0028話 お祝いハンバーグ
ギルドの解体所からもらってきた肉を切り分け、肩ロースの部分をミンチに加工。残りはとんかつにでもして、ロースの部分でチャーシューを作っておくか。
あとはじっくり炒めて粗熱を取った刻み丸ネギ、そしてマヨネーズを作った残りの卵白、更にパン粉と塩コショウを加え手早く混ぜる。空気を抜きながら形を整え、真ん中をくぼませておく。それをフライパンで焼けば完成だ。
付け合せはマッシュした白芋と茹でた赤根、炒めたベーコンとちぎった青菜を入れ、さっき作ったマヨネーズで和え、塩コショウで味を整えればポテトサラダの出来上がり。
フライパンに残った肉汁で、ソースも作っておこう。
「二人とも、飯の時間だぞ」
「今日はどんなご飯かな」
「すごくいい匂いがするのです」
水麦の精白をしていた二人が、ダイニングキッチンに入ってくる。どちらも初めて目にする料理に、興味津々のご様子。今日は経験値も金もがっぽり儲かったからな。ちょっとしたお祝い料理を存分に味わうがいい。
「これはハンバーグと言ってな、細かくした肉の塊だ」
「全部お肉で出来てるの!?」
「すり下ろしたパンや刻んだ丸ネギも入っているが、ほぼワイルドボアの肉で出来てると言っていい」
「こんな大きなお肉の塊、ミント見たことないです」
「肩ロースという美味しい部分を使ってるから、とにかく食べてみろ」
自分の分をナイフで切り分けると、中なら肉汁がジュワリとあふれ出す。魔獣であるワイルドボアは、豚肉のような甘い油と、牛肉に近い旨味を持った赤身が特徴だ。これ一つで合挽きミンチのように使えるので、ハンバーグとの相性は抜群といえる。
「すごいよこれ。口の中に美味しさがいっぱい広がる!」
「お肉がこんなに柔らかくなるなんて、魔法みたいなのです!」
「肉汁がたっぷりだから、水麦との相性もいいぞ」
「ご飯が何杯でも食べられそう」
「上にかかってるソースが濃い目の味なので、ご飯と一緒に食べると丁度いいです」
「お代わりも焼いているから、遠慮なく食べるんだぞ」
二人ともすっかり、おかずと一緒に水麦を食べるという、食事スタイルに馴染んだな。お皿の上に盛った白い水麦が、みるみる減っていく。どちらも精白作業を頑張ってるから、今日も白くて艶のある水麦が食べられる。やはり元日本人として、パンより断然こっちの方がいい。
「そういえばさ、今日の二人組、面白かったね」
「タクト様やシトラスさんがバカにされて、ミントはちょっと悔しかったです」
「解体所の主任が〝いい薬になっただろう〟とか言っていたし、普段からいろんなやつに絡んでるんだろうな」
俺たちの存在は、冒険者ギルドの中でもかなり異質だ。そもそも女従人を連れて森に入るやつは、ほとんどいない。例外的に女性冒険者が、同性を選ぶケースくらいか。その場合は腹筋が六つに割れているような、虎種の従人だったりするのだが。
だから誰かに絡まれることは覚悟していた。逆に今日まで一度もなかったこと自体、奇跡的と言ってもいい。
これで二人が四等級だとバレていれば、大騒ぎになっていただろう。小柄で非力なミントですら、そこいらの大男をねじ伏せるポテンシャルを秘めている。それだけの力を暴走させることなく、日常生活に支障がないレベルまで抑えられるのは、野人という種族の持つ大きな特徴だ。
「一緒にいた二人って結構強そうな感じだったけど、数字はどうだった?」
「お二人とも二等級の印が首に出てたですね。すごく大きかったですし、お強いんでしょうか」
「ふたりとも普通の二等級で、六番と十番だった。俺のギフトでレベルまではわからんが、恐らく五十も行ってないんじゃないか?」
二等級の経験値テーブルは、初項が四で公差は八。レベル五十まで上げようとすれば、一万匹の魔物や魔獣を倒さなければならない。
「まだ二十歳くらいのチャラい二人組だったし、従人を大切に扱っている感じでもなかった。きっとどこかのタイミングで従人を強い種に買い替え、増長していったんだろう。なにせ二人の支配値は百七十六だったから、三等級の品質七番と十一番まで使役できる」
「やっぱり支配値が高いのも、偉そうにする原因?」
「でもタクト様には敵わないのです!」
「俺の場合は特殊だが、冒険者をやるようなやつの支配値は、総じて高いな。なにせ数は力だ。金に余裕ができたら、品質と等級の小さい従人に買い替えて大勢使役するほうが、結果として強いパーティーになる。だから支配値の大きいやつほど、冒険者ランクも上がりやすい。そうなると当然、他人を見下すようになったりする」
やたら序列にこだわるのは、この世界が数字に支配されてるからだろう。しまった、今日絡んできた二人組の冒険者ランクを、解体所の主任にでも聞いておけばよかった。
「そういえば、キミの冒険者ランクも上がってるよね」
「ああ、おかげで二つ星になったぞ」
「ランクが上がると、なにか変わるのです?」
「受けられる依頼の種類も増えるが、一番大きなメリットは信用と権限だな」
登録したての一つ星は、無職あるいは自由人扱いしかされない。事故で死ぬやつも多いし、冒険者を諦めて別の道に進む者もいる。それが二つ星になると収入や依頼達成率が安定し、正式に有職者として認められるといった感じだ。
「全部で五段階だっけ?」
「五つ星の人とか、とても強そうなのです」
「その辺りのランクになると、この国では上人から才人になって、家名を持つことが許されたりする。ジマハーリの上層街にも、冒険者の家がいくつかあるな」
「タクト様はその……再び才人になりたいとか思ってないのですよね」
「前にも言ったが、従人を政治の道具にされるのは我慢できん。だが家名は決めてるぞ」
「へー、聞かせてもらってもいいかい」
「香坂……ここでの発音だとコーサカになるか。フルネームはタクト・コーサカだ」
十五年しか使ってないセージ・サーロインより、二十年以上慣れ親しんできた香坂拓人のほうが愛着も深い。この世界では見慣れないタイプの家名だろうが、別に違和感はないはず。
「ならミントは、ミント・コーサカになるのですね」
「ミントはこんな性悪と結婚するつもりなのかい?」
「はわわわっ! そんな恐れ多いこと、考えてないのです」
両手をワタワタ振りながら、顔を真っ赤にするんじゃない。耳が左右に波打って、可愛いすぎるじゃないか。
「結婚とは少し違うが、別の国では従人が家名を名乗れたりもするぞ」
「そんな国があるんだ」
「西にある商業の国マッセリカウモは、従人の品評会が盛んなんだ。そこで評価の高かった者に、契約主が与えることもある」
「品評会なんて、ボクには縁のない世界だなぁ……」
「ミントはそんなのに出たくないです」
従人の武闘大会でもあれば、シトラスなら優勝を狙えそうだ。残念ながら品評会は外見だけだしな。胸のサイズが圧倒的に足りない。
「キミ……なんか失礼なこと考えてるだろ」
おっと、シトラスの察しが良すぎる。ここは話題を変えてごまかそう。
「実はな、そろそろ旅に出ようと思っているんだ」
「この街を出ていくですか?」
「街というか国を、だな。行き先はいま言った、マッセリカウモにしようと思ってる」
「ふーん、三人旅も面白そうだね」
シトラスの意識は、すっかり旅行に移っているご様子。無事はぐらかすことに成功した。
「マッセリカウモは、ここスタイーン国より従人の扱いが若干マシだ。お前たちも暮らしやすいと思う」
「タクト様はやっぱりミントたちのことを、第一に考えて下さるのですね」
「ここだと身なりの良いお前たちは目立つからな。それに俺の欲しい物が、この街には売ってない」
「それなら、まずはどの街に行くんだい?」
「マッセリカウモ最大の都市、港街タウポートンだ」
そこは漁業の盛んな街だから、海産物も手に入りやすいはず。そうすれば料理のバリエーションが、一気に増えるだろう。美味しいものを食べさせるためなら、生まれた国に未練などない。
今日大幅にレベルアップしたおかげで、道中の安全確保も万全だ。俺自身もレベル十八になり、持久力が大きく上がっている。それに魔力や耐久力も上昇してるから、長旅でも問題ない体になった。
そうと決まれば、明日から準備を開始しよう。
スタイーン国=東国:イースタン
ジマハーリ=始まりの街
マッセリカウモ国=商業連合国:もうかりまっせ!
タウポートン=港街:ポートタウン
・次話で出てくる分
ヨロズヤーオ国=央国(宗教国家):やおよろず
ワカイネトコ=学園都市:ネコと和解
ゴナンク=リゾート地:南国
地名の由来です(笑)