0031話 キツネの里
湿地に群生していた花で痒み止めを作り、子供と母親のしっぽに塗っておく。冷やしただけだと一時しのぎにしかならないが、これでしばらくは大丈夫だろう。余った材料も生活魔法で粉砕と抽出をやり、すべて塗り薬にしておいた。これだけあれば、集落全員分をまかなえる。
「おにいちゃんすごい。わたしもしょうらい、おにいちゃんと、けいやくしたい」
「俺にはもう二人も従人がいる。すまんがお前と契約してやるのは無理だ」
「えー……じゃあ、じゅうじんになるの、やめる」
抱っこさせてくれるくらい懐いてくれたのはありがたいが、今のところ四ビットの従人を増やす予定はない。それに母親は従人になるのが嫌で、こんな辺鄙なところに住んでるんだろう。さっきからずっと不安そうな目で、俺たちの様子を見ている。
さすがに母親の意思を無視して、子供だけ連れて行くわけにはいかん。この子のしっぽは、将来が非常に楽しみなのだが!
「従人になるのは、よく考えてからじゃないとダメだよ。中にはしっぽに欲情するような変態もいるんだから」
「先程からずっとお尻に視線を感じるのは、そのせいだったのですか?」
むむっ、ちょっと見つめすぎたか。狐種の野人は、あまり見かけたことがなかったからな。ついつい揺れるしっぽに目が行ってしまった。次の街ではしっぽのモフ値に注目しながら、新しい従人を探してみよう。
「ミントのは丸くて短いので、お二人のしっぽが羨ましいです」
「ミントにはそのうさ耳があるじゃないか。しかも二本という、他にはないアドバンテージを持ってるんだぞ。悲観する必要はなにもない」
「お耳を好きと言ってくださるのは、とても嬉しいのです」
「なんか外見だけしか見られてないみたいで、ボクは素直に喜べないよ」
「モフ値は最重要項目だが、それが全てではない。シトラスやミントのことは、中身も含めて気に入ってるからな」
「取ってつけたように言われても、全然信用できないね!」
「シトラスさんはもっと素直になったほうが、いいのです」
そうだぞミント、もっと言ってやれ。ただシトラスのこういうところが、魅力的ではあるんだよな。素直に喜ぶ姿も可愛いと思う反面、それはそれで寂しい気持ちにもなる。悩ましい問題だ。
「ボクはミントみたいに単純じゃないのさ」
「ヒドイのです! ミントだってちゃんと考えてるですよ」
「こらこら、子供の前で喧嘩なんかするな。ちゃんとお姉さんらしく振る舞わないと、その立派なしっぽと長い耳が泣くぞ」
「あはははは! おにいちゃん、へんなひと。それにおねえちゃんたち、おもしろい」
なにかがツボにはまったらしく、子供がとつぜん笑い出す。ある意味癒やされる光景を見て、二人の毒気も急速に抜けていく。そんなふうに和気あいあいと畦道を歩いていたら、小さな集落が見えてきた。狭い場所に家が密集してるということは、ダニの広がるスピードも速いだろう。
「誰か出てきたな。あれも狐種の野人か?」
「あの人が集落で最年長の方です。それにあそこには、狐種の野人しかいませんよ」
ほほう。つまりあそこは、立派なしっぽを持つ野人の宝庫ということか。ちょっとテンションが上ってきたぞ。
「どっ、どうしてこのような場所に上人のかたが!? 二人も愛玩用の従人を連れているということは、まさかその子も同じように? チコリは集落で唯一の子供、みなが宝のように思っています。なにとぞ、なにとぞご勘弁を」
「まてまて、なにを勝手に話を進めてるんだ。それに土下座なんかしなくてもいい。俺がここに来たのは別の用事だ」
「では母親のパセリを? その娘は上人に騙され、無理やり孕まされました。ここへたどり着いたのはそれが原因です。再び同じ目に合わすわけには」
「子供の前でなんてことを言うんだ、少し黙ってろ」
怒気を込めて叱りつけると、土下座したままブルブル震えだす。こんなことをするために、ここまで来たんじゃないんだがな……
「すまんな。この子に聞かれてしまったが、大丈夫か?」
「はい。父親のことは、その子にも伝えていますので」
「おとうさんはいないけど、みんなやさしいからすき」
街の近くでは自分の従人に野人を襲わせたり、甘言を弄して繁殖させたりする。まさかこの母親も被害者だったとは。そんな事があれば、人里を離れようって気にもなるだろう。
「チコリはいい子に育ってるな。大きくなったら、パセリのことを支えてやるんだぞ」
「うん!」
頭を撫でてやると、嬉しそうに頭を擦り寄せてきた。洗いたてのキツネ耳が当たって、実に気持ちがいい。
「あのだらしない顔を見てみなよ、ミント」
「タクト様、幸せそうなのです」
外野の二人、うるさいぞ。俺の楽しみに、いちいち反応するな。至高の時間が台無しになるではないか。
「しかしそんな事があったのに、よく俺のことを信用する気になったな」
「娘が苦しむ姿を、これ以上見たくなかったので。それにシトラスさんがあなたのこと、頼りになる人だからと」
「俺の見てないところで、そんなことを言ったのか」
「いま思えば変態って言葉を付け忘れたこと、心底後悔してるよ」
相変わらず照れ隠しで悪態をついてくるが、頼りにしてもらっているのは嬉しいものだ。
「上人が我らに謝罪したり、従人に嫌味を言わせるなど、一体どういうことですか。それにチコリの懐きっぷりは……」
「コイツはケモミミとしっぽに目がないからね。ボクたち野人には、とことん甘いのさ」
「ここへ来たのも、皆さんの病気を治すためなのですよ」
「そういえば、あれだけ痒がっていたチコリが、すっかり元気に」
「おにいちゃんに、なおしてもらった!」
やれやれ、やっとこの状況に気づいたか。勝手な思い込みで暴走するから、無駄な時間を使ってしまった。
「この集落にかゆみの原因になる虫が繁殖している。それの退治と予防をするから、中に入れてくれ」
「本当に助けていただけるのですか?」
「この二人も、すでに痒みが無くなってきた。それと同じことを、お前たちにもやってやる。ついでに虫が潜伏していそうな衣類や寝具も洗ってやるぞ」
「どうして見ず知らずの私たちのために、そこまでのことを……」
「そんなもん、モフモフが困ってるからに決まってるだろ」
関わったからには、出来る限りの面倒をみる。それがモフモフ保全につながるなら、なおさらだ。レベルアップで魔力の総量も増えてるし、これくらいの集落ならなんとかなるだろう。
さあ、お前たち。俺のホットミストを食らうがいい!
治療を終えた主人公はキツネの里をあとにする。
しかしシトラスとミントは……
次回「0032話 モフモフに貴賎なし」をお楽しみに!