0267話 三つの言葉
自重を捨てて参加したフライングディスクキャッチを終え、今年の水着運動会コンテストも残すところは閉会式のみ。いよいよ結果発表だが、総合優勝の行方は正直わからん。
シトラスはほとんどの参加種目で一位を取っていたし、シナモンは加点の多い競技で大活躍。そしてバトルロイヤルで勝ち残り、大量のポイントを獲得したマトリカリア。果たして、どうなることやら……
「うふふ、すごく楽しかったわ。こうやって家族以外の子と、一緒になにかをするのもいいわね」
「ミントは団体競技が、すごく好きなのです。個人戦では味わえない、面白さがあったです」
「簡単に勝てない種目があるのは良かったよね。ボクも来年は障害物競走とか、イス取り合戦に出てみようかな」
「……チョコバナナ、うまうまだった」
「花火大会の夜店でも買ってやるからな」
「……うれしい。あるじ様、好き」
一番印象に残ったのがそれかよ。まあ、こんなところはシナモンらしいが……
まとわり付いてきたシナモンを抱き上げ、甘えながらこすりつけてくるネコミミを、思う存分堪能する。
「我はやはり、主殿と一緒に参加した競技だな。来年は一緒に参加できる種目を、増やしてほしいものだ」
「わたくしもサントリナちゃんと一緒に出場できて、とても幸せでした。考案してくださったユズ様には、感謝しないといけません」
俺とスイが出た競技、意外に参加者からの受けが良かった。普段とは違う従人の反応が見られて、新鮮だったとのこと。やはり一緒に何かをすることで、新たな感情を引き出せたのだろう。スイが言ったとおり、来年から増やしてみても良いかもしれない。
そして障害物ペア競技も参加者――特にパートナーに選ばれた子どもたちが大喜び。なにせコースの途中で、お菓子が食べられたんだ。そんなご褒美があったら、嬉しいに決まってる。参加できなかった子どもから不満が出ないよう、手作りのフルーツキャンディを差し入れ済み。だから母親たちやローゼルさんを、困らせるんじゃないぞ。
「よお、タクト。最後のありゃ何だよ。本番で出しておいたら、全種目制覇できただろ」
「時間制限があったり、日に何度も使えなかったりで、制約があるんだ。それに自分の力だけで勝負しないと、フェアじゃないしな。本人たちの希望で、本番競技では使わないと決めていた」
「まあ、そういう所はお前らしい。それでもバトルロイヤルは、俺のマトリカリアが勝ってたがな!」
「あれはやられたよ。見事な作戦勝ちだった」
子供みたいにニヤニヤしやがって。変にアクセントを付けて強調するから、隣に立ってるマトリカリアの耳が、ピクピク動いてるじゃないか。牛種のサントリナに負けず劣らず、馬種の耳もかわいいな。
――って、痛いぞニーム。見とれているのは耳だ。浮気した亭主みたいに、俺の背中をつねるんじゃない。
「ほら兄さん。そろそろ閉会式が始まりますよ」
「わかった、わかった。会場へ行こう」
「返事は一回で十分です」
腕に絡みついてきたニームが、俺を引っ張りながらズンズン進む。そういえば最近になって、こうしていてもステビアに睨まれなくなった。二人の間に確かな絆でも出来たのだろうか。なにがあったにせよ、良いことだ。
「お前ら、本当に兄妹仲がいいよな……」
呆れ顔のセイボリーさんに見送られ、閉会式の準備が整えられた広場へ行く。小さなステージが作られ、拡声の魔道具を持った実況とアンゼリカさんが壇上へ。後ろに控えているのは、焼きとうもろこしを貪り食う守護者のサフラン。あいつときたら、見かけるたびに違うものを口にしてるな。
「大変お待たせいたしました。大いに盛り上がった今年の水着運動会コンテスト、いよいよ結果発表です!」
「みんなお疲れ様にゃ。今日は一日、すごく楽しかったにゃ。観覧させてくれて、ありがとにゃー!」
「ホッホォー!」
アインパエ帝国としても、数多くの富裕層が集まるこの大会で顔を売れたのは、有利に働くはず。国家の建て直しに懐疑的な見方をしていた連中も、皇帝の元気な姿を見て考えを改めるだろう。それになんだかんだで、実況もうまかった。広い視野で競技会場全体を俯瞰し、的確に見どころをアナウンスしていたのは、さすが為政者としか言いようがない。
「注目の総合優勝ですが、今年は異例の事態が起きてしまいました。なんと三人の選手が、同じ点数だったのです」
実況の発言で会場がざわつく。去年より時間がかかっていたのは、そういうわけか。
「実行委員会で協議した結果、優勝決定戦は行わないと決まったにゃ」
「それではゲストのアンゼリカ陛下から、総合優勝の発表をしていただきます」
「優勝はシトラス、シナモン、マトリカリアの三人にゃ。おめでとうにゃぁー!!」
「「「「「おぉぉぉぉぉぉーーーーー」」」」」
「加えて、銀色のしっぽを煌めかせながら、元気な姿を我々に見せてくれたシトラス選手には、〝輝いていたで賞〟。素早い動きとスピードで会場を魅了したシナモン選手には、〝疾かったで賞〟。そしてこれまで大会を盛り上げてくれたマトリカリア選手には、〝殿堂入りで賞〟が贈られます」
嬉しそうな二人を抱き寄せ、頭を撫でながら耳をモフる。少し離れた場所を見ると、マトリカリアも泣きそうな顔で、セイボリーさんに頭を下げていた。以前二人で話したとき、マトリカリアに事業を一つ任せたい、とか言ってたっけ。機を見て褒美にとか口にしてたから、そのことを伝えたのかもしれん。頑張れよ、応援してるぞ。
「タクトさんが使役している従人には、他にも特別賞の授与が決まりました。今年も私の心をピョンピョンさせてくれたミントぴょんには〝立派に成長したで賞〟。相方に選んだ子供と仲睦まじい姿を見せ、まるで本当の母娘のようだったユーカリ選手には〝母性があふれていたで賞〟。フライングディスクキャッチで我々の度肝を抜いたジャスミン選手には〝天使だったで賞〟。龍族という上位存在でありながら、タクトさんにベタ惚れだったスイ選手には〝ラブラブしすぎで賞〟がそれぞれ贈られます」
今年も工夫をこらした賞が多いな。まあそれぞれ目立っていたし、納得の受賞理由ではある。みんなの頭を撫でたり、羽やしっぽをモフりながら発表を聞く。他にもリレーでバトンを落とした選手に〝次は頑張りま賞〟が贈られ、イス取り合戦で勝利した銀孤のアニスには〝あなたが座王で賞〟とか、次々発表されていった。
失敗やハプニングでも、競技を盛り上げたら受賞という、この運動会はやはり面白い。子どもたちが大きくなったら、絶対に参加してもらおう。
「まずは今年も二名の総合優勝選手を輩出し、使役するすべての従人に特別賞が贈られた、タクトさんに話を伺いましょう」
「こっちへ来て思いの丈をぶちまけるといいにゃ」
「去年は初出場で総合優勝を獲得し、注目の契約主として期待が高まる中、プレッシャーも大きかったと思います。そんな重圧をはねのけ、更に三名の従人を新たにエントリーさせ、それぞれが素晴らしい活躍をされました。今年もコンテストに華を添えてくれたタクトさんへ、大きな拍手をお願いします」
正直なところ、プレッシャーとか無かったけどな。みんな結果を残してくれると信じていたし。
むしろ華麗に進化したシトラスたちを、大勢の前で自慢したかったくらいだ。そんな俺の願望も、会場に鳴り響く拍手の音を聞けば、十二分に叶ったと実感できる。
「それではインタビューを開始しましょう。まずはコンテストを振り返って一言、お願いします」
「今年も数々の栄誉を賜ることが出来て嬉しく思う。サポートしてくれた家族のみんな、応援してくれた観戦者たち、そして競技を頑張った大切な仲間に感謝する。本当にありがとう」
「去年提唱された〝心技体〟と〝衣食住〟は、警備隊を初めとして大きな成果を挙げております。その育成法がどれほどの効果を生み出すのか、それはタクトさんが使役している従人たちを見れば明らかでしょう。それでは今年も伺います、従人育成の秘訣は?」
「今年は共有・共感・共同という、三つの言葉をみんなに伝えたい」
「去年と比べて、わかり易い言葉ですね。それが従人育成と、どう繋がるのでしょうか?」
シトラスから教えられた〝一緒〟というキーワード、これをなんとしてでも普及させたい。その言葉を俺の中に落とし込み、気負うことなく実践できるように考えてきた。変に敷居が高いと、呪いのような価値観に阻害されてしまうからな。
「従人たちと共同で何かをすると、そのときの体験や気持ちが共感を生む。そしてその出来事は、互いに共有される」
「今年もまた興味深いお話ですね。具体例などがありましたら、ぜひ挙げて下さい」
「例えば一緒に散歩をするとかでもいい。単に従人を連れ回すのではなく、それぞれの行きたい場所を目的地にするのがおすすめだ。どうしてその場所を選んだのか、そこにどんな思い出があるのか。そんな話題で自然に会話も生まれるだろう。それが共感に繋がり、お互いの絆が深まっていく」
「一緒に散歩という行為が〝共同〟。会話の中で互いの気持ちを言葉にして〝共感〟を得る。そして散歩が終われば、その出来事が〝共有〟されるというわけですね」
さすが実況に抜擢される人材だけはある。うまくまとめてくれて嬉しいぞ。
「従人と一緒の競技に出た者は気づいたと思うが、普段と違う姿を見られたのは、いま言った三つのキーワードが働いたからだ」
「なるほど。参加者の間でも話題になっていたので、なかなか説得力があります。他にも出来ることはありますか?」
「そうだな……冒険者をやっている者は、狩りの最中に実践してほしいことがある。一方的に命令するだけでなく、従人が指示通りに動いたら〝それでいい〟や、うまく出来たら〝よくやった〟など、結果に満足できたかそうでないか、言葉にしてやるといい。そうすれば例え失敗しても、なにがダメだったのか、どうすればうまくいくのか、といった会話へ繋がっていくだろう」
「冒険者は日々の活動で〝共同〟と〝共有〟は出来ていますから、そこに〝共感〟を持ち込むわけですね。うまくいった時は成功したと伝え、失敗した時は話し合って対策を練る。これなら簡単に取り入れられそうです」
「会話や行動から得られるものは多岐にわたる。簡単なことから取り組んでいけば、もっともっと従人の魅力を引き出せるはずだ。今年出場した選手たちが、来年どのような姿を見せてくれるのか、楽しみにしているぞ」
「今年も興味深い話をありがとうございました。私も来年のコンテストが楽しみで堪りません! 以上、タクトさんからのコメントでしたー」
よし、これくらいでいいだろう。フェンネルがそうだったように、会話だけでも大きく変わる。そこへ一緒を取り入れれば、互いの距離はどんどん縮まっていく。やがて信頼関係へと発展していき、もっと先の段階へ進んいけるかもしれない。
今年蒔いた種が来年どう芽吹くのか、今からとても楽しみだ。
次回、夏といえば……
「0268話 花火大会」をお楽しみに。




