0035話 同好の士
魔力欠乏症緩和剤を飲むと、男性の顔色が良くなってきた。魔力も体力と同じで、歳を取るとどうしても回復が遅くなる。ゆっくり休んでもらうために、まずは野盗どもをどうするかだな。
「おかげでだいぶ良くなったよ。そういえば、まだお互いの名前も知らなかったな」
「森にいた男のせいで、名乗るタイミングを逸してしまった。俺は冒険者のタクト。狼種の従人がシトラスで、兎種の従人はミントだ」
「よろしくね」
「よろしくお願いしますです」
「儂は骨董商を営んどる、オレガノ・パルミジャーノ。そこにおる犬種の従人はセルバチコだ」
「よろしくお願いいたします、タクト様」
家名持ちの商売人だったとは驚いた。大店の経営者か、もしくはどこかの御用商人か……
「さて、まずはセルバチコさんの治療だな」
「私のことは、どうぞ呼び捨てでお願いいたします」
「わかった。セルバチコの治療はシトラスに任せる。ミントは周囲の警戒だ。どうやら野盗どもにはボスがいるらしい、近づいてくる者がいたらすぐ知らせろ」
「わかったよ、任せておいて」
「ミント頑張るです」
火傷やら骨折で少々酷いことになってる奴はいるが、まだ全員の息がある。誰かを叩き起こして、アジトの場所を聞き出してやろう。
「俺はまだ二つ星だから、正当防衛以外では捕縛の公権力しかない。襲われたのはオレガノさんだから、そちらに任せてもいいか?」
「儂はこれでも上級商人でな、冒険者なら五つ星相当だ。執行人の任命も出来るから、お前さんの好きにするといい」
「いや、俺たちは襲撃現場に乱入しただけだから、権利はオレガノさんにある」
「若いもんが遠慮などするな。儂などレベル百六十八になってこの体たらく。これ以上強くなることは望めんよ」
商売人でそのレベルってことは、これまで何度も同じことが起きてるということだ。それを全て撃退してきたのなら、セルバチコの強さも納得できる。
「それだけレベルが高かったのなら、どうしてこの程度の連中に?」
「少し向こうの森で、奥に迷い込んでしまった野人の子供を助けてな。そのときちょっとハッスルしすぎたからだよ」
「私の身なりなどに気を使わねば、旦那様の魔力も尽きることはなかったでしょうに」
「バカなことを言うでない。従人の見栄えに気を配れないなど、商売人の名折れ。このオレガノ、断じて恥知らずな真似はできん!」
「そのような事をおっしゃるのは、旦那様だけです」
やはりオレガノさんは俺に近い。なにせ従人に反論を許すくらいだからな。まさか旅の途中でこんな人物に出会えるとは思ってなかった。
「わかるぞ、オレガノさん。みすぼらしい格好をしたやつが、覇気のない顔で隣を歩いていたら、こっちの気が滅入ってしまう」
「お前さんならわかってくれると思ったよ! そっちの二人も実にいい表情をしているじゃないか」
「コイツと同類の上人が他にもいたから、驚いてるだけだよ」
「タクト様を理解してくださる方がいたのは、嬉しいのです」
困り顔のところ悪いが、残念ながら味方はいないぞ、セルバチコ。なにせシトラスとミントは、すっかり俺に感化されている。長年仕えてきたのだから、素直に受け入れておけ。
「それより、野盗どものボスがどこかに居るはずだ。少し気になることがあるから、アジトを突き止めておきたい」
「その意見には賛成だが儂は戦力にならんし、セルバチコにも無理はさせたくない。それでも構わんか?」
「ヤバそうなら撤退するし、とりあえずこちらの戦力だけでやってみるよ。下っ端連中がこれだと、ボスとやらもたかが知れてるだろう。仲間が倒されたとわかれば、アジトを放棄して逃亡するかもしれん。その時に何をするか、わからんからな。この手のゴミは、さっさと掃除しておくに限る」
なにせこの世界のルールは色々と歪だ。殺人には寛容だが、略奪の罪は重い。略奪に関してきっちり犯罪歴がつくのは、所有権というシステムがあるからだろう。
ただし例外があって、野人の持ち物には所有権がつかない。この手の連中をのさばらせておくと、静かに暮すモフモフたちが食い物にされるからな。中途半端に終わらせるわけにはいかん。
「というわけで、そこのお前。少し前から意識を取り戻してるのは、わかってるぞ」
「けっ! 仲間を売るわけねーだろ。とっとと俺たちを開放しないと、後でひでー目に遭うぜ」
「その酷い目に遭わないためにも、お前らの仲間を潰す必要があるんだが?」
「いっ、いくら睨んだって無駄だからな」
別に睨んでるわけじゃない、普通にお前の顔を見てるだけだぞ?
「まあどうしても喋る気がないなら、体に聞くまでだ」
「お前みたいにひょろい奴がいくら脅したって、ボスのお仕置きよりこえーはずがねぇ」
「なら味わってみるか? 神経に直接刺激を与える生活魔法を編み出したんだが、こればっかりは何がおきるかわからんから、試せなかったんだ。ちょうどいい実験材料がいることだし、活用させてもらうぞ」
「しんけーとか、なに言ってやがる。俺がそんなきょーはくに屈すると思なよ」
「安心しろ、すぐ理解できる」
俺は簀巻きになっている男の近くにしゃがみ、頬の部分に手を添えた。魔法発展の礎になれること、誇るがいい!
◇◆◇
細い街道を外れ、畦道を五人で移動する。思ったとおりあの連中は、野人の集落を占拠してアジトに使っていた。
「キミって、あんなエグい魔法も使えるんだね」
「間違ってもお前たちには使わないから安心しろ」
「見てるだけでミントも痛くなったです」
「歯の痛みってのは、人が感じる中でもトップクラスだからな」
あとは尿路結石とかもそうか?
「相手の魔法を暴発させたり、儂らには聞こえん音で昏倒させたり、お前さんはなかなか面白いことをする」
「色々と小細工が得意なだけだ。オレガノさんの使っていた障壁魔法のほうが、俺はすごいと思う」
「鉄壁のギフトを授かったおかげだよ」
「旦那様には、何度も助けていただいております」
なるほど、守りに特化したギフト持ちか。オレガノさんとセルバチコで、うまく攻守のバランスが取れているわけだ。一等級で八番のセルバチコは、恐らくレベル二百前後。もし万全の状態で襲撃されていたなら、あの連中ごとき歯牙にもかけなかっただろう。
逆にそれほどの実力がなければ、商人が単独で旅はできない。今回はたまたま運が悪かったってことだ。俺たちが乱入できて、本当に良かった。
「皆さん、止まって下さいです」
「なにが聞こえる?」
耳を澄ませていたミントの顔が、みるみる真っ赤に染まっていく。やはり危惧していた通りの事態がおきているらしい。下っ端連中同様、生かしておかんからな。覚悟しろ。
「……女の人のうめき声と、男の人の笑い声が聞こえるです。人数は二人ですよ」
「もう聞かなくてもいいぞ、ミント。すぐ片付けてくるから、二人はここで待っていろ」
「なんでさ、野人が酷い目にあってるんだ。ボクも連れて行ってよ」
「下手に踏み込むと、近くにいる野人が盾にされてしまう。あいつらは躊躇なくそれが出来る連中だ。だから俺が相手に気づかれず無力化してやる。それが出来そうもない時はお前を呼ぶから、今は我慢しておけ」
「わかった、キミがそう言うなら任せる。絶対に許しちゃダメだからね」
「当たり前だ。言い訳や命乞いをする暇すら与えん。問答無用であの世へ送ってやる」
俺は見届人になるオレガノさんと一緒に、野人が暮らす掘っ立て小屋へと向かった。
次回も主人公の現代知識が炸裂。
「0036話 理科の時間」をお楽しみに!