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0281話 買い物デート

 普段つけているものよりシックなネクタイを締め、インフォーマルなジャケットを羽織る。髪を軽く整えて全身をチェック。よし、これなら貧乏人には見えないはず。格式の高い店でも、いきなり追い返されることはあるまい。


 そろそろ待ち合わせの時間だし、玄関ホールへ行くか。



「よく似合ってるな、主殿」


「スイもバッチリ決まっていて可愛いぞ」



 ボックスプリーツのスカートに長袖ブラウス。その上から襟付きのケープを羽織っている。胸元を飾る幅広のネクタイは、俺とおそろいの柄だ。ニコニコ顔で腕に絡みついてきたので、エスコートしながら上級宿を出て街へ繰り出す。



「ホムラのやつも元気が出たら、こうして街を案内してやりたいな」


「今の社会制度になって憑依できなくなってるから、きっと喜んでくれるだろう。ワカイネトコに来たら、買い食いしまくるんじゃないか?」


「目を輝かせながら屋台を巡る、あやつの姿が目に浮かぶぞ」



 やはりナギンカでも人々の視線がすごい。まずはスイの容姿に見とれる。そして頭にあるツノを見て驚く。更に上人(じょうじん)と同じ耳をしていることで困惑。すれ違いざまにしっぽを二度見。作り物のようなそれが機嫌よく動いているとわかり、呆然と立ちすくむ。


 ほぼ全ての連中がこのコンボを受けてしまう。


 まあ、いつものことだから放置で問題なし!

 そのうち勝手に再起動するだろ……



「大聖堂でも旨いものを食べさせてもらっているようで、満足そうな顔が印象的だったよ」


「まだ数日しか経ってないのに、すっかり馴染んでいたな。あのまま食っちゃ寝の駄龍(だりゅう)になってしまわないか、(われ)は心配だ」


「たった一晩で擬似霊木が完成してしまったんだ。定期的に訪問してやればいいだろ。ミルラも喜ぶだろうし」


「霊木が安定してワカイネトコと直接つながれば、我らだけでも自由に行き来できる。存分に見張ってやるとしよう」


「しかしホーリーのやつ、規格外すぎだな。あれは分体ってレベルじゃないぞ」


「それだけホムラの危機脱出に、霊獣たちが感謝してるということだ。しかもシマエナガたちと違い、ホーリー一人に大陸中の力が結集したのだからな。当然の結果であろうよ」



 一つ一つは小さなリソースでも、チリも積もればなんとやら。とんでもない分体が生まれてしまった。俺が言えた義理じゃないけど、自重してもらいたいものだ。


 そんな話をしながら二人でのんびり街を歩いていると、蚤の市(のみのいち)が開かれている場所へ到着。丸い広場の周囲に店が立ち並び、中心部分のスペースでは数多くの露店が商品を陳列している。こういう風景を見ると、掘り出し物への期待が膨らむ!



「高級なアンティーク中心の市かと思ったが、手頃なもの方が多いな」


「これは見て回るだけでも楽しそうだ。主殿よ、どこに行くか決めてくれ」


「まずは雑貨や小物を扱ってる店を覗いて、家族への土産を探そう」



 おもちゃなんかも売ってるぞ。この世界にガラガラとか無いんだろうか。リコリスにプレゼントしたら、喜ばれそうなのに……



「これはまた、味のある人形だな」


「それは粘土を焼いて作った置物で、厄災を払ったり幸運を呼び込んだりという、願いが込められている」


「人のようで人でなかったり、見たことのない動物だったり、どれもユニークな形をしていて面白い」



 店主にひと声かけ、いくつか手にとってみる。俺の感覚で表現するなら、これは土偶そのものだ。人体をデフォルメしたようなものや、二足歩行する動物があったりして、見ているだけでも妙になごむ。



「フェンネルがこれ、好きなんだよ。色々集めてるらしく、部屋や執務室に飾ってるぞ。カルダモンもその影響を受けていて、給料をもらうようになってから、ちょくちょく買ってるみたいだ」


「さすが主殿、皆のことをよく見ている」


「フェンネルと年長者たちの土産はそれで決まりだ。サントリナとタイムは、可愛らしいもののほうが良いだろうな」



 気に入ったものを選んでもらえるよう、少し多めに買っておく。余ったらリビングにでも飾ればいいし、年少組が欲しがったら渡せばいい。



「あれ? あんたタクトさんだろ。この街に来てたんだな」



 別の露店に行こうと歩き始めた時、中年男性に話しかけられた。その人も地面に商品を広げているが、取り扱ってるのはアクセサリーのようだ。吊り下げられたペンダントや、山積みになっているブローチ。工芸品みたいな髪留めなんかもある。



「知り合いか? 主殿」


「いや……ワカイネトコでも見たことがないな」


「あー、すまんすまん。こっちが一方的に知ってるだけだ。ほら、例の運動会。あれを観戦してたから、名前と顔を覚えちまった」


「なるほど、そういうことか」


「相変わらず龍族の従人(じゅうじん)と仲がいいな。どうだ、少し見ていかないか?」



 せっかくなので商品を見せてもらう。この店は不要になった宝石や装飾品を買い取って、修理したりリフォームして売ってるとのこと。店売りのものに比べてリーズナブルだが、デザインや細工はかなり良い。コスパ抜群の店に巡り会えるなんてラッキーだ。



「ここにあるものはどれもキラキラしていて、ついつい見入ってしまう」


「そういえば物語の(ドラゴン)は、金銀財宝を集めるのが好き、なんて逸話があるな。スイはどうなんだ?」


「我にそんな趣味はないぞ。だが美しいものを眺めるのは好きだ」



 一緒にペンダントを物色していたら、一つの商品が目に留まる。ペンダントトップに付いてる涙滴型の青い石、中できらめく粒子が踊ってるじゃないか。なんだこの不思議な宝石は……



「おっ!? それに目をつけたのか。どうだ、面白いだろ」


「なんとも幻想的な宝石だな」


「これを貰うよ、いくらだ?」


「はいよ、毎度あり!」



 なんでも魔力に反応して粒子が動くらしい。まさかこの世界に、そんな物があったなんて。本当に掘り出し物だぞ、これ。


 支払いを済ませて商品を受け取り、スイの正面に立つ。



「買い物に付き合ってくれた礼だ、受け取ってくれ」


「か、構わんのか?」


「スイに似合うと思って買ったからな。つけてやるからじっとしてろよ」



 模様が彫られた留め具(クラスプ)のロックを解除し、スイの首にチェーンを巻く。魔力を持ってるだけあって、宝石の中で踊る粒子が光を反射してきれいだ。



「主殿からこんな素敵なものを贈られるとは、我は幸せすぎる」


「へー、龍族ってのは魔力を持ってるのか。いいもん見せてもらったぜ、ありがとよ」


「いや、こっちこそ素晴らしい買い物ができた。ところで指輪は取り扱ってないのか?」


「あー、うちの店じゃ指輪はリフォームできないんだ。ほら、指輪にはサイズの調整機能がいるだろ。あれは認可された工房しか作れなくてな。もし良かったら、おすすめの店を教えてやるぞ」



 荒ぶるスイのしっぽをなだめつつ、シトラスたちのアクセサリーも選ぶ。クミンやユズたちの土産も買ってから、店主がイチオシだと言っていた、広場の外周にある店舗を探す。通りを一本入った目立たない場所に、ひっそり建つ赤い屋根の小さな店……と。あった、あそこか。


 ドアが木製ってだけで、店の格が伝わってくる。まあ怖気づく必要はないし、入るとしよう。



「なんだ、お前さんも来たのか。こんな寂れた店、よく見つけられたな」


「寂れたとは酷い言い草だぞ、オレガノ」


「あれ? オレガノさんじゃないか。ここで会えるとは思ってなかったよ」



 店の中にはオレガノさんとセルバチコがいた。今日はあちこちで仕入れするとか言っていたが、ここは仕事仲間の店なんだろうか。年齢も近いみたいだし、さっきのやり取りでも親密度が伝わってくる。


 なにはともあれ、この人がいるってことは、間違いのない品物を扱っているってことだ。いい店を紹介してくれたあの人には感謝しか無い。



「失礼しました。当店へお越しいただき、ありがとうございます。本日はどのようなご用向きでしょうか?」


「異性へ贈る指輪を探しに来た。あまり詳しくないので、アドバイスを貰えるとありがたい」


「承知いたしました。贈られる相手は、そちらにいらっしゃる従人でよろしいですか?」


「いや、別の者だ」



 相手の年齢や好みを伝え、いくつか見繕ってもらう。派手すぎず、他では手に入らないオリジナルデザインのもの。俺たちは従人の使役や、冒険者ギルドで使う指輪をしているから、そちらとの調和も大切だ。


 あれこれ悩んだ末、細身のウェーブライン。そして宝石をひと粒だけ埋め込むことができる、シルバーのペアリングをチョイス。選んだ石の色は深い青と、鮮やかな赤。


 すぐ出来上がるというので、そのまま店内で待つことに。



「しかしスイよ、お前さん良いペンダントをつけているな。どこで手に入れた?」


「先ほど主殿に露店で買ってもらったのだ。我は嬉しくて嬉しくて、天にも昇ってしまいそうな気分になっている」



 実際ちょっと浮いてるぞ。そのまま天井を破って飛び出すなよ。



「旦那様の(あきな)いは宝石類を扱わないので不勉強なのですが、かなり珍しいものですよね?」


「当店にも一点のみ在庫がありますよ。こちらのケースに入っています」



 セルバチコから質問され、店主の男性が鍵を取り出す。そして中が見えなかったショーケースのフタを開けてくれる。そこにはスイのものより、ふた回りほど小さい宝石をあしらった指輪が、陳列されていた。


 値段は……



「えっ!? 家一軒建つぞ、これ」


「そんなに高価なものを、我に贈ってくれたのか!?」


「いやいや。たしかに他のものより高かったが、そこまでしてない。なにせ現金で支払えたくらいだし」



 ここにある指輪より大きな石なんて、いくらになるかわからん。そんな取引、手形でしか無理だ。



「お前さん、実に幸運だったな。時々出るんだよ、そういう露店。気に入った客が来たらこっそり陳列したり、目利きの客にしかわからんものを、低価格で並べていたりする。だから儂も、直接来るようにしてるんだ」


「もしかして当店も、そちらのご紹介で?」


「ああ、おすすめの店だと教えてもらった」


「なるほど。お客様は()()()()()ようですね。今後ともぜひご贔屓にお願いします」



 まさかの展開に、俺とスイは完全に固まってしまう。出来上がった指輪を受け取り広場に戻ってみたが、さっきの露店はもう無くなっていた。


特別な存在になっていた妹ちゃんへ……

次回「0282話 帰還」をお楽しみに。

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竜には玉の印象やなあ 玉持ってる絵画そこそこ有るし
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