0269話 追悼祭
過去話への誤字報告、ありがとうございます。
まさか第1話に3年以上放置されていた誤字があったとわっ!
読めなかった このリハクの目をもってしても!!
◇◆◇
では気を取り直して、第15章の最終話をお送りします。
スタイーン国の首都モルワーグリ。央国ヨロズヤーオや、西国マッセリカウモへ繋がる大きな街道があり、人や物の流通で栄えている。湿地と乾地を隔てる壁には外堀が作られ、三か所に設置された橋と検問所が、昼夜問わず訪れる来訪者を次々さばいていく。
街の一番大きな門から伸びる中央大通り。馬車が三台並んで通行できる道路は、いつにも増して混雑していた。そんなメインストリートの歩道部分に現れた集団へ、人々の視線が降り注ぐ。
「人や馬車が多いし、建物もごちゃごちゃしてて、なんか住みにくそうな所だよね。ずっと鼻がムズムズしてるから、あんまり長居したくないや……」
先頭を歩いているシトラスが、しっぽをフリフリ動かしながら、少しうんざりした声で文句を言う。匂いを敏感に感じ取ってしまう彼女は、人の密集した場所が苦手なのだ。
「ミント、迷子になりそうなのです」
「……あるじ様、抱っこ」
タクトは伸ばした両腕でアピールするシナモンを抱き上げ、もう片方の手をミントへ差し出す。ギュッとしがみついてきたミントのぬくもりに癒やされながら、また一段と成長した胸のサイズに戦慄を覚える。出会った頃のユーカリに近くなったな、と。
「主殿よ。この街はいつもこんな感じに、人が溢れておるのか?」
「今日は追悼祭ってことで、普段より人が多いはずだ。永代供養のできる共同墓地は、スタイーン国だとここにしか無いからな」
更にタクトの説明は続く。毎年開催されるこの式典は、中央の権威を地方の有力者へ知らしめるため、大勢のゲストを呼んで盛大に執り行う。そして十六家や御三家の威光は衰えていないと、国民たちにアピールするのも目的なのだ。
「ふーん。上下関係にやたらこだわるのは、この国らしいよね。ボクは好きになれないけど」
「……ここ、一番強い?」
「スタイーン国は首都への一極集中が続いていて、地方との格差が凄いんだ。東部大森林に近いジマハーリ以外の地方都市は、毎年予算の配分で揉めるらしい」
「富と権力を集中させているからでしょうか、マハラガタカ程ではありませんが、街はきれいに整備されていますね。ですが従人の皆さんは……」
「おかげで私たち、すごく目立ってるわ」
栄養状態が悪く疲れ切った従人たちを見て、ユーカリの表情に影が射す。
従人をいくらでも補充のきく労働力としてしか見ていないスタイーン国では、死なない程度の衣食住しか保証されない。そんな街で揃いの服を着た従人が歩いていたら、嫌でも目立つ。しかも古着やボロボロの履物ではなく、特注品のメイド服にパンプスという出で立ち。街の住人たちは、どこの御曹司が来たんだと、先程からヒソヒソ話しをしている。
「ミントたちが出席して、怒られたりしないです?」
「護衛や付き添いの従人を連れていないと、支配値が低い名ばかり才人なんて思われたりする。フェンネルを連れてこなかった分、お前たちには目立ってもらわないと、他の参加者からナメられてしまう」
「でもメイド服でいいのかしら。これって死者を弔う行事なのよね?」
「白と黒なら問題ないぞ。ドレスコードがある上人の俺と違って、従人の服装規定は色だけだとローズマリーが言ってたしな」
コーサカ家で支給されているメイド服は、ヴィクトリアン風なデザインを踏襲しつつ、タクトが自作のキャラ用にアレンジを加えたもの。作業しやすい紺のワンピースと、フリル控えめの白いエプロン。耳を覆うことができない従人種でもつけられるカチューシャに、茶色のパンプスと胸元を飾る赤い幅広リボンだ。
一方シトラスたちが身に着けているのは、肩の部分が大きく膨らんだクラシカルな黒のワンピース。カチューシャは同じ形状だが、裾や肩周りにも幅広なフリルをあしらった白エプロン。黒いパンプスを履き、胸元には赤いブローチで留めた水色のスカーフ。装飾品の制限がない規定に準拠した、誰も文句のつけようがないコーディネイトである。
「色だけなんて、かなり大雑把な決まりね。どんな服装でもいいのかしら」
「下着の上から白いマントを羽織らせただけとか、黒のボディーペイントで出席させるバカが、毎年のように出るらしい」
それでも服装規定は変更されていない。使い捨ての道具をどう取り扱おうと、とやかく言う者がいないからだ。むしろしっかり制約で支配し、屈辱的な格好を受け入れさせることで、己の統率力を誇示する狙いもある。
「そんなイベント、無視すればいいじゃん。なんで出席するって言っちゃったのさ」
「サーロイン家の遺灰が、共同墓地へ移されたからだ。せめてもの情けで、才人たちが眠る区画に祀ってもらうと思ってな。それには血縁者が祭典に出席して、献金する必要がある。まあ一度出れば終わりだから、今年だけ付き合ってくれ」
「我は主殿の、そうした心遣いが大好きだ」
「キュイッ、キュー」
シナモンがタクトの頭をサワサワと撫で、ミントは力いっぱい腕にしがみつく。前を歩いていたシトラスは、しっぽが触れそうな位置まで後退し、肩に乗っているジャスミンとコハクが、自分の羽や体で目いっぱいの愛情表現。負けじとユーカリ、そしてスイがタクトに寄り添う。
そんな光景を見たモルワーグリの住人たちに戦慄が走る。申し合わせたように近づく従人たちが、使役主を襲うと思っていたからだ。前方に立ちはだかったシトラスで逃げ場を断つ。手を伸ばしたシナモンが頭に打撃を加え、抱きついたミントは腕を砕いて反撃を封じる役目。ジャスミンとコハクで首を絞め上げ、ユーカリとスイがとどめを刺す。そんな予想とは裏腹に、漂ってくるのは甘い空気だけ。
たとえ愛玩用といえどもレベルを持った従人に、上人が素手で勝つことは難しい。そのため制約である程度の距離を取らせ、間合いに入らせないのは基本中の基本。しかしタクトは従人を抱っこしたり、手を繋いで歩いているのだ。いくら制約があるとはいえ、野獣の檻へ自ら足を踏み入れるような真似、したくないと思うのは誰だって同じ。
スタイーン国では当たり前の常識が、音を立てて崩れ落ちていく。
「あー……。献金ってのは物のついででな、本命の用事は別にある。優先順位はそっちが上だから、式典の後も付き合ってくれ」
少し取り繕ったような声色で、タクトは言い訳じみた予定を口にする。あまり見られない彼の姿に、シトラスたちが優しい視線を向けるのであった。
◇◆◇
共同墓地の外れにある小さな墓標へ、隻腕の男が杖をつきながら近づく。左腕は魔法の炎で焼け落ちてしまい、膝を砕かれた後遺症で動かない右足。そして左顔面を覆う眼帯の下には、大きな刀傷。
不自由な体を引きずるようにして、墓の周囲をきれいに清掃。花束と酒瓶を供え、静かに祈りを捧げる。
彼の名はベチパー・テバサキ。ボリジ・サーロインに襲われた流星ランク冒険者だ。
これまでボリジに痛めつけられた冒険者たちの怪我は、入院治療で回復可能な外傷のみ。早々に戦意を喪失して命乞いしたから、その程度で済んでいた。
しかしベチパーには流星ランクとしてのプライドと、これまで培ってきた経験がある。取り巻きたちの不意打ちを回避し、任務遂行のために全力で抵抗。それがボリジの嗜虐心に火をつけ、炎帝の炎で焼かれながら徹底的に嬲られてしまう。
三人の従人は使役主を逃がそうとして帰らぬ人となり、一命をとりとめた彼は冒険者としての将来を絶たれた。
心の中で何度も詫びながら、墓標の前に佇むベチパー。そこへ黒いスーツを着た上人と、メイド服の集団が近づく。
「俺たちも祈らせてもらって構わないか?」
「ああ。大切な家族を弔ってやってくれ」
その言葉を聞いたタクトは、三人の名前が刻まれた墓標へ花束を供え、膝をつきながら両手を組む。この世界で行われる、最も深い祈り方だ。シトラスたちも同じポーズで、従人たちの冥福を願う。
膝をはたきながら立ち上がったタクトたちに、ベチパーが頭を下げる。
「家名を与えてやったんだな」
「彼らが俺にとって、どれだけかけがえのない存在だったか、失ってから気がついた。あそこで素直に投降しておけばと、何度も後悔している」
「あいつらは決して許されないことをやった。縁を切ったとはいえ、俺もサーロイン家の血縁者だ。ボリジに代わって謝罪する。本当にすまない」
「頭を上げてくれ、タクト・コーサカ。お前のおかげで、俺たちの無念は晴らされた。それにわざわざ遠い場所から、従人の墓参りに来てくれたんだ。きっと彼らも喜んでいる」
声をかけられた瞬間、ベチパーにはわかっていた。レアな女性従人ばかり使役し、冒険者とは無縁そうな立ち居振る舞い。そしてどれだけ大切にされているか、一目瞭然な従人たち。
しかし彼女たちの前に立つと、強者のオーラがビンビン伝わってくる。外見と実績が一致しない、噂通りの冒険者だと。
改めて挨拶と自己紹介を終えた頃には、ベチパーもすっかり気を許していた。だからタクトの要請を素直に受け入れ、目を閉じたまま右手を差し出す。
〈癒しの手〉
差し出された手に触れながらミントが呪文を唱えると、ベチパーの体が光りに包まれる。垂れ下がっていた左袖の中に肉体が再生していき、曲がったままだった右足が完全回復。そして消えた顔の切り傷と、蘇った眼球。
「こ……これは」
「大切にしていた従人たちが奇跡を起こした。そういう事にしておいてくれ」
「お前は、神から遣わされた使徒……なのか?」
「神なんてクソッタレな存在とは無縁のモフリストだ。もし冒険者として活動を再開するなら、従人たちを大切にしてやって欲しい。ここで眠っている三人も、きっとそれを望んでいるはず」
眼帯を取り去ったベチパーが、離れていくタクトたちの背中を見送る。
その視界は涙で歪んでいるのであった。
――…‥・‥…―――…‥・‥…――
再起不能と思われていたベチパー・テバサキが、以前と変わらない姿で復活。追悼祭の日に起きた出来事だったこと、そして当の本人が黙して語らなかったため、タクトの思惑通り死んだ従人が引き起こした奇跡として、語り継がれていく。
冒険者として復帰したベチパーが、再契約した従人たちをとても大事に育てたことで、噂が一気に広まったのだ。それ以降スタイーン国では、亡くなった従人を弔う冒険者が増えたという……
――…‥・‥…―――…‥・‥…――
夏の日差しが和らぎ、秋の足音が聞こえ始めたある日。ワカイネトコにあるタクトの屋敷へ、濃い赤紫色の髪をした女が近づく。門の外から敷地と建物を眺め、いやらしい笑みを浮かべる。
「男を誑かして大きな屋敷を手に入れるなんて、さすが私の娘ね。こんな一等地に住んでるのだから、贅沢な暮らしができそうだわ」
ブツブツとろくでもないことを呟きながら庭を横切り、玄関についているノッカーを鳴らす――
次回はノッカーが鳴らされる前に時が戻ります。
第16章のファーストエピソード「0270話 クローブの居候」をお楽しみに。




