0042話 オークション会場
大きな邸宅が立ち並ぶ地区に入り、オークション会場を目指す。社交界からドロップアウトした俺が、まさかこんな場所に来るとは、人生なにがあるかわからんものだ。
男性はタキシードや燕尾服を着ている者が多く、色も暗めなものばかり。かく言う俺も、黒のスリーピーススーツをチョイス。まあ前世で着たことのあるフォーマルウェアがこれだったしな。
逆に女性は華やかなドレスや、エレガントなワンピースなど、色とりどりで個性豊かだ。同じことは連れている従人にも言える。しかしセンスが悪すぎて、あまり目の保養にならん。
「招待状を拝見いたします」
入り口で入場チェックをしている男性に、オレガノさんからもらった招待状を手渡す。優美な装飾が施された格子の門扉は、資格のないものを拒む結界といった感じか。
「ここより先は、リードを出した状態でお入りください」
シトラスに軽く目線で確認を取り、使役の指輪からリードを出現させた。そういえばこれを使うのは初めてだな。あまり使いたくない機能ではあるが、規則なのだから仕方がない。従人同士のトラブルや暴走を防ぐために必要な、保安上の理由ってやつだろう。
人の少ない場所まで移動できたし、ここらで一息入れるとするか。
「ほら、そんなに緊張しなくても大丈夫だぞ」
「だってこの格好落ち着かないんだよ。絶対に変な目で見られてるって」
「そんなことあるか。その格好は、お前の魅力を存分に引き出している。現に街なかでは、羨望の眼差しで見られていたくらいだ」
「それって、都合のいい解釈な気がするんだけど」
胸のまろやかさこそ劣っているが、肌の滑らかさと髪やしっぽの艶は、この会場にいる誰にも負けていない。
「近くにいる女の従人を見てみろ。ゴテゴテと着飾って原型をとどめていない者や、派手な露出でセクシーさを強調してるような者ばかりだ」
「あー、うん。確かに、あの格好よりはマシかな」
「スラリと伸びたしなやかな手足が、シトラス最大の魅力と言っただろ? 俺の言葉を信じておけ」
「ボクたちのしっぽや耳にしか興味のないキミに、そう言われてもねぇ……」
着付けの直前までゴネていたものの、それ以降は文句を言わなかったじゃないか。それなりに気に入ってるのは、ちゃんとわかっているぞ。なにせ、お前のしっぽは嘘をつけないんだからな。
「それよりリードは平気か?」
「初めて使われたから抵抗感はあるけど、すぐ慣れると思う」
「オークションが終わったらすぐ消してやるから、少しだけ我慢してくれ」
「もー、頭を撫でないでってば。せっかくミントに整えてもらったんだから」
「相変わらず、お前さんたちは仲がいいの」
「赤い服がとても目を引きますね」
無理して笑顔を作ってくれたシトラスの頭を撫でていると、オレガノさんとセルバチコが挨拶に来てくれた。さすがに二人とも燕尾服がよく似合っている。
「こんばんは、オレガノさん、セルバチコ」
「こんばんは。やっぱりボク、目立ってる?」
「シンプルな色使いなので、遠目ではさほど目立ちません。しかしながら、近くで見ると驚きます。たった二色で、よくここまで華やかになるものだと、感心いたしました。よくお似合いですよ」
「あ、ありがとう」
「赤に金糸の模様は鉄板だからな。それにオレガノさんに紹介してもらった店が、とてもいい仕事をしてくれたんだ」
シトラスを照れさせるとは、なかなかやるな、セルバチコ。さすが長年、商人のそばで仕えてきただけあり、おべんちゃらに聞こえない褒め方が素晴らしい。
「おっ!? タウポートンにいたのか、オレガノ! どうして俺のところに来ない、寂しいだろ」
「すまん、すまん。取引先との商談でバタバタしとってな」
「ご無沙汰しております、セイボリー様」
近づいてきたのは、白髪混じりで背の低い男性だ。連れているのは馬種の女従人か。明るい栗毛の頭から、葉っぱの形をした耳がピンと伸びている。存在自体がレアな従人を使役しているくらいだし、かなりの資産家なんだろう。
しかし、長い髪をポニーテールにしている辺り、なかなか良くわかってるじゃないか。それにバッスルスカートを履かせているのも、馬種の特徴である長い脚の魅力を、存分に引き出している。近くにいる成金たちとは、明らかに違うな。
「(キミ、ちょっと見過ぎだよ)」
「(珍しい従人だったから、つい目が行ってしまっただけだ)」
「それでこいつらは何者だ? 音信不通になってる息子にしちゃあ歳が若いし、とうとうお前も後継者を作る気になったのか?」
「彼らとは旅の途中で共闘してな、ここまで一緒に移動してきた。まあ年の離れた友人といったところかの」
「俺は三つ星冒険者のタクト。狼種の従人はシトラスだ。よろしく頼む」
「ほう……三つ星か」
背が低いため下から見上げる格好だが、その視線はかなり鋭い。二つ星から三つ星に上がるには、荒事を経験しないとダメだ。さっきオレガノさんが〝共闘〟と言ったし、そうした目で俺のことを見ているんだろう。
「おっと、わるい。俺はこの街で商会をやっている、セイボリー・タラバ。こいつはマトリカリアだ」
「儂の紹介した店も、この男がやっている商会の傘下でな」
「そうだったのか。腕のいい服飾職人が作業を優先してくれたおかげで、満足のいく服ができたよ」
「あそこには寝食を忘れて、服作りに没頭する職人が集まっとるからな。気に入ってもらえたなら何よりだ」
俺たちが服を取りに行った時、全員がぐったりしていたのは、そのせいか。急がせて無理させたのかと思ったが、どうやらいつもの事だったらしい。
「おやおやぁー? 見慣れない上人がいると思って来てみれば、従人に女装をさせる変態だったようだねぇ。一体どこの田舎者かなぁ?」
近づいてきた小太りの男に突然声をかけられたが、誰なんだコイツは。しかもシトラスのことをバカにしやがって。この魅力がわからんとは、お前の目は節穴か?
連れている狐種の従人は胸元を大きく露出させ、ギリギリ股間が隠せる丈の短い服を着せられている。本来あるべきものが見えてないということは、履かせてないだろ。自分のことを棚に上げて、なにぬかしてるんだ。
それにボリュームあるしっぽを、革のベルトで縛るなど愚の骨頂。ボンテージファッションをしたいのなら、体にやれ! もふもふを愚弄するんじゃない!! 性根から叩き直すぞ、コラ。
主人公のモフモフ愛に火をつけたこの男は一体……
次回「0043話 ジギタリス・アンキモ」をお楽しみに!
(海に面した街だけあり、家名は海産物で統一されてますw)
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執筆に使用しているPCは、起動ドライブのM2.SSDとデータ用のHDDを搭載しています。
今週中にデータ用HDDを、500GBから6TBへ換装します。もし更新が滞ったら、データ移行や組み込みでトラブルが発生したと思ってください!