0034話 バカはお前たちだ
黒を基調とした動きやすそうなスーツを着ている従人が、野盗に集中攻撃をされている。かなり善戦しているものの、やはり数の暴力には勝てない。遠距離攻撃を防いでいる上人の方は、魔力切れだろうか? 少し顔色が悪いようだ。
「くそっ、なかなかしぶといぞ」
「二人連れならすぐ片がつくとか言ったやつは誰だ!」
「数で押せばなんとかなるって。もうあいつらフラフラじゃねーか」
「ほれほれ、最初の威勢はどうした」
「……くっ」
それにしてもあの従人は強いな。防戦一方で押されながらも、主人への攻撃は確実に防いでいるぞ。
「シトラス、何人いけそうだ?」
「うーん。あの程度の動きなら四人……いや、五人はいけるかな」
「少し離れた場所で魔法を撃ってる奴が二人いるだろ、俺はそっちを何とかする。シトラスは直接襲いかかってる奴らを頼む」
「了解だよ」
「ミントは攻撃が手薄になった頃を見計らって、あそこにいる上人のところに行け。魔力欠乏症の緩和剤を飲ませてやるんだ」
「わかったのです」
マジックバッグから小さな飲み薬を取り出し、ミントへ手渡す。俺の見立てが正しければ、これで症状は改善されるはず。
「奴らは連携や戦略も取らず、力任せに押し切るだけの無能集団。数の有利を失えば、戦況は一気にひっくり返る。派手に暴れて混乱させてやるぞ!」
「あいつらゴブリンより弱そうだけど、一番危ないのはキミだからね。怪我なんかしないでよ」
「ナイフや剣なら危険だが、相手は魔法だ。俺に任せておけ」
さすがにゴブリンは言いすぎじゃないか? オークよりは確実に弱いけどな。
群れる程度の知能しか持ってない奴らに、俺が遅れを取ると思ったら大間違いだぞ。
「タクト様もシトラスさんも、気をつけて下さいです」
「ミントも転ばないようにね」
「気をつけるです」
ミントのガッツポーズを合図に、俺とシトラスは森から飛び出す。目指すは岩陰でコソコソしている二人だ。
「そこの二人、加勢するっ!!」
「コイツ、どこから湧いてきやがった!」
「なっ、何だ、この従人!? 動きが速くて追いきれん」
「デタラメに剣を振り回すな、危ないだろうが!!」
「ヒャッハー、女だ女。捕まえてボスに差し出そうぜ」
「ばーか。ありゃどう見たって男だろ。あんな胸の平たい女がいるか」
「人が気にしてること、言わないでくれるかな」
「うぼあーっ!」
腹にケンカキックを入れられた野盗が一人、口からキラキラしたものを巻き散らかしながら、遠くの方へ飛んでいった。まあ、あれくらいなら死にはしないだろう。
それより突然の乱入で、攻撃の手が止まった今がチャンス。俺は岩陰にいる二人へ近づき、マジックバッグの中からあるものを取り出す。
「丸腰で突っ込んでくるとか、バカじゃないか?」
「くらえっ!!」
攻撃する時に声を出すとか、わかり易すぎだぞ。
俺は小さな袋を投げつけ、中身を魔法で拡散させた。
「バカはお前たちだ」
――ドォォォンッ!!
「なっ……どう、して」
「魔法の暴……走?」
さっきから見ていたが、お前ら火球しか飛ばしてなかっただろ。どの方向になにが飛んでくるかさえわかっていれば、こうして暴発させることも出来る。いわゆる粉塵爆発ってやつだ。まったく、貴重な小麦粉を浪費させやがって。後で弁償しろよ?
「はわわっ。おっきな音でびっくりしたのです」
「おい! あっちにガキの従人がいるぞ」
「胸もでかいし高く売れそうだな。捕まえて人質にしてやる」
しまった。俺が二人相手にどんなことをするのか、伝えるのを忘れていた。ミントに向かっているのは一人だけだし、なんとかなるか。
「ミント! 目をつぶってまっすぐ走れ」
「わっ、わかったのです!」
「おいこら、待ちやがれっ」
「来ないで下さいですー」
そこの野盗。そんな角度で突っ込んでいくと危険だぞ。
「うごっ!?」
「何かに当たったですー」
「気にするな。当たったのはただのゴミだ」
さすが一等級換算でレベル百九十二。みぞおちにタックルを食らった男が悶絶している。ざまあみろ。
「あいつ、愛玩用のくせに強いぞ!?」
「あんなガキに情けない。俺が捕まえてやる!」
もう一人の男が近づいていくが、そろそろミントも限界のはず。
「ふみゃっ!?」
――カァァァーーーン
案の定なにもない所でつまずいたミントが、男の股間に頭突きを入れる。痛い、あれは男にしかわからない痛み。ジャストミートを食らった男は、体をくの字に曲げながら痙攣を繰り返す。
「なんかグシャって音がしたです。すごく気持ち悪いです」
「あとで頭を洗ってやるぞ。それよりもう目を開けていいから、上人のところに行ってやれ」
「はいですー」
どうやら再起不能にしてしまったらしい。どのみちもう使う機会はないだろうが、ご愁傷さま。
「ちくしょう、どうなってやがる!」
「旦那様を襲った報い、受けてもらいましょうか」
「くそっ、来るなー」
シトラスが五人、俺が二人、そしてミントも二人倒している。つまり残るはリーダーっぽい男だけだ。背を向けて走り出したが、あの従人から逃れるのは無理だろう。
案の定あっさり捕まって昏倒させられた。
「あの……大丈夫ですか?」
「ああ、すまない。助かったよ」
「これ、タクト様から預かってきたです。顔色がお悪いですし、飲んで下さいです」
「これは魔力欠乏症の緩和剤だね。けっこう高価な薬だが、もらってしまってもいいのかな?」
「今は魔力欠乏症になることが無くなったから、使う機会がなくて余っている分だ。遠慮なく飲んでくれて構わない」
「それなら、ありがたく使わせてもらうよ」
旅に向いた服装をしているが、かなり仕立ての良いものを着ているな。野盗たちにに目をつけられた理由はこれだろう。なにせ従人の男が着ているのも、ミントやシトラスより上等な服だ。長年重用してきた従人であることは間違いない。
「あっ!? タクト様、もう一人あっちの森にいたです!」
隠れていたやつがいるのか。応援でも呼ばれると厄介だし、ここで倒しておくか。
「耳をふさげ、ミント」
両手でうさ耳をペタンと折り曲げたミントを確認し、森の奥へ走っていこうとする男に魔法を発動する。
――ピィィィィィィィィーーーン
「はうぅ。お耳がキーンってするです」
「大丈夫か?」
「はいです。ちょっとびっくりしただけです」
「ねえボクにも聞こえたんだけど、いまのって音で倒したの?」
「ミントの近くで使いたくなかったからさっきは控えてたんだが、あれは上人に聞こえないほど高い周波数の音を出す魔法だ。それを近い位置から大音量で鳴らすと、平衡感覚を失ったり気絶したりする」
さすがに狼種であるシトラスにも聞こえたか。男の従人も犬種っぽいし、しっかり聞こえたようだ。
「従人にとっては耳障りな音だっただろ。すまなかったな」
「いえ問題ありません。それに上人のあなた様が、私などに謝る必要はございません」
「悪い癖だぞ、セルバチコ。お前は儂に長年仕えてくれた、価値のある従人だ。自分を卑下することなく、素直に受け取っておくといい」
この男性、もしかすると従人の扱いが、俺に近いのかもしれない。まさか旅の途中で、そんな人物に出会えるとは思っていなかった。俺の推測が当たっているのなら、この世界もまだまだ捨てたものじゃないな。
次回、主人公の理解者現る。
「0035話 同好の士」をお楽しみに!