0282話 帰還
誤字報告ありがとうございました!
昇龍でなく登山してましたw
アインパエ訪問の日取りもあるので、聖域経由で自宅へ戻る。群がってきたシマエナガたちを頭に乗せると、家に帰ってきたという実感が湧く。俺もすっかりここに馴染んだものだ。
そのまま門の前までオレガノさんを見送りに。
「これまでの人生で最高に楽しい旅だった。またどこかに行くときは、誘っても構わんか?」
「もちろんいつでも言ってくれ。この大陸にある街のことを、俺たちはまだまだ知らなすぎる。楽しい祭りや珍しい催しに、連れて行ってもらえるとありがたい」
「また皆様と旅ができること、楽しみにしております」
「セルバチコがいてくれると色々助かるから、次もよろしく頼む」
みんなが別れの挨拶をそれぞれ交わしたあと、オレガノさんたちは帰っていった。さて、俺たちも屋敷へ戻ろう。
何度か帰るチャンスはあったが、今回は移動優先で戻らずじまい。みんな元気にしてるだろうか……
「タクトおとーさん! おかえりなさい!!」
扉を開けた途端、サントリナが俺の腹部に飛び込んでくる。なかなかいいタックルだ。レベルが上ってるんだから、ちょっと手加減してくれよ。スイの加護を持ってるので事なきを得たが、生身だとダメージを食らっていたかもしれん。
「ただいまサントリナ。いい子にしてたか?」
「うん! おてつだい、いっぱいしたよ!!」
自慢気に差し出されたお手伝い表を見ると、フェンネルが割り振った仕事をした時にもらえるペンの判子。アルカネットたちの手伝いをしたときにもらえる果物の判子。そしてリコリスの世話をしたときにもらえる花の判子が、いくつも押されていた。よしよし、よく頑張ったな。偉いぞ。
「いっぱい貰えたな。さすが自慢の娘だ。そんなサントリナに土産をやろう」
「わー、おはなのブローチだ。ありがとう、タクトおとーさん!」
「頑張ったサントリナちゃんに、わたくしからはこれを」
「おにんぎょうさん、かわいい! だいじにするね、ユーカリおかーさん!!」
あー、やっぱりこうして子どもと触れ合うのは落ち着く。それに笑顔を見ているだけで、旅の疲れなんて吹き飛んでしまう。
「お帰りなさいませ、タクト様。従人を増やすのですか?」
「ただいま、フェンネル。彼女とは旅の途中で知り合ってな、色々あってここへ誘った。詳しいことはニームやクローブが揃ってから話すよ」
「はじめまして、ミルラです。これからよろしくお願いします」
自己紹介や挨拶をしていたら、クミンたちがやってきた。俺の顔を見た途端、リコリスが必死に腕を伸ばす。どうだミルラ、この世のものとは思えないほど、キュートな生き物だろ!
「たーく、たーくー、あーー」
「ただいまリコリス。俺の名前を呼んでくれてるのか?」
「最近、私のことを〝おかあ〟って呼んでくれるようになったんです」
「私も〝くーみ〟って言ってもらえたよ」
嬉しそうなラベンダーとクミンの頭を撫で、俺にしがみついてきたリコリスを預かる。顔をグリグリ押し付けてきやがって、縄張りでも主張してるのか? まったく可愛い奴め!
「んー……じゃーすー?」
「彼女は今日から一緒に暮らすミルラ。同じ有翼種だけどジャスミンとは別の人だからな」
「みーあ、みーあ」
「わー。ほっぺたとか、柔らかい」
「きゃふふふ」
触っても嫌がられないし、この家でもうまくやっていけそうだ。ヘンルーダの時みたいに、気に入らないやつが近くにいると、大泣きしてしまうからな。上々の顔合わせに安堵しながら、腰のマジックバッグに手を当てる。
「ほら、音が出るおもちゃをやろう。口に入っても大丈夫な素材だと言っていたが、食べるんじゃないぞ」
「きゃーうっ! たーく、たーくっ。きゃっ、きゃっ!!」
ドーナツ型のおもちゃを渡してやると、大喜びで腕を振り始めた。動きに合わせてシャカシャカシャカと小気味よい音が、玄関ホールに鳴り響く。マラカスみたいな音色に刺激される前世の記憶。ウー、マンボ!
「なんか踊りたくなるリズムっすね」
「こう、腕を交互に振りながらな」
「さすがタクトさん、わかってるっすね!」
玄関ホールへやってきたユズに、指で軽くジェスチャーすると、サムズアップしながらウインクする。こういうネタで盛り上がれるのは、やっぱり同郷だな。
「そうそう。米は見つからなかったが、露店でフタ付きの大きな甕が売ってたから、いくつか買っておいた」
「あっ、これ便利なやつっす。今度から漬物や味噌は、これで作るっすよ」
仕事をしていた家族たちが、続々集まってきた。ここにいないニームたちは学園、クローブは図書館か。とりあえずみんなでリビングに行って、そこで土産を渡そう。
上機嫌のリコリスを膝に乗せ、留守中の出来事を聞きながら、ナギンカで買ってきたものを並べる。預けられていたメッセージを読むと、どうやら聖堂の霊木は、すでに安定したらしい。ラズベリーが遊びに来たら聖堂へ行き、ホーリーをここへ連れてこよう。シマエナガたちと引き合わせれば、霊木同士のトンネルが完成だ。
そうすれば霊獣が許可した人間だけ、二点間を自由に通行できる。
「他になにか変わったことはなかったか?」
「あっ、自分から一点」
対面に座っていたユズが手を上げて発言許可を求めてきた。ここは学校じゃないんだから、自由に喋っていいんだぞ。何やらちょっと改まってる感じだし、このまま話を聞くとしよう。そう考えて目線で続きを促す。
「クローブとお付き合いすることにしたっす」
「呼び捨てになったってことは、うまくいってるんだな」
「アンゼリカ陛下にも挨拶して、お義母さんって呼ぶことにしたっす」
「あの人のことだから、むちゃくちゃ喜んだだろ」
「もう凄かったっすよ。最後は〝にゃー〟しか言えなくなってたっすから」
どうやら感極まって大泣きしたらしい。もしその場にいたら、俺が涙を拭かされてたかも……
「二人のことは応援するよ。アインパエへ移住するなら相談してくれ。向こうで味噌や酒の製造を事業化するなら出資するぞ」
「クローブの研究が実を結んで、子供を作ろうってことになったら考えるっすよ。お義母さんも同じようなこと、言ってくれたっすから」
なるべくしてなった感じではあるが、思ったより早かったという印象は残る。それだけ二人の相性が良かったということか。スコヴィル家として、これほど嬉しいことはないだろう。とにもかくにも、二人の橋渡し役になれたのなら、ちょっと嬉しいぞ。
これは盛大に祝いをせねばなるまい。二人をナギンカまで連れて行って、指輪を作ってもらうのもいいな。クローブもそのへんの風習は知ってるだろうし。
とはいえ、あまり性急に事を進めるような真似はせず、二人のことは生暖かく見守ることにしよう。
◇◆◇
「……兄さん、自重」
隣りに座っているニームが、俺のネクタイを引っ張りながら、ジト目で睨む。久しぶりのこんなやり取りを、心地よく感じてしまうようになったのだから、まったくもって困ったものだ。俺に歪んだ性癖を植え付けた責任、このあとすぐ取らせてやるぞ。覚悟しておけ。
フェンネルたちをみると、頭を抱えながら微動だにしない。まあ二人目の龍族を目の当たりにして、ある意味当然の反応と言える。
「小生のことでタクト殿の家族に負担をかけるのは、心苦しいな」
「気にしなくても大丈夫だ。すぐ慣れる」
「普通は簡単に受け入れたりできないからな。チート持ち転生者の基準で考えるなよ」
「お前だってホムラを見ても動じてないじゃないか。それに聞いたぞ。レベルアップで再生が成長したこと。構造を理解できてるものだったら、壊れたものでも直せるようになったんだろ? そっちの方がチートすぎる」
「僕がこうして落ち着いていられるのは、ユズに見せてもらったアニメで学んだからだ。転生者は無自覚チートでやらかしたあと、こう言うのがお約束だったよな。〝ナンカヤッチャイマシタ?〟って。お前も言ってみろよ」
クローブのやつ、日本語で煽りやがって!
仕方がない、膝の上にいるホムラの髪を編んで落ち着こう。
「タクトさんとクローブ、相変わらず仲良すぎっす。ちょっと妬けちゃうっすよ」
「僕の心はユズにしか向いてない。トラブル誘引体質みたいなこいつとお前じゃ、比べ物にならないだろ。だから、やっかむ必要なんて無いぞ」
「なんか人前でそんなこと言われると、すっごく照れるっすね」
「俺は一体なにを見せられてるんだ……」
「いつも私たちが兄さんにされている仕打ち、これで理解できましたか?」
仕打ちとか言うなよ。今のやりとり程度は、イチャコラに入らんぞ。
まあ良かろう、今から本物を見せてやる。自分の身で、とくと味わうがいい!
とりあえずその前に……っと。
「よし、完成だ。みんなに土産を渡すから、膝から降りてくれ」
「こちらへどうぞ、ホムラ様。御髪がほどけないよう、リボンを結んで差し上げます」
「タクト殿の膝に座ると、いつも可憐な髪型にされてしまうな」
リビングに置いてある鏡で自分の姿を確認し、ラズベリーの方へトコトコ歩いていく。そんな姿を複雑な表情で見つめるフェンネルたち。今回は三つ編みで作ったダブル団子だぞ。似合ってるだろ。
「クローブにはこれを買ってきた」
「なんだ、これ。魔法の本か?」
「民間に伝承されている、キワモノ魔法ばかり集めた読み物だ。うまく組み合わせて、役に立つ魔法を開発してくれ」
パラパラと目を通してみたが、足の蒸れを防ぐ魔法とか、痒いところに手が届く魔法なんかが載っていた。現象を数式として捉えることができるクローブなら、とんでも魔法に進化させられるかもしれない。
「へー、面白そうだな。じっくり読んでみる」
「ラズベリーには珍しい茶葉を買ってきた。教皇たちと一緒に楽しんでくれ」
「わー! ありがとう、タクト様」
「外に出ることが多いステビアとローリエにはハンカチだ」
「ありがとうございます、タクト様」
「肌触りが良くて、柄もすごく可愛い! タクト様、ありがとう」
みんなに土産を渡すたび、ニームがチラチラとこちらを見る。そんなにソワソワしなくても大丈夫だぞ。なにせとっておきを用意しているからな。
「ニームにはこれを買ってきた。受け取って欲しい」
マジックバッグからリングケースを取り出し、フタをパカッと開く。台座に彫られた〝いつもお前のそばに〟というメッセージ。そして俺の髪と同じ、深い青色の宝石をはめ込んだリングがあらわになる。
「……指輪、ですか?」
「前世の俺やユズが暮らしていた世界では、結婚相手に指輪を贈る風習があるんだ」
「それってつまり、兄さんが私……に?」
「妻になってほしいと頼んでいる。嫌か?」
「そっ、そんなわけ無いじゃないですか!」
「じゃあ左手を出してくれ」
おずおずと差し出された左手を取り、細くてきれいな薬指にリングを通す。ゆっくりサイズが変わっていき、指にフィットしたところでストップ。サイズが変わっても模様やデザインが崩れないのだから、この世界で作られている指輪は本当に不思議だ。
同じデザインで赤い宝石の指輪をニームに渡し、俺の薬指につけてもらう。こちらへ近づいてくる指輪が、ちょっと震えている。緊張してるんだろうか?
そんなことを思っていた時、宝石の上で雫が跳ねた。驚いて視線を上げると、涙を流すニームの顔が目に飛び込む。
「涙をお拭きします、ニーム様」
「良かったですね、ニーム様!」
「それは嬉し泣き、なんだよな?」
「ひっく……もちろん、そうに決まってるじゃないですか。やっぱり妹としてしか見ることができない、なんて言われたらどうしようって、ずっと不安だったんです。だからすごく嬉しくて」
「今までみたいな状況に流された関係でなく、一人の女性としてお前を愛していきたい。だから結婚しよう」
「はい! 兄さん。不束者ですが、末永くお願いします」
胸に飛び込んできたニームを、ギュッと抱きしめる。旅の途中に気づいてしまった。ニームのいない生活が、どれだけ味気ないものかを。もう彼女は俺の一部であり、切り離せない存在になっていたんだ。
「やっぱりイチャラブでは、タクトさんに勝てないっすね」
「プロポーズを見せられるとか、なんのプレイだよ、まったく……」
「二人ともおめでとう! ダエモン教の聖女として、未来あるカップルに祝福を!!」
まさかこの俺が、獣人種以外の女性を娶る日が来るなんて、サーロイン家を捨てた時には考えもしなかった。しかも相手が妹として同じ家で暮らしていた人物だもんな。幼少の頃から避けられていた彼女と再会し、まだ一年と少ししか経ってない。
思えばちょうど一年前に発生した、森の氾濫事件がきっかけか。あれで俺たちの人生は大きく変わっている。そんな起点からずっと近くにいるニームのこと、これからも大切にしていこう。
みんなの祝福を聞きながら、俺は改めて誓いをたてた。
第15章の伏線回収。
次回「0283話 名探偵シトラス」をお楽しみに。