表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
279/286

0279話 タラゴンの目覚め

 シナモンを膝に乗せ、保温シートの上で大きく息を吐く。まさか二人目の有翼種(ゆうよくしゅ)、そして龍族に会えるなんて、波乱万丈すぎるだろ。まだ昼にもなってないんだぞ。



「旅の途中で、とんでもない騒動に巻き込んでしまったな」


「これも旅の楽しみだから、気にせんでいい」


「普通に生きていたら決して巡り合うことのない、貴重な体験をいくつもさせていただきました」


「帰ったらゴルゴンゾーラのやつに自慢できる。あやつの悔しそうな顔が目に浮かぶぞ」


「今度は学園長から旅に誘われそうだ」



 道中にいろいろな話を聞けるだろうから、かなり楽しい旅になりそうな気がする。とはいえ多忙な人だし、八十歳を超えた高齢者だ。移動は馬車が中心になるだろう。寄り道上等でのんびり移動したい俺たちとは、旅のスタイルがな……



「ねえ、ここで待機するんだったら、ご飯食べない? 森に入ったし、ボクお腹すいちゃったよ」


「少し早いがそうしよう。オレガノさんも構わないか?」


「久しぶりに森を歩いて、儂も小腹が減ってきたところだから、問題ないぞ」



 俺がレジャー用のローテーブルを準備すると、ユーカリが自分マジックバッグから重箱を次々取り出す。それを見ていたヘラジカの霊獣が、膝を折って俺の横に寝そべる。できたての料理じゃないのは申し訳ないが、そのぶん味がよく染みていて最高だぞ。存分に味わってくれ!



「ミルラちゃんはこっちに来て、一緒に座りましょ」


「見たことないものが、いっぱいある」


「……どれも、美味しい。ヌカヅケ、おすすめ」


「このお肉は、昨日シトラスさんが取ってきてくれたです」


赤茎(ほうれんそう)のおひたしには、黒たまりの煮(しょうゆ)汁とカツオブシをかけて、お召し上がり下さい」



 ジャスミンに予備の食器やカトラリーを出してもらい、小分けにしたおかずや握り飯をミルラの前へ置く。最初のうちはビクついていたものの、すっかり俺たちに馴染んでしまったな。かなり肝が座っているというか、有翼種らしからぬ勇敢さと順応力は、ジャスミンに近いかもしれない。



「うわー、どれも美味しい」


「そうであろう。主殿(ぬしどの)とユーカリが作る食事は、全てが絶品だからな」



 魔力を経由して食事を味わっているコハクとヘラジカの聖獣も、満足そうに喉をクルクルと鳴らす。そんな時、俺と霊獣の間に横たわっていたタラゴンが動く。どうやら意識を取り戻したらしい。



『小生は……まだ消えていないのか』


「やっと目が覚めたか、心配したぞ」


『お前の波長……人の姿をしているが、同族だな』


(われ)北方大陸(ほっぽうたいりく)の守護者エストラゴン。この姿は分体みたいなものだ」


「わーん、タラゴーン! よかったよー」


『こら、ミルラ。抱きつくでない』



 スイが〝魂の輝き〟という概念で、俺たちの持つ数値を明るさとして捉えているように、タラゴンも波長という特殊な感覚で()ることが出来るようだ。彼女が龍族であることを、一発で見抜いてしまった。



『存在を保てなくなっていた小生の身に、一体なにが起きたのだ?』


「あのねタラゴン、この人たちが助けてくれたの」


『それは手数をかけた。ここまで運んでくれたこと感謝する。聖域に入ることができたのは、そこにいる小さな霊獣のおかげか?』


「キュ、キュ、キューン」


『お前にも迷惑をかけた。突然動けなくなり、難儀していたのだ』


「グルーーン」


『しかし霊獣に小生を救う力があったとは、驚いたぞ』


「違うぞタラゴンよ。お主が助かったのは、我の使役主である主殿が持つ、神に等しい力のおかげだ」



 珍しいギフトではあるが、いくらなんでも神は言いすぎだぞ。持ち上げられすぎるのはこそばゆいので、これまでの経緯やビット異常について説明する。


 数値が消えかけていた理由は、どうやら本人にもわからないらしい。ビットが桁あふれしていたスイといい、立て続けに異変が起きていたのは、なにが原因なんだろう。そもそも神のやつ、仕事サボり過ぎじゃないのか?


 世界の危機なんだから、神技やら奇跡でなんとかしろよ。転生者の俺に押し付けやがって!



『そこまで尽力してもらったとは、感謝しかない』


「俺としては新たな出合いに満足してるから、あまり気にしないでくれ」



 改めて自己紹介や俺の出自なんかを話しつつ、途中になっていた昼食を再開する。



『それにしても、やたら豪華な食事だな。ずっと体調不良に悩まされていたせいか、空腹感を覚えてしまう』


「作り置きで良ければ、いくらでも出してやるぞ。体操術(たいそうじゅつ)で人の姿になってくれ」


『小生にそのような力はない』


「ならお主はどうやって、ヘビの姿になっているのだ? 我でもその大きさになるのは困難だぞ」


『これは力を失った影響による、退化に近いものだろうな』


「じゃあ俺たちが故事として聞いた、人の姿で暮らしを見守っていたり、手助けしたりって逸話はウソなのか?」


『あれは世俗を知るために、他者の身体を借りていただけだ。それが事実とは異なる形で、伝承されていったのだろう』



 なんでも波長の合う獣人種に憑依でき、その間は自分の力も行使できたとのこと。相手が受け入れてくれれば体を借り、その謝礼に無病息災の加護を与えていたんだとか。但しそれは野人(やじん)八ビット(8bit)の数値を持ち、天人(てんじん)として暮らしていた時代の話。


 今は四ビット(4bit)になってしまったため憑依は無理で、残念ながらシトラスたちとも波長は合わず。つまり、この場で憑依術を使うのは不可能だ。



「スイが今の姿を得た時のように、触った物体を変化させられればいいのにな」


「ふむ、試してみる価値はありそうだ。構わぬか、タラゴンよ」


『同族の力を受けるなど、間違いなく有史以来初めてのことだ。面白そうだからやってみよう』



 あっさりスイの提案に乗るあたり、タラゴンも好奇心旺盛な性格をしているな。他人に乗り移ってまで世俗を知りたいってのは、そうした気質の表れってことだろう。



「おっ!? ……これは」


『なんと面白い! 小生は体操術を複製させてもらうが、お前はどうする?』


「我は息災術(そくさいじゅつ)を頼む。愛する主殿や、その家族を守ってやりたいのでな」


『ではお互いそれを対価に差し出すということで良いか?』


「うむ、問題ない」



 話の感じからして、互いにスキルを一つづつコピーできるって感じか。これって間違いなく歴史的な瞬間に立ち会ってるよな。


 スイの手から降りたタラゴンが少し離れた場所へ行き、細長い体が光りに包まれる。そして眩しく光る輪郭が、徐々に人の姿へ変わっていく。



「龍族って女の子にしかなれないのかい?」


「とても可愛いのです!」


「……ちっちゃい」


「ツノとかしっぽはスイちゃんと同じね」


「こちらのお召し物を、お使い下さい」



 ユーカリが渡したのは、サントリナの服だ。胸と尻のあたりが少々ダブつくけど勘弁してくれ。なにせ人の姿に変わったタラゴンは、どちらも薄っぺらい。


 頭には三つに枝分かれした細いツノ。しっぽの付け根まで伸びた、赤く光を反射する長い髪。なめらかな赤い皮に覆われたしっぽの先には、筆のような小さい(ふさ)。スイをそのまま小さくしたら、この姿になるだろうって感じの変身だ。



「小生に性別という概念はないぞ。意識してこの姿になったわけではなく、自然な成り行きだ」


「恐らく我の力が元になっているからだろう。今では女性の体が、すっかり馴染んでしまったからな」


「まあ無事に変身できたんだし、性別なんてどうでもいいじゃないか。髪を結ってやるから、俺の膝に座ってくれ。食事をしながらで構わないぞ」


「幼女の姿になってしまった特典として、遠慮なく甘えるとしよう」



 スイから受け取った手鏡を見ていたタラゴンが、俺の膝に腰を下ろす。さて、ルビーのように輝く赤い髪、どんな形に仕上げてやろうか……


 美味しそうに食事を頬張るタラゴンを見ながら、俺はあれこれ考える。スイと同じポニーテールは芸が無いし、やはりここはツイン系だな。見た目が幼女なので、それを最大限いかすには……っと。


 よし! 三つ編みを二つ作って、ツインリングにしよう。



「ほれ、仕上がったぞ」


「なんともはや。悠久の時を生きてきた小生が、かように愛らしい姿を(さら)すはめになるとは……」


「こうして並んで座ると、我と主殿の子供ができたようだな」


「俺とスイの子供なら、きっとこれくらい可愛いに違いない」


「いい雰囲気のところに、水を差すようで悪いんだけどさ。人の姿になったんだし、スイみたいに名前を考えてあげれば? こんな子供にタラゴンなんて、似合わないと思うんだけど」



 確かにシトラスの言うとおりだ。青龍のスイは水をイメージした。赤龍のタラゴンで連想するものといえば、やはり火しかない。



「赤い炎の意味を持つ、ホムラなんてどうだ?」


「どことなく力強い響きがいいな。ありがたく頂戴しよう」


「我もいい名前だと思うぞ。さすが主殿だ」


「これから私もホムラって呼ぶね」


「ミルラには世話になっているからな。好きなように呼んでくれ」



 タラゴン改めホムラのしっぽが、機嫌よさそうに動く。聖域が揺れそうだから、軽くホールドしておこう。とにかく気に入ってもらえてよかった。ほれ追加のおかずを出してやる。遠慮せず食え。


 って、そんなに急いで食べなくても大丈夫だぞ。口の周りがソースでベタベタじゃないか。まったく仕方のない奴め。


無茶振りする主人公。

次回「0280話 助けてルバえもん」をお楽しみに。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ