0268話 花火大会
夜店の準備が一段落したので、あとはタラバ商会のスタッフに任せ、花火大会の会場へ向かう。観覧スペースには明かりの魔道具が置かれ、会場全体を優しく照らしている。物珍しさに加え就業時間後だからだろう、昼間以上に観客の数が多い。いずれ花火大会も夏の定番イベントにしてみたいものだ……
そんな事を考えながら歩いていると、こちらへ駆け寄ってくる三つの人影。皇居でも使ってるだけあり、浴衣を着崩さないまま俺のもとへ。
「準備は終わったの?」
「お疲れ様……れす」
「妾たちも手伝いたかったのじゃが、全力で拒否されてしまったのじゃ」
母親のアンゼリカさんを使いっ走りにした件で、かなりドン引きさせてしまったからな。皇女たちを働かせたなんて日には、彼らの胃に穴が開きかねん。
「手伝いたいって気持ちは、ありがたく受け取ってくれたと思うぞ。だからあまり気にするな。それより注文の品を持ってきた」
「わーい、チョコバナナなの!」
「赤実飴……ツヤツヤできれいれす」
「ポップコーンはすごいボリュームなのじゃ。妾一人で食べ切れそうもないから、姉上たちやマツリカにも分けてあげるのじゃ」
マジックバッグから夜店のおやつを取り出し、ナスタチウムにチョコバナナ。そしてラムズイヤーへりんご飴、ベルガモットには大きなカップに入ったポップコーンを手渡す。
東部大森林で才人の嫌がらせが激減し、長豆が手に入りやすくなった。作り方はサフランが覚えて帰ったから、これでナスタチウムの甘味事情は大きく改善する。今度は中にポン菓子を入れたチョコバーや、ポテチにチョコがかかった菓子を作ってやるか。
「甘くて美味しいのー。幸せなのー」
「甘い飴と、酸味がある赤実の組み合わせ……最高れす」
「これは病みつきになる美味しさなのじゃ。食べる手が止まらんのじゃ」
それにしても、菓子に夢中な三人を見てると、妙に父性本能が刺激されるな……
っと、こっちに近づいて来たのは、ローゼルさんとアニスだ。狐種のアニスは当然として、口ひげを蓄えたナイスミドルなローゼルさんも、浴衣が似合いまくってる。
フェンネルもそうだが、渋い大人と浴衣の組み合わせは、最高にカッコいい。今度は下駄もプレゼントしよう。
「準備の方は順調かな?」
「夜店のほうが片付いたから、そろそろ始めようと思ってるところだ」
「魔導士なんてレアギフト持ちの魔法が見られる機会は、滅多にないからね。きっと楽しんでもらえると思うよ」
「ニームの魔法制御力は、メドーセージ学園等長のお墨付きだから、期待しておいてくれ」
かなり練習を頑張ったので、魔力の掌握範囲が大幅に拡大している。学園長によれば、記録として残っている中でも、比類なき支配力とのこと。ギフトの補正を加味すると、全天を覆い尽くす規模で発動できるんだよな……
まあ魔力をバカ食いするので、あまり連射はできないが。
なんにせよ途中で息切れしないよう、俺の魔力も使ってもらう。音を鳴らすだけの俺は、消費量なんて微々たるものだし。
「それはますます楽しみだよ。会場の準備は整っているから、いつでも始めてくれたまえ」
「そっちの方を任せっきりで申し訳ない。こんな規模のイベントは個人でできないし、とても助かってる」
「肉を大量に差し入れてくれたおかげで、みんなやる気満々だから気にしなくてもいいよ。街の警備兵たちも焼き肉目当てで参加してくれているしね」
それで見知った顔が、観客の誘導をやってたのか!
彼らが手伝ってくれるなら、治安に関しては万全だ。いくらシトラスたちや隠密が近くで控えているとはいえ、若い女性皇族が三人もいるしな。警備のレベルが高いに越したことはない。それなら俺もとっとと着替えて、ニームを誘いに行こう。
◇◆◇
深い紺色の浴衣に袖を通し、ライトグレーの帯を結ぶ。下駄に履き替えて仮設の建物から出ると、普段の装いと大きく異なるニームが目に飛び込む。淡いピンク色の浴衣と赤い帯、コーサカ家に来てから伸ばし始めた髪を結い上げているので、かなり印象が変わるものだ。
「よく似合ってるな。いつもと違う感じが、とてもいいと思う」
頭をブンブン縦に振りながら、ステビアが同意を示す。水着のときといい、ちょっと興奮しすぎだろ。あんまり激しく動かしていたら、そのうち首がもげるぞ。
「ユズさんが着付けと、髪のセットを手伝ってくれましたので。帯も花結びという、可愛らしいものにしてくれました」
くるりと回転し、後ろ姿を見せてくれる。着物の着付けができると言うだけあり、俺では到底真似ができない結び方だ。それにうなじを見せる髪型なのがいい。やっぱり浴衣の時ってこれだよな。さすがは日本人、よくわかってるじゃないか!
「下駄はどうだ?」
「少し歩きにくいですけど、平気ですよ。会場までは兄さんにエスコートしてもらいますし」
「転びそうになっても支えてやるから安心しろ」
「魔力のことも含めて、頼りにしてますからね」
ニームに向かって腕を伸ばすと、そのままキュっとしがみつく。手をつなぐんじゃなく、組んでいくのかよ。まあ別に構わんが……
いつもより大胆なニームに呆れつつ、視線を二人の従人へ。どんな装いでも様になるっていうのは、ケモミミやしっぽを持つ獣人種最大の利点。そうでなければ俺の創作意欲は、ここまで刺激されない。シトラスたちに様々な服を着せるのが、今や生きがいといえる域まで高まった。
「ステビアとローリエも、浴衣がよく似合ってるな。二人ともかわいいぞ」
「ニーム様とおそろいにしてくれてありがとう! タクト様」
「今年の夏はニーム様との忘れられない思い出が、いくつも出来ました。これもタクト様のおかげです」
楽しめてるのなら何よりだ。お陰でこうしていても、ステビアに睨まれなくなったからな!
とりあえず、そろそろ会場へ向かおう。
「みんな待ってるし、挨拶に行くか」
「そうですね、来場の方々を待たせるわけにはいきません。ステビアとローリエも、今夜は思いっきり楽しみなさい」
「ローリエと夜店を回りながら、ニーム様の勇姿を見学させていただきます」
「頑張ってください、ニーム様、タクト様」
二人の声援を受けながら、ニームをエスコートする。会場の方へ視線を向けると、美味しそうにポップコーンを頬張るシトラス。天使のほほ笑みを浮かべながら、チョコバナナを咥えるシナモン。りんご飴を手にしたミントの耳は、ピコピコと揺れている。スイはかき氷で、ユーカリは綿あめか。ジャスミンはみんなから、少しづつ分けてもらってるみたいだ。フェンネルたちも、お互いの菓子を食べさせ合ったりして、かなりいい雰囲気になってるな。
「今日の運動会は楽しめたか?」
「一風変わったイベントだと、ステビアから聞いてましたけど、想像以上に面白かったです。自分の従人を見世物にするようなコンテストは嫌ですが、こういう催しは良いですね。来年はローリエも出てみたいと言ってましたよ」
「今年はステビアとセットで賞をもらってたしな。きっとそれでやる気が出たんだろう」
「二人がもらった〝名コンビだったで賞〟もそうですけど、よくあれだけのアイデアを思いつきますね。ちょっと感心しました」
「コンテストの実行委員会が、毎年その場のノリで決めているらしい。今年はユズもスタッフで参加してるから、前世で聞いたことのある賞も多かったぞ」
アニスがもらった座王の称号、あれは日本語由来で間違いない。他にも〝映えてたで賞〟や〝いいね!あげま賞〟とかもユズのアイデア以外にありえん。
「美味しい味噌や調味料を作るギフトが優秀で、コーサカ家には必要不可欠な人。コミュニケーション能力も高いですし、人目を惹く容姿とスタイル。兄さんと同じ知識を持っていることといい、色々ズルすぎませんか?」
「身だしなみに気を使ってなかったのが原因とはいえ、今まで恋人の一人もいなかったのは、ちょっと不思議だよな。海でも声をかけられまくってたし」
おかげで俺が露払いをする羽目に。
まあ同じくらいニームも声をかけられていたが……
「…………………………………………」
「なにか言ったか?」
「いえなにも。会場につきましたし、挨拶しましょう」
なんとなく言いたいことはわかるが、ここは黙っておこう。上人に対する俺の矜持を覆せるのは、まず間違いなくニームだけ。しかしこの関係を変える、決定的な証言はまだない。真実を知っているのは、消息不明になっている彼女の母親のみ……
二人の行く末に思いを馳せながら、並んで花火の打ち上げ場所に立つ。そして収束させた光魔法をスポットライトに。観客たちの注目が集まったところで、拡声の魔道具を発動する。
『暗くなる時間帯にもかかわらず、大勢の人に来てもらい感謝する。今日はロブスター商会の保安担当者や、警備兵たちが巡回しているので、安心して楽しんでほしい』
『これから光と音の祭典、夏の大花火大会を開催します。今まで見たことない光景を、楽しんでいただけると幸いです』
『コンテストの閉会式で参加者と使役主に渡した引換券は、あそこで営業している夜店に持っていけば、好きな食べ物と飲み物のセットに交換できる。従人相手でも別け隔てなく接客をしてくれるから、気兼ねせず足を運んでくれ』
『それではコーサカ家の新婚カップルがお届けする、夏の夜空に咲く幻想花。心ゆくまでご堪能下さい』
昼間に実況が兄妹と言ったことを訂正したかったのか、ここぞとばかりにアピールしやがった。まったく、抜け目のない奴め!
「花火を下から見る機会なんて滅多にないから、ここは特等席だぞ」
「キュイッ、キュイッ!」
「それじゃあ兄さん、いきますよ」
そっと寄り添ってきたニームが、手のひらを上空に掲げ魔法を発動。タイミングを見計らって俺は音を出す。
――ドーン、パリパリパリ
炎色反応で彩られた微細な火の魔法が、きれいな円を描く。これだけの数を緻密にコントロールできるんだから、魔導士というギフトは本当に凄い。それを可能にしているのは、ニームの向上心と努力の賜物だ。本当にお前は自慢の妹だよ。
花火に彩られたニームの後ろに立ち、そのまま抱き寄せる。重ねてきた手のぬくもりから、安穏な気持ちや俺に対する信頼が伝わってきた。お互いのことを認め合い、尊重できる相手だ。これから先も、この手を離さないようにしよう。
沿道から聞こえる拍手や歓声をバックに、ニームと一緒に魔法を放つ。第三の人生を歩み始めてから迎えた、二度目の夏。今年も忘れられない思い出ができたな。
次回は第15章の最終話
「0269話 追悼祭」
三人称視点でお送りします。




