0270話 クローブの居候
引き続き、過去話への誤字報告ありがとうございます。
文字抜けが多いのはキーボードのせい?(責任転嫁w
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では第16章の開始です。
クローブを連れて皇居の庭から、自宅の霊木へ飛ぶ。群がってきたシマエナガたちをモフり倒しつつ、エスコートしながら屋敷へ向かって歩く。
「へー。こっちはかなり暖かいな」
「もうじき秋になるとはいえ、日中は汗ばむくらいの陽気だからな。急な環境の変化で、体調を崩さないよう気をつけてくれ」
「従人のスキルとやらで、病気は治せないのか?」
「ミントが持ってる治癒術では無理だ。詳細は不明だが治療術というスキルで、病魔を払えたという記録が残っている」
「お役に立てなくて、ごめんなさいです」
「そんなこと、気にしなくてもいい。ラムズイヤー姉貴の後遺症を消し去った、治癒術のほうが遥かに有用だ。病気なんて放っておけば治る」
付き合ってみたわかったが、クローブは他人に気遣いのできるいいヤツだ。これから家族と一緒に暮らしてもらっても、問題はおきないだろう。
「それよりほら、しっかりしろ。玄関は目の前だぞ」
「南方大陸の直射日光に、僕の体が耐えられるわけ無いだろ。なんで日傘を用意してないんだよ」
一番の問題は、ひ弱な体と精神力だな。生まれてすぐレベルの譲渡を受けてるのに、脆弱すぎるだろ。前世が肉体を持たない人類だったこともあり、直接感じる負荷に弱いってところか。ここで生活しながら、徐々に慣れていってもらおう。そうでないと図書館にも通えん。
「あーそうだ。専属の隠密は、もうこっちに来てるんだろ?」
「そのへんに隠れてると思うけど、なにか用事でもあるのか?」
そう言われて周囲を見渡すと、塀の向こう側で物音がする。どうやら遅かったようだ。
「精霊たちに気づかれちゃったみたいね。ちょっと様子を見てくるわ」
「……連れてくる」
ジャスミンが翼を広げ、シナモンが両手で印を組む。次の瞬間には塀の上へ飛び、向こう側へ消えてしまう。
――と思ったら、戻ってきた。
「……手、いっぱいウネウネしてて、可愛かった」
「不審者と間違えて、捕縛しようとしたみたい」
「ガタガタガタ、ブルブルブル」
首根っこを掴まれた黒装束の隠密が、雨に打たれた仔犬のように震えている。シナモンのやつ、こっちを見ながら自慢気に差し出しやがって。飼い主に捕まえた獲物を自慢する猫みたいだな!
ほれ、ナデナデしてやるぞ。
「……うにゃー」
「なんで隠密が簡単に捕まってるんだよ。こいつらが持ってる魔道具、皇家の秘蔵品だぞ」
「この屋敷はジャスミンの精霊たちが、自主的に警護してくれてるんだ。彼らに隠形のギフトや魔道具は全く効果がないから、なにをやっても見つかってしまう」
「ちょっと脅かしたりイタズラする程度だから、安心していいわよ」
「とりあえず今回のことで顔は覚えてもらえたから、これからは大丈夫だ」
地面や塀から伸びてきた手に掴まれた恐怖だろう、隠密の震えが一向に止まらない。仕方ないのでマジックバッグから、アルファ化米やフリーズドライのスープ。そしてナッツが入ったチョコバーと、ブロックタイプのバランス栄養食を取り出す。
「ほら、これをやるから元気出せ」
――パァァァァァ
インスタント食品や携行食、好きすぎだろ。一瞬で震えが止まり、俺の方にすり寄ってくる。頭巾の間から見える目、キラキラしてるぞ。今度はチキン味の揚げラーメンにでも挑戦してみるか。
「僕の隠密を餌付けするの、やめてくれよ」
「これから長い付き合いになるんだ。仲良くしておいて損はないだろ。できれば屋敷に住んでもらいたいんだがな……」
「こっちで住み込みの仕事を見つけてるから、衣食住の心配はしなくてもいいぞ。僕の警護なんて、図書館に通う道中くらいだし、四六時中見張られたんじゃ息が詰まる。適度な距離感で任務を果たしてくれれば、それで問題ない」
「そういうことならスコヴィル家の方針に従ってくれ。俺はそっちの事情に介入する気はないからな。とりあえず屋敷には精霊たちと、高レベルの従人が大勢いる。それに図書館内もセキュリティーは万全だ。空いた時間でワカイネトコの生活を満喫すればいい」
首を縦にブンブン振った隠密が、眼の前から一瞬で消えてしまう。まあ論理演算師のギフトには、遠ざかっていく数値が丸見えなのだが。
とにかく顔合わせは終わった。シトラスが開けてくれた扉をくぐり、全員で玄関ホールへ。
「タクトおとーさん、おかえりなさい」
「おー、あー、いー」
駆け寄ってきたサントリナの頭を撫で、伸ばした手で一生懸命アピールするリコリスを抱く。フェンネルやクミンたちにクローブを紹介していると、酒蔵で作業していたユズもやってきた。
「お帰りなさいっす、タクトさん。そっちのイケメンがクローブさんっすね。二人で並んでると、とても絵になるっす!」
「お前が二十一世紀の日本から来たユズってやつか」
「そうっす。クローブさんのことはタクトさんから聞いてるっすよ。これからヨロシクっす」
「その頃普及してたスマホってやつ持ってるんだろ? 見せてもらってもいいか」
「お安い御用っす。リビングに置いてあるから、一緒に行くっす」
ユズに会うの楽しみにしてたもんな。当時の文化を研究してた未来人にとって、俺やユズは生の情報を持った人間。文字や映像だけだと解読できなかった知見を得られるだろう。知的好奇心の塊みたいなクローブにとって、それだけでもここに来た甲斐がある。
「これがスマホっす。使い方はわかるっすか?」
「古文書や低解像度の映像で見たことある。画面を触ったり、指で引っ張ればいいんだろ」
「データを消さなかったら、自由にいじってもらっていいっすよ」
画面をいろいろな角度から見たり、ひっくり返したり。クローブのやつ、実に楽しそうだ。
「ふーん。ホログラムや脳接続端子が無い頃の情報端末って、こんな感じに伝達してたのか……」
「俺やユズが暮らしていた時代だと、プロトタイプみたいな技術はあったが、まだまだ実用化には程遠かったな」
「それにしてもこのスマホ、あちこちに傷があるな」
「結構使い込んでるっすからね。そのうち壊れると思うっすけど、日本やこっちに来てからの記憶が消えるみたいで、ちょっと悲しいっす」
「なら僕の再生で新品と同じ状態に戻してやる」
「そんなこと出来るんっすか!?」
なんでもリファビッシュというギフトは、無機物限定で働く力とのこと。完全に破壊されたものは無理だが、傷や経年劣化であれば全て修復してしまう。バッテリーの電極なんかも復活するから、そっちも新品同様になるとか凄いな。
「中のデータに影響が出ないのは、碧御倉に保管してる別の電子デバイスで確かめたから、安心していい」
「それならお願いするっす!」
宝物殿の方には、そんなものが保管されているのか。どんなゲームカートリッジが刺さってるのか、ちょっと興味があるぞ。時間があるときにでも覗いてみなくては……
「ほら、きれいになった。中身を確かめてくれ」
「ダウンロードしたデータや写真は全部無事っす。ありがとうっす! めっちゃ嬉しいっす!!」
「もしジャパニメーションとかいうのを持ってたら、見せてくれないか? 手書きの絵を動かすロストテクノロジーとか聞いたことがあって、すごく興味があるんだ」
「ギガを消費しないように、ローカルに保存してたサブスクの動画が、何故かこっちでも見られるんっすよ。何作品かシリーズで持ってるっすから、それで良ければ見せられるっすよ」
「よし、今からアニマラソンとかいう競技をするぞ」
「待て待て。今日はマノイワート学園で手続きがあるから、一気見は帰ってからにしろ」
「ちっ、仕方ないなぁ」
とはいえ、この家で昼夜逆転の生活とか、食事を抜くような真似は厳禁だ。うちへの居候を許可するときに、アンゼリカさんが課した条件だからな。もう一度そのことを徹底しつつ、クローブを部屋へ案内する。
まあユズと相性が良さそうなのは、はっきり言ってありがたい。一人で作業してることが多いから、いい話し相手になってくれ。
クローブを連れ学園へ行く主人公たち。
その時クローブが取り出したものとは?
次回「0271話 クローブと学園へ」をお楽しみに。




