0004話 死んだ母の形見
連載2日目です。
本日は12時と18時に予約投稿を入れています。
まずは食材の買い出しだな。作る料理によって必要な道具も変わってくるし、シトラスにも好き嫌いくらいあるだろう。まあ野人の食生活や飼われていた環境を考えると、大方の予想はできるが……
「今から食材を買いに行くが、お前の嫌いなものってなんだ?」
「水麦とペットフード」
「ふむ、やはりそうか」
「キミ、わかってて質問しただろ。ボクたち野人は湿地で作ることができる、水麦くらいしか手に入らないんだ。ちゃんとしたものが食べたいからって、従人になるやつもいるくらいさ」
「飢えない程度に食わせてもらえるが、従人になっても食事事情はそんなに改善しないぞ」
「知ってるよ。閉じ込められてたときに他の従人から聞いたし、そこで出てくるのも臭くてボソボソしたペットフードと、味のしない水麦ばかりだった」
「どっちも安い値段で手に入るものだからな。一発逆転を狙って多頭飼育してたのなら、なおさらだ。かかるコストをギリギリまで削っていただろうし」
「だから上人は嫌いなんだよ」
上層街で暮らす才人の家にいる連中でも、基本的に食事は水麦ばかりだ。ただ野菜の切れ端や、クズ肉が入って少しマシになる。コンテスト用に飼われている従人でもない限り、どこも似たような感じだろう。
「とりあえずペットフードを出すことはないから安心しろ。ただし、水麦は食ってもらうぞ」
「わかってるよ。キミに期待なんかしてない」
「納得してくれたなら、買い物を始めるか」
少し大きめの青果店に入り、並んでいるものを物色していく。名前こそ違えど、野菜類は地球と似たものが多い。果物と香辛料は高いから、収入がない今は最低限必要なものだけにしておく。ただ、これにはちょっとした裏技があったりする。
「おばちゃん。売り物にならない商品があったら分けてくれ」
「家畜の餌にでもするのかい?」
背が低くて少し横に伸びたおばちゃんが、俺の後ろにいるシトラスを見ながら、そう返してきた。
「まあそんなところだ」
「へー。見たところ愛玩用ってわけじゃないようだけど、肥えさせて特殊な使い方でもするのかね。人の趣味に口を出す気はないけど、水麦以外を食べさせようなんて変な飼い主だよ、あんた」
家畜と言われたシトラスは悔しそうな顔をするが、世間一般の扱いなんてこんなものだ。しかし言い返したりしないあたり、ちゃんと場の空気を読めてて偉いぞ。意識してやってる感じではないものの、恐らく相手を選んで態度を変えてるんだろう。薄々感じてはいたが、こいつは地頭がかなりいい。特殊な配列を持っていることといい、とんだ拾い物だったな。
「道具はしっかりメンテナンスをして、長く使い込むのが俺のポリシーだ」
「そういうことなら分けてあげるよ。裏に積んであるから好きなのを持ってきな。どれを選んでも、ひとカゴ同じ値段だからね」
裏手に行くと潰れた果物や萎びた野菜、それに色あせたハーブ類も少しある。どうせ細かくして煮込むんだ、形や色なんてどうだっていい。目ぼしいものを次々カゴに入れていき、表で選んだ商品と一緒に会計をすませた。
「こんなに買い込んでどうするのさ」
「もちろんお前に運んでもらうぞ」
「ちょ!? ボクはキミと契約したばかりなんだよ、レベルだってまだゼロのままなんだ。こんな大量に運べるわけないじゃないか。なんで水麦を大袋なんかで買うのさ」
「まとめて買った方が安いからに決まってるだろ。諦めて俺のためにしっかり働け。主人に奉仕するだけでも、経験値は溜まっていくぞ」
「……やっぱり最悪の契約主だよ」
ちょっと涙目になってるシトラスも可愛いな。
まあ、いじめるのはこれくらいにしておこう。
「冗談だからそんな顔をするな。これは俺が運ぶからそこで見ていろ」
俺は腰のポーチに手を触れながら、精算が終わった商品を触る。すると初めから何もなかったように、カウンターの上から消えてしまう。
「やっぱり腰のポーチは、マジックバッグだったのかい。うらやましいねぇ、あたしも欲しいよ」
「死んだ母の形見なんだ。才人や大手商会が持ってるものほど大きくないが、何かと重宝してる」
上層へ嫁ぐということで、嫁入り道具として持たせてくれたと聞いている。一般庶民だったであろう母の両親が、どうやってこれを手に入れたのかは謎だ。なにせ祖父母のことを俺に伝えないまま、死んでしまったからな。
「そんな物を持ってるなら、なんでも盗み放題じゃないか」
「いやシトラス、それは無理なんだ。物には所有権という属性がついていてな、例えばここに並んでいる商品は店のものになる。それを購入して所有権の移譲をしないと、マジックバッグに入れることはできない。だから他人が倒した魔物のドロップアイテムなんかも、勝手に持ち逃げできないんだぞ」
「へー、面白い仕組みだね」
なんかゲームのルート権みたいだなんて、俺も思った。書庫にあった本にも原理を解説したものが無かったので、秘匿されているのかもしれない。あるいは野人に天罰を下したという、くそったれな神の仕業か……
「まあ普通に手で持てば、万引できるけどな。お前は絶対するんじゃないぞ。従人が犯罪行為をすると、飼い主も処罰される。しかも下手すると、お前は殺処分だ」
「するわけ無いだろ! そもそもキミにかけられた制約のおかげで、そんな事できないよ。ボクをなんだと思ってるんだ……」
今は契約したばかりなのでいくつか制約をつけているが、いずれそれ無くそうと思っている。こいつには自分の意志で自由に行動してほしいし、感情を表に出さないようなやつと暮らしても面白くない。なにより制約が多いと、契約主に入ってくる経験値が減るからな。俺は授かったギフトがどんな成長をするか、自分の目で確かめてみたいんだ。
「さて、次の店に行くぞ。必要なものは、まだまだあるんだ」
「はいはい、わかったよ。まったくキミはボクの扱いが雑すぎる」
「俺みたいに素晴らしい主人は、他にいないと思うけどな。それと、ハイは一回でいい」
シトラスとそんなやり取りをしながら、青果店をあとにする。おばちゃんが呆れた目で見ているのは、俺に対して悪態をつくシトラスの素行を見たからだろう。もし俺が元の家を出ず、従人とこんなやり取りをしていたら、大問題になってしまう。それだけ才人は野人をバカにし、ただの道具として扱うからだ。
下層街に住む上人も程度の差はあれ似たようなものだが、従人の扱いに対しては多少寛容になる。それでも反抗的な態度や、暴言に対しては容赦しない。街を歩いている従人たちも、主人の機嫌を損ねないよう、ビクビクしてるやつばかりだからな。
俺がそれを許しているのは、目の前で揺れるボリューム満点なしっぽのおかげだ。
せいぜい感謝するがいい!