0033話 遠くの声
今日も見渡す限りの青い空で気持ちがいい。いくら晴れの多い季節はいえ、ここまで一度も雨に降られてないのは幸運だ。行程としては少し速いくらいだろうか。しっかり食べて十分寝ているだけあり、二人とも元気が有り余ってるからな。
「ねー、あっちの方に森が見えるけど、行ってみないかい?」
「さっき寄り道したばかりだろ。お前は目についた森を、片っ端から攻略するつもりか?」
「だってさっきの森では、ろくなものが見つからなかったじゃないか。せっかくだから、お昼のおかずになりそうなものを探してみようよ」
「最近のシトラスさんは、すごく機嫌がいいのです」
「あれから他の野人と関わってないからだろ」
「それだけじゃないと思うです」
隣を歩くミントの耳から、香油の爽やかな香りがふわりと届く。風呂に入れない日々を送っていても、ミスト洗浄と毎日の手入れ効果で、二人のしっぽや耳はふさふさだ。
前世のことを告白したあと、お互いの距離がぐっと縮まったし、今回の旅で得られたものは多い。
「ねーねー、行ってみようよ。買い置きの食材もだいぶ減ってきてるんでしょ?」
「わかったわかった。ただし、あまり奥の方には行かないぞ。間引きの進んでない森は危険だからな」
「わかってるって! ボクだって旅に出てから、なんども森に入ってるんだもん」
顔を輝かせたシトラスが、ステップを踏むように街道から畦道へ降りていった。俺は少し苦笑しながら、ミントと一緒にその後を追いかける。
「シトラスは元気が良すぎだな」
「きっとお肉が食べたいのです」
「チャーシューは今日の分で無くなったし、ベーコンの残りもあまり多くない。確かに肉が手に入ると助かるんだが……」
「ミントもまた唐揚げを食べたいのです」
「油を大量に使う唐揚げは難しいが、肉が手に入ったらなにか美味しいものを作ってやる」
「やったーなのです! ミント索敵を頑張るですよ」
やる気をみなぎらせたミントが、俺の手を引っ張りながら走り出す。足場の悪い畦道をそんなに急ぐと、転んでしまうぞ。何もない所でつまずく特技が、治ったわけじゃないんだからな。
「はわわっ!」
ほら言わんこっちゃない。前のめりになったミントの腕を引き、そのまま抱きかかえるようにして支える。せっかくなので、うさ耳に頬ずりしておこう。
「こんな場所でなにイチャついてるのさ」
「ちっ、違うのです、シトラスさん。これはミントが転びそうになって……」
「俺はミントが倒れないよう、支えてるだけだぞ」
「耳に顔をこすり付けながら言われても、なんの説得力もないね」
仕方ないだろ。この体勢だと、ちょうどいい位置にうさ耳が来るんだから。
「あうー。タクト様、お耳がくすぐったいのです」
「今日もサラサラで気持ちがいいぞ」
「まったく所構わず欲情する変態なんだから、キミは。ほら、バカなことやってると置いてくよ」
「あとでシトラスにもやってやるからな」
「よだれで汚れそうだから嫌だよ。コッコ鳥を捕まえてあげるから、その羽根にでも頬ずりしたら?」
失礼な、そこまでだらしない顔にはなっていないぞ。だが羽毛というのも良いかもしれないな。めったに見られないが、森の奥には妖精サイズの有翼種が暮らしている。もし出会うことがあったら、謹んでお願いしてみよう。
「あっ、シトラスさん。森の中で音がするです」
「どんな音?」
「えっと……なにかが這いずるような感じですよ」
「この辺りの森にはヘビが出るのか。赤やオレンジといった鮮やかな体をしたヤツは、毒があるから気をつけろ。茶色と灰色のやつなら食えるぞ」
「へー、どんな味がするんだろう」
お前の方こそ、よだれが垂れそうになってるじゃないか。
「食感はとり肉に似ているが、味は淡白らしい。小骨が多いせいで食べづらいと書いてあったから、すり身を肉団子にしてスープを作ってやろう」
「なんか美味しそう! ボク、ちょっと行ってくる」
「あっちの藪の方から音がするです」
「了解だよ、ミント。すぐ戻ってくるからね」
骨ごと肉団子にすると、カルシウムが多く取れるからな。体を動かすことが多い従人には、ぴったりの食事だ。俺は使えそうな材料を思い浮かべながら、どこかで黒茸が採れないか考える。人のあまり入らない森には倒木も多い。以前シトラスが見つけたように、野生のキノコが生えている可能性は高いだろう。
「俺たちも少し森に入ろう。キノコがないか探してみたい」
「ハイです、タクト様。なにか近づいてこないか、しっかり聞いてるですよ」
途中で合流できるように、俺たちも藪の方へ向かって進む。すると首が切り落とされた茶色いヘビを持ち、シトラスが走って戻ってきた。よほど嬉しかったんだろう、しっぽがブンブン揺れている。捕獲した獲物を飼い主に自慢する犬みたいで可愛いぞ。まあ、シトラスは狼だが……
「結構大きかったよ」
「でかした、シトラス。これだけあれば十分な肉が取れる」
吸引魔法で血抜きをし、皮を剥いで内臓を取り除く。あとはしっかり洗ってぬめりを取り、森で採取できる香草と一緒に、しばらく酒に漬けておこう。そうすれば臭みも抜けるはず。森で狩ることができる動物同様、よく火を通せる煮込み系スープにするか。
スープに必要な食材を伝え、もう少しだけ森の奥へ入ることにする。地図を取り出して確認してみたが、ここは街道の間にある森のようだ。俺たちが通ってきた大きな街道の他にも、バイパスみたいな通りがあるからな。ここまで来たら森を抜けて、バイパス経由で元の道に戻るのも良いかもしれない。
「タクト様、シトラスさん、止まってくださいです」
「なにか居たのか?」
「いえ、人の怒鳴り声みたいなものが聞こえますです」
「従人が怒られてるのかな?」
重い荷物を従人に運ばせ、歩くのが遅いと怒るやつもいる。しかし旅の間に何度も見たようなことで、ミントがこんな顔をするだろうか? かなり真剣に聞き耳を立てている辺り、もっと別の音が届いているんだろう。
「相手は二人だとか、後ろから狙えとか言ってるみたいなのです」
「あー、これは野盗だな」
「どうするの、助けに行ったほうがいいじゃない?」
「見て見ぬ振りも出来るんだが……」
二人だけで旅をしてるということは、個人の商売人かもしれない。野盗をやるような連中は、金に対して鼻が利くからな。
これからも旅を続けていけば、こうした事態には必ず遭遇する。もし自分たちが襲われる対象になった時、何もできないのは最悪のパターンだ。遅かれ早かれ巻き込まれるとわかっているなら、自分たちが主導権を握りやすい状況で経験したほうが良いか……
「聞いてしまった以上、見捨てたら寝覚めが悪い。それに二つ星以上の冒険者は、治安維持に協力する義務もあるんだ」
とはいえ、こんな場所で誰かが見ているはずもない。破ったとしても咎められることはないだろう。しかしシトラスは助けに行きたそうだし、ミントだって心配顔で俺のことを見ている。やはりここは現場だけでも確認するしかないな。
「とりあえず様子を見に行くぞ。野盗どもはターゲットに集中しているだろうし、後ろから奇襲をかければ戦況は大きく変わるはず。その後は出たとこ勝負だ」
「わかったよ」
「悪いことをする人には、お仕置きが必要なのです」
「犯罪歴があると使役契約ができない。恐らくその集団も上人だけで行動してるはず。トドメは襲われてるやつに譲ったほうがいいから、相手を無力化することだけ考えろ」
簡単に作戦を決め、俺はミントをサポートしながら、森の中を進む。やがて開けた場所に出たが、そこにいたのは十人ほどの男たち。襲われているのは白髪交じりの上人と、それに仕えている従人。どちらも六十代くらいだ。
まだこっちは気づかれていないようだし、一気に決めてしまおう。
次回はミントの活躍? をお楽しみに!