0279話 タラゴンの目覚め
シナモンを膝に乗せ、保温シートの上で大きく息を吐く。まさか二人目の有翼種、そして龍族に会えるなんて、波乱万丈すぎるだろ。まだ昼にもなってないんだぞ。
「旅の途中で、とんでもない騒動に巻き込んでしまったな」
「これも旅の楽しみだから、気にせんでいい」
「普通に生きていたら決して巡り合うことのない、貴重な体験をいくつもさせていただきました」
「帰ったらゴルゴンゾーラのやつに自慢できる。あやつの悔しそうな顔が目に浮かぶぞ」
「今度は学園長から旅に誘われそうだ」
道中にいろいろな話を聞けるだろうから、かなり楽しい旅になりそうな気がする。とはいえ多忙な人だし、八十歳を超えた高齢者だ。移動は馬車が中心になるだろう。寄り道上等でのんびり移動したい俺たちとは、旅のスタイルがな……
「ねえ、ここで待機するんだったら、ご飯食べない? 森に入ったし、ボクお腹すいちゃったよ」
「少し早いがそうしよう。オレガノさんも構わないか?」
「久しぶりに森を歩いて、儂も小腹が減ってきたところだから、問題ないぞ」
俺がレジャー用のローテーブルを準備すると、ユーカリが自分マジックバッグから重箱を次々取り出す。それを見ていたヘラジカの霊獣が、膝を折って俺の横に寝そべる。できたての料理じゃないのは申し訳ないが、そのぶん味がよく染みていて最高だぞ。存分に味わってくれ!
「ミルラちゃんはこっちに来て、一緒に座りましょ」
「見たことないものが、いっぱいある」
「……どれも、美味しい。ヌカヅケ、おすすめ」
「このお肉は、昨日シトラスさんが取ってきてくれたです」
「赤茎のおひたしには、黒たまりの煮汁とカツオブシをかけて、お召し上がり下さい」
ジャスミンに予備の食器やカトラリーを出してもらい、小分けにしたおかずや握り飯をミルラの前へ置く。最初のうちはビクついていたものの、すっかり俺たちに馴染んでしまったな。かなり肝が座っているというか、有翼種らしからぬ勇敢さと順応力は、ジャスミンに近いかもしれない。
「うわー、どれも美味しい」
「そうであろう。主殿とユーカリが作る食事は、全てが絶品だからな」
魔力を経由して食事を味わっているコハクとヘラジカの聖獣も、満足そうに喉をクルクルと鳴らす。そんな時、俺と霊獣の間に横たわっていたタラゴンが動く。どうやら意識を取り戻したらしい。
『小生は……まだ消えていないのか』
「やっと目が覚めたか、心配したぞ」
『お前の波長……人の姿をしているが、同族だな』
「我は北方大陸の守護者エストラゴン。この姿は分体みたいなものだ」
「わーん、タラゴーン! よかったよー」
『こら、ミルラ。抱きつくでない』
スイが〝魂の輝き〟という概念で、俺たちの持つ数値を明るさとして捉えているように、タラゴンも波長という特殊な感覚で視ることが出来るようだ。彼女が龍族であることを、一発で見抜いてしまった。
『存在を保てなくなっていた小生の身に、一体なにが起きたのだ?』
「あのねタラゴン、この人たちが助けてくれたの」
『それは手数をかけた。ここまで運んでくれたこと感謝する。聖域に入ることができたのは、そこにいる小さな霊獣のおかげか?』
「キュ、キュ、キューン」
『お前にも迷惑をかけた。突然動けなくなり、難儀していたのだ』
「グルーーン」
『しかし霊獣に小生を救う力があったとは、驚いたぞ』
「違うぞタラゴンよ。お主が助かったのは、我の使役主である主殿が持つ、神に等しい力のおかげだ」
珍しいギフトではあるが、いくらなんでも神は言いすぎだぞ。持ち上げられすぎるのはこそばゆいので、これまでの経緯やビット異常について説明する。
数値が消えかけていた理由は、どうやら本人にもわからないらしい。ビットが桁あふれしていたスイといい、立て続けに異変が起きていたのは、なにが原因なんだろう。そもそも神のやつ、仕事サボり過ぎじゃないのか?
世界の危機なんだから、神技やら奇跡でなんとかしろよ。転生者の俺に押し付けやがって!
『そこまで尽力してもらったとは、感謝しかない』
「俺としては新たな出合いに満足してるから、あまり気にしないでくれ」
改めて自己紹介や俺の出自なんかを話しつつ、途中になっていた昼食を再開する。
『それにしても、やたら豪華な食事だな。ずっと体調不良に悩まされていたせいか、空腹感を覚えてしまう』
「作り置きで良ければ、いくらでも出してやるぞ。体操術で人の姿になってくれ」
『小生にそのような力はない』
「ならお主はどうやって、ヘビの姿になっているのだ? 我でもその大きさになるのは困難だぞ」
『これは力を失った影響による、退化に近いものだろうな』
「じゃあ俺たちが故事として聞いた、人の姿で暮らしを見守っていたり、手助けしたりって逸話はウソなのか?」
『あれは世俗を知るために、他者の身体を借りていただけだ。それが事実とは異なる形で、伝承されていったのだろう』
なんでも波長の合う獣人種に憑依でき、その間は自分の力も行使できたとのこと。相手が受け入れてくれれば体を借り、その謝礼に無病息災の加護を与えていたんだとか。但しそれは野人が八ビットの数値を持ち、天人として暮らしていた時代の話。
今は四ビットになってしまったため憑依は無理で、残念ながらシトラスたちとも波長は合わず。つまり、この場で憑依術を使うのは不可能だ。
「スイが今の姿を得た時のように、触った物体を変化させられればいいのにな」
「ふむ、試してみる価値はありそうだ。構わぬか、タラゴンよ」
『同族の力を受けるなど、間違いなく有史以来初めてのことだ。面白そうだからやってみよう』
あっさりスイの提案に乗るあたり、タラゴンも好奇心旺盛な性格をしているな。他人に乗り移ってまで世俗を知りたいってのは、そうした気質の表れってことだろう。
「おっ!? ……これは」
『なんと面白い! 小生は体操術を複製させてもらうが、お前はどうする?』
「我は息災術を頼む。愛する主殿や、その家族を守ってやりたいのでな」
『ではお互いそれを対価に差し出すということで良いか?』
「うむ、問題ない」
話の感じからして、互いにスキルを一つづつコピーできるって感じか。これって間違いなく歴史的な瞬間に立ち会ってるよな。
スイの手から降りたタラゴンが少し離れた場所へ行き、細長い体が光りに包まれる。そして眩しく光る輪郭が、徐々に人の姿へ変わっていく。
「龍族って女の子にしかなれないのかい?」
「とても可愛いのです!」
「……ちっちゃい」
「ツノとかしっぽはスイちゃんと同じね」
「こちらのお召し物を、お使い下さい」
ユーカリが渡したのは、サントリナの服だ。胸と尻のあたりが少々ダブつくけど勘弁してくれ。なにせ人の姿に変わったタラゴンは、どちらも薄っぺらい。
頭には三つに枝分かれした細いツノ。しっぽの付け根まで伸びた、赤く光を反射する長い髪。なめらかな赤い皮に覆われたしっぽの先には、筆のような小さい房。スイをそのまま小さくしたら、この姿になるだろうって感じの変身だ。
「小生に性別という概念はないぞ。意識してこの姿になったわけではなく、自然な成り行きだ」
「恐らく我の力が元になっているからだろう。今では女性の体が、すっかり馴染んでしまったからな」
「まあ無事に変身できたんだし、性別なんてどうでもいいじゃないか。髪を結ってやるから、俺の膝に座ってくれ。食事をしながらで構わないぞ」
「幼女の姿になってしまった特典として、遠慮なく甘えるとしよう」
スイから受け取った手鏡を見ていたタラゴンが、俺の膝に腰を下ろす。さて、ルビーのように輝く赤い髪、どんな形に仕上げてやろうか……
美味しそうに食事を頬張るタラゴンを見ながら、俺はあれこれ考える。スイと同じポニーテールは芸が無いし、やはりここはツイン系だな。見た目が幼女なので、それを最大限いかすには……っと。
よし! 三つ編みを二つ作って、ツインリングにしよう。
「ほれ、仕上がったぞ」
「なんともはや。悠久の時を生きてきた小生が、かように愛らしい姿を晒すはめになるとは……」
「こうして並んで座ると、我と主殿の子供ができたようだな」
「俺とスイの子供なら、きっとこれくらい可愛いに違いない」
「いい雰囲気のところに、水を差すようで悪いんだけどさ。人の姿になったんだし、スイみたいに名前を考えてあげれば? こんな子供にタラゴンなんて、似合わないと思うんだけど」
確かにシトラスの言うとおりだ。青龍のスイは水をイメージした。赤龍のタラゴンで連想するものといえば、やはり火しかない。
「赤い炎の意味を持つ、ホムラなんてどうだ?」
「どことなく力強い響きがいいな。ありがたく頂戴しよう」
「我もいい名前だと思うぞ。さすが主殿だ」
「これから私もホムラって呼ぶね」
「ミルラには世話になっているからな。好きなように呼んでくれ」
タラゴン改めホムラのしっぽが、機嫌よさそうに動く。聖域が揺れそうだから、軽くホールドしておこう。とにかく気に入ってもらえてよかった。ほれ追加のおかずを出してやる。遠慮せず食え。
って、そんなに急いで食べなくても大丈夫だぞ。口の周りがソースでベタベタじゃないか。まったく仕方のない奴め。
無茶振りする主人公。
次回「0280話 助けてルバえもん」をお楽しみに。