0277話 助けを呼ぶ声
早めの朝食をすませ、ナギンカを目指して街道を進む。これまで天気の大きな崩れはなく、今日も雲一つない秋晴れ。快適な旅が楽しめそうだ。
「分かれ道が見えてきたです」
今日は全員がパンツスタイルなので、肩車をねだってきたミントが真っ先に気づく。世界でもここにしか無いという珍しいバイパス道。どんな景色が見られるのだろう……
「俺たちは右だったな」
「このメンバーで旅をしてるのだから、そっちの道でも問題ないだろ」
「私と旦那様も、よく利用しているのですよ」
まあセルバチコの実力と、オレガノさんの鉄壁があれば、森を突っ切る道でも平気だよな。それにこっちを使うだけでも、行程が一日以上短縮できる。利用をためらう理由はない。
途中で一緒になった商隊と別れ、俺たちは右方向へ伸びる畦道を目指す。
「上空からでは道がはっきり見えんな」
「だけど獣道なんかとは、ぜんぜん違うわね。木や植物が自然に避けて、通路になってる感じがしたわ」
上空に飛び上がったスイと、先行していたジャスミンが戻ってきた。人工的に切り開いても、あっという間に塞がってしまうのが、この世界に存在する森という場所。その中に境界が出来るなんて、一体どんな理由があるのか……
世界の不思議に思いを馳せていたら、眼前に森のトンネルが迫ってくる。二メートルくらいの幅で、開けた道が奥へと続く、なんとも幻想的な光景だ。木漏れ日が差し込んでいるため、鬱蒼とした森の中より明るい。
「このような地形になる原因は判明しているのですか?」
「学者連中が色々調査したが、結局なにもわからんらしい」
ユーカリに質問されたオレガノさんは、お手上げですとでも言いたげに両手のひらを上へ向けた。もしかすると霊獣に聞けば、わかるかもしれないな。今度は俺たちだけで攻略してみるか。
「魔物や魔獣が飛び出してくることもありますので、警戒は怠らないようにお願いします」
「ミント、索敵頑張るです」
「途中で中に入って、ご飯のおかずでも探してみようかな。休憩する時はボクに教えてね」
「……その時、一緒に行く」
オレガノさんたちに最近の出来事。モルワーグリで追悼祭に出席したら、才人たちがジリジリと離れていき、俺たちの周囲にぽっかり空白ができてしまったこと。そんな中、息子に家督を譲って隠居した、シャトーブリアン家の元当主。つまりカラミンサ婆さんの弟から声がかかり、困ったことがあれば頼ってこいと言ってくれたことなど話しながら、森のトンネルを進む。
――っと、ミントがなにかに反応したぞ。
「どうした?」
「少しおしゃべりをやめて欲しいのです」
会話を中断して立ち止まると、頭の上に胸を乗せて集中し始める。紙パックで売ってるコーヒー並の重さだ……
そんな事を考えながら耳をすませてみるも、俺には風に揺られた葉っぱが奏でる、サワサワという音しか聞こえない。
「……女の人の助けてって声が聞こえるです」
「どこからだ?」
「あっちなのです」
ミントが指差すのは森の中。シトラスのように明確な目的があるならまだしも、こんな場所でわざわざ中に入るような冒険者は、いるのだろうか?
「どうする、オレガノさん」
「野人が迷い込む場所ではないと思うが、確認しに行ったほうが良いだろう。野党に襲われ、森の中へ連れ込まれたという可能性もあるしな」
今回の旅が順調すぎて失念していた。確かにその可能性は捨てきれない。
それにここで無視したのでは、あまりにも後味が悪すぎる。予定に狂いが出る程度は問題ないとオレガノさんが言うので、全員で森の中へ。
かなり弱々しい声ということだから、ミントは肩車したまま捜索に集中してもらう。うめき声しか聞こえなくなったなんて、かなり状況が切迫してるな。急がねば。
「あそこなのです! 大きな木の上から声がするです」
「私が行ってみるわ!」
ミントが指さしたのは樹頭部分が平たくなった、バオバブのような木。葉が生い茂っているため、下からでは人がいるか確認できない。飛び出していったジャスミンが上空を旋回しているが、あんな高い場所に一体誰がいるのだろうか。
「ねー、ジャスミーン。危なそうだったらボクが木ごと粉砕するけどー?」
「……登りたい」
「大丈夫だから心配しないでー。それよりスイちゃん、ちょっと来てくれるかしら」
「うむ、しばし待たれよ」
ウズウズしているシナモンを後ろからハグし、あごの下をフニフニと撫でる。「うにゃー」という鳴き声を聞きながら、飛び上がっていったスイを見守っていると、枝の中に手を突っ込んですぐ降りてきた。
「この子が木の上で倒れていたわ」
「あちこち傷だらけで、服もボロボロなのです。ミントが治してあげるですよ」
スイが手の上に乗せているのは、スズメのような羽を持った有翼種だ。全身に切り傷や擦り傷があり、血のにじんだ服はあちこち破れている。危険を犯して森のこんな浅い場所まで来るなんて、よほどの事があったのだろう。
とりあえず俺の清浄魔法と、ミントの神聖術で全身を清潔にしてから、治癒術で怪我を治す。ジャスミンがマジックバッグから自分の毛布を取り出し、うなされている有翼種の女性を優しく包み込む。
ひとまず目を覚ますまで待つしか無いな。事情を聞いて、手を貸してやらねば。
◇◆◇
近くに集落があって、そこでなにかが発生したのなら、この場から離れるのは得策じゃない。なんて考えで木の周囲に陣取ってみたものの、状況が全く読めないのは不安だ。目覚めるまでに時間がかかるなら、聖域まで行ったほうが良いかもしれないな……
「目が覚めたのね」
「……こ、ここは?」
「あなたが倒れていた木の根元よ」
「私……死んだの?」
怖がらせてはいけないと、木の反対側で寝かせていたが、か細い声が聞こえてきた。
「ちゃんと生きてるから安心して」
「でも……体が全然痛くないし、ふわふわの布に包まれて、すごくあったかい。それに白い羽の有翼種なんかいないもん。あなたって死者を運ぶ、天の御遣いでしょ?」
ジャスミンは俺の天使だから、ある意味正解だぞ!
しかし、声といい喋り方といい、ちょっと幼さが残っている。まだ若いんだろうか?
なにせ長寿種だから年齢が読みにくい。百二十九歳になったジャスミンも、見た目は二十歳くらいだし。
「私は愛する人のおかげで、この姿になることができた、ちょっと変わった有翼種ってところかしら。あなたを死の世界へいざなったりしないから、心配しないで」
「だけど私の体、あんなボロボロだったのに……」
「怪我は私の家族が治してくれたのよ。紹介するから付いてきてくれる?」
「この近くに有翼種の集落なんかあったっけ?」
「ちゃんと説明してあげるから、服を着替えながら聞いてちょうだい」
現状を飲み込めないというのは、ある意味お約束。木の向こう側から「なんで、どうして」という声が聞こえてくる。きっとマジックバッグから服を取り出したり、宙に浮かぶ姿を見て驚いているんだろう。
「こんな上等な服、着たことない。本当にいいの?」
「あんな格好のまま人前に出られないでしょ? 服はたくさん作ってもらってるから、遠慮しないで」
「すごく大切にしてもらってるんだ……」
「だって自分の全てを捧げてもいいって思える人だもの。あなたも会ってみればわかるわ。さっ、行きましょ」
「う……うん」
ジャスミンに手を引かれ、有翼種の女性が木の陰からおずおずと姿を表す。身長が少し低いせいで、服のサイズが合ってないな。差は二センチ程度だと思うが、小さい種族だけあって相対的な誤差は、どうしても大きくなってしまう。
「体調の方はどうだ?」
「えっと……あの、へ……平気、です」
「ねえタクト。ロクに食べてないみたいだから、なにか出してあげて」
「それなら固形物より、ミックスジュースのほうが良いかもしれないな。少し待ってくれ」
マジックバッグから果物をいくつか取り出し、ミルクと一緒にフタのできる容器へ。魔法の刃で撹拌したあと蜂蜜を入れ、しっかり混ぜれば完成だ。
「甘くて旨いから飲んでみるといい。けっこう腹も膨れるぞ」
「あ、ありがとう……ござい、ます」
「ミントも飲むか?」
「欲しいのです!」
――シュタッ
「……あるじ様、ちょうだい」
木に登っていたシナモンが俺の横へ降り立ち、キラキラした目で両手を差し出す。この表情とおねだりオーラには絶対勝てん。ほれ、遠慮なく飲むがいい。
「タクトが使役してる従人って、みんなこんな感じなの。だから遠慮せず飲んで」
「あ……美味しい」
「……うまうま」
「美味しいのです!」
「みんないいもの飲んでるじゃん。ボクにもちょうだい」
周囲を探索していたシトラスも戻ってきた。彼女にもジュースを渡したあと、少し離れた場所で様子を見守っていた、オレガノさんたちを呼ぶ。ジュースのおかげで少し落ち着いてきたみたいだし、まずは自己紹介からだな。
「なるほど。友達を助けてほしかったのか」
「うん。森の中で出会った真っ赤なヘビなんだけど、お話ができるんだよ。でも出会った頃から元気がなくて、五日くらい前から眠ったまま起きなくなっちゃったの。だから病気だと思って……」
よほど大切な友人らしく、話が進むにつれミルラの目に涙が溜まっていく。それにしても、話ができるヘビか。白い体をしているのなら聖獣の可能性がある。しかし赤ってことは別の何かだろう。
「なあスイ、体操術で小さなヘビになることって、出来るのか?」
「本体を木の虚にはいるサイズまで縮めるのは、かなり難しいな。我のように切り離した体を変身させるなら可能だが、その場合は昏睡状態になる前に形を保てず消えてしまう」
「ここであれこれ考えても埒があかん。お嬢さんや、そこへ案内してくれるか」
「オレガノさんの言う通りだな。そのヘビを助けに行こう」
そうと決まれば善は急げ。命の危険を犯してまで、助けを呼びに森の浅い場所まで来たんだ。その勇気と行動力に応えてやらねばならん。
レベル128超えの主人公が本気を出す。
次回「0278話 赤いヘビ」をお楽しみに。




