0280話 助けてルバえもん
誤字報告ありがとうございました!
さ~て、今週のルバえもんは……
最後の皿を積み上げ、ホムラが満足そうに腹をさする。その体のどこに入ったんだ、ってくらいの量を食べたな。作り置きが減ってしまったし、今日は移動せず料理に専念しようか……
そんなことを考えながら、目の前にある頭へ手を置く。つい反射的にやってしまったが、嫌がっている気配はない。このまま撫でてやろう。
「他人の膝がこれほど落ち着くとは、なかなか新鮮な体験だ」
「……あるじ様の抱っこ、幸せになれる」
「ミントは膝枕してもらうのが、好きなのです」
「主殿のなでなでは、身も心もとろけるほど絶品だ」
スイのやつ、さっきからやたら俺を持ち上げてくるな。同族と出会えて、テンションが上ってるんだろうか。もしかするとホムラをコーサカ家に誘おうとしてるのかもしれない。ここまで関わってしまったからには、力が回復するまで一緒に暮らすのもありだ。フェンネルの心労が増えるかもしれないが!
とりあえずそっちは一旦おいておくとして、今後の予定を決めてしまわねば。
「今から戻っても中途半端な移動になってしまうし、今日はどこかで休憩しようと思うんだが、どうだろう?」
「儂も同じことを考えていた。蚤の市まで日数の余裕もある。お前さんたちとの旅が長く楽しめるんだ。それで構わんぞ」
「それならまずはミルラだな。元の集落を探して送ることも可能だが、なにか希望があれば遠慮なく言ってくれ」
「えっと……里にはあんまりいい思い出がないから、どこか安全なところがあったら、そこで暮らしたい。あと、時々でもいいから、ホムラと話ができたら嬉しいかな」
「それなら私たちと一緒に来ちゃう?」
「ジャスミンさんが一緒なら、すごく心強い。でもいいの?」
「なんの問題もないぞ。誰か気に入った上人と出会えれば契約するもよし。もちろんそのまま暮らしても構わない」
「じゃあ、それでお願いします」
森から離れる選択をあっさり選ぶなんて、やっぱりミルラは面白い。もし彼女のような有翼種が一定割合いるようなら、安全な住処として屋敷を提供してもいいよな。ジャスミンが快適に暮らせるよう、あちこちに小さな出入り口を作ってるし、座ったり集まったりできる場所も、屋敷のいたる所にある。
「よければホムラも我たちと共に暮らさぬか?」
「皆との生活が嫌なわけではないのだが、安全のために辞退しておく。先程からずっと観測を続けた結果、小生とスイの波長は共鳴していてな。大陸の守護者たる龍族が共生するなど、世界にとって想定外の出来事なのだろう」
短期間であれば問題ないが、あまり長い時間一緒にいると、世界に負担がかかるかもしれないとのこと。聖域から出て検証してみたところ、数十キロ離れると大丈夫っぽい。それだとワカイネトコで暮らすのも無理だ。
「力が戻るまで何十年かかるか判らないとなれば、我のように聖域で回復を待つしかないかもしれんな」
「そのことなのだが、今の小生は食事を求める体になってしまった。聖域に引きこもっているだけでは、力を取り戻すことができぬ。この状態では狩りもままならぬし、どうしたものか……」
「それなら俺に心当たりがある、今から向かおう」
面倒な体質になってしまっているようだが、こればかりは仕方ない。自分の存在を取り戻すため、俗世の物質を摂取すると考えれば、理由としては妥当だ。とにかく今の俺たちなら、聖域から色々な場所へ行ける。この際だから頼らせてもらおう。
◇◆◇
今日の禊を中止した聖女が、謁見の間で頭を抱えている。コーサカ家へ行くつもりだったのかもしれないが、すまないな。こんな事態だし勘弁してくれ。
「……理解が追いつかない。タクト様、もう一度いいかな」
「弱っていた南方大陸の守護龍を保護したから、ダエモン教で預かって欲しい。それと東部大森林の霊獣が、俺に分体を与えてくれた。エゾモモンガに近い種族で、聖女にあやかって名前はホーリー。中庭の木を疑似霊木にしてくれるそうだ。許可をもらえないだろうか」
「キュルー、チーチーチー」
「わーん、助けてルバーブゥー」
こらこら、教皇をそんな目で見るなよ。教団の最高権力者に泣きつかれて、さすがの彼も困ってるだろ。まあ、原因は俺たちだけど!
「えー、おほん。タクト様の腕に抱かれている少女が、この大陸を守護してくださっている赤龍様ということで、よろしいのでしょうか?」
「小生は地域の支配者タラゴン。この姿でいる時は、タクト殿から賜ったホムラという名で呼んでくれ」
「ではホムラ様。その御身になにが起きたか、お教えいただければ」
「二十日ほど前、小生が森の上空を移動していた時、急に飛ぶ力を失ってしまってな。落下している間に体が縮み、地上へ墜落したときにはヘビの姿になっていたのだ。そこで有翼種のミルラと出会い、安全な場所へ案内したもらったのだが、なんとか木の虚にたどり着いた時には、もう動けないほど衰弱してしまっていた」
「そこでずっと看病してたんだけど、五日くらい前から話しかけても反応がなくなっちゃったの。心配になって助けを呼びに行ったら、ジャスミンさんやみんなと出会えたんだよ」
その後の状況を説明しているうちに、ラズベリーも気持ちの整理がついてきたようだ。異世界人の彼女にしてみれば、眼の前に神と崇める存在が二人もいる状態。冷静に対処しろって方に無理がある。しかしホムラが安全に長期間療養でき、食事にも困らない場所はここしか思いつかない。頑張って現実を受け入れてくれ。
「えーと……タクト様に運んでもらわないといけないくらい、ホムラ様の体は弱っているってこと?」
「今は少し動いただけで、息が切れてしまう。あの時は小生の波長がどんどん平坦に近づいていき、龍としての存在を保てなくなっていたからな。タクト殿が尽力してくれなければ、そのまま消えていたか、あるいはただのヘビとして地を這いずっていたかもしれぬ」
「スイ様に続いてホムラ様まで救ったなんて、それってもう神の領域だよ。これからはタクト様を崇めたほうが良いんじゃないかな」
「ダエモン教が一個人を神格化したら大問題だろ」
寿命という縛りのある俺が人生を全うした時、どんな混乱をもたらすかわからん。それにワカイネトコの屋敷へ信者たちが殺到したら、家族が穏やかに生活できない。もし崇めるのなら、モフモフ神様がおすすめだぞ。
「それより前回の占いで、なにか異変を察知できなかったのか?」
「あー、えっと……ごめんなさい!」
強引に話題を変えようとラズベリーに質問を投げかけたら、両手を合わせて拝むように謝ってきた。タイミング的になにかあると思っていたが、どんなモノが見えたのやら……
「天啓の内容を教えてくれ」
「真っ暗だったの」
「闇が迫ってくるとか、黒い霧に包まれるとかか?」
「じゃなくて、なにも見えなかったの。だから調子が悪いのかなって思ってたんだけど、もしかしたらそこで未来が終わってたのかも」
「なら、それは回避されたってことで、問題ないだろ。いくら占星術といっても数ある未来のうち、起こりうる事象の一つが見えているだけだろうし」
「そういってもらえると、すごく心が軽くなるよ」
ラズベリーの顔に安堵の表情が浮かぶ。志を同じくするモフモフ仲間ってこともあるし、なんだかんだで俺は彼女のことを気に入っている。こうして一緒に過ごすことができる間は、心穏やかに生きてもらいたいものだ。
「タクト殿は偉業と称賛されるようなことを成し遂げたと思うのだが、どうしてそんなに冷めた物言いをする。小生が見てきた人々は、有頂天になったり対価を要求したりしたぞ」
「まあ俺たちが使う魔法も、事象に干渉して結果を生み出している。だから力で未来を変えるなんて、実は大したことじゃないんだ。今回はホムラの存在が世界レベルだったから、結果が大きく見えているだけだしな。俺としてはホムラやミルラ、そしてホーリーと出会えたことの方が、価値あるものだと思ってる」
「キュルルーン」
「さすが同族のスイが心酔するだけあり、特筆すべき物事の捉え方をしているな」
頭の上にへばりついているホーリーが、飛膜を広げてナデナデしてくれた。柔らかくて温かくて、天然のモフモフ帽子みたいで、気持ち良すぎだろ。うちにも一人欲しいぞ!
って、ラズベリーが俺の頭をガン見してるな。ほら、お前も触ってみるがいい。
「うわー、ちっちゃくて柔らかくて、かーわーいーいー」
「疑似霊木の件は了承してもらえるか?」
「うん、もちろん! ホーリーちゃんが大聖堂に住んでくれるなんて、幸せすぎるー」
「手数をかけるが小生のこともよろしく頼む」
「もちろんですホムラ様。百年でも二百年でも、ここでお過ごしください」
さすが長寿種のスケールは違う。ラズベリーはあと五百年以上生きられるから、良き友人になってくれるといいのだが……
「だけどタクト様には、色々なものをもらってばかりだね。返しきれる気がしないよ」
「ヘンルーダの件ではかなり世話になったから、気にしないでくれ。家族の安寧が守られたことは、俺たちにとって計り知れない恩義だからな」
施設に入れられたヘンルーダは、本人が気づかないうちに追い込まれていることなどを聞き、会談は終了。ホムラの療養場所を確保するという目的も無事に達成し、その日は教団の施設に泊まらせてもらえることになった。
明日はカメのいる聖域に戻って、旅の再開だ。
目的地に到着した主人公たち。
滞在中にスイと出かけることにしたのだが、そこで……
次回「0281話 買い物デート」をお楽しみに。