったがってるじゃんか」


「邪魔するな、シトラス。今いいところなんだ」


「みんなに見られて恥ずかしいんだから、もうやめなって」



 シトラスに言われて周りをみると、いつの間にか人だかりができていた。男どもが興奮気味なのは、セクシーな服を着た胸の大きな従人が、しっぽのブラッシングに身悶えてるからだろう。逆に女たちは冷めた目でこっちを見ているな。



「整えられていくしっぽの美しさに見とれているだけだ。俺たちのことなんて誰も気にしちゃいない」


「そんな事ないよ! ボクだってミントほどじゃないけど、耳はいい方なんだから。ほら、もう向こうに行くよ」


「あっ、コラ。主人をリードで引っ張るやつがあるか」


「従人の躾もできてないなんて、これだから田舎者は困るなぁ。ボクチンもそろそろいくよ、オークションが始まるしねぇー」


「ああ、そうしてくれ。今日は素晴らしいものに触らせてくれて感謝する。良いオークションを」



 シトラスに引っ張られていった先には、オレガノさんとセイボリーさんがいた。いつの間に離れていたんだ?



「お前さんなら、何かやらかしてくれるとは思っていたが、面白いやりとりが見られたよ」


「そういえば、あいつは誰なんだ?」


「名前はジギタリス・アンキモといってな。父親はこの近隣一体を牛耳っとる大地主なんだ」


「へー、そうだったのか。羽振りが良さそうに見えたのも納得だ」



 街の一等地を所有してるってことは、権力もかなりあるんだろう。あいつもわがまま放題に、育ってそうだったしな。



「服のセンスやら従人の扱い方で、話題に事欠かないやつなんだが、さっきのあしらい方は実に見事だった。あいつは畳み掛けるように難解な話をされると、勢いに流される悪い癖がある。お前はそれを知ってたわけじゃないよな?」


「俺はこの国に来たばかりだし、オレガノさんに教えてもらうまで、彼の素性すら知らなかったよ。あれはただ、俺のやりたいことを実現させるため、方便を並べただけに過ぎん」


「わはははは! なるほど、こいつはオレガノが気に入るわけだ」


「面白いやつだろ?」


「従人にリードで引っ張られるとか、前代未聞だからな。今日はここまで来たかいがあった。名前はタクトだったな。この街でなにか必要なものがあったら俺を頼れ。少しくらいなら力を貸してやる」


「色々欲しい物があるから助かるよ。その時はよろしく頼む」



 セイボリーさんと握手を交わし、俺たちもオークション会場へ向かう。

 さて、どんな従人たちが出品されるのか楽しみだ。


次回は「0044話 オークション開始」です。


500GBから6TBへのHDD換装も無事終わりましたので、連休中に1~2回更新できたらいいな……

マウスも新しくなったことだし!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
「ああ、そうしてくれ。今日は素晴らしいものに触らせてくれて感謝する。良いオークションを」 しかし、獣人とは言え、初対面の女性を触りまくるって、変質者であることは間違いないね。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ