0265話 ジャスミンの活躍とシトラスのリベンジ
いくつかの競技を終わらせ、次の準備が始まる。即席のチーム分けにも関わらず、特にトラブルなく進行できて何よりだ。競技内容とチーム分けを一緒に考え、審判もやってくれているユズには、後で個人的に礼をせねばならん。
なにせ今年は何かしらの競技で、全員にポイントのチャンスが回ってきているから、みんなとても生き生きと体を動かし、観戦者たちも大盛り上がり。新たな試みは、初回から大成功と言っていいだろう。
去年はミントやユーカリたちが活躍したので、兎種や狐種をエントリーさせた使役主も増加している。身体能力が劣っていても楽しめる今回の運動会は、きっとこれからのスタンダードになっていく。子どもたちが大きくなったときに、活躍する姿を見るのが楽しみだ。
『紅白玉入れ合戦が始まります。参加者は競技エリアへ集まって下さい』
「やっと私の出番ね! 行ってくるわ」
「夏に向けて頑張ってきた、レベル上げの成果を見せてこい」
「がんばってね、ジャスミンおねーちゃん」
「うー、やー!」
サントリナやリコリスの声援を受け、ロボットアニメみたいな格好で、ジャスミンが俺の肩から飛び立つ。彼女のレベルも今や九十九。一等級換算でレベル七百九十二だ。森の奥で誰にも知られることなく、ひっそり暮らす。臆病で昼間はほとんど木の虚から出ない。そんな有翼種の常識を覆す存在、みんなの目に焼き付けてくるんだぞ!
『さあ皆さん待ちに待った、ジャスミン選手の登場です! 今年は龍族のスイ選手だけでなく、幻の種族と言われる有翼種まで見られるなんて、我々はなんと幸運なのでしょうか。歴史に残る大会として語り継がれるのは、間違いありません!』
『森で暮らす有翼種って、滑空しかできないそうにゃ。ああして自由に飛び回れるのは、ジャスミンだけにゃ』
『ホォォーウ!』
『おーっと霊獣のカイザーくんも飛び立ち、ジャスミン選手と一緒に観客席へ向かっていくー』
「みんなー、白チームの応援よろしくねー」
「ホーーー」
「「「「「ウェーーーーーーイ!!!!!」」」」」
霊獣だけあってカイザーも真っ白だしな。白組びいきってことか。
二人が上空を通過するたび、観戦者たちが立ち上がって声援を送る。この世界でもウェーブが見られるなんて……
『会場に開始の鐘が響き渡ります。紅白玉入れ合戦、スタァァァーーートッ!!』
「みんなー。私に向かってボールを投げて頂戴」
「「「「「・・・・・」」」」」
まあそういう反応になるわな。あんな小さい体にボールが当たったら、普通なら墜落して大怪我してしまう。しかしその心配は無用だ。
「いくですよー、ジャスミンさん」
「お願いします、ジャスミンさん」
「いいわよー、そーれ」
ミントが投げた白いボールは、籠を飛び越していきそうになる。それをジャスミンが追いかけ、バレーのアタックみたいに弾き返す。ユーカリが投げたボールもわずかにズレるが、羽を使って軌道修正。見事に籠へと吸い込まれていく。
「わっ、私達も投げよう」
「う、うん」
「あのぉ、お願いしますー」
「その調子よー、みんな!」
白組にはミントやユーカリといった、身体能力のあまり高くない種族を配置。ローゼルさんが使役している銀狐のアニスもこっちだ。赤組にはシトラスとシナモン、そしてスイやステビアといった、運動能力に長けた種族ばかり。もちろんセイボリーさんが使役している、馬種のマトリカリアもこっち側。
「アレって反則じゃないのかい?」
「……飛べるの、ずるい」
『審判のユズちゃんが旗を上げてないにゃ。つまりルール上、問題なしってことにゃ!』
「要は己が持つ力量だけで、勝利を掴んでみせろということだな。俄然燃えてくるではないか!」
「まったく、スイはポジティブすぎだよ。これって完全にハンデ戦じゃん」
「運営の決めたルールに、文句を言っても詮無きこと。ニーム様に勝利を捧げるべく、今はボールを投げるのみ」
「……うにゃ。うにゃにゃにゃにゃにゃ」
『シナモン選手の投げたボールが、次々籠の中へ消えていくぅー。凄い、凄いぞ! なんて正確なコントロールなんだー』
勝負を盛り上げるため、シナモンの投擲術は封印してない。それでもほぼ全てのボールが籠に入る白組と、外れが目立つ赤組。その差は歴然だ。
……って、一心不乱にボールを投げるシナモンが可愛いのはわかる。だが見つめ過ぎだぞ、マトリカリア。だらしなく頬を緩めてないで、お前もちゃんと投げろ。
『白組の籠が一杯になりそうにゃ』
『シナモン選手が頑張っているものの、数の差には勝てないのか! 白組の籠がどんどん埋まっていき、地上のボールが無くなった。ここで試合終了の旗が上がるぅぅぅーッ!!』
『優勝は白組にゃ! ジャスミンが大活躍だったにゃ』
『ホッホー!』
「やったわ、タクト!」
「よく頑張ったなジャスミン」
『ジャスミン選手が一直線に契約主のもとへ飛んでいき、その胸にダイブ。白い翼を広げ、縦横無尽に空を駆ける姿は、可憐としか言いようがありません。私も有翼種を使役してきたくなってきましたよ』
『アインパエにも記録が残ってるけど、有翼種を森から出すと弱って死んじゃうそうにゃ。それに何故か強い制約をかけられにゃいから、逃げ出すことも多かったみたいにゃ』
『つまりタクトさんみたいな契約主でないと、使役するのは難しいということですね。幻の種族と触れ合える、〝心技体〟と〝衣食住〟はどこまで万能なのでしょうか。今年も語ってくれるであろう育成法を、楽しみにしておきましょう!』
今のペースでみんなが活躍していけば、何かしらの賞は確実にもらえるはず。これだけ心技体と衣食住を連呼してくれたら、レア種の獲得を目指している者や、自分の従人を目立たせたい者たちは、俺の話を傾聴してくれるだろう。
それはともかく、今は頑張ったジャスミンとシナモンたちを褒めてやらねば。俺の胸元で嬉しそうにはしゃぐジャスミンの羽をモフり倒し、残念そうな顔で抱きついてきたシナモンの頭を撫で回す。午後からはトラック競技がメインになる。そこで頑張れ。
◇◆◇
大玉転がしから帰ってきたシトラスとシナモンを迎え入れる。途中で強い風が吹くというトラブルはあったものの、競技の方は事故や中断もなく無事終了。やはりこういう競技は二人が強い。
「流石だな、シトラス。優勝おめでとう」
「こういうのは得意だからね。コツを掴めば簡単さ」
頭を撫でてやると、しっぽがブンブンと左右に動く。シトラスは強風で流された大玉を、見事にコントロールしていた。本人が言う通り、初めての競技でもすぐに自分のものにできる適応力は、シトラスの最も優れた長所だ。
「……最後のリカバリー、失敗した。もうちょっとだったのに」
「砂浜は大玉が無軌道に跳ねるからな。今回は運に見放されただけだ。しかし次は速く走ればいいだけの競技。それでリベンジしてこい」
「……わかった。行ってくる」
「ボクもアンカーだし、そろそろ行くね」
赤・白・青・緑・黄の五チームで争うリレーには、ジャスミン以外の全員が参加する。アンカーは赤組のシトラスと黄組のシナモン、そして最大のライバルになる青組のマトリカリア。他の二名も足が速いとはいえ、この三人だと相手にならないだろう。その分、前半でリードできるようなチーム分けになっているが……
『リレー競技として生まれ変わった、砂上のスピードレース。果たして今年はどんな名勝負が生まれるのか! 最終ランナーとして指名された選手たちには、去年の大会でデッドヒートを繰り広げたシトラス選手と、マトリカリア選手がいます』
『アンカーには、これまでの競技で好成績を収めた二人とシナモンがいるから、きっと盛り上がるにゃ!』
『今年で引退するマトリカリア選手が有終の美を飾れるのか、期待して観戦しましょう』
この競技はチームポイントと、個人ポイントがそれぞれ加算される。もしシナモンがトップでチームを勝利に導いたなら、総合優勝を確実のものにできるだろう。なにせ最後のバトルロイヤルは、シナモンが超絶有利だし。
『スタートの鐘がなるにゃー!』
『ホォォーウ!』
――カーン
『おーっと! 今年はミント選手が転ばなかったぁー!! 成長してるぞォォォー』
「ミントだってレベル百を超えたのです。去年とは一味違うですよー」
『後続を突き放し、独走するミント選手! 今年も兎種の常識が、音を立てて崩れていくぅーッ!!』
『あっという間にバトンパスにゃ』
『白組から大きく遅れ、緑組のユーカリ選手がバトンを受け取る。やはり速い! 陽の光を受けた大きなしっぽが、コースに金色の軌跡を刻むゥゥゥーッ!!』
『あんなスピードで走れる狐種は、ちょっと異常にゃ』
異常とか言うなよ。ミントはレベル百五だし、ユーカリだってレベル百二なんだぞ。一等級換算でレベル八百超えの身体能力があれば、あれくらいできて当然だ。
そしてシナモンはちょうどレベル百に上がり、一番高いシトラスはレベル百七に到達。普通に競争したなら一等級や二等級では、まず勝てないほどのレベル差がついた。しかしマトリカリアは三等級。ステータスの上昇率だけ考慮するなら、レベル二百で拮抗できる。
そして厄介なのが種族特性。馬種は足の速さに、倍ほどの補正がかかるんだよな……
『赤組から遅れていた青組ですが、スイ選手の活躍で遅れを取り戻しましたぁー』
「あとは頼むぞ、マトリカリアよ」
「承りました」
『赤組と青組のバトンパスが、ほぼ同時だったにゃ!』
あれこれ考えていたらレースは最終局面に。バトンを受け取ったシトラスとマトリカリアが、撃ち出された弾丸のように飛び出す。
最終ランナーだけ距離が長い。去年のマトリカリアは、前半足をためていた。しかし今年はいきなりトップスピードで、シトラスに挑む。彼女も最後の真剣勝負を、楽しみにしていたってことだろう。
『第一コーナーに差し掛かるが両者譲らない! 体がぶつかり合うほど接近しながら、揃ってコーナーを駆け抜けていくぅー!!』
『もう一人の注目選手。シナモンにもバトンが渡るにゃ!』
『前の選手がバトンを落としてしまったのは痛かったですね。かなり遅れてしまっています。果たして、ここからトップに追いつくことができるのかー』
「ご、ごめんなさーーーい」
「……問題ない」
兎種の少女からバトンを受け取り、一瞬で視界から消え去る。仙術を封印しているのに、縮地みたいな動きだったぞ。難しいことを考えずに全力を出せる種目だと、本当にシナモンの身体能力は輝くな……
『えっ!? 一体なにが起こったんだー! シナモン選手の身体が一瞬ぶれて、一気にコーナー手前に到達したぞぉぉぉ!!』
『目で追えないくらい速かったにゃ』
『これはまさに黒い疾風! 浜辺に吹く一陣の風となって、シナモン選手が白組と緑組を抜き去ったァァァーッ!!』
『このペースで行くと、最後の直線でトップに追いつくにゃ!』
最終コーナーでもシトラスとマトリカリアは競り合っている。つまり彼女のレベルは百前後ってことだ。どんだけ頑張ったんだよ、セイボリーさん。
『最後の直線に入り、シトラス選手とマトリカリア選手が、更にスピードを上げる! 足の速さで他を圧倒してきたマトリカリア選手。そして今大会では全ての出場競技で好成績を残している、可憐に進化したシトラス選手。意地と意地のぶつかり合いだぁーッ!!』
『シナモンが並んだにゃ!!』
『残りあと僅かという所で、シナモン選手がトップ争いに参戦! そして三人がもつれ合うようにゴォォォォォォォーーーーール!!』
『写真判定が必要にゃくらい、ギリギリの勝負だったにゃ』
ゴールラインでスマホを構えていたユズが、実況席の方へ行く。俺の目にも三人のゴールは同時だった。高速度撮影したムービーで、着順判定できるだろうか……
『これは……凄い古代遺物ですね』
『ユズちゃんしか使えない特別なものにゃ』
まあ普段は生体認証でロックしてるしな。
アインパエ帝国皇帝の口から出た、ユズにしか使えない特別なものという言葉。これで高額の金品をちらつかせたり、奪い取ろうとするやつは減るだろう。それくらい秘匿技術を独占している、アインパエ帝国の影響力は大きい。
『ここっす。シナモンたんの耳が、最初にゴールラインを超えてるっす。次がシトラスの指で、三位はマトリカリアの足先っすね』
『着順が決まりました! 一位は黄組、二位が赤組、そして三位は青組。少し遅れてゴールした緑組と白組が、それぞれ四位と五位で決定です!!』
「「「「「おぉぉぉぉぉぉーーーーー!!!!!」」」」」
『途中で抜きつ抜かれつの展開があったり、最下位からトップに上り詰めたり、とても面白いレースだったにゃ』
『大会を盛り上げてくれた選手たちに、惜しみない拍手をーーー』
割れんばかりの喝采を浴びながら、シトラスたちが帰ってきた。両腕を伸ばしてきたシナモンを抱き上げ、みんなの頭を順番に撫でる。
「最後の追い上げ、すごかったぞ。よく頑張ったな、シナモン」
「……全力で走れて、楽しかった。次も頑張る」
「シトラスも見事だった。去年のリベンジを果たせたじゃないか」
「シナモンには敵わなかったけど、目標が達成できて嬉しいよ」
「全力で勝負していただき、ありがとうございましたシトラスさん。これで心置きなく引退できます」
「まだ最後の競技が残ってるんだから、それを言うのは早いじゃないのかい?」
「それもそうですね。去年のようにはいきませんから、覚悟しておいて下さい」
「望むところだよ!」
シトラスとマトリカリアが握手を交わすと、会場に拍手が鳴り響く。次も点数が非常に大きい、全員参加の生き残り戦。ジャスミンだけ特別ルールで、相手のアクセサリーにタッチしたらポイント加算だ。
しかし忘れてもらっては困る。俺の顔にネコミミをこすりつけながら甘えている、最強刺客のシナモンがいることを……
次回は去年もやったあの競技。
勝敗の行方は?
「0266話 予想外の結末」をお楽しみに。




