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0032話 モフモフに貴賎なし

 まさか道中でこれだけのモフモフに囲まれるとは思っていなかった。街で暮らしていたら、こんな体験はできなかっただろう。やはり旅に出たのは正解だったな。かなり魔力を消耗したが、モフモフを堪能しまくれて大満足だ。


 幼い頃は加減がわからず、魔力枯渇で気絶することも多かったが、今のところまだまだ余裕がある。基礎魔力量が多いとレベルアップの恩恵も増えるので、きっとそのおかげに違いない。



「本当にありがとうございました、なにかお礼に差し出せるものでもあれば、良いのですが……」


「礼は十分もらっている、問題ないぞ」


「私どもは、何もお渡しした覚えはございませんが?」



 こらシトラス。俺にかわいそうな人を見るような視線を向けるとは、実にけしからん。どうせまたいつもの病気とか思っているんだろ。



「……はっ!! まさか私の妻を従人(じゅうじん)にと!?」


「まてまて。いい加減その話題から離れろ。なんど同じことを繰り返したと思ってるんだ」



 俺が女の野人(やじん)に話しかけるたび、従人にするのかと聞きに来やがって。だいたいお前の伴侶は、かなりの歳じゃないか。腰の曲がりかけている高齢者に旅をさせるほど、俺は鬼畜じゃないぞ。



「あの……娘のことを助けていただき、ありがとうございました。あなたのような上人(じょうじん)にもっと早く出会えていれば、私の人生は変わっていたのかもしれません」


「色々思うところはあるだろうが、過去の出来事を変えることはできない。それに俺のような上人は異端だからな。変な希望は持たないほうが身のためだ。今はチコリの幸せだけを考えてやれ」


「……はい」



 なにせこの世界で生まれた人間と転生者の俺では、価値観の相違が大きすぎる。まあ近い方のタイプとしては、愛玩用のペットとして飼う連中寄りか。しかしそんな奴らでも、従人は自分が優越感に浸るための道具であり、古くなれば交換する()だ。


 愛玩用として飼われたら、一時的にいい暮らしができるかもしれない。しかしその美貌や若さは有限だからな。いつ捨てられるかわからない恐怖に怯え、ビクビクしながらのストレスフルな生活は、多くの従人を壊してしまう。こんな場所で静かに暮す野人に、そんな人生を送って欲しいとは思わん。



「おにいちゃん、ありがとう。だいすき」


「チコリみたいな可愛い子に、大好きと言ってもらえて嬉しいぞ。だが他の上人には気をつけろ、そのままさらって行くようなやつもいるからな。そんな事になれば、もうパセリとは会えなくなる」


「えー、おかあさんとあえないの、やだ!」


「そうならないためにも、周りにいる大人たちの言うことを、ちゃんと聞くこと。いいな?」


「わかった、おにいちゃん!」


「よし、いい返事だ」



 だいぶ時間を食ってしまったし、そろそろ出発しなければならない。両手を伸ばしてきたチコリを抱き上げ、キツネ耳を撫で納めしておく。しっぽの毛はだいぶ傷んでしまっているが、こっちはフワフワで気持ちが良すぎる。狐種(きつねしゅ)というのは、良いものだな……



「いつまでもだらしない顔してたら、置いていくよ。明るい内にある程度進んでおかないと、食べるものを探す時間もなくなるんだからね」


「わかってるからそう急かすな。そんなに心配しなくても、お前やミントのブラッシングだけは、手を抜いたりなんかしないぞ」


「キミねぇ……ボクの話を全然聞いてなかっただろ!」



 シトラスは俺が他の野人と触れ合うのを、妙に嫌うところがある。もしかすると浮気みたいに捉えてしまうのだろうか? なにせ治療が終わった途端、離れたがってるしな。ここに来た時も、他人のしっぽと見比べて落ち込んでいたし、後でちゃんとケアしておこう。


 モフモフに貴賤がないこと、うまく伝わればいいのだが……



◇◆◇



 後ろ髪を引かれる思いで集落をあとにした俺たちは、野営の出来そうな場所まで移動してきた。中途半端な行程になってしまったが、あんな事があったのだから仕方ない。


 道中で摘んでおいた野草と、森で拾ってきた卵に買い置きの野菜やベーコンを加えて、スパニッシュ風オムレツにしている。二人とも喜んで食べているものの、いつもより空気は重く会話も途切れがちだ。


 この状態が明日まで続くようでは、俺が耐えられん。楽しい雰囲気で食べなくては、飯もまずくなるしな。やはりここは、腹を割って話し合うしかないか。



「あのさ……キミってボクたちのこと、どう思ってるの? やっぱりしっぽや耳だけの存在なのかな」


「タクト様はよくモフ値と、おっしゃってますですよね。店でお会いした時も、ミントは数値が小さいからと拒絶されましたです。やはりその数字が大きいほうを、好まれるのですか?」



 俺がそんな決意をしていたら、シトラスの方から話を振ってくれた。それにミントまで不安にさせてしまっていたようだ。これは俺も主人として、まだまだという(あかし)



「まずはモフ値について答えよう。簡単に言うと、俺ががどれだけ触りたくなるかという、指標みたいなものだな」


「ミントにはそれが足りていない、ということなのですね」


「あの頃はしっぽの比重が大きかったから、ミントの評価はどうしても低くならざるをえなかった。しかし一緒に暮らし始めて俺は間違いに気づいた。うさ耳というのは実に素晴らしいものだとッ!」


「やっぱりキミは、しっぽや耳しか見てないんじゃないか。正直に言うと、ボクはキミに感謝してる。こうして強くしてくれてるし、すごくいい暮らしをさせてもらってるからね。でもキミが他の野人(やじん)に優しくしたり、しっぽや耳に触れてる姿を見ると、なんか心がざわつくんだよ」



 あー、これは嫉妬の感情をうまく言語化できてない感じか。いつもの悪態や反論は照れ隠しとかではなく、自分の気持ちを持て余してたんだな。



「どうしてここまでしっぽや耳に執着するのか、それを今から話してやる。ずっと黙っていたが、俺には生まれる前の記憶があるんだ――」



 食事の手を止めた二人へ、日本で生まれた〝香坂 拓人(こうさか たくと)〟について語っていく。幼い頃から苦しめられてきたアレルギーについて。動物に近づくことさえできなかった悲しみ。そして食材や料理の知識。この世界には存在しない技術や学問。更に論理演算師というギフトに関わる、プログラミングや二進数のことを。



「キミが以前、ボクに生まれる前の記憶はないかって聞いてきたのは、そういうわけだったのか」


「今の俺は二人分の人生を背負っている。その影響で数値が倍の桁になったのかと思ってたんだ」


「ひっぐ……ぞんな人生をおぐられていただなんて、だぐどざまかわいそうなのでず……ぐすっ」


「こらこら、そんなに泣くな。飯が塩辛くなってしまうぞ」



 つらい思い出のほうが多い人生だったが、こうして生まれ変われたからには今更だ。欲を言えば、獣人たちが虐げられていない世界のほうが良かった、くらいだろうか。それでも俺が持つマイナスの支配値と、使役契約というシステムがある限り、モフモフハーレムも夢じゃないがな。



「キミがくだらないことばかり知ってる理由、やっとわかったよ。もし今の話を出会った時に聞いても、痛い妄想癖を持った異常者くらいに思ってただろうね」


「俺はこの世界の人間と価値観が全く違う。その基準で言えば上人は無価値で、野人こそ愛すべき存在だ。だから自分の出来る範囲で、手を差し伸べてやりたいと思ってる」


「キミが他の野人に目移りするのは、はっきり言って気に入らないけど、これからも我慢してあげるよ」



 あまり二人にストレスを与えたくはないが、一応の納得を見せてくれたのが何よりだ。なにせモフモフを目の前にすると、自制できる自信がない。今にして思うと、十五年間よく我慢できたな。我ながらあっぱれと言ってやろう。



「シトラスのその感情、どういうものか教えてやろうか?」


「へー、他人の都合なんてお構いなしのキミに、ボクの気持ちがわかるっていうのかい? 面白そうだから、教えてよ」


「それはな、浮気現場を見て怒るヤツと同じだ」


「なっ!? ボクがキミのことを好きだなんて、あるわけ無いだろ! バカも休み休み言ってほしいものだね」


「シトラスさん、やっぱり素直じゃないのです」


「ミントも余計なことを言わない!」


「はいなのですー」



 さっきまでの重たい雰囲気はすっかりなくなり、元の距離感が戻ってきた。こうして自分についてきてくれる従人(じゅうじん)は、家族以上に大切な存在だ。その事をわかってもらえるように、これからもモフり続けていこう。


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