0266話 予想外の結末
湾内を小型ボートが行き交い、巨大な浮上ステージを組み立てる。参加人数が増えたので、去年より一回り大きいな。
そこにかけられた仮設の浮き桟橋へ、頭に造花をつけた選手たちが向かう。
『皆さんお待ちかね! 今年もやってきた魅惑の祭典。従人たちが覇を競う、海上のバトルロイヤル!!』
『競技の成績次第で、入賞も夢じゃないにゃ!』
『ホッホー!』
赤いスーツとピンクのシャツに着替えた実況者が、ルールの紹介や注意点を説明していく。右目の眼帯といい、そのまんまじゃないか。ユズのやつに後で言い聞かせておかねば。いくら髪の毛が緑色だからって、実況にコスプレさせるなと……
『今年はどんなドラマが待ち受けているのか、そして去年のようなハプニングは発生するのか。観戦者たちの熱量がどんどん上がっていくぅー!!』
「ねえ、タクトさん。去年なにがあったの?」
「他の選手ともつれ合った拍子に、ユーカリの水着がズレてしまったんだ」
「えっ!? そんな事あったんだ。今年は大丈夫だよね?」
「ユーカリたちはクリスクロスタイプで、ズレにくくなる対策をしているし、シトラスとシナモンはスポーツタイプのビキニにしてる。滅多なことでは脱げたりしないはず。それに万が一のときは魔法が発動できるよう、準備してるしな」
「兄さんが間に合わないときは、私が深夜アニメ光線とやらを使いますから、大丈夫ですよ」
「二人がそう言うなら、安心だね」
そもそも去年の夏とは、レベルが五倍ほど違う。同じようなハプニングがあったとしても、余裕で対処できるはず。
『みんなー、準備はいいかにゃぁぁぁー?』
『それでは、従人ファイト! レディィィィィー・ゴォー!!』
実況が左手で服を掴み、ジャケットと眼帯を取り去る。再現度が半端ないぞ。どれだけ練習したんだよ。
「どうだ、よく見えるか?」
「うん、タクトおとーさん。ユーカリおかーさーん、みんなーがんばれー!」
「リコリスは高い高いしてやるぞ」
「きゃっ、きゃっ!」
肩車したサントリナが落ちないように気をつけながら、抱っこしたままの腕を上へ伸ばす。ステビアの母から教わった通り、獣人種って首が座るのも早いな。
『おぉーっと、今年もミント選手が狙われているー。去年の技を恐れてか、四方八方から選手たちが襲いかかったっ!』
『ミントが消えたにゃ!?』
『去年のように丸くなって転がったのか!? しかし他の選手達が弾き飛ばされたりしていません。一体ミント選手はどこに……?』
『ホォッホォォーウ!』
『上にゃ、上にいるにゃ!』
『なっ、なんとー!? さすがピョンピョンが可愛い、ミントぴょん! 今年もピョンピョンしてるぞ、ミントぴょん!!』
「変な呼び方しないで下さいですぅぅぅー」
あの実況、ミントのことが好きすぎるだろ。今年も事あるたびに、ミントのことをイジってたし……
『襲ってきた選手たちが目標を見失って、団子状に固まっちゃったにゃ』
『丸くなった集団の中央へ、ミントぴょんが着地ぃぃぃぃぃ!!』
――ドォォォーン!
『花が咲くみたいに、選手たちが弾き飛ばされていくにゃ。水着の色がみんな違うから、ちょっときれいにゃ!』
『アクセサリーが外れてしまった選手は失格です。直ちに退場して下さーい』
「はわわっ!? 足元がグラグラするですー」
その特設ステージって、海に浮いてるだけだしな。ジョイント部分が柔軟な設計になってるので、動きがある程度吸収されて転覆の心配はない。しかし中心地であるミントのいる区画は、大きく揺れてしまう。
「ミントちゃん、大丈夫?」
「ハイです、ジャスミンさん。これくらいならへっちゃらなのです」
「そう、よかったわ。じゃあミントちゃんは退場ね」
『あーーーっと。上空から舞い降りたジャスミン選手が、バランスを崩したミントぴょんのアクセサリーにタァーッチ!』
「ジャスミンさんずるいのですー」
「うふふ。今は敵同士だもの、油断大敵よ」
『ふらついてる他の選手達も、次々ジャスミンにタッチされていくにゃ』
『足場の悪さが全く影響しない有翼種は、まさに無敵! しかし私の目には見えているぞ。背後から迫る黒い影』
「……ジャスミン、後ろがら空き」
「あっ!?」
『音も立てずに忍び寄ったシナモン選手が、ジャスミン選手のアクセサリーを奪い取るぅぅぅー! こちらも足場の悪さを全く苦にしない、見事なバランス感覚だッ!!』
お互い相手が身内でも容赦なしだな。まあそれくらいじゃないと、この競技は盛り上がらん。みんなもその辺は、わかった上で挑んでるはず。だからこそ、あそこで一騎打ちが発生してるんだろう。
「障害物競走の雪辱、果たさせていただきます」
「簡単にわたくしを超えられるとは、思わないことです」
「ニーム様へ勝利をお届けするためなら、どんな壁でも超えてみせます」
「その心意気やよし。しかしわたくしも旦那様への愛があれば、どこまだって強くなれるのですよ」
「なんかあの二人、ノリノリじゃないですか?」
「小説の貸し借りとかしてるみたいだから、その影響だろう」
「そういえば部屋に、見たことのない本が置いてました」
「その本の二百八十八ページ目に、ステビアお姉ちゃんとユーカリちゃんの言ってるセリフが、書いてあったよ」
『兄のタクトさんが使役するユーカリ選手に挑む、妹のニームさんが使役するステビア選手。兄妹の代理対決ともいえるこの勝負、果たして勝者はどっちだぁー!』
だが口上や名乗りの最中に攻撃されないのは、フィクションの世界だけ。現実はそんなに甘くない。
「わが名はステビア。ニーム様にこの身を全て捧げし者」
「わたくしの名はユーカリ。旦那様のために生き、旦那様に尽くす者」
「「いざ尋常に――」」
「キミたち二人の世界に入り過ぎだよ。もっと周りをよく見なきゃ」
「「――あっ!?」」
『周囲の選手を次々倒していたシトラス選手が、二人のアクセサリーを奪い取ったー!』
『戦う前に決着が付いたにゃ』
「引き分けですね、兄さん」
「ああ、そうだな」
シトラスが他の選手達を牽制してなければ、とっくの昔にアクセサリーを奪われていた。最後のセリフで乱入したのは、シトラスなりの配慮だろう。
そんな事を考えながら二人を見ると、握手しながら笑ってる。結果はどうあれ、満足したっぽい。
『ステージ上に残っている選手が、かなり少なくなってきました。そんな中、ステージの端で奮闘しているのはスイ選手だっ! しっぽを器用に使って、他の選手を次々転倒させていくぅー!!』
「ほれ、そんな攻撃では我に届かぬぞ」
『あのしっぽは魔獣や魔物と、渡り合えるそうにゃ』
『力自慢の選手が攻撃しても、全く歯がたちませんね』
「力でダメなら速度で勝負です」
『ここでマトリカリア選手がスイ選手に挑むーッ!』
さすがマトリカリア。スイのウイークポイントである、反応速度と動体視力の弱さを、的確に突いてきやがった。弱点といっても、そこらの従人より遥かに反応は速い。しかし三等級でレベル百近いステータスがあれば、いくらスイといえども不利だ。
『スイがマトリカリアの動きに翻弄されてるにゃ』
「さすがシトラスと張り合えるだけはある。なかなか良い動きをするではないか」
「お褒めいただき、光栄です」
『ここで更にマトリカリア選手がスピードを上げるー!』
『動きが激しすぎて、分裂してるみたいにゃ!』
『あーっと! 繰り出される腕をなんとか避けていたスイ選手。さすがにこの動きの前では無力だった』
「いやはや天晴。龍族の我がここまで手を焼いたのは、ゼラニウム殿以来だ」
「私では、まだまだあの人の足元にも及びません」
なにせ今のシトラスやシナモンでも、ゼラニウムには軽くあしらわれてしまう。強さは数字だけで決まらないと、毎回思い知らされているもんな……
マトリカリアもセイボリーさんの護衛兼秘書なんだ。対人戦闘の経験は、かなり積んでいるはず。残念だったなスイ、相手が悪かったとしか言いようがない。それでも転倒させた選手から奪ったアクセサリーの分は加点されるし、かなりいい順位まで上がれるだろう。
『ステージ上に残っているのは、マトリカリア選手、シトラス選手、そしてシナモン選手の三名のみ!』
『ステージの逆側で、シトラスとシナモンの一騎打ちが始まったにゃ!』
「……シトラス、覚悟」
「ここは障害物のない、まっ平らなステージだよ。いつもみたいな立体機動が使えないシナモンなんて、敵じゃないね」
『睨み合う二人。先に動いたのはシナモン選手! 神速の強襲でアクセサリーを狙いに行く。しかしシトラス選手は体を捻ってそれを躱したーっ!!』
『シナモンが後ろ向きにジャンプして、軌道を変えたにゃ!』
『シトラス選手が回し蹴りで、飛びかかるシナモン選手を迎撃。これは決まったかーッ!?』
迫りくる足にシナモンが手を付き、その反動で距離を取る。その後も近づいたり離れたりと、激しい攻防が続く。しかし攻めるシナモンに対して、受けに回ることが多いシトラス。これは決まったな。
『シトラス選手の足払いを、滑り込みながら回避。そのまま後ろに回り込んだシナモン選手が、シトラス選手のアクセサリーを奪い取ったァァァーッ!!』
「くっそー、やられたー」
「……私の勝ち」
「敵討ちは頼んだよ、マトリカリア!」
「全力を尽くしましょう」
『ステージ上に立っているのは、マトリカリア選手とシナモン選手のみ。果たしてどちらの選手に軍配が上がるのか』
『マトリカリアも速いけど、シナモンには敵わないと思うにゃ』
よほどの秘策でもない限り、勝負は決まったようなもんだろ。実質シトラス対シナモンが、決勝戦といえる組み合わせだし。
とはいえ少し離れた応援ブースにいるセイボリーさんの態度が、やたら余裕たっぷりなのは気になる。
「こちらの準備は万端です。いつでもいいですよ」
「……じゃあ行く」
「ところでシナモンさん」
「……なに?」
「試作品のお菓子があるのですが、食べますか?」
「……!? 食べる!」
『マトリカリア選手が胸の谷間に手を差し込み、黒くて細長いものを取り出したぁぁぁー!!』
あれは花火大会の夜店で出す、チョコバナナじゃないか!
やられた。武器の使用は禁止だが、食べ物を使ったらダメと明記されてない。ユズも赤旗を上げてないし、ルールの穴を突いた見事な戦略だ。セイボリーさんの余裕も、これで合点がいく。
『お菓子に釣られたシナモンがアクセサリーを奪われちゃったにゃー』
『ホホホホーゥ』
『意外な幕切れでしたが、勝者はマトリカリア選手ゥゥゥー! 去年は優勝を逃したものの、大会連覇の強者は一味違うッ!! 見事な策略で勝利を掴み取りました』
ステージからジャンプしたシナモンが、天使の微笑みを浮かべながら戻って来る。胸元に仕込んでいた割にはチョコが溶けてない。マトリカリアも変な特技を持ってるな。
「美味しいか?」
「……うまうま」
「そうか、良かったな」
まあ勝負には負けたが、幸せそうなので結果オーライだ。俺はシナモンの頭に手を伸ばし、ネコミミをふにふにとモフる。
なんだかんだで今年の運動会は、去年以上に面白かった。あとは最後に行われるパフォーマンス競技。フライングディスクキャッチを楽しもう。
次回は閉会式。
今年の勝者、そして主人公が語るキーワードは?
「0267話 三つの言葉」をお楽しみに。




