0027話 ボーナスステージ
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ミントが捉えた音を頼りに、背の高い岩場を壁沿いに進む。重たい水音といえば、恐らくあれがいるはず。外へあふれ出す前に叩くことができれば、全て独り占めできる。
「あれ……? 音がしなくなったです」
「恐らく分化が終わったんだろう。音のしていた場所はわかるか?」
「多分あそこにある裂け目の奥だと思うです」
「すぐにあふれ出すはずだ。今のうちに押さえるぞ」
「キミがそこまで急ぐってことは、なにか珍しいものがあるんだよね?」
「ああ、めったに見られない光景だぞ。言い換えればボーナスステージってところか」
「良くわからないけど、なんだか面白そうな感じがするよ」
ミントが指差す岩の裂け目は、一本道の洞窟のような構造になっていた。生活魔法で光を出し進んでいくと、広い空間になった場所へたどり着く。そこでうごめく多数の魔物、それは――
「もしかしてこれ、全部スライム?」
「奥に大きなのがいるですよ」
「あれはスライムの変異種、その名もマザースライムだ。森スライムには時々こんな個体が生まれ、多数の分体を作り出す。そして分化し終わったあと、しばらくすると一斉に外へ飛び出すんだ」
大抵はそのタイミングで発見されるが、その時には数もだいぶ減っている。なにせスライムは最弱の生き物。森の魔獣や魔物に倒され、大きく数を減らしているからだ。しかし今は違う。分化を終わらせた直後で、全てのスライムがここにいる。これをボーナスステージと言わずなんという!
「でかしたミント! 今なら俺たちがここを独占できる」
「あの大きなのはどうするの?」
「分化が終わったあとはしばらく動けない。放置しておいても大丈夫だ」
しかもマザースライムの経験値は異常に高い。従人たちには関係ないが、俺にとっては一気に経験値を稼ぐチャンス。本当にミント様々だ。
「スライムならミントも倒せるのです」
「小さいのも一匹一匹経験値があるんだよね?」
「もちろんちゃんと経験値が入る。俺も手伝うから、一匹残らず潰すぞ!」
二人にも〝ひのきのぼう〟を渡し、奥へ向かってスライムを潰していく。床に収まりきらず、積み上がるほどの数がいるんだ。数百匹は確実にいるはず。シトラスとミントのレベルがどれだけ上がるか、楽しみにしておこう。
◇◆◇
洞窟のスライムを全て討伐し終え、俺のレベルも十八まで一気に上がった。マザースライムの経験値、美味しすぎる。与ダメが一で固定されてるわけでもないし、すぐ逃げるような行動パターンにもなってない。おかげで大儲けさせてもらった。
「レベルが十も上がるなんて、ボク驚いたよ」
「ミントは二十四になったです」
「とうとう俺のレベルを抜いてしまったな」
「あうー、ごめんなさいです」
いやいや、謝る必要なんてないからな。おまえたちに早く強くなってもらわないと、困るのは俺だ。頭を撫でてやるから、しょげなくてもいいぞ。
「あそこには五百匹以上のスライムが居たわけだ」
「さすがに腕が疲れちゃったよ」
「ミントもヘトヘトなのです」
「俺も腕がだるくなったし、今日はもう帰ろう」
シトラスがレベル三十ってことは、一等級相手ならほぼ無双できるってことになる。やはり四等級に論理演算師のギフトを組み合わせるのは素晴らしい。
「そういえばキミのギフトって、以前は八になった時に成長してるよね。今はどうなってるの?」
「ああ、新しい力が発現してるぞ」
「どんなお力なのです?」
「今度は論理和というものが使えるようになった」
「なら、また従人を探しに行くの?」
「いや、論理和では自由にビット操作ができないんだ。だから次の二十四までお預けだな」
なにせ論理和では、一が立っているビットをクリアできない。四等級のビットをマスクできないのでは無意味だ。今のところ八の倍数で新しい力が発現してるし、しばらくはレベル上げに専念していればいいだろう。今の二人でも十分な収入があるわけだしな。
◇◆◇
冒険者ギルドへ戻り、ついでに受けていた依頼完了の手続きを済ませる。そして魔物から入手した魔晶核を、トレイに積んで受付嬢へ差し出す。
「今日は大きなものが混じってますね」
「レベルが上ってきたから、少しだけ奥の方へ行ってみたんだ」
洞窟のだけどな!
普通のスライムは魔晶核を落とさないが、マザースライムだけは別だ。かなり大きなサイズのものを落とす。
魔晶核は魔道具の基幹部品に利用される、この世界では最重要と言っていい素材。安定して買い取ってくれるため、冒険者の収入源の一つとして重宝される。今日は経験値といい収入といい、ウハウハだった。夕食のメニューは決めているし、二人には思う存分味わってもらおう。
「冒険者登録をしてから、さほど時間が経ってないのにこの成果。タクト様の魔法がそれだけ優秀ということでしょうか……」
いやいや、俺は生活魔法しか使えないぞ。優秀なのはシトラスの戦闘力と、ミントの索敵能力だからな。
「それで大型の魔獣も仕留めている。解体と買取を頼みたいのだが」
「そちらの通路を抜けた先に、ギルドの解体所があります。そこへ持ち込んでいただけますか」
ギルドの奥にある扉を開けて通路に出ると、肉や内臓特有の匂いが漂ってくる。今までは自分たちで消費する分しか狩っていなかったが、今日はたまたま大物に遭遇した。さすがに牛よりでかいものを捌くのは骨が折れるし、三人で食べ切れるはずもない。なのでギルドへ丸投げしてしまうことに。なんたって食肉業者より歴戦の猛者が揃っている、それがギルドの解体所だ。
「お屋敷の中庭くらいの広さがあるです」
「うわー、お肉がいっぱいだね」
よだれが垂れそうになってるぞ、シトラス。今から卸すものも一部分けてもらうし、それで我慢しておけ。
「おいおい、兄さんはいい年して迷子か?」
「ここは愛玩用のペットを連れてくる場所じゃないぞ」
今までギルドで絡まれたことはなかったが、いかにもって奴らが来たな。顔がそっくりだが、こいつら双子か? 左右対称で動きがシンクロしてやがる。なんて器用な奴らだ。
「目的はお前たちと一緒だ」
「そんなひょろいのとチビを連れてるようじゃ、森なんか入れないだろ。見栄を張るのはやめときな」
「街で捕まえたネズミや小鳥は、ここじゃ引き取ってもらえないぞ」
二人が連れているのはどちらも二等級で、品質は六番と十番。装備も貧弱だし、怪我の跡も多い。しかしどちらも熊種の男だけあり、体つきは立派だ。それに比べると、うちの二人がひ弱に見えるのも仕方あるまい。だがそっちのレベルが百程度なら、力押しでもシトラスに勝てないぞ。
「見てもらうのが早いんだが、どうしたものか」
シトラスからは不機嫌そうなオーラが出ているし、ミントは少し怯えてしまっている。以前の酔っぱらいみたいに、黙らせることも出来なくはないが、ここはギルド内だしなぁ……
俺がそんなことを考えていると、奥の方から小柄な男性が出てくる。ヒゲも濃いしちょっとドワーフみたいだ。残念ながら、この世界にそんな種族はいないが。
「おいこら、ここで揉め事を起こすんじゃねぇ。バカなことすると解体して、肉屋に売るぞ」
「あっ、おやっさん!?」
「俺たちは迷子を保護してやろうと思っただけで……」
目の前の二人が急に怯えだした。さては、同じようなことを何度もやらかしてるな。
「おい、お前が受付から連絡のあった、解体を依頼してきたやつか」
「ああ、そうだ。マジックバッグで運んでるんだが、どこに出せばいい?」
「そうだな……なにを狩ってきたか知らんが、そこに出してみろ」
小柄な男性が二人の方をチラッと見て、俺にそんなことを言ってくる。作業場はもっと奥の方みたいだが、出せと言うなら出してやろう。マジックバッグに左手を当て、右手を空いた場所に突き出す。
「ほう、これはワイルドボアか。大きさはなかなかものもだ。しかし傷跡が見当たらんな。魔法や剣も使わずどう倒した?」
「簡単だ、こいつが蹴り殺した」
俺はシトラスを指差しながらそう答える。まっすぐ突っ込んでの頭突きが主な攻撃方法なだけあり、正面からの衝撃には異様にタフだ。しかし横からの打撃には案外脆い。
魔獣は魔素の影響で変異した動物だが、体の構造自体は元の生物とほぼ同じ。変化しているのは外観や耐久力、そして増大する凶暴性のみ。肉は元の動物より旨くなるし、良質な革素材にだってなる。なるべく無傷で倒したほうが、買取価格も上がるってわけだ。
「この女従人がか! 見た目で判断すると痛い目にあうってことだな」
「そういう事だ」
おい、こら、そこの二人。こっそり出ていこうとするな。大方シトラスの強さを目の当たりにして、怖気づいたってところだろう。だが詫びの一つでも入れてからいけ。
「血抜きもしっかり出来ているし、割増で買い取ってやるぞ」
「それは助かる。ついでに肉の一部を分けてほしんだが、頼めるか?」
「どこが欲しい」
「肩から背中にかけての部分を、片側だけくれ」
「それくらいならすぐ終わる。ちょっと待ってろ」
構内にいた作業員に声をかけ、ワイルドボアを台座に乗せて運んでいく。さて、今夜はこの肉を使ってアレを作るか。二人とも、楽しみにしておけよ。
主人公が腕によりをかけて作る料理とは?
次回をお楽しみに!