0274話 聖女のプレゼン
走り去ってしまったニームは、ステビアとローリエに任せよう。それよりこっちは、眼の前で寄せて上げてを繰り返すヘンルーダの方を、なんとかしなければ……
しかしどうしてここまで自分の魅力に自信満々なのか。若い男をとっかえひっかえしながら遊んでいたのは、フェンネルたちから聞いて知っている。どうやって歓心を買っていたのか不明だが、それなりにチヤホヤされてきたんだろう。
サーロイン家に輿入れしてきたのは、十五歳になってすぐ。そしてその三年後にニームを出産。今の年齢は三十四歳のはず。たしかに見た目は若いし、スタイルもそこそこいい。とはいえ誘惑の仕方が下品なんだよな。いくら若作りしたところで、俺の身内には最強未亡人のアンゼリカさんが居るんだぞ。あの人には誰も勝てん!
「ほらほら、どうしたの。この体に欲情して、動けなくなっちゃった? よかったらすぐ味見してもいいわよ」
「いや。気持ちが萎えきって、どうしようか途方に暮れている」
「これだけやっても勃たないなんて、やっぱりヘタレ男の息子だね。その年齢で下半身も無能とか、救いようがないよ」
誠に不本意だが、今ならエゴマの気持ちをよく理解できる。もしかしたらジマハーリの青年たちに、トラウマを残しまくってたんじゃないだろうか。彼女を野に放つのは、非常に危険かもしれない。
「ねえタクト様、もしかして困ってる?」
「実はかなりな」
俺に声をかけてきたのは、ユーカリの妖術で上人に化けた、聖女ラズベリーだった。相変わらずメイド服が似合ってるな。今度はユーカリたちが着てるデザインの方をプレゼントするから、楽しみにしておいてくれ。
「不能のくせに女の使用人ばかりじゃない。しかも会話に割り込んでくる不心得者を雇うなんて、本当に使えない家だわ」
「いきなり入ってきてごめんなさい。私はダエモン教の教皇、ルバーブの孫娘です。今は社会勉強の一環で、コーサカ家のメイドをやってるの」
「へー、ダエモン教の教皇……」
さすがのヘンルーダも興味を示したぞ。やっぱりダエモン教の威光は半端ない。しかも教皇の孫娘という肩書つき。恐らくいいカモか金づるにでも、見えているのだろう。
「(あとは任せてくれる?)」
「(強硬手段以外の方法が思いつかないから、すまないけどよろしく頼む)」
「それでお偉いさんの孫娘が、一体なんの用?」
「ほら、このお屋敷って見ての通り、女性しかいないでしょ? もしそれが気に入らないのなら、教団の施設へ来ませんか。若い信者のかたも大勢いますよ」
「そんなこと言って、私を入信させようって魂胆ね。その手には乗らないよ」
「入信を強要するつもりはありません。お祖父様から書状を預かってますので確認してください。気に入らなければすぐ帰るもよし。快適に過ごしていただけるなら、好きなだけ滞在して構わないです」
ラズベリーが懐から封筒を取り出す。赤い封蝋に龍の紋章が入った、正式な書簡じゃないか。こんな短時間で用意してきたなんて、準備よすぎだろ。
「本物の書状みたいだけど、どうして天下のダエモン教が、ここまでするのさ。なにか裏があるんじゃないの?」
「教皇の孫である私がこうして働いているくらい、コーサカ家とダエモン教のつながりは深いんです。そのお身内であるなら、我が教団もおもてなししなくてはと思いまして」
「その施設とやらは、どこ?」
「首都マハラガタカの山沿いに位置した、景色の良い場所にあります。ここからですと、移動にお時間をいただくことになりますが、ご安心を。右手に見える窓から門の方をご覧ください。移動用にご用意した馬車でございます。道中の手配はパルメザン旅行組合に任せていますので、快適な旅を保証いたしますよ」
「へー、いいじゃない、いいじゃない」
リビングの窓からでもよく目立つ、白い車体に金のラインや飾りが入った馬車。その前に待機しているのは、社交界でおなじみのスーツを着た、若い三人の男性。しかも富裕層向けのツアー旅行で、最高級の体験を提供している、パルメザン旅行組合だと!?
やることが凄すぎるぞ、ダエモン教。
「どうでしょう、お客様。最高のリゾート気分を満喫しに行きませんか?」
「行くわっ!!」
「ではこちらへどうぞ」
ラズベリにーエスコートされたヘンルーダが、鼻息を荒くしながら屋敷を出ていく。宗教団体を率いてるだけあって、人をその気にさせるのが超絶うまい。こんなにあっさり出て行かせられるとは……
「あっという間でしたな」
「見事な手腕としか言いようがない。ラズベリーには大きな借りができてしまった」
俺がいない間の出来事をフェンネルに聞いていたら、ラズベリーがドヤ顔で戻ってきた。上目遣いで頭を差し出しやがって。ほらナデナデくらい、いつでもしてやるぞ。
「えへへー。私、役に立った?」
「感謝してもしきれないよ。本当にありがとう」
「先ほどおっしゃられていた施設とは、どのような場所なのでしょう?」
「信者が多いと、やっぱり色々な人が出てくるんだよ。例えば賭け事に依存しちゃったりとか、込み入った事情があって普通に暮らせないとかね。中には他人の配偶者に次々手を出す悪癖が治らなくて、両親に放り込まれるケースもあるの。彼女の場合、それに近いよね?」
そうした者を更生、あるいは隔離するために作られたのが、施設という場所らしい。つまり今回の場合は、いわゆる修道院送りってやつか。なんでも社会貢献の一環として、行政や民間だけではカバーしきれない者たちの、受け皿を用意しているとのこと。さすがは世界的な宗教団体だ。
「これでサーロイン家の関係者に、煩わされることは無くなるな」
「ありがたいことです」
「迎えに来ていた三人はルバーブの人選だから、彼女がなにかやろうとしても、うまくあしらってくれると思う」
馬車と衣装を用意してくれたキャラウェイさん。実家に連絡して、パルメザン旅行組合を手配してくれたシトロネラさん。マスカルポーネ夫妻にも、大きな借りができた。まずは孫のローズマリーに、恩を返しておこう。
残る問題はニームの様子と、泣かされてしまったラベンダーとリコリスだな。早めにフォローしておかねば。
◇◆◇
場合によっては墓場まで持っていくつもりだったが、まさかこんなことで事実が判明してしまうとは。本当に人生はなにが起きるかわからん。
とはいえ、これまで宙に浮いていた問題が解決したんだ。それはある意味、喜ぶべきことかもしれない。俺もニームも自分の意志で、未来を選べるのだから。
「心の整理は付いたか?」
「ふぇっ!? ……に、兄さん」
そんな事を考えながらニームの部屋を目指していたら、ちょうど廊下の先から本人が現れた――
って、こらこら。ステビアの後ろに隠れるなよ。気持ちはわからんでもないが、あからさまに逃げられると、昔を思い出してしまうだろ。
「いつまでも後ろに隠れているわけにはいきませんよ、ニーム様」
「頑張ってくださいっ、ニーム様」
「うぅっ……いきなり現れたら、心の準備が……」
まあ急に付き合い方を変えろってのも、無理な話だよな。オタオタする姿を楽しむのも悪いし、ひとまず二人の着地点でも探そう。なるべくいつもの調子を意識しながら手招きすると、おずおずとステビアの後ろから出てくる。怖がらせないようにゆっくり腕を広げ、ニームの体を優しく包み込む。
「急がなくていいから、時間をかけて新しい関係に慣れていこうな」
「そうですね。私たちには十六年分の積み重ねがあるんですから、焦る必要はないのかもしれません」
「正直なところ俺も、まだどうしたらいいか、わからないんだ」
「一つお聞きしたいんですけど、前世の記憶がある兄さんって、成人したての女性に恋愛感情を抱けるんですか?」
「そのあたりの意識は、肉体年齢に引っ張られてるぞ。そうじゃなかったら、シトラスたちと関係を持ったりしないだろ」
「つまり精神性ロリコン症ってやつですね」
なんだよその変な疾病名は!
ロリコンという単語はユズが教えたとして、それっぽい造語を作るんじゃない。そもそもお前は美人の部類だろ。年上からの人気がすごいくせに、なに言ってやがる。
「なら聞くが肉体性だと、どうなるんだ?」
「心が拒絶していても、体が幼女を求めてしまいます。サントリナやリコリスと仲良くするのはいいですけど、くれぐれも気をつけてくださいよ。どう言い訳しても犯罪ですから」
「手を出したりせんわっ!」
「あっ、なんかいつもの感じに戻ったね。ステビアお姉ちゃん」
「これで一安心です」
まあしばらくは、こんな感じで良いかもしれない。少なくともニームが学園を卒業するまでは……
落ち着いたところで、先程の顛末を簡単に説明する。
「今からラベンダーとリコリスの様子を見に行こう。まだ泣いているかもしれない」
「そうですね。母さんがやったこととはいえ、あの子たちにはちゃんと謝罪しないといけません」
ひとまず俺とニーム、そしてコハクの三人で、クミンの部屋へ。扉の外までリコリスのぐずり声が聞こえてくるな。視線だけで泣かせるなんて、どれだけ負のオーラを出してたんだ。もしヘンルーダがここに居座っていたら、眠れずに一晩中泣いていたかもしれない。
「入ってもいいか?」
『……うん、タクトさん』
返事をしたクミンの声にも影がある。いきなり来て俺たちの平穏をかき乱しやがって。教団施設で究極の寸止めを食らいながら、大いに反省しやがれ!
「いーーあーーー、うえぇぇーん」
俺たちに気づいたリコリスが大声で泣き始め、手足をばたつかせながら暴れだす。普段おとなしい子が、ここまで荒れるなんて初めてだ。
「あー、よしよし。怖かったな。もう遠いところへ行ったから大丈夫だぞ」
「うー、うー。えっぐ」
俺の服をギュッと掴み、撫でてもあやしても離そうとしない。このまま眠るまで抱っこしてやろう。
「クミンは平気か?」
「もう大丈夫。タクトさんの顔を見たら、落ち着いてきた」
様子を見る限り、はらわたが煮えくり返っていたって感じか。俺だってその場に居合わせていたら、コルツフットと同じようにギフトで痛めつけていたかもしれん。よく我慢できたなという賛辞を込めつつ、クミンの頭をそっと撫でる。
「私の母親がひどいことを言って、本当にごめんなさいラベンダー」
「いえ、ニーム様が謝られることではありません。コーサカ家の居心地が良すぎて、私も危機感が足りていませんでした」
「クミンやラベンダーたちのことは、これから先も必ず俺が守ってやる。だから安心してくれ」
嬉しそうに近寄ってきたラベンダーの頭を撫でながら、ふわふわのリス耳をモフらせてもらう。夏のリゾートに行った頃から、こうして俺にも触らせてくれるようになった。やっぱり旅行は家族の距離を縮める良いイベントだ。フェンネルたちも一線を越えたみたいだし。
「兄さんの言い方、プロポースしてるみたいですよ。私には何かないんですか?」
「ニームのことは一生大切にする。だから俺について来い」
「……ぴやっ!?(///)」
変な擬音を出すなよ。顔もゆでダコみたいだぞ。
「ねえタクトさん。ニームちゃんの反応がいつもと違うけど、なにかあったの?」
「鋭いな、クミン。実は――」
家族に隠しておこくことでもないので、俺とニームは血の繋がらない兄妹だったことを話す。その場にいた全員から祝福を受け、ニームも落ち着きを取り戻した。そんなやり取りをしていたとき、腕にかかかる重みが増える。どうやら、やっと眠ってくれたようだ。
思うところのある主人公が、仲間たちへある提案を。
次回「0275話 タクトの懸念」をお楽しみに。




