0040話 タウポートン到着
第4章の開始です。
湿地の向こうに堤防のような壁が見えてきた。あれで海と湿地を完全に分断しているのか。まあ湿地に海水が流れ込むと、水麦の生育に影響が出るからな。野人を排除するためだとしても、ある意味ちゃんと役に立っているはず。
「なんか変な匂いがするよ?」
「恐らく海……というか、磯の香りだろう」
「海の水はしょっぱいって、本当なのですか?」
「海水を蒸発させて、塩が作れるくらいだからな。この街で作られた塩は、世界中に輸出されている」
シトラスとミントは未知の光景と出会える楽しみで、さっきから落ち着かない様子。俺もこの世界で海を見るのは初めてだから、ちょっとテンションが上ってきていたりする。早速食材を探してみたいところだが、まずは入国審査を受けなければならない。
途中で討伐した野盗の報告や、押収した金品も提出しないとダメだしな。その辺りはオレガノさんが慣れているので、存分に頼らせてもらおう。
「うわー、入場待ちで結構並んでるね」
「大きな荷物を持った人が、いっぱい居るです」
「さすが商業国といったところだな」
数人で入場審査をしているが、処理が追いついていない感じか。これだけ人が並んでいると、最後尾プレートを持って立ちたくなる。
「儂らはこっちに行くぞ。付いて来るといい」
「一番うしろに並ばなくていいの?」
「順番は守らないといけないと思うです」
「私たちは野盗の討伐をしていますので、特別な手続きが必要になるのです」
どうやら手続きに時間がかかるため、別の場所で対応してくれるらしい。そのへんは元いた街とシステムが違うな。裏を返せば、それだけ野盗に襲われるやつが多いということだ。
「ようこそタウポートンへ、オレガノ様。こちらに来られたということは……」
「途中で野盗に襲われてな」
「やはりそうでしたか。もうお年なのですから単独で移動せず、商隊を組んでくださいとあれほど申しましたのに」
詰め所の方から出てきた三十代くらいの男性が、オレガノさんを見て走り寄ってきた。さすが上級商人、しっかり顔パスになっている。こうして心配される辺り、この国でかなりの実績を積んできたんだろう。
「気ままな旅ができなくなったら、儂は商売人を引退するよ」
「とにかくご無事で何よりです。それで、お連れの方は一体」
「彼らが野盗の掃討に協力してくれてな。そこの若者に討伐記録を持たせているから、諸々の手続きを頼む」
「俺は二つ星冒険者のタクト。たまたま襲撃現場に出くわして、オレガノさんから執行人の任命を受けた。この冒険者カードに記録されているから、よろしく頼む」
俺は自分の冒険者カードを取り出し、野盗の持っていたマジックバッグと一緒に、男性へ差し出す。
「このたびは野盗討伐の協力、感謝する。カードとマジックバッグは、こちらで預からせてもらうよ。向こうの建物に控室があるから、オレガノ様と一緒に待っていてくれるかな」
さて、あの野盗たちにどれだけの犯罪歴が付いていたか、これでやっと明らかになる。なにせ執行人として処刑しているので、罪科に応じた経験値がペナルティー無しで俺につく。レベルが上って新しい演算子を覚えたら、従人の追加も考えてみよう。
◇◆◇
オレガノさんと一緒に詰め所をあとにし、外で待っていた三人のもとへ向かう。取り返した金品類の謝礼や野盗討伐の賞金は、後でまとめて振り込まれる。手続きは色々とややこしいが、これは傭兵稼業をやろうって気にもなるわけだ。ただし、ハイリスクハイリターンだけどな。
「お帰りなさいませ、旦那様、タクト様」
「やっと終わったんだね。ボク待ちくたびれちゃったよ」
「お疲れさまでしたです、タクト様、オレガノ様」
「なんど経験しても、面倒でかなわんな」
「俺としては、レベルが大幅に上昇して感謝しかない」
「ねえ、いくつになったの?」
「聞いて驚け、シトラス。一気に二十上がってレベル三十八だ」
マジックバッグに溜め込んでいた品数を見て、オレガノさんが事前に推測してくれていた。しかし結果はそれ以上に多い。あのボスともう一人の男、集めた部下を切り捨てながら、悪事を繰り返してたんだろう。
今回逃げられなかったのは、見張り役の男を俺が倒してしまったから。ミントの聴覚がいい仕事をしてくれたおかげだ。今夜は久しぶりの風呂に入れそうだし、感謝の気持を込めてモフりまくってやろう。
「新しいお力はどのようなものなのです?」
「それは後から説明してやる。とりあえず従人は、もう一人増やせるようになった」
レベル二十四と三十二で覚えたのは、否定論理和と排他的論理和。このうち否定論理和は、一が立ったビットを必ずクリアしてしまうので使えない。しかし排他的論理和なら、自由にビット操作が可能。これがあればシトラスやミントと同じ配列の従人でも、一等級相当にマスキングしてやれる。
「珍しい従人を探しているのなら、オークションを覗いてみんか? もうじき開催されるはずだが、その頃には報奨金も手に入ってるだろう」
「俺でもそのオークションに参加できるのか?」
「儂がおるから問題ない」
従人のオークションなんて、一般人には縁のない世界だしな。しかしオレガノさんの地位で参加させてもらえるなら、一度くらい経験しておくのも良いかもしれない。なにせ市場に出回らない従人というのにも興味がある。
もし特殊な配列を持った者が出品されたなら、少し無理してでも落札してみよう。
「参加には従人の同伴が必要なので、ご準備をお願いします」
「自分の使役しておる従人を、自慢する場でもあるからな」
「そうなると、連れていけるのはシトラスだけか……」
「えー、やだよ、そんなのに行くの。ミントを連れて行ってあげればいいじゃん」
「その手の場所には、未成年を連れて行くことはできない。つまり俺の従人だと、参加できるのは十五歳のシトラスだけだ」
「うー、残念なのです」
なにせ金持ちの集まる社交場だからな。ドレスコードなんかも存在する。間違いなく嫌がるだろうが、スカートを履かせてやるぞ、シトラス。
フフフフフ……そっちも楽しみになってきた。
次回の更新は1週間後の予定です。
執筆時間が取れれば、どこかで更新するかもしれませんが……
出来れば今週中に3章までの登場人物一覧を、活動報告の方へアップしたいと思っています。そちらもお待ち下さい。