0278話 赤いヘビ
肩の上に座ったミルラが落ちないよう気をつけながら、彼女の案内で森を進む。うーん、清浄魔法とホットミストだけじゃ、羽のモフ値は少ししか上がらんな。風呂できれいに洗ってやりたい。
「結構揺れると思うが平気か?」
「落ちそうになっても、私とコハクちゃんで支えてあげるわ」
「キュイッ!」
「森の中をこんなスピードで移動できるなんて凄い」
「まあ俺たちは体が大きい分、歩幅からして違うしな」
「私たちって木登りは割りと得意なんだけど、走るのは苦手だものね」
「私、木登りがヘタで、途中で落ちちゃうこともある……」
それでよく四十八年も無事に生きられたな。まあ発見場所は木の上だったし、それなりに登れはするんだろう。しかし体中が傷だらけだった理由、なんとなくわかった気がする。
「ジャスミンも最近は飛んでばかりだし、木登りの技術が落ちてるかもな」
「帰ったら庭の霊木に登ってみようかしら。落ちそうになったら受け止めてね、タクト」
「任せておけ」
「二人ってすごく仲がいいよね。もしかしてエッチなこともやってるの?」
ミルラもそういうことに、興味津々なお年頃か……
精神的な成熟に時間がかかる有翼種の四十八歳は、俺たちに当てはめると思春期の真っ只中。ある意味健全な反応だ。
「もちろん愛し合ってるぞ」
「体の大きさがこれだけ違ったら、無理じゃない?」
「お互いの気持が重なり合っていたら、その程度の障害は問題にならない」
「今は精霊たちのおかげで、タクトの全てを受け入れてあげられるようになったしね」
「へー」
「それよりミルラちゃんはどうなの? 早い子だと、そろそろ卵を産む年齢よね」
「私、バカでドジだから誰も相手してくれないんだ……」
加えて方向音痴なので、よく迷子になるらしい。
それでさっきから同じ場所をグルグル回ってたんだな!
◇◆◇
ジャスミンとコハクが持つ森の把握能力、そしてユーカリの方向感覚を総動員して、やっと見覚えがあるという場所までたどり着いた。道中に聞いた話では、年単位で森をさまようこともあるんだとか。本当に四十八年ものあいだ、無事に過ごせたな。誰がなんと言おうと称賛ものだぞ。
「その時に出会ったのが赤いヘビなの。最初は食べられちゃうって思ったんだけど、励ましたり気遣ったりしてくれて、すごく嬉しかった。だから病気が治るまで一緒にいるって決めたんだ」
迷子中に出会い、支えになってくれたヘビが目覚めなくなれば、心配になるのも仕方ない。これはなんとしても助けてやらねば……
論理演算師のギフトを全開にして周囲を探ると、木の中程に浮かび上がる数字を発見。その値はスイと同じマイナス一。しかしこれは異常事態だ。すぐ救出しなければ!
「ジャスミン、この木にヘビがいる。多少強引にでも連れてきてくれ」
「わかったわ!」
飛び上がったジャスミンが、木の虚から赤い物体を引きずり出す。体長は三十センチといった所だろうか。ぐったりしていて全く動く気配がない。
「昨日より小さくなってる。どうして……」
「主殿よ、これは」
「恐らく南方大陸の守護龍だ。力を失ってこの姿になってしまったんだろう」
「魂の輝きが消えかかっているではないか。おい目を覚ませ、しっかりしないか」
同じ龍族のスイが呼びかけても、ヘビの様子に変化はなし。なにせ俺のギフトでも、文字をケシゴムで消しているように、数字がかすれていく。まずい、非常にまずいぞこれは。
「儂らに出来ることは何かあるか? 今回の旅は、ここで切り上げても構わんぞ」
「ひとまず俺のギフトに賭けてみる。解決の糸口になりそうなら、次の手を考えよう」
「お願い、タラゴンを助けて」
名前、知ってたのかよ、と心のなかでツッコミを入れつつ、ジャスミンからタラゴンを受け取る。軽く魔力を浸透させてみたが、弱っているせいだろう、ほとんど抵抗がない。
「出来る限りのことはやってみる。いくぞ!」
夏の終わりにレベル百二十八で覚えた活性化を発動。ギフトへかける力を徐々に増やす。龍という存在を繋ぎ止めるからだろうか? 魔力が際限なく吸われていく……
「あんまり無理しないでよ。前みたいに倒れたらやだからね」
「……あるじ様、平気?」
「俺一人の力だけじゃ無理かもしれない。数値の消失を遅らせることで精一杯だ。消える力と活性化が拮抗したところで固定をかけて、聖域に行こう」
「汗を拭いてあげるです、タクト様」
「わたくしが旦那様の体を、支えて差し上げます」
「ここの聖域は少し先にあるみたい。歩けないくらい疲れちゃったら、私が大きくなって運んであげるからね」
「キュキューゥ」
「我のお姫様抱っこと、好きな方を選ぶがいい」
「みんな、ありがとう」
こうした心遣いだけでも力が湧いてくる。多少無理しても、彼女たちがいれば安心だ。俺はジャスミンの一件以来、自分にかけているリミッターを解除。一気に開放された魔力が周囲の草木を揺らす。
「こ、これは……指輪を外したゴルゴンゾーラ並みだぞ。お前さん、ここまでの魔力を保有していたのか」
「ですがタクト様の魔力は、メドーセージ様より圧が少ないですね」
あの人は普段から指輪で魔力を循環させているから、ものすごく濃いんだよ。俺のが風なら、学園長は水流みたいなもの。その性質は大きく違う。
「……っ。はぁ、はぁ。ギリギリなんとかなった」
これはマジできつい。レベルが高くなったおかげで持ちこたえられたものの、少し前の俺だとまた倒れていたかもしれん。急激な魔力消費で血の気が引き、顔から汗がポタポタ流れ落ちていく。下着も替えたほうが良さそうだ。
「儂が清浄魔法をかけてやる。立てるか?」
「助かるよ、オレガノさん」
ユーカリに支えてもらいながら立ち上がり、オレガノさんに魔法できれいにしてもらう。マジックバッグから取り出した小屋の中に入り、クネクネしているユーカリの介助で着替えを済ませる。こら、服をこっちに渡せ。ハスハスするんじゃない!
服を取り返して小屋を出ると、大きくなったジャスミンが待っていた。
「じゃんけんで勝ったから、タクトを運ぶのは私ね」
どうやらシトラスとスイ、そしてジャスミンの三人で勝負したようだ。せっかく精霊が協力してくれたんだし、このまま運んでもらうとするか。
「ジャスミンさんって本当に凄い。私もそんな姿になれるのかな」
「ねえタクト、ミルラちゃんの数値っていくつなの?」
「彼女は一等級の一番だ。ジャスミンと同じ術を使えるようには、ならないと思う」
「そっかー、残念」
抱きかかえられながら移動するのは楽でいいな。振動がまったくないから快適すぎる。まあ女性にお姫様抱っこされるのは、あまり人に見せられないが!
特にニームがいたら、なにを言われるかわからん。
「キューキュー」
「聖域の入口はそこね」
森の中に小さな沼地があり、周囲にはこの森でよく見るバオバブのような木。そのうちの一本は根元の部分が二股になっていて、中へ入ると視界が一瞬で変わった。
外にあったものより大きな沼が広がり、そこから這い上がってくる白いカメ。うーん、モフ値ゼロとは少し残念だ。
「突然押しかけてすまない。非常事態なので許して欲しい」
「「チッチッ」」
「初めての訪問者だから、歓迎してくれてるみたいよ」
「森が二つに分かれてるのって、頭が二つあるからなんだね」
「「シューシュー」」
「正解だって。良かったわね、シトラスちゃん」
「すごく嬉しいみたい」
同じ有翼種だけあり、ミルラも霊獣の気持ちを感じ取れるっぽい。ジャスミンより捉え方がふんわりしているのは、やはり数値が四ビットのせいだろうか。
「学者連中でも解明できなかった森の秘密が、あっさりわかってしまったな。本当にお前さんたちと一緒だと退屈せんわい」
「私たちも聖域に入れてもらえたことといい、いつも驚かされてばかりです」
ギフトが成長するたび、何かしらイベントが発生するけど、俺のせいじゃないと思うぞ。とはいえ今回も覚えたての活性化で、数値の消失を一時停止できたし、もしかして巻き込まれ体質だったり?
カメは縁起の良い生き物と言われているから、触ってご利益をもらうべきかもしれん。
ジャスミンの腕から降り、近くに来たカメの甲羅を撫でておく。ついでに健康運と長寿もよろしく頼む!
「今日は急ぎの用があって、長居できないんだ。また遊びに来るから、聖域渡りだけ使わせて欲しい」
「キュイッ」
「「ピューピュー」」
「待ってるからいつでも来てだって」
双頭のカメに別れを告げ、聖域渡りで東部大森林へ。すると口になにか咥えた、ヘラジカの霊獣が走り寄ってきた。
「グルーオ」
「これは黄金のリンゴみたいだな。くれるのか?」
「グッグォッ」
「食べろって言ってるわ」
わざわざ持ってきてくれたんだ、何かしらの意味があるんだろう。霊獣から金色の実を受け取り、皮のままかじる。森で取れる赤実なんかとは比べ物にならないくらい旨いじゃないか。
「凄いな、これ。魔力が一気に回復した。体のだるさも全く無くなったぞ」
「グルルーン」
「ありがとう、助かったよ」
ここの霊獣には、世話になりっぱなしだ。まさか不老不死になりそうな果物をくれるとは。
「グォッ、グーグー、グーン」
「古い友人を助けてくれたお礼だから、気にしなくてもいいって」
スイがそうだったように、霊獣と龍は仲がいい。そして彼らは独自の情報ネットを持つ。さっき訪ねた聖域経由でタラゴンの窮状が共有され、気が気じゃなかったんだろう。
それなら早速始めようってことで、霊獣の指示通りスイがタラゴンを両手で包み込み、俺は後ろから彼女と手を重ねる。なんでも俺の力をスイが内包する膨大な魔力に乗せて、タラゴンの体に流し込むとのこと。龍を治療するには、同じ種族の力が必要ってことか。
「スイとの出会いがこんなことに繋がるなんて、思いもしなかったよ」
「主殿は龍族を二人も救った英雄だな」
「みんながいたからこそ、今の結果にたどり着けたんだ。俺一人の手柄じゃない」
「我は主殿のそういう所、やはり大好きだ」
ちょっと甘い雰囲気になりつつ、タラゴンの治療を始める。俺の背中にツノを当てた霊獣が鳴くと、魔力がスイに流れていく。先程と違い、ギフトで見えている数字が、どんどんはっきりしてくる。俺の負担も比べ物にならないくらい軽いな。
しばらくすると文字のカスレが完全に無くなった。霊獣も離れていったし、これで大丈夫だろう。あとはタラゴンが目覚めるのを待つだけだ。
目覚めた赤龍とのやり取りでスイにも変化が……
次回「0279話 タラゴンの目覚め」をお楽しみに。