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Epilogue : And then a new era will begin.

約1万文字のエピローグです。

詰め込みすぎたので、情報量が多すぎて読むのは大変ですが、ぜひお楽しみください。

では、どうぞ。

 ワイワイガヤガヤと、子どもたちが大聖堂へ入っていく。今日はダエモン教が社会貢献の一環として、毎週開催しているフリースクールの日。下は六歳くらいから、上は十二歳前後まで。上人(じょうじん)従人(じゅうじん)、そして首に従印(じゅういん)のない野人(やじん)もおり、幅広い年代と身分の子どもたちが通っている。



「今日もよろしくお願いします、聖女先生」


「龍の巫女様、こんにちはー」


「みんな、いらっしゃい」



 教壇に立っているのは聖女ラズベリーだ。ある時は眼鏡とスーツを身にまとい、ハンドポインターを手にした女性教師風の格好。またある時はメイド服や巫女服。様々な衣装で教鞭をとる彼女だが、今日は動きやすいワンピースを身に着けている。


 南方大陸の守護龍ホムラを保護し、共に暮らすようになった一件を契機に、龍の寵愛(ちょうあい)を授かったと内外に通達。その影響で上人とは異なる外見へ変化し、寿命が大きく伸びたという理由を作り、これまでの方針を百八十度転換。信者や街の住人たちへ、その姿を披露するようになった。


 事実、ホムラはラズベリーのことを(いた)く気に入り、彼女と使役契約を結んでいる。そして日々の生活で心を通わせ続けた結果、ホムラが持つ龍族の加護を、その身に宿しているのだ。病気や怪我と無縁の体は、純血エルフ(ハイエルフ)の種族特性と相互に影響しあい、元々千年と言われていた寿命を大幅に伸ばす。今のラズベリーなら五桁も夢じゃない。



「こんにちは、ホムラ様」


「今日も勉強、頑張るがよい」


「はいっ!」


「あとで競争しようぜー」


「今日は遠足の日だ。どれだけ速くなったか、小生に披露してくれ」


「オレの本気を見せてやる。びっくりして腰を抜かすなよー」


「また背中に乗せてね。ホムラちゃん」


「真面目に授業を受ければ、ご褒美に空の散歩へ連れて行ってやろう。しっかり励むのだぞ」


「わかった!」


「なあ、なんでホムラはずっと子供のままなんだ? 何千年も生きてるんだろ?」


「この姿でいると、拝謁(はいえつ)に来た信者たちから、お菓子がもらえるからな」


「うわっ、一人だけずりー」


「役得というやつだから諦めるがいい……というのは冗談で、もらった菓子は今日の弁当に入っているぞ。おやつの時間に皆で食べよう」


「うひょー、ハンバーガーだ!」


「おにぎりもあるよ」


「チョコレート楽しみだなー」



 教団が用意したお弁当を見て、子どもたちが沸き立つ。今日は毎年春に行われる遠足の日。授業は一課目だけ行い、その後は野外でお弁当を広げる。美味しいものを景色の良い場所で、お腹いっぱい食べられる人気のイベントだ。


 はしゃぐ子どもたちを見て、ホムラは目を細めながら微笑む。幼女の姿のまま過ごしている彼女は、フリースクールに通う子どもたちの人気者。生徒たちのやる気を刺激したり、課外授業の引率をしたりと活躍していた。


 すでに力の大部分を取り戻し、その気になればラズベリーと同年代の姿に体を作り変えられるが、それを実行するつもりは今のところない。自分を抱き枕のようにして眠ったり、甲斐甲斐しく洗身(せんしん)してくれるラズベリーの楽しみを、奪いたくないからだ。


 そしてもう一つ。龍族の体操術(たいそうじゅつ)で体を大きくすると、どうしても理想的な体型になってしまう。数年前から胸のサイズを気にし始めた、純情可憐なラズベリーを落ち込ませたくないのである。



「みんな注目。そろそろ今日の授業を始めるよー」


「皆の者、席につこうぞ」


「「「「「はーい」」」」」



 元気に返事した子どもたちが、普段は礼拝者が座る椅子に、次々腰を下ろす。もちろんホムラも授業を受ける側だ。ラズベリーが教卓に手をつくと、今日の日直が号令をかけた。



「起立! 礼!」


「「「「「先生、おはようございます」」」」」


「皆さん、おはようございます」


「着席!」


「今日の授業は前回の続きからね。社会科の内容、みんな覚えてるかな?」


「はいっ」



 勢いよく挙手した男の子を、ラズベリーが指名する。



「僕たちが生まれる前は、上人と従人が一緒に授業を受けたり、ご飯を食べたりすることはありませんでした」


「そうだね。従人と野人、そして上人の間には、とても大きな壁があったの」


「今はみんな仲良しだよね。街の外にいる子たちとも、遊んだりするもん」


「その頃は今だと考えられないくらい、それぞれの生活水準が違ってたんだよ」


「ドロドロの茶色い水麦(みずむぎ)や、湿地に生えてる草しか食べられなかったって、お父さんやおじいちゃんが言ってた」



 前回の授業で学んだことを親世代や集落の人々に話し、そこで得られた情報を子どもたちが次々発表していく。やがて話は食べ物の話題が中心になってしまう。



「野菜やお肉が食べられなかったなんて、かわいそう」


「私、パンより水麦のほうが好き」


「茶がゆって、暑い時期でもスルスル食べられるからいいよね」


「オミソシルと水麦で作る、ネコマンマも美味しいよ」


「スシ・テンプラ・ミリン干し、最高だぜー」


「お魚があんなに美味しくなるなんて、魔法よりすごいと思う」


「ニホンシュによく合うからって、お父さんやおじいちゃんが収穫した水麦を持って、お母さんに内緒でハナサキ商会へ行ってるの、私しってる!」


「はーい、お喋りはそこまで。ちょうど今日の授業で取り上げようと思ってたけど、ハナサキ商会を作った人って誰だか知ってるかな?」


「はい。マトリカリアっていう馬種(うましゅ)の従人です」


「うん、正解だよ。ちゃんと予習してきて偉いね」



 世界で初めて従人が責任者になり、新しい事業を始めた経緯(いきさつ)から、ラズベリーは説明する。


 アインパエ帝国から伝来した、水麦を使う酒の製法と炊飯の文化。それらを一手に取り扱ったマトリカリアの事業は大成功。やがてタラバ商会が親会社となり、従人だけで経営するハナサキ商会を立ち上げた。


 デュラムセモリナ穀物生産卸売協同組合と提携したハナサキ商会は、水麦の加工販売にも手を広げ、街の外で暮らす野人たちと雇用契約を結ぶ。そして読み書き計算できない彼らのために、物々交換での取引も応じることに。一大産業へ成長した水麦栽培のおかげで、野人たちの生活水準が一気に向上したのだ。



「マトリカリアってすごい従人なんだね」


「私もそんな人になれるかな……」


「皆はまだ若いのだ。ここでしっかり勉強すれば、どんな人物にでもなれよう。小生が保証するぞ」


「ホムラ様の言う通りだよ。いっぱい勉強して仕事ができるようになったら、お父さんやお母さん、街にいる上人や従人。それから外で暮らす集落の人たちを、助けてあげてね」


「「「「「はーい」」」」」



 偏見をなくし、互いに助け合える関係を作るには、幼少期からの教育が肝要(かんよう)。そんなタクトのアドバイスで始めたフリースクールは、絶大な効果を発揮している。子どもたちに育まれた意識の変化が、徐々に大人たちへと浸透していき、ヨロズヤーオ国を大きく変えた。


 生徒たちの素直な返事に、ラズベリーは心の中で〝ヨシ!〟と声を出す。確実に理想へと近づいている手応えを感じながら、社会科の授業は続く。


 近代南方大陸史きんだいなんぽうたいりくしを軽くなぞり、授業内容は北方大陸(ほっぽうたいりく)の歴史と社会制度へ。


 物体操作魔法を応用して生み出される、数々の魔道具や乗り物。世界中の食生活に大きな影響を与えた、日本酒や味噌を始めとする発酵食品と炊飯文化。これらを海外へ輸出することで、傾きかけていたアインパエ帝国をさらなる大国へ押し上げ、多大な功績を残した救国のアイドル皇帝アンゼリカ・スコヴィルはすでに退位。


 次女のラムズイヤー・スコヴィルを皇帝に据え、長女ナスタチウムと三女ベルガモットが、協力して統治する体制へと移行していた。


 政権を交代したのはクローブとユズの間に、念願の男の子が生まれたから。いずれ皇帝の座につく柚真(ユウマ)・スコヴィルへ、スムーズに譲位するためだ。



「アインパエ帝国は凄く怖い国だって、おじいちゃんが言ってたけど、今は違うんですか?」


「昔は閉鎖的な国で、怖がられることも多かったけど、今は違うよ。さっき勉強したブリックス統治時代は、世界中を敵に回してたの。でもアンゼリカ・スコヴィル統治時代に入ってから、開かれた皇室を目標に掲げて宥和政策(ゆうわせいさく)へ舵を切った。要はみんなと仲良くしようってやり方だね」


「悪いことをしたら、ウチクビゴクモン、ハラキリ、シマナガシの刑になるって本当?」


「それはアインパエ帝国で人気がある、時代劇の中に出てくる刑罰だよ。悪いことをしたら捕まるのは、どこの国でも同じだけど、いきなり斬られたりしないから安心して」


「よかったー。魔道カートや魔道バイクをいっぱい作って、マハラガタカのみんなに喜んでもらうのが僕の夢でさ。大きくなったら魔道具技師の修行をしに、アインパエへ行こうと思ってたんだ」


「それは素晴らしい目標だな。小生も応援するぞ」


「聖女先生。今の皇帝ってどんな人?」



 子どもたちの質問に、次々答えていくラズベリー。従人や野人の待遇改善に関しては、北方大陸のほうが何歩も先んじている。なにせ新たな技術と食文化で産業構造が大きく変わり、労働力がいくらあっても足りないからだ。


 種族間の格差をなくしたいラズベリーとしては、アインパエの今を多くの人たちに知ってほしい。そして南方大陸も同じように、乾地(かんち)湿地(しっち)を隔てていた街の壁が、取り壊されますようにと……



「龍の巫女様って、なんでも知ってるね」


「スコヴィル家のみんなとは友達だから、知りたいことがあればなんでも聞いていいよ」


「さすが聖女様、すげー」


「でもね、私よりもっとすごい人がいるの。今日のお話にもあった様々な変化の中心にいて、異なる種族同士が手を取り合うために欠かせない、数多くの格言を作った立役者だよ」


「弱っていた小生や、北方大陸の守護者である青龍を、救ってくれた御仁だ」


「他の授業でも出てきたけど、みんな覚えてるかな?」


「「「「「聖座(セイント)タクト様!」」」」」


「はい、よくできました。今日の授業はここまでにして、そろそろ遠足に行こうか。行き先はタクト様のところだから、みんないい子にしててね」


「伝説のモフリストに会えるのかー。楽しみだな」


「世界で一人だけの彗星級(コメット・ランク)冒険者だよね」


紅の魔導師クリムゾン・ソーサラー白の使い魔(ホワイト・ファミリア)はいるかな?」


「僕は魔女の書庫ウィッチーズ・アーカイブと話がしてみたい」



 期待の言葉を次々口にしながら、ぞろぞろと大聖堂を出ていく。そして中庭にある大きな木の近くへ集まると、上空から滑空してきた霊獣(ホーリー)がラズベリーの肩に降り立つ。



「今日はよろしくね、ホーリー」


「キュルルー」


「みんな、ちゃんと円の中に入ったかな?」


「「「「「はーい」」」」」


「じゃあいくよー」


「キュルーーーン」



 周囲とは色の違うレンガが光り、中にいた人々が一瞬で消えてしまう。そして子供たちの眼前に広がる、先程までとはまったく違う風景。好奇心旺盛な瞳で周囲の様子をうかがっていた時、花壇で作業していた栗鼠種(りすしゅ)の少女が、霊木の方角から聞こえてくる声に気づく。



「うわー、花壇が凄くきれー」


「お母さんが絶対に見ておきなさいって言ってた、有名なフラワーガーデンがこれなんだ」


「いらっしゃいませ、ラズベリー様」


「こんにちは、リコリスちゃん。予定より授業が早く終わっちゃったんだけど、タクト様はもう帰ってきてる?」


「えーっと、どうだったかな。ずっと花壇にいたから……」



 リコリスが答えに窮していると、屋敷の玄関が開く。扉の奥から出てきた従人を見て、子供たちから「大きい」という声が漏れる。年少者ゆえの素直な感想に、ラズベリーはクリティカルヒットを受けた。



「サントリナおねーちゃーん。タクト父さんって、もう帰ってきた?」


「アインパエの用事が長引いてるけど、時間までには戻るって少し前に連絡があったよ。だからそろそろじゃないかって、様子を見に来たの。父様(とうさま)を真っ先に出迎えてあげたいから」


「サントリナちゃんは大人になっても、タクト様一筋だね」


「だって父様は世界一素敵で、誰よりも優しいんですよ。そんなの当たり前じゃないですか」



 サントリナは腰に両手を当て、胸をそらしながら答えを返す。並び立つ者がない大迫力の光景を至近距離で直視してしまい、ラズベリーの頭上にノックアウト(K.O.)と文字が浮かぶ。



「あっ、帰ってきた!」



 屋敷の方にいたシマエナガたちが一斉に飛び立つ姿に気づき、リコリスは霊木の方へ駆けていく。枝がサワサワと揺れ、現れたのはタクトとコハク。そして護衛として同行していた、シトラスと息子のタイヨウ。



「抜け駆けはずるい」


「早いもの勝ちだよ、サントリナお姉ちゃん」



 走り出したリコリスを、慌ててサントリナが追いかける。走ると余計に目立つ、はるかなる高みを見せつけられたラズベリーは、失意の体前屈(orz)でガックリ崩れ落ちてしまう。



「聖女様、大丈夫?」


「よ……よくあることだから……ぐすん。心配しなくても平気だよ。ちょっとだけ待ってくれたら、すぐ復活する……さめざめ」


逢瀬(おうせ)を重ねるたびに、タクト殿から賛辞(さんじ)(たまわ)っているのであろう? 意識しすぎるのは良くないぞ」


「わかってはいるんですけど、複雑な乙女心ってやつです……ほろり」



 たとえ何百歳になろうとも、エルフ族はいつまでも乙女なのだ。落ち込むラズベリーをホムラが慰めていた時、屋敷の二階にある小窓が開く。そこから飛び出す白い影。



「おとーたぁーん」


「ちょっとクウちゃん。急に飛び出したら危ないじゃない」


「まっすぐとべるようになったからへーきだよー、ジャスミンおかーたん」


「うわっ、有翼種(ゆうよくしゅ)の子供だ」


「ちっちゃくて可愛いー」


「見て見て、おうちの窓のところ。有翼種がズラッと並んでるよ」



 二階の窓から飛び出したのは、タクトとジャスミンの娘クウ。そしてコーサカ邸には集落に馴染めない者や、森の外に興味を示した有翼種が、何人も暮らしている。



「いっちばーん」


「クウちゃんずるいー」


「うぅっ、負けてしまいました」


「ただいまクウ。飛ぶのが上手になったな」


「えへへー」


「リコリスは今日もクミンとラベンダーの手伝いをやってくれてたのか?」


「いっぱい草むしりしたから、褒めて褒めて」


「私もユーカリ母様やミライちゃんと一緒に、お弁当作り頑張りました」


「よしよし、偉いぞサントリナ」



 タクトに頭を撫でられ、三人の表情が甘く溶けていく。そんな従人たちの態度に、子供たちは興味津々だ。野人や従人と仲良くなっても、ここまで上人にべったり懐く姿は、見たことがない。さすが伝説のモフリストは違う。子供たち全員が、そんな感想を持つ。


 みんなが遠巻きに様子を見守る中、鼠種(ねずみしゅ)の子供がおずおずとタクトの近くへ。



「この大きな動物もホーリーと同じ霊獣?」


「正確には俺の守護霊獣だが、ホーリーや頭の上にいるシマエナガたちと同じ存在だ」


「キュイッ!」


「チチチッ!」


「ねえタクト様。コハクちゃんが大きくなってるなんて、今日はアインパエで何かあったの?」


「ペッパーが開発中の特殊車両(レーシングカート)を調整してたら、コハクが競争したいと言い出してな。それで大きくなったんだ」


「へー、勝ったのはどっち?」


「もちろんコハクだぞ」


「キュッキューイ!」



 守護霊獣としてどんどん力をつけていった結果、コハクは龍族の体操術(たいそうじゅつ)に近い能力を手に入れた。まだ体の大きさを変える力しかないが、いずれ人の姿に変身できるかもしれないと、スイは推測している。


 そしてタクトと意思疎通できるまで、二人の結びつきは強固なものに進化。これは大好きな彼との子供が欲しいという、コハクの執念が生み出した結果だ。



「コハクを倒すのはオレだ、それまで負けるんじゃないぞ」


「キュッ!!」


「それならボクと一緒に修行頑張らないとね」


「ねー、シトラス母さん。今から森に行こうよ」


「こらタイヨウ、今日は遠足に参加する日だって言っただろ。お前がみんなを守るんじゃなかったのか?」


「あっ、そうだった!」


「屋敷に行って着替えてこい」



 元気よく「はーい」と声を上げ、タイヨウは屋敷の方へ駆けていった。そんな姿を見送ったあと、シトラスがタクトの前に立つ。少し前かがみになって見上げると、わかってるとばかりにタクトがオオカミ耳をモフる。



「ボクも着替えてくるね。この前完成した婦警さんの服を着てくるから、楽しみにしてて」


「あれはシトラスが着ると映えるからな。期待して待ってる」


「凄くきれいなお姉さんだったなぁ……」


「将来あんな人と結婚したい……」



 モフ値二百二十(220)のしっぽを大きく揺らし、長い髪をなびかせながら走り去るシトラスの姿に、犬種(いぬしゅ)狼種(おおかみしゅ)の少年たちはため息を漏らす。



「タイヨウくんのレベルって、いくつになったの?」


「朝の散歩で森に行った時、ちょうどレベルが上ってな。今は六十四(64)になってる」


「もうそんなに上がったんだ。ってことはタクト様も?」


「この間カンストしたぞ。結局レベル百二十八(128)以降で成長したのは、重複発動数の増加だけだったが……」


「レベルがカンストしてる人っておっちゃんばっかりなのに、やっぱ彗星級(コメット・ランク)ってスゲー」


「レベルが上がらなくなったら、冒険者を引退するんですか?」


「家族全員のレベルがカンストするまでは、活動を続けるつもりだ」



 数値こそ四ビット(4bit)だが、タクトの子供たちは使役契約無しで、レベルが上昇していた。旧来の従人や野人を超えた存在は、まさに新人類と言ってよい。


 そしてコーサカ家だけでなく、スコヴィル家やラズベリーも、経験値の分配を受けている。これからも家族が増える予定なので、タクトが引退するのはまだまだ先だ。



「……あるじ様、おかえり」


「うわっ、急に出てきたからびっくりした!」


「今なにがおきたの!?」



 いきなり出現したシナモンの姿に、子供たちが面食(めんく)らう。そんな様子など気にすることなく、シナモンは両腕をタクトの方へ差し出す。



「シナモンはいくつになっても甘えん坊だな」


「……あるじ様、好き」


「……かーさまだけ、ずるい」


「ヨゾラも一緒だったのか。抱っこしてやるからこっちへ来い」



 シナモンと同じ黒い猫耳の幼女がトテトテとタクトに近づき、足にギュッとしがみついた。それを見ていたラズベリーは興奮して、手をワキワキさせて背後から忍び寄る。そんな攻撃(セクハラ)を器用にかわし、タクトの体をスルスルと登ってしまう。



「掃除は終わったのか?」


「……完璧。ヨゾラも手伝った」


「……たかいとこのそうじ、おもしろい」


「屋根や煙突の掃除は、シナモンとヨゾラが頼りだ。しかし、くれぐれも安全第一でやってくれ」


「……屋根の高さなら、落ちても平気。私とあるじ様の娘、強い」


「……えっへん」



 娘のヨゾラは母親に似て、高い場所が大好きだ。しかも身軽な身体能力や、バランス感覚の良さも受け継いでいる。なにせ生後五ヶ月の頃、天井の(はり)をハイハイで動き回り、家中の住人を驚かせた。



「キュイッ!?」


「あっ、霊獣さんどっか行っちゃった」


「ちっちゃい男の子を二人乗せて戻ってきたよ」


「リクたーん、カイたーん、こっちこっちー」



 コハクの背中にまたがっているのは、ニームの息子リクとミントの息子カイ。ジャスミンの娘クウと誕生日が近く、まるで三つ子のように仲が良い。


 ニームとミント、そして従人のステビアとローリエも庭へやってきた。



「兄さんが帰ってくると、賑やかになりますね」


「お帰りなさいなのです、タクト様」


「引率お疲れ様です、ラズベリー様」


「みんな、いらっしゃい」



 それぞれが挨拶を交わしていると、数人の上人がニームの近くへ。同じようにステビアとローリエの周囲にも、子供たちが集まる。



「お姉さんが紅の魔導師クリムゾン・ソーサラー?」


「えぇ、世間ではそう呼ばれてますよ」


「僕、大きくなったらマノイワート学園に入りたい! 先生の授業を受けるのが夢なんだ」


「それは嬉しいですね。入学したら応用魔法学科の講義に、参加してください」


「いいギフトを授からなかったら、マノイワート学園に入れないの?」


「そんなことないですよ。聖女様の授業を真面目に聞いてしっかり勉強すれば、誰にでも入学のチャンスはあります」


「魔法が上手になるギフトってなに?」


「能力はギフトだけで決まるものではありません。属性魔法にまったく適正のないギフトでも、やたら器用に魔法を使える人。手芸というギフトを持ちながら、努力を重ねて剣術道場の師範になった人もいます。ギフトというのは、能力のサポートをしてくれるだけなので、アタリだハズレだと言って、自分の可能性を(せば)めてしまう思い込みは捨てましょう」



 子供たちの質問に、ニームは一つ一つ丁寧な答えを返す。誰が相手であっても、礼儀正しく誠実な振る舞い。図解やゲームを取り入れた、わかりやすく楽しい講義内容。今マノイワート学園で一番人気なのは、ニームが担当している応用魔法学科だ。


 そしてニームは、魔毒症(まどくしょう)の特効薬で学会から表彰を受け、新薬研究所として独立したコーサカラボの副所長でもある。所長のタクトと共に、世界中の森から貴重な材料を調達。筆頭研究員のローズマリーを中心として、優秀な卒業生たちが数々の成果を出していた。



「ニームかあさんとステビアかあさん。それにローリエねえさんも、すごいにんきだね」


「三人は二つ名で呼ばれるほどの有名人だからな。リクも大人になったら、ニームの授業を受けてみるか?」


「んーっと……ぼくはタクトとうさんみたいな、ぼうけんしゃになりたい!」


「カイもいっしょに、ぼーけんしたい」


「うん、いっしょにやろう」


「あたちもつれてってー」


「じゃあクウもいれて、さんにんでパーティーくもうね」


「うふふ。この子たちもタクトみたいに、優秀な冒険者になれるかしら」


「家の手伝いがちゃんとできる、しっかりした子供たちなんだ。俺くらいなら簡単に超えていくさ」


「ミントとタクト様の子供なら、何にだってなれるのです!」



 ジャスミンとタクト、そしてミントは盛大に親バカぶりを発揮しながら、三人の将来を思い描く。遠くない未来リク・カイ・クウの三兄妹は、世界を股にかけたトレジャーハンターになるのだが、それはまた別の話。



「すっかり子供の姿が馴染んでおるな、ホムラよ」


「スイも縮んでみるか? なかなか良いものだぞ」


(われ)には子供がおるからな。その背格好では娘を育てられぬ」


「……ヒカリが来た。ヨゾラ、あるじ様から降りる」


「……わかった、かーさま」



 スイに抱かれた娘のヒカリが、タクトの姿を見て両腕を伸ばす。それに気づいたシナモンとヨゾラは、可愛い末っ子のために特等席を譲る。



「ただいま、ヒカリ」


「ぱーぱ、ぱーぱ、しゅき」


「俺も大好きだぞ」


「我のことは好きではないのか?」


「まーま、しゅき」


「「「ぼくたちは?/あたちは?」」」


「にーに、ねーね、しゅき」



 ヒカリを取り囲んで、デレデレになるコーサカ一家。その様子をうかがいながらホムラは思う。子供を授かるというのは龍族の()りようを、ここまで変えてしまうのかと。


 なにせスイがヒカリを身ごもってから、自分の波長と干渉していた共鳴が止まった。しかも驚くべきことに、大陸の守護を一部肩代わりしてくれるようになったのだ。二人の力で守られることになった土地は力が増し、急増する水麦の需要を支えている。



「子供というのは良いものだ。ラズベリーもしっかり励んでくれ」


「が……頑張ります」



 元々懐妊しにくい種族なので、数で勝負するしかないな。ラズベリーはそんなことを考えながら、タクトへ熱い視線を送った。



「お待たせいたしました、旦那様」


「お弁当が完成したよ、父上」


「お疲れ様、ユーカリ、ミライ。そっちの方を任せっきりで悪かったな」


「サントリナ姉上が手伝ってくれましたし、パインさんやマンダリンさんもいるので問題ないです」



 教団が用意したおにぎりやハンバーガーに合わせる、大量のおかずを準備し終えたユーカリとミライが、タクトの前に姿を表す。母娘揃って大きなキツネ耳をモフられながら頬を染めていた時、着替え終わったシトラスとタイヨウが屋敷から出てきた。


 黒いタイトスカートと水色のシャツ。肩の部分には肩章(けんしょう)があり、胸元は紺色のネクタイでビシッと決めている。そしてタイヨウはシトラスとお揃いのパンツスタイルだ。



「二人とも、よく似合ってるぞ」


「交通違反を見つけたら、ボクが取り締まってあげるからね」


「横断歩道は手を上げて渡らないと危ないぞ」



 シトラスがホイッスルを取り出し、タイヨウは弟や妹たちに黄色い旗を渡す。



「これで全員揃ったな。そろそろ出発するか」


「みんなー、集まってー」



 ラズベリーに大きな声で呼ばれ、庭で遊んでいた子供たちが走ってくる。花壇の方に行っていた子供たちは、クミンとラベンダーに付き添われて戻ってきた。


 フェンネルや屋敷の従人たちに見送られ、子供たちとタクトの家族は魔道カートや魔道バイク、そして馬車が行き交う大通りを目指す。街ですれ違う上人や従人の顔は、みな生き生きとしていて明るい。


 そんな人々の様子を見たタクトは、新しい時代の息吹を感じるのであった。






┌───────────────────────┐

│無能として家から追放されると決めた転生者の俺は│

│モフモフたちと一緒に第三の人生をエンジョイする│

└───────────────────────┘


 And they lived happily ever after.

 - Never Ending -


 最後までお読みいただき、ありがとうございました。

 約3年半に渡る連載は、これにて終幕です。


 ここまでお読みいただいた読者の皆様、評価やリアクションをしてくださった皆様、誤字報告や感想をくださった皆様に最大級の感謝を!


 最後の最後でかなり登場人物が増えたので、タクトの実子を誕生順に列挙。

  ・タイヨウ(太陽)(シトラスの息子:狼種)

  ・ミライ(未来)(ユーカリの娘:狐種)

  ・ヨゾラ(夜空)(シナモンの娘:猫種)

  ・リク()(ニームの息子:人種)

  ・カイ()(ミントの息子:兎種)

  ・クウ()(ジャスミンの娘:有翼種)

  ・ヒカリ()(スイの娘:龍種)

 です。


 はたして聖女ラズベリーも子供を授かることができるのか?

 それは神の味噌汁……もとい、神のみぞ知る。

(もし作中に登場していたら、名前は「キボウ(希望)」になっていたでしょう)


◇◆◇


 作品の総括として一言。

 まさか妹がメインヒロインに昇格して、子供まで作ってしまうとは……

(作者の手を離れて好き勝手動きやがってw)


◇◆◇


著者ページの活動報告に、設定の裏話やボツになった構想などをアップしています。

(https://mypage.syosetu.com/mypageblog/view/userid/1353159/blogkey/3482757/)

読後の余韻に浸りながら、楽しんでいただけると幸いです。

【トミ井ミト拝】

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― 新着の感想 ―
完走おめでとうございます すごく楽しく読ませてもらいました
サーロインが「見る目が無い」とか「無能」とか「傲慢」の代名詞になっちゃいそうだよなあ こんだけ歴史の授業でタクトが要人として紹介されると
超長期にわたる連載お疲れ様でした。完走おめでとうございます。 3年半ですか……いつの間にそんなに。
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