0264話 チャレンジ! ご主人様と夫婦レース
リコリスをラベンダーに、そしてコハクをサントリナに預け、競技会場へと向かう。続々と集まってきた上人たちを見ると、男が十二人で女が四人。年齢は上が三十代前半、下は二十歳前後といったところ。
「我を伴侶に選んでくれて、感謝するぞ主殿」
「この競技はお互いの呼吸が大切だからな。それを考慮すると一緒に参加する相手は、スイ以外考えられない」
「確かに我と主殿は、体の相性が抜群だ。しかし、そこまで言われると胸が高鳴ってしまう……」
言い方はさておき、恋する乙女モードになった姿は、相変わらず可愛すぎる。地鳴りがしてるから、しっぽの動きは程々にしておけよ。
腕に絡みついてきたスイを軽く抱き寄せ、キラキラと輝く水色の髪に手を伸ばす。
『えー……っと。あの一角だけ、妙に空気が甘ったるいんですが、特別ゲストのアンゼリカ陛下。なにか一言ありますか?』
『ああやって所構わずいちゃつくから、皇居でも胸焼けで倒れる職員が続出してるにゃ。被害甚大にゃ』
『ホォーロロロロロロォー』
『カイザーちゃんも口から砂糖を吐いてるにゃ』
ちゃんと役に立ってることもあるだろ。コルツフットのせいで心が壊れてしまった女嬬たちも、俺たちの姿を見て徐々に回復していってるじゃないか。
まあ彼女たちの場合、時間があれば話しかけたり、寄り添いながらそっと見守っている、ベルガモットの功績が大きいのだが……
『私には仲の良い普通の男女に見えますが、スイ選手は本当に龍族なのでしょうか?』
『彼女は間違いなく、北方大陸を守護している青龍にゃ! 元の姿ににゃって、娘たちと一緒に乗せてもらったこともあるからね』
『機会があれば私もその姿を見てみたいところですが、今は競技の進行を優先しましょう。さて! 会場の準備が整ったようです。今年から始まった契約主参加の新競技。〝チャレンジ! ご主人様と夫婦レース〟が始まりますっ!!』
『パートナーとの仲良し度も加点対象にゃ! スタート前から競技は始まってるから、スイに負けにゃいよう、みんなもイチャイチャするにゃー!!』
『ホォォーウ!!』
全員でスタートラインに立ち、片方の足をヒモで八の字に結ぶ。まずはペア競技のスタンダード、二人三脚。次は向かい合って挟んだボールを運ぶ、二人でサンドイッチ。そして布で作った二つの筒をつなぎ合わせ、その中に入って走るデカパン競争。
練習期間中に、他の参加者がどれだけ上達したか、楽しみだ。ライバルになりそうなのは、冒険者っぽい連中と一緒に参加している、猫種や犬種の従人たち。レベル差次第では強敵になりうるが、こちらも簡単に勝ちを譲る気はない。
「練習どおり、結んでない方の足からいくぞ」
「了解した、主殿。いち・に、いち・に、の掛け声は我が出そう」
『鐘の音と同時に全員がスタート! ここで二組の男女が飛び出したぁーっ!!』
『にゃんか一緒に走ってるというより、従人に操られてる感じにゃ』
『壊れた人形みたいな動きが、とても気持ち悪いぞぉー』
従人の身体能力に物をいわせ、強引に歩幅を合わせる感じで、俺たちの前をいく二組の男女。しかしあれ、関節とか外れてないか?
『完全に走るのを諦めて、倒れたまま従人に引っ張ってもらってるペアもいるにゃ』
『審判のユズさんが赤旗を上げていますね。さすがにあれは競技の趣旨から、外れているということでしょう。スタート地点に戻ってやり直しです』
「先行してる連中は無視だ。このままペースを守っていこう」
「いち・に、いち・に」
『三位のスイ選手とタクトさんのペアが、最初のコーナーに差し掛かるー』
『身体能力の高いスイを、外側に配置してるのはさすがにゃ!』
『ホゥッ!』
『先行している二組のペアは、遠心力で飛ばされないように契約主の首をガッチリ掴み、そのまま強引に曲がっていったぁー! 顔から血の気が引いていますが、大丈夫でしょうか』
『手元の資料によると使役主の二人は、冒険者ギルドでいつも張り合ってるみたいにゃ。ライバルには負けたくにゃいって執念が凄いにゃ』
勝利をもぎ取るため、従人にそこまでやらせるのは、ある意味すごい。しかしこの競技は、二人三脚で終わりじゃないんだぞ。後先考えずに行動しすぎだろ。
『お互いの腰に手を回し、まるでダンスでも踊っているように、スイ選手とタクトさんがコーナーを抜けていくー! 契約主と一緒に走るスイ選手の顔は、実に幸せそうだぁ!!』
『こっちのペアは、安心してみてられるにゃ』
『ホォーウ』
『愛玩用でも我々を簡単に圧倒できる従人と、平気で密着できるタクトさんはすごいですね。しかも相手は神にも等しい力を持つと言われる龍族ですから、私はこの光景がいまだに受け入れきれません』
『怒らせるようなことをしなかったら、スイは普通の女の子と一緒にゃ。私の娘もすごくにゃついてて、同じベッドで眠ったりするにゃ』
『それだけ力の制御が上手いということですね』
まあ、それがスイの長所だからな。手加減に関しては、家族の中でも一番だ。そんな理由以外にも、シトラスは人前でいちゃつくことにまだ抵抗があり、本来の実力を発揮できない。ミントは体格差がありすぎて、うまく合わせられなかった。
ユーカリは気持ちが高ぶりすぎると、すぐクネクネし始めてしまう。シナモンはマイペースなので、こんな競技は不向き。ジャスミンは普段飛んでいるから、走りの適性が全くなし。ある意味消去法で決まった人選だが、実際のところ俺たちの相性はかなり良い。阿吽の呼吸みたいに、お互いの動きを合わせられるんだよな……
「よし、ここでトップに立つぞ」
「先頭のペースがかなり落ちているな」
「あれだけ従人に振り回されたあと、腹でボールを挟む競技をやってるんだ。色々とぶちまけそうなものを、必死にこらえてるはず」
「なれば勝機は我らにあり。行こうではないか、主殿よ」
手を後ろで組み、向かい合わせになってボールを挟む。あまり大きくないボールなので、スイの顔が間近に迫る。熱い目でこっちを見やがって……
このままキスしてしまいたい気持ちを、俺は必死で抑え込む。今はまだ競技中、イチャコラするのは勝ってからだ。
「タクトおとーさーん、スイおねーちゃーん、がんばれー」
「キュゥーーーイ」
『おーっと、応援ブースの方から可愛い声援だぁー』
『ナイス声援にゃ! おかげでピンク色の波動が収まったにゃ』
シトラスもそうだが、なんでそんな事わかるんだよ。ちょっといい雰囲気になりそうだっただけじゃないか。まあいい、とにかく動こう。
『これは凄い! 今にも触れ合いそうな距離をキープし、スイ選手とタクトさんが横走りでトラックをいくー』
『体を密着させて、ボールが落ちないようにするのはルール違反だから、意外に難しい競技にゃ』
『何度かボールを拾い直している先頭の二組とは大違いだぁっ!!』
モタモタしているトップ集団を追い抜き、一度もボールを落とすことなく次の競技へ。トランクス状のデカパンを二人で履き、ゴールを目指す。これは二人のスピードを合わせるだけなので難易度は低い。
「主殿と肩を並べて何かに打ち込むのは、とても幸せを感じるな」
「俺もスイと一緒に体を動かすのは楽しいよ」
『さすが冒険者として数々の実績を残しているタクトさん。森で鍛えられた足腰は、従人の身体能力に見劣りしないー!』
『デカパン競争はブッチギリの速さにゃ!』
『後続をどんどん引き離し、今ゴォォォォォォォォーーールッ!!』
デカパンを脱ぎ、スイを思いっきりハグする。嬉しいのはわかるが、しっぽを振りすぎだ。いつから犬種になったんだよ、全く仕方のない奴め。
荒ぶるしっぽに手を伸ばし、腕と胴体でがっちりホールド。そのままサワサワと撫でてやると、すぐに動きが収まっていく。あのまま暴れていたら、地殻変動で砂浜が隆起しかねん。遠浅のリゾート地を、潰すわけにはいかないからな。
「このままご褒美がほしいぞ、主殿」
「それは日を改めてやろう。二人で海岸デートなんてどうだ?」
「うむ! それで問題ない。楽しみが一つ増えたな」
嬉しそうに抱きついてきたスイと腕を組み、一番の印がついた旗の下へ。ここまで一途に好いてもらえるのは男冥利に尽きる。
スイの話によれば、絶界で目を覚ましたとき、視界が最初に俺の姿をとらえ、ビビっと来たらしい。いわゆる一目惚れに近い状態だったのだろう。
もしかしたらという気持ちはあるが、刷り込みという言葉は、そっと心の中に仕舞っておく。
『さすが〝衣食住〟と〝心技体〟を広めたタクトさん。競技を通じて魅せた姿は、観客や参加者の心に刻まれたことでしょう』
『長年連れ添ってきた夫婦みたいに、息がぴったりだったにゃ』
『ホーゥ!』
『タクトさんの使役している従人が、あれだけ可憐に変身できたのも、きっと今の二人にヒントがあるはず! 来年の運動会で、他の参加者たちがどこまで親密度を上げられるのか、楽しみにしておきましょーう!!』
しっかり結果を残せたし、待遇改善につながる種も蒔けた。何より去年はまだ踏み込めなかった、従人を恋人として扱う姿を見せられたのが大きい。それなりに影響力を増した今の俺なら、一笑に付されることもないだろう。
やっぱりスイと参加したのは大正解だったな。
今夜は存分に可愛がってやるぞ。楽しみにしておくがいい!
次回「0265話 ジャスミンの活躍とシトラスのリベンジ」
ジャスミンが活躍する競技は?
そしてシトラスがリベンジしたいのは、もちろんアレ!




