0043話 ジギタリス・アンキモ
従人の扱いもなっていないし、面倒なやつに絡まれたな。なにせ着ているのが紫のスーツだ。目立ちたいだけにしても、この場で浮きまくってるじゃないか。
「これはこれはジギタリス殿。今日も新しい従人を探しに来たのですかな」
「こいつにはもう飽きてねぇ。椅子としても三流なんだよぉ」
セイボリーさんにジギタリスと呼ばれていた男は、リードを引っ張って従人を四つん這いにさせると、その背中に腰を掛けた。重度の肥満ではないものの、かなり体重があるんだろう。従人の顔が辛そうにゆがむ。
それを見たシトラスは、なにかを言いかけて踏みとどまる。マトリカリアという馬種の従人は目をそらしているし、セルバチコの表情はかなり厳しい。こんな顔、初めて見たな。
「俺の名はタクト・コーサカ。田舎出身で色々マナーはなってないと思うが、許してほしい。隣りにいる女従人はシトラス。俺のボディーガードを務めているから、機動性を重視している」
「ふ~ん、メスだったとは驚いたねぇ。よく見ると、少しはあるのかなぁ」
おいこら、人の従人をいやらしい目で見るな。どうせ胸の大きさが戦闘力とか思ってやがるんだろ。そんなもん戦力の決定的な差ではないと教えてやる。
「田舎は食料事情が厳しいから、身分を問わず森へ入ることも多くてな。そんな時にこのシトラスは、最高の働きをしてくれる。見てみるといい、このスリットから覗く、しなやかな足を!」
俺はチャイナドレスのスカートを指差す。毎日手入れを欠かさない生足は、実に素晴らしいだろ。赤いロングスカートから、ちらりと覗く白くてきれいな足。フェティシズムを刺激すると思わんか?
「それに美しいだけじゃないぞ。狼種の持つバネを生かした跳躍で、ワイルドボアですら蹴り殺す力を秘めているんだ」
「いやいやー。ワイルドボアは盛り過ぎでしょぉ。ボクチンが知ってる冒険者にも、そんな従人を飼ってる奴はいないよぉ」
「実際に見せられないのが残念だが、信じる信じないはそちらで判断してほしい。そして今や八十モフを超え、九十に届かんとしているしっぽも見てくれ」
「……モフゥ?」
お前がその単語だけ口にすると、非常にキモいからやめるんだ。動物系のマスコットキャラに転生してから、モフモフ鳴いてくれ。契約を迫って魔法少女にする、関西弁で喋る羽の生えた奴や、赤い目をした奴みたいに。
――って、これはいかん。
今だらしない顔で胸にすがりつく、淫獣のビジョンが頭をよぎった。却下だな。
「従人のしっぽには、重要な役割がある。例えば不安定な場所でバランスを取ったり、方向転換の補助に使ったり、とても優れた機能を持つんだ。さっき見ていたが、その従人は体幹が歪み歩きにくそうだった。従人のしっぽを拘束するというのは、俺たち上人が手足を縛られるのに等しい。その姿は言うまでもなくイモムシ!」
不思議そうな顔をするんじゃない。お前のやりたいこと、俺にはちゃんと理解できている。それを今から告げてやろうではないか。
「あえて自分の従人にその姿をさせているということは、導かれる答えはただ一つ。しっぽの拘束を解き放つことにより、蝶へと羽化する姿を見せたいのだろ?」
「チ、チミはなにを言ってるのかなぁ?」
「簡単に言うとだな、イモムシを美しいと思うか、そう問いかけている」
「あんなモゾモゾ動く生き物を美しいと思うやつは、いないんじゃないかなぁ」
「そうだろう、そうだろう。そう言ってくれると思った。なら今からやるべきことは、もうわかるな? しっぽの拘束を解き、蝶へと生まれ変わった姿を、田舎者の俺に見せてもらえないか」
「まあチミがそこまで言うのなら、見せてやってもいいけどぉ。特別だからねぇー」
特別でも限定でもいいから早くしろ。狐種最大の魅力であるしっぽを台無しにしている、その醜い器具をとっとと外すんだ。ちんたらやってるようなら俺が剥ぎ取るぞ。
見るからに不器用そうな手で拘束具を外すと、従人のしっぽがふわりと広がる。
「やはり本来あるべき自然の姿は美しい。見事に羽ばたいているではないか。やはり上流階級が使役する従人には、この優雅さがなくていかん」
四つん這いの状態から開放され、しっぽの拘束を解かれた従人がほっと息を吐く。やはり大きな負担になっていたのだろう。主人に気づかれない程度の小さなお辞儀をしてきたが、気にするな。俺は自分のやりたいことをしているだけだ。
「……おっと、拘束されていた部分の毛がほつれているな。これは画竜点睛を欠くという状態だ。ちょうどコームを持っているのだが、良いものを見せてもらったお礼に、しっぽを整えてやってもかまわないか?」
「がりょうてんせいとか、チミはよくわからない言葉を使うねぇ。田舎者は訛がきつくて困るんだよぉ」
元の世界で使っていた四字熟語だからな。知っているやつがいれば、転生者か転移者の可能性が高い。こんな場とはいえ、そう簡単に見つからないと思うが……
「まあオークションでいい従人が落札できたら下取りにだすつもりだし、チミの好きにすればぁ?」
許可の言質を取ったので、胸ポケットに入れていたコームを取り出し、温風を当てながら絡まった毛を伸ばしていく。主人でもない男に触られるのは嫌だろうが、少しだけ我慢してくれ。なにせしっぽには骨もあるし血管も通っている。うっ血した状態が長く続くと、細胞が壊死しかねん。軽く揉んでおいてやろう。
「いい加減にしなよ、くすぐったがってるじゃんか」
「邪魔するな、シトラス。今いいところなんだ」
「みんなに見られて恥ずかしいんだから、もうやめなって」
シトラスに言われて周りをみると、いつの間にか人だかりができていた。男どもが興奮気味なのは、セクシーな服を着た胸の大きな従人が、しっぽのブラッシングに身悶えてるからだろう。逆に女たちは冷めた目でこっちを見ているな。
「整えられていくしっぽの美しさに見とれているだけだ。俺たちのことなんて誰も気にしちゃいない」
「そんな事ないよ! ボクだってミントほどじゃないけど、耳はいい方なんだから。ほら、もう向こうに行くよ」
「あっ、コラ。主人をリードで引っ張るやつがあるか」
「従人の躾もできてないなんて、これだから田舎者は困るなぁ。ボクチンもそろそろいくよ、オークションが始まるしねぇー」
「ああ、そうしてくれ。今日は素晴らしいものに触らせてくれて感謝する。良いオークションを」
シトラスに引っ張られていった先には、オレガノさんとセイボリーさんがいた。いつの間に離れていたんだ?
「お前さんなら、何かやらかしてくれるとは思っていたが、面白いやりとりが見られたよ」
「そういえば、あいつは誰なんだ?」
「名前はジギタリス・アンキモといってな。父親はこの近隣一体を牛耳っとる大地主なんだ」
「へー、そうだったのか。羽振りが良さそうに見えたのも納得だ」
街の一等地を所有してるってことは、権力もかなりあるんだろう。あいつもわがまま放題に、育ってそうだったしな。
「服のセンスやら従人の扱い方で、話題に事欠かないやつなんだが、さっきのあしらい方は実に見事だった。あいつは畳み掛けるように難解な話をされると、勢いに流される悪い癖がある。お前はそれを知ってたわけじゃないよな?」
「俺はこの国に来たばかりだし、オレガノさんに教えてもらうまで、彼の素性すら知らなかったよ。あれはただ、俺のやりたいことを実現させるため、方便を並べただけに過ぎん」
「わはははは! なるほど、こいつはオレガノが気に入るわけだ」
「面白いやつだろ?」
「従人にリードで引っ張られるとか、前代未聞だからな。今日はここまで来たかいがあった。名前はタクトだったな。この街でなにか必要なものがあったら俺を頼れ。少しくらいなら力を貸してやる」
「色々欲しい物があるから助かるよ。その時はよろしく頼む」
セイボリーさんと握手を交わし、俺たちもオークション会場へ向かう。
さて、どんな従人たちが出品されるのか楽しみだ。
次回は「0044話 オークション開始」です。
500GBから6TBへのHDD換装も無事終わりましたので、連休中に1~2回更新できたらいいな……
マウスも新しくなったことだし!