0041話 タウポートン散策
オレガノさんの紹介で借りたコテージを出て、三人で街へ繰り出す。さすがこの街に精通していることもあり、俺たちにピッタリの物件を選んでくれた。敷地面積は以前借りていた家より狭いが、大きな寝室のある二階建てで、ゲストルームまで完備している。
俺たちの生活が落ち着いたら泊まりに来ると言ってたし、その時は豪華な料理でもてなしてやろう。
「うーん、やっぱりベッドだとよく眠れるね。今日はいつもより体が軽いよ」
「朝から豪華なご飯で、ミント食べ過ぎたです」
「台所の設備が充実しまくってるので、ついつい作りすぎてしまった」
あの家には冷蔵庫まであるからな。魚介類はどうしても痛みやすいので、冷蔵庫の存在はありがたい。チャージに必要な魔力は多いが、実用性を考えれば十分お釣りが来る。
「タクト様、これからどこに行くのです?」
「まずは海を見に行って、そのあと買い物だな。海産物で作る炊き込みご飯に挑戦してみたい」
「美味しそうだね、それ!」
二枚貝とエビっぽい食材は、図鑑に載っていたから売っているはず。イカとサフランは、なくても構わないだろう。海産物の旨味は他の食材でも代用できるし、煮詰めたトマトでも水麦に色はつく。あとは黄色や緑の野菜を入れてやれば、彩り豊かなパエリアになるはず。
それとシトラス。食事にばかり意識がいっているようだが、お前のフォーマルウェアも買うからな。楽しみにしておくといいぞ。
「ここの海って、泳いだりは出来ないのです?」
「この街に接している海岸は、潮の流れが複雑で危険だから、遊泳は禁止されている。港は船の出入りで混雑するし、遠浅の砂浜も存在しない。泳ぎたいなら、ゴナンクに行くしかないだろう」
「ふーん、そうなんだ。貝とか自分で取ってみたかったけど、泳げないのなら諦めるよ」
「海産物は組合が管理してるからな。密猟できないように、監視員が巡回してたりするぞ。その辺りも遊泳禁止の理由になってるはずだ」
この世界でも乱獲が問題になって、水産資源の保護に動いたらしい。どこかに抜け道はあるだろうが、わざわざ探す必要もないだろう。欲しい物があれば買えばいいし、泳ぎたくなったら街を出るだけだ。これこそ自由気ままな冒険者生活の醍醐味だしな。
「昨日はちょっとしか見られなかったけど、この街ってジマハーリとはずいぶん違うね」
「威勢のいい声がいっぱい聞こえるです」
「この時間は朝市をやってるからだろう。ちょっと覗いてみるか?」
「ねえ。珍しい食べ物が売ってたら、買ってみてもいい?」
「別に構わんが、まだ食うのか、お前は」
「だってほら、細長い棒に刺した食べ物を持ってる人が、たくさん歩いてるんだよ。さっきから気になっちゃって」
確かに肉の塊や貝が刺さった串を持って、食べ歩きしてるやつが多い。串焼きとか作ったことがなかったし、焼き鳥やバーベキューにも挑戦してみるか。
「昼をどうするか決めてなかったし、買い食いしながらあちこち観光するとしよう」
「やった! どんなのが売ってるか楽しみだなー」
「ミントは早く海を見てみたいです」
せっかく新しい街に来たんだ、まずは色々な場所を見て回ろう。この世界で就航している船にも興味があるし、店の位置を把握しておくのは喫緊の課題だ。機嫌良さそうに揺れるシトラスのしっぽを眺めながら、頭の中で予定表を組んでいく。
本から得ることの出来なかった、未知の食材たちに出会えるかも。そう考えただけで、ついつい歩みを速めてしまいそうになる。やはり俺もかなり浮かれているようだ。これではシトラスのことを笑えないな。
◇◆◇
自重できずに食材を買いすぎてしまった。魔法を使ってフレークアイスを作ったせいで、魔力をかなり浪費している。まあこればっかりは仕方がない。全部、新鮮な魚介類が悪いんだ!
この世界に安価な保冷バックがないか、今度オレガノさんに聞いておかねば。さすがにあの人の持っている保管庫は買えんしな。
「んー、今日は楽しかったなぁ」
「海があんなに大きいなんて、ミントびっくりしたです」
「ボクも大きな水たまりかと思ってたから、湿地より広くて驚いたよ」
「この世界……というか星は、海が八割と言われてるからな」
「それって、ほとんど海ってことだよね」
「ジマハーリからここまで、すごく遠かったですのに、それの何倍も大きいとか想像できないのです」
俺たちのいる大陸は北半球に存在するが、南半球は全てが海とか言われている。実際のところは未開の地って感じらしいが。なにせ北方大陸を支配しているアインパエ帝国とも、国交がほとんど無いくらいだから、航海技術はあまり発達してない。
港にも大型客船なんて規模のものはなく、俺はちょっと物足りなかった。まあミントとシトラスが喜んでいたから、それで良しとしておこう。俺の場合は前世で得た知識があるので、どうしてもバイアスがかかる。
「それだけ広い場所に出るのって、なんだか面白そうだね」
「ミントは泳ぐ自信がないので、ちょっと怖いです」
「まあ、このさき旅を続けていけば、船に乗る機会もあるだろう。それより、そろそろ帰らないと日が暮れてしまう」
「今日は一日遊べたですし、帰ったら水麦の精白、頑張るです」
「そういえば、お腹が空いてきちゃったよ」
すっかり食いしん坊キャラになってるぞ、シトラス。旅の間はやたら動き回ってたので、基礎代謝が増えたんだろうか。
「最後に一か所だけ寄る場所があるから、商業区へ向かうぞ」
大きな建物が立ち並ぶ倉庫街を通り抜け、オレガノさんから聞いていた場所を目指す。さすが有名店だけあり、目的の建物はすぐ見つかった。
「すごくおっきなお店なのです」
「ねえ……まさかとは思うんだけど、ここって」
「オーダーメイドの衣料品店だ」
恐らく俺の目的がわかったんだろう。シトラスの表情があからさまに曇った。
「こんなお店に入りたくないんだけど」
「昼間にお前のやりたいことを優先してやったのは、どうしてだと思う?」
「キミだって色々買い物をして、楽しんでたじゃないか」
「シトラスとミントには小遣いを渡しているが、今日の買い食いはすべて俺が支払っているな?」
「契約主なんだから、ボクたちの食事代を払うのって当たり前じゃないかな」
「シトラスさん。他の従人のかたは、食べ残しをもらってたですよ」
ナイス指摘だ。せっかくだから、ミントの可愛い服もオーダーしてみるか。甘ロリっぽい服とか作れないか聞いてみよう。
「こんなお店で売ってる服、絶対ボクなんかに似合わないって。無理にオークションとか出なくてもいいじゃん」
「上級商人のオレガノさんが誘ってくれたんだぞ。それを断るのは失礼に当たる。それから、ボクなんかとは言うな。お前は俺にとって自慢の従人だ」
「華やかな場所に連れていける従人と契約するとか、ダメ?」
「そんな目的だけのために、使役契約しろというのか? 使い終わったら契約解除するような真似、お前だってしてほしくないだろ」
「……うぅー」
諦めろシトラス、そもそもお前に拒否権なんてない。スレンダーな体型に似合うドレスは、ちゃんと考えているから心配するな。俺の趣味をふんだんに取り入れた、素晴らしいデザインだぞ。お前だって気に入ってくれるはず。
主人公がどんな服をオーダーしたのか。
答えは2話後に。