0038話 旅は道連れ
オレガノさんたちもタウポートンを目指していると聞き、ここから一緒に旅をすることにした。どうやらシトラスとミントは、セルバチコから孫のように思われているらしい。ミントはすっかり懐いてしまい、今も手をつなぎながら一緒に歩いている。
「セルバチコのあのような姿、儂も初めて見たわい」
「従人同士で仲がいいのは、良いことじゃないか」
「キミはミントを取られて、寂しくならないのかい?」
「娘が祖父と仲良くしてる姿は、微笑ましいと思うだけだが」
「もー! いくら転生したからって、今のタクト様はミントと年齢が変わらないのです。子供扱いするのは、やめてくださいですよ」
そうはいっても昔からミントのことは、手のかかる娘のように思っていたからな。今さら変えることはできん。
「そういえばお前さん、家名は持っとらんのか?」
「俺はただの冒険者だぞ。どうして家名があると思ったんだ?」
「儂を見くびってもらっては困る。お前さんの立ち居振る舞い方、そして言葉遣いは上流階級独特のものだ。前世がそうであったという可能性もあるが、おそらく違うだろう」
「へー、そんなことでバレてしまうものか。その辺りはまったく気にせず過ごしてきたから、勉強になったよ」
「儂とて様々な人物と商いや駆け引きをしてきたんだ、相手がどういった出自かはある程度わかる。それに儂が上級商人だと知っても、眉一つ動かしていない。萎縮したり媚びへつらったりする一般人とは、明らかに態度が違うからな」
こいつは参った。あんな状況でも、俺のことはしっかり見ていたってことか。伊達に年はとってないというわけだ。
「そこまでわかっていたのなら、素直に降参するよ。おれはジマハーリの街にある、サーロイン家で生まれた。しかしそこを放逐され、こうして冒険者をやっている」
「ほう。サーロイン家にお前さんのような人物がいたとは、儂も知らなんだ」
「俺は一般庶民だった母との間にできた子でな。兄弟の中では序列も低かったんだ。それに魔法の才能がないせいで、ある時期から存在しない者として扱われてきた。そしてトドメは俺に発現した外れギフトだ」
「お前さんに魔法の才能がないとか、冗談が過ぎるぞ」
「そうなのです。タクト様の魔法はすごいですよ」
「ギフトだってボクたちを強くしてくれる、とんでもない力があるしね」
そう見られるように行動してきたから、冷遇されるのは当然の結果だがな。それを納得ずみで家を飛び出しているので、後悔や未練はまったくない。むしろ今の生活が楽しすぎて、十五歳まで我慢するんじゃなかったと、反省してるくらいだ。
何より今日は、同じ世界から転移してきたであろう人物の、孫にまで出会えている。実に有意義な人生を歩んでいると言っていいだろう。
その辺の事情を踏まえながら、オレガノさんとセルバチコに伝えていく。なんというかオレガノさんは思考が柔軟で、この世界特有の偏見が薄いから、とても話しがしやすい。
「儂もこれまで数多くの人物と会ってきたが、お前さんのように面白いやつは初めてだ。こんな老人で良ければ、ぜひ友人になってくれんか?」
「俺もオレガノさんとは、いい関係を続けていきたいと思っている。こちらこそよろしく頼む」
「お二方も、どうぞよろしくお願いいたします」
「しっぽや耳に欲情する人じゃないから、安心して一緒に過ごせるよ。これからもよろしくね」
「タクト様のことを理解してくださる方が増えて、ミントすごく嬉しいのです。これからよろしくお願いしますですよ」
一言多いぞ、シトラス。
俺みたいな人間はこの世界にいないと思っていたが、まだまだ世間の広さをまったく理解できてなかったわけだ。もしかすると転移者や転生者が、他にもいるかもしれない。旅をしながらそれっぽい話を、集めてみることにしよう。
まあ、たとえオレガノさんのような人物が見つかっても、モフモフ愛だけは誰にも負けない自信はあるが!
◇◆◇
今日も街道から少し離れた場所を、野営ポイントにする。人数が増えて作る量も多くなるが、やることはいつもと変わらない。
「ほほう。水麦はそうして白くしていたのか」
「ミントとシトラスさんは、これが日課なのです」
「私もお手伝いさせていただいて、よろしいですか?」
「シトラスの使っているものがあるから、これでやってみてくれ」
精白作業は二人に任せ、俺は水麦を生活魔法の水で研いでいく。
「こうして研ぎ汁が透明になるまで、何度も水を入れ替えるんだ」
「保存は効くが、かなり手間がかかるということだな」
「それに研いだあとは、しばらく水につけておく必要がある」
「どれくらい置けばいいのだ?」
「大体一時間くらいだな」
「そんなにもか!?」
「今日は行程を見せるために野営場所でやっているが、いつもは移動中に水麦を研いで浸水だけすませておく」
時間が足りないと炊きあがりに影響するから、この工程だけは手を抜いたらダメだ。外気温の影響を受けないマジックバッグに入れておけば、安心して放置できるしな。
「炊飯の時は、底の丸い鍋を使うほうがうまく炊ける。この形状のほうが、内部で対流が起きやすいんだ。あとは肉厚のある材質で、しっかりフタのできるものがいいな」
「なかなか奥が深いのぉ……」
俺も試行錯誤を繰り返しながら、今のスタイルを確立した。なにせ元の世界だと、炊飯器の釜に目印が書いてある。俺が持っていた炊飯の知識は、米に対して若干多い水という曖昧なものだったし……
オレガノさんにレクチャーしながら準備をしていると、森の方から走ってくるシトラスの姿が。手に黒いものを持っているので、無事に見つけられたようだ。
「おーい。黒茸みつかったよ」
「よくやったな、シトラス。偉いぞ」
「もー、事あるたびに頭を撫でないでよ。髪の毛がグシャグシャになっちゃうじゃないか」
「俺は褒めて伸ばすタイプなんだ。後でちゃんとブラッシングしてやるから、いまは好きにさせろ」
それにお前だって、文句を言いながら逃げないじゃないか。そんなところが可愛すぎるんだよ。
さて、モフモフも堪能できたので、次はスープの準備にかかろう。酒と香草に漬けておいたヘビをぶつ切りにし、器の中に入れて魔法を発動。ペースト状になるまで撹拌したら、つなぎの白イモ粉と一緒に調味料を混ぜ込んでおく。鍋にたっぷりのお湯を沸かしたあと、採れたて黒茸とオレガノさんにもらった野菜を投入。自作した粉末ガラスープの素で味をつけ、スプーンを使って丸く整えた肉団子を、鍋へ落としていく。
「器用なものだな」
「手際がとてもよろしいです」
「旅に出てからもこうして料理をしてるし、今日はそれほど凝ったものを作ってないから、そう見えてるだけだと思うぞ」
「個人の専属料理人でも、魔法は補助的にしか使わん。それをお前さんは切断や撹拌はおろか、下ごしらえにまで使用しとるではないか」
「場所も狭いし、洗い物は少ないほうがいいしな。それに何より時間短縮できる」
スライス魔法なんて、等間隔に並べた風の刃を落とすだけだから、一瞬で終わって楽だぞ? 今となっては丸菜の千切りを包丁で作るとか、まどろっこしくてやってられん。
とにかく料理なんて、本人が一番やりやすい方法でやればいい。そう言い放って調理を再開する。昼間あれだけ食べたのに、シトラスは待ちきれないご様子。まあ食欲旺盛なのはいいことだ。どことは言わないが、大きくなれよ。