0271話 クローブと学園へ
さて、これからマノイワート学園へ行くわけだが、誰を誘おう。全員でイチャコラしながら歩いていたら、途中でクローブがキレかねん。
コハクはもう俺の一部だし、首元に居てくれないと落ち着かない。この子と離れるのは論外として、今日はユーカリとスイを誘うか。何気にこの組み合わせで学園に行くのは初めてだし……
「今度アインパエに行くときは、ボクとデートだからね」
「……今日はあるじ様の、隣で寝る」
「ミントも腕枕してもらうです」
「私はシマエナガちゃんたちと、空の散歩をしてくるわ」
「チチチッ!」
もうじき満月なのでシトラスとの約束は、すぐ叶えられそうだ。シナモンとミントは今夜かわいがってやるとして、ジャスミンと二人っきりの機会も作ってやらねば。
「どんな狂人が襲ってきても、わたくしが制圧してみせます」
「クローブ殿は我が運んでやろうか?」
「女に運んでもらうとか恥ずかしいだろ。僕はペッパー兄貴にもらったこれで行く」
そう言ってマジックバッグから取り出したのは、ゴルフカートを小さくしたような四輪の乗り物。つい最近、電動アシスト自転車並みと言っていた物体操作魔法の出力が、もうこんなものを動かせるまでに進化したのか。さすがペッパー、天才すぎる。
「ねえねえ、これなに、これなに? ボクにも動かせるのかな」
「……くるくる、四つ付いてる」
「試運転は終わってるから動かしてみるか? まだ人が歩く程度の速度しか出ないから、事故も起きないだろうし、ぶつけて凹んだくらいなら、僕の再生で修理できる」
一人乗りのカートを庭へ持ち出し、希望者が動かしてみることに。サントリナのやつ、ダウンヒル最強伝説みたいなハンドルさばきだぞ。カウンターをきれいに当てるたび、俺の頭にユーロビートが鳴り響く。
スリックカートのコースじゃないのに、どうしてあの速度でドリフトが出来るんだよ。こんな身近に天才ドライバーの卵がいたとは……
「タクトおとーさん、すごくおもしろかった!」
「いっぺんにやることが多すぎて、ミントは苦手なのです」
「……あるじ様、これ欲しい」
「ペダルを踏むだけで進んだり止まったりするの、なんか楽しいよね。でもこれで移動してたら、運動不足になりそう」
体力が有り余ってるシトラスには必要ないかもしれないが、シニアカーとしての需要はありそうだ。馬の維持管理が大変な馬車と違い、これは魔力のチャージだけで燃料補給できるしな。それに低床だから、乗り降りも楽にできる。
とりあえずシナモンがキラキラとした目で俺を見てくるし、ペッパーに製作の依頼をしておこう。
◇◆◇
メイド服に着替えたユーカリとスイを連れ、カートを運転するクローブと共に学園を目指す。今の進捗状況を聞いてみると、色々と解決しなければならない問題が山積みらしい。とはいえ、短時間で自走できる製品を完成させたんだ。いずれ新たな交通手段として、普及していくだろう。
「おっ! コーサカの旦那。そっちの従人が着てるのって、新作のメイド服か?」
「つい最近、完成したんだ」
「二人とも似合ってるじゃないか」
「ありがとうございます。そう言っていただけると、凄く嬉しいです」
「主殿が我らのために、作ってくれたものだからな。この服を身につけると、とても幸せな気分になれる」
道の途中で出くわしたのは、定期運行の馬車業をやってる、小太りのおっさんだった。今日は珍しく食べ歩きしてないな。学術特区へ来るくらいだし、仕事中なんだろう。
「それより、面白いもんに座ってるな。なんだ、それ?」
「これはアインパエ帝国で開発中の、魔道具技術を使った乗り物だ」
「おいおい、あっちではそんなもん作ってるのか。俺たちの仕事を取らないでくれよ」
「この乗り物は大型化が難しくてな。大きくなればなるほど、航続距離が短くなってしまう。個人が移動する用途で製品化する予定だから、大型馬車を使った運行業とは棲み分けが出来ると思うぞ」
なにせ重量によって、魔力の消費が指数関数的に上がっていく。ニームが成人男性六人を運んだときなんか、俺の魔力をギュンギュン吸っていた。高効率な魔力変換と燃費の改善は、実用化にあたって最大の難関だ。今は電動キックボードみたいに、十数キロ走ったら魔力チャージが必要で、手間がかかりすぎる。
「ほー、それなら顧客の奪い合いにならないか。まあコーサカの旦那が関わってるなら、そのへんの心配はしなくてもいいな。他の連中がなんか言ってきたら、俺の方で説明しといてやるよ」
「大勢の客を安全に運ぶことが出来るのは、定期運行馬車の強みだからな。変な誤解が広がらないよう、よろしく頼む」
約束の時間があるというおっさんと別れ、再びマノイワート学園を目指す。しかし出会う連中が次々声をかけてくるので、なかなか進めない。
「お前って、この街で暮らしてる住人全員と知り合いなのか?」
「一方的に名前を知られてるって感じだけどな」
「旦那様は数多くの肩書をお持ちですから」
「ワカイネトコでは知らぬ者がいない有名人だ」
「だけど乗り物一つでこんなに騒がれたんじゃ、迂闊に外出できないだろ」
「ワカイネトコは学園の影響で、新しい技術や製品に対して慣れるのが早い。明日くらいには収まってると思うぞ」
なにせこの街は、情報の伝達スピードが爆速だ。特定のコミュニティーに伝われば、一気に拡散していく。特に茶葉卸売店のオバサンとか……
「ふーん。それならまあいいや。学園についたみたいだけど、このまま入ってもいいのか?」
「このタイヤ径だと、玄関の段差も越えられないだろ。ここからは徒歩で移動してくれ」
「仕方ないなぁ」
「ちなみに学園長室は最上階だ。エスカレータやエレベータは無いから、覚悟しておくといい」
「げっ……」
崩れ落ちそうなクローブを支え、警備員に無事到着したことを報告。校舎の中へ入るが、ちょうど休み時間だったらしい。途中で何度も足止めを食らったので、予定時刻を大幅に超えてしまったせいだな。
「あー、新作のメイド服だー」
「お店で売ってるのと随分形が違うよね」
「フリルがたくさん付いてて、すっごく素敵」
「皆の者。後ろも見てみるがいい」
「「「「「きゃー、リボンみたいな結び目が可愛ぃー」」」」
スイが自分の後ろ姿を見せると、女子生徒たちが一気に沸き立つ。仕事のしやすさを優先した市販品と違い、こっちはデザインに振ってるからな。いわゆるサブカル方面でよく見かける、クラシカルタイプのメイド服だ。エプロンには大きなフリルだけでなく、いたるところにギャザーを付けてある。
服飾職人が涙目になるようなデザインなので、量産化は難しい。本当にボジョレー衣料品店は、いい仕事をしてくれた!
「ウチは使用人たちにメイド服を支給したんだけど、屋敷の中が華やかになっていいよな」
「わかる、すごくわかる! 街を歩いてたら、つい目で追っちゃうもん」
「俺の所は従人に着せてみたぞ。そしたらすごく喜んじゃってさ。やたら張り切って仕事するようになったんだ」
「目の保養にもなるし、仕事の能率も上がる。メイド服って凄いよなー」
この様子だと、売れ行きもかなり良さそうだ。ブームが波及していけば、近い将来メイド喫茶が誕生するはず。その時はユズを誘って見学に行こう。
「ねえねえタクト室長。さっきから気になってたんだけど、室長の後ろに隠れてるカッコイイ人って誰?」
「室長が男の人を連れてるのって、珍しいよね。お屋敷には家令のフェンネルさん以外、男の人は居ないし、どこで拾ってきたの?」
拾うとか言うなよ。生徒たちの姦しさに押され、俺の背中で小さくなっているが、こいつは皇位継承順が第二位の男なんだぞ。
「彼はベルガモットの兄で、クローブという名前だ。今日から聴講生として、学園に通うことになった。レポートに必要な講義をいくつか受けるだけで、普段は大図書館で資料の収集と分析をやってる。学園内で見かけることは少ないと思うが、よろしくしてやってくれ」
「皇族ってことは室長の親戚かー」
「言われてみれば、顔の感じがよく似てるかも」
「でもタクト室長より、付き合いやすそうだね。目つきが怖くないし!」
ボサボサだった髪をカットしてきたから、女子生徒たちの受けがいい。玉の輿を狙って人が殺到するかと思ったが、みんな意外に冷静だな。
「なにか困ったことがあったら、私たちを頼ってね」
「学園の案内なら俺らに任せろ。どこでも連れてってやるぜ」
「なんか、あっさり受け入れられてるんだけど……」
「だってベルガモットちゃんのお兄さんでしょ? それにアンゼリカ陛下の子供だったら、変に畏まらない方がいいかなって」
「母さんとベルガモット、一体なにやらかしたんだよ」
「アンゼリカさんがここに来たとき、あちこちで愛想を振りまいてな。今ではファンクラブができてるらしい。それにベルガモットは、学年問わずほとんどの生徒と友だちになってる」
「それもあるんだけどタクト室長の身内に、ちょっかいなんてかけられないって。変に迷惑かけるとダエモン教が黙ってないし、怒らせたら世界が滅ぶとか学園長が言ってたもん」
「「「「「うん、うん」」」」」
学園長のやつ、生徒たちになに吹き込んでやがる!
「お前って、そんな危ないやつだったのか」
「ただの冗談だから気にするな。俺になにかあっても、この世の終わりが来たりしない」
「怒りのあまり、大きな地震が発生するかもしれぬがな」
「わたくしも、うっかり周囲を焼き尽くしそうです」
こら、スイもユーカリも余計なことを言うな。ちょっと生徒たちが引いてるだろ。
「キュッ、キュゥー」
「俺の理解者はコハクだけだ」
「キュィッ!」
「タクト室長って、ホント面白いよな」
「従人や霊獣と仲良すぎでしょ」
「見てると飽きないもんね。私、この年代に入学できて、良かったなって思ってる」
「コーサカ研究室ができてから、学園の雰囲気もずいぶん変わったからな。研究棟の方も活気が出てるって、俺の親父が喜んでたよ」
好意的に受け取ってもらえてるなら何よりだ。いつまでも駄弁ってるわけにはいかないし、とりあえず学園長室へ向かおう。
盛り上がる生徒たちに別れを告げ、クローブを引っ張りながら階段を登る。
って、おいこら。まだ一階と二階の途中にある踊り場だぞ。
え? 南方大陸の気温と、生徒たちの熱気にやられただと……
本当に手間のかかるやつだな。
まあ、そんなところも含めて、クローブのことは気に入ってるんだが。
いよいよ妹ちゃんの母親が登場。
いったい何をやらかすのか……
次回「0272話 ヘンルーダ襲来!」をお楽しみに。




