0273話 暗躍っ聖女さまっ
今回のBGMは「DECISIVE BATTLE (E-1):鷺巣詩郎」でしょうか……
それではどうぞ。
転移術で禊の間へ戻ったラズベリーは、身につけていたメイド服を脱ぎ、大切な宝物をしまうようにクローゼットの中へ。一糸まとわぬ姿になった後、ベッドに横たわる自分の体へ触れる。そして分身術を解除すると、溶けるように本体へ吸い込まれていく。
眠っていた本体に意識が戻り、ゆっくりと体をおこす。いつもの白いドレスとベールを身に着け、向かう先は教皇ルバーブの部屋。
「ラズベリーだけど、いま大丈夫かな?」
『えぇ、どうぞお入りください、聖女様』
「あっ、キャラウェイとシトロネラも来てたんだ」
「いい茶葉が手に入りましたので、一緒に楽しもうかと誘いました。聖女様にも声をおかけしようかと、思っていたところなんですよ」
「お邪魔しております、聖女様」
「こんにちは、ラズベリー様。今日はメイド服じゃないのね」
「そのまま来たら良かったかな、さっき着替えたとこなんだ。でもちょうどいいタイミングだし、私がお茶を淹れるよ」
タクトの家で顔を合わせて以降、三人のお茶会にラズベリーは何度も出席していた。いまでは互いにすっかり打ち解け、こうして聖女が手ずからお茶を淹れても、驚いたり止めたりしない。
ダエモン教の聖女として祭り上げられてから四百年余り、娯楽というものに興じたことのなかったラズベリーにとって、淹茶は初めてできた楽しみなのだ。鼻歌交じりで準備を整える姿、そしてニコニコしながら差し出されるティーカップを前にして、止めようなんて無粋な真似をすることは不可能である。
「また腕を上げられましたな」
「だって師匠がいいもん」
「こうしてラズベリー様のお茶を楽しめるのも、タクトさんのおかげね」
「そのタクト様のことで、ルバーブに相談があるんだ」
「なんでしょうか、聖女様」
「実はコーサカ家に招かれざる客が来ててね、かなりヤバそうな人物なんだよ。娘であるニームちゃんも会いたくないって言ってるみたいだし、あのまま居座ったりしたら家族みんなが不幸になっちゃう。なんとか助けてあげたいの」
ラズベリーはコーサカ家で仕入れてきた、数々の逸話をルバーブたちに話す。
敬愛する聖女様にとって、コーサカ家は心のオアシスだ。年々覇気がなくなっていくラズベリーの様子を心配していたルバーブにしてみれば、あの場所は誰にも侵されたくない聖域と同じ。そこを守るためなら、教団の総力を上げねばならぬ。
「直ちに浄罪機関へ出動命令を出します」
「待ってルバーブ!? それはやり過ぎ、やり過ぎだから」
「では聖教騎士団の派遣を――」
「それもだめー! 施設の受け入れはすぐ出来る?」
「四十秒で準備できます」
ルバーブ、やる気満々である。
「彼女の性格からして、若い男を迎えに行かせれば、素直についてくると思う。人選は任せるね」
「それならウチが、派手な馬車を提供しよう。スタイーン国の才人が好みそうな服と合わせて、ボジョレー衣料品店に用意させるから、迎えの者に着せるといい」
「道中の手配は実家のパルメザン旅行組合に、お願いしておくから安心して。旅の間くらいは、いい思いさせてあげないと、あなた達に迷惑かけそうだもの」
「二人とも、ありがとう」
「なに、タクト君のためだ。面倒事で困ることがあるなら、年長者の我々が手を貸してやらねばならん」
「タクトさんやニームさんに何かあったら、きっとロージーちゃんも心を痛めてしまうわ。危険因子を安全に排除するため、手を尽くすのは当然のことよ」
こうしてマスカルポーネ夫婦も、コーサカ家の平穏を守るため動き出す。各部署に指示を出したルバーブが、ヘンルーダへ宛てた書状をしたため、それを手にしたラズベリーが再びコーサカ家へ飛ぶ。
――…‥・‥…―――…‥・‥…――
ジャスミンから連絡を受け取ったタクトが、ユーカリを連れて自宅へ向かう。スイはクローブの護衛として、コーサカ研究室へ残してきた。ちょうど研究室のメンバーを紹介していたタイミングだったため、ニームも活動を切り上げて同行している。
「家族を捨てておきながら、なにを今さら私たちの家へ来たんですかね」
「金の無心するために、来たんじゃないか? 隠居しているエゴマを頼るわけには、いかないだろうしな」
「なんか居座る気満々な感じだったわ。自分の部屋を用意しろって、フェンネルに言ってたし」
金で解決できればいいが、いちど美味しい思いをさせてしまうと、この先なんども強請りに来るだろう。かといって同居の方向はナシだ。もし一緒に暮らしたりすると、クローブが襲われかねない。下手に既成事実を作られた日には、間違いなくアインパエ帝国へ矛先が向く。タクトはそんな事を考えながら、並んで歩くニームの顔を見る。
「ニームとしてはどうしたい? もしお前が許せるというなら、俺はできるだけ協力する」
「とりあえず話だけはしてみます。ですが一緒に暮らしたくはありません。子供が見ていようとお構いなしに、えっと……その……みだらな事を、する人なので」
ニームは頬を赤らめながら、消え入りそうな声で言葉を濁す。
家族の幸せと平穏は、自分が守ってやらねば。改めて決意を胸にしたタクトが、ニームの頭にポンと手を置く。そんな兄の心遣いに触れ、ニームの顔に笑顔が浮かぶ。
「私は先に帰っておくわね。なにかあったら、すぐ知らせるわ」
「わたくしも先行して裏口から入ります。エメラルド様がいらっしゃったら、術をおかけしないといけませんので」
「わかった、よろしく頼む」
全速力で離れていく二人を見送ると、ニームがタクトの手を取る。
「私たちも急ぎましょう。フェンネル一人に対処を任せておくのは可哀想です」
「確かにそうだな。ストレスで体調でも崩されたら、アルカネットたちに申し訳が立たん」
二人は手を繋いだまま歩く速度を上げ、秋の日差しが降り注ぐ道を颯爽と進む。その後ろを付いていくステビアとローリエは願う。夏の海水浴以降、二人の距離は一段と縮まっている。毎日タクトのことを幸せそうに語る、大切な使役主の生活を奪わないで欲しいと。
それぞれの想いを胸に、コーサカ家のビリングへ入る。
「連絡もなしに押しかけるなんて、どういうつもりですか? 母さん」
「あら、帰ってきたの。それにしてもこの家、女しかいないわね。これじゃあ楽しめないじゃない。もしかしてタクトって当主の趣味?」
「優秀な人材を集めた結果、こうなっただけで、特別な意図はないぞ」
「あら、お前が当主の……って、その髪色と生意気な目つき。もしかして無能のセージ? どうしてここに居るのよ。まさか娘の弱みでも握って、居座ってるんじゃないわよね」
「こちらのお方がコーサカ家のご当主、タクト様ですよ」
「サーロインの家名といっしょに、セージという名は捨てた。今の俺はタクト・コーサカだ」
フェンネルとタクトの言葉を聞き、ヘンルーダは眼の前に立つ男を再び注視。なにせ彼女はタクトのことを、全くと言っていいほど知らない。直接会ったのはまだ幼少の頃だし、彼が離れで暮らし始めてからは、遠目に何度か見かけただけ。特にここ数年は男遊びが激しくなり、一度も顔を合わせていなかったのだ。
「ふーん。少し見ない間に、いい男になったじゃない」
「そりゃどうも」
舐めるような視線で見つめられ、タクトはわずかに顔をしかめる。そして後ろで様子をうかがっていたニームの腕に、鳥肌が立つ。
「こんな屋敷を持てるくらいだから、お金はあるのよね。いいわ、たとえ無能でも私が使ってあげる。お前の資産、全部よこしなさい。その代わり、私を好きにしてもいいわよ。どう? 破格の条件でしょ」
「悪いが全く釣り合いが取れないな」
「ガキのくせに生意気なやつね。こんないい女を好きに抱けるなんて、最高だと思わないの?」
「やめてください、母さん。同じ家で親子として暮らしていた男性を誘惑するなんて、はしたないと思わないんですか?」
「お前こそなに言ってるんだい。先に手を出したのはそっちじゃないか。その体を使って、取り入ったんだろ?」
「なっ!? 私と兄さんは兄妹ですよ、そんなこと……」
「あんたとそこの男、血なんて繋がってないよ。知らずに付き合ってたなら、とんだお笑い草だね。もしかして背徳感でも楽しんでたのかい?」
その言葉を聞いたニームの顔から血の気が引く。
「その話、本当なのか?」
「疑り深い男だね。どう考えても計算が合わないから本当だよ。なにせエゴマは果てる前に諦めるような、ヘタレでどうしようもない男だったから、こっちは欲求不満になるったらありゃしない。魔法の腕はあっても、性活の方はからっきしさ」
それはヘンルーダの方にも問題があったのでは?
思わず言ってやりたい気持ちを、タクトはグッと飲み込む。
「じゃあ私と兄さんは……」
「どうだいタクト。私とそいつ、二人同時に相手してあげるよ。何倍も楽しめてお得でしょ?」
「あっ!? ニーム様!」
「待ってください、ニーム様っ」
顔を真っ赤にしたニームがリビングを飛び出す。それを追いかけるステビアとローリエ。ニームは二階の自室に飛び込み、そのままベッドへダイブ。心配そうに駆け寄ってきたステビアとローリエが、布団へ顔を埋めるニームに寄り添う。
「大丈夫ですか、ニーム様。気を確かに持ってください」
「耳が赤くなってるけど、平気ですか?」
「うぅぅぅぅーーー」
布団に顔を押し付けたまま、唸り声を上げるニーム。そして足を上下にバタつかせる。これまで見たことない行動を目の当たりにして、ステビアとローリエはどうしていいかわからない。
「そこまでお怒りであれば、たとえ世界を敵に回しても、ニーム様の希望を叶えてみせます」
「あたしはニーム様に、どこまでも付いていく。だからなんでも言って」
「私と兄さんは、血の繋がらない兄妹だったなんて。つまりあんなことや、こんなことも出来るってことですよね。これから一体、どんな顔で会えばいいんですか……」
それを聞いた二人は、一瞬で理解した。ニームは怒っているのでなく、嬉し恥ずかしい気持ちで、あの場を逃げ出したのだと。
「別に意識して変える必要はないと思いますよ。これまでだってニーム様とタクト様は、学園でいちゃついているカップルより、親密な関係に見えてましたから」
「タクト様なら今までと同じように、接してくれるんじゃないかな。むしろこれからは、もっとアピールしたほうがいいです」
「あなた達は受け入れてくれるのですか? 私と兄さんの間に、その……こ、こ、こ……子供ができたとしても」
「正直いって、ニーム様を独り占めしたい気持ちはあります。ですが最も優先すべきは、あなたが幸せになれること。不本意ですが、応援しますよ。私もタクト様のことは、嫌いじゃありませんし」
「あたしはニーム様の笑顔が好き。だから幸せになってください」
「ステビア……、ローリエ……。二人と家族になれて、本当に良かった」
ベッドから起き上がったニームが、ステビアとローリエを抱きしめる。
「落ち着かれましたか?」
「ええ、もう大丈夫です」
「タクト様も心配してると思うから、様子を見に行こうよ。ステビアお姉ちゃん、ニーム様」
「あの人がなにをやらかしているかわかりませんし、そろそろ戻りましょう。ですが先日購入した、シルクスパイダーのランジェリーに着替えてからのほうが、いいかもしれませんね」
「気が逸りすぎです、ニーム様」
二人の血縁が判明したとはいっても、いきなりその先まで進んだりしない。そもそもタクトの性格なら、学園を卒業するまで、手を出してこないはず。着替えの入ったチェストへ向かうニームに、ステビアとローリエは生暖かい視線を向ける。冷静になったようで、テンパリっぱなしのニームであった。
ヘンルーダの運命は?
次回「0274話 聖女のプレゼン」をお楽しみに。




