0262話 特別ゲスト
事前に受け取っていた案内に従い、指定のエリアへ行く。去年より大きくなった仮設の観客席は人で埋め尽くされ、立ち見まで出てるじゃないか。参加人数も増えたって話だし、喜ばしい限りだ。可憐に進化したシトラスたちの姿、その目に焼き付けるがいい!
観戦者たちの注目を浴びながら、競技スペースの横に配置されている、コテージ付きバンガローに入る。
「こんな家が一晩で建っちゃうなんてすごいね、タクトさん」
「まあ、この家は砂の上に置いてるだけだしな。俺のマジックバッグでも、運ぶことができるぞ」
「一番小さなものなら、私のマジックバッグにギリギリ入りそうです」
驚くクミンに、去年シトラスにしてやったのと、同じことを話す。いずれこの子にもマジックバッグを持たせてやりたい。無償で渡したのではクミンの重荷になるし、マツリカと相談して何かしらの理由を探すことにしよう。
そんな事を考えていたら、砂浜の方からローゼルさんが現れる。
「建物の方に問題はないかね?」
「一番大きな物を割り当ててくれて助かってる。これなら家族全員で応援できるよ」
「コーサカ家の従人が観客席にいると、皆の視線がそっちに行ってしまうからね。それに乳幼児を炎天下で観戦させたとあっては、ロブスター商会の名が泣いてしまう」
俺たちの事情を考慮して、今年から応援ブースを新設してくれたはず。ローゼルさんもこう言っているし、ここは素直に甘えておこう。実際、栗鼠種のラベンダーとリコリスだけでも、かなり目立つ。それにカルダモンやマンダリンも、ナンパされてたしな。
まあ、フェンネルが睨みつけただけで、退散してしまったが……
「私たちまで利用させていただき、使用人の代表としてお礼申し上げます」
「去年、優秀な成績を残したタクト君に対する、期待の表れと思っていただければ結構ですよ。来年は後ろに控えている、メイド服のキュートな従人たちも、参加してくれると嬉しいですね」
「前向きに検討させていただきます」
さすがローゼルさん。シレっとフェンネルの従人たちを誘ってる。なんだかんだで、抜け目がないよな。
「大会の準備が忙しくて直接伝えられなかったけど、先日はありがとう。普段あまり外に出ない子も楽しそうに遊んでいて、感謝の言葉しかないよ」
「体力がつくと病気や怪我の予防になるから、子どもたちの健やかな成長に役立ててほしい。材料は聖域で分けてもらえるし、今度は竹馬とか竹ぼっくりを作って持っていこうと思う。楽しみにしておいてくれ」
「いやはや。今日のゲストもさることながら、タクト君の行動力には感服するね。引率をしていた子たちへのアドバイスといい、君のおかげで商会の雰囲気が良くなる一方だ」
どうやら全員で自分たちの気持ちを伝えたらしい。ちょっと照れくさそうにしているローゼルさんの顔、初めて見たぞ。幸せそうなオーラが出てるってことは、みんなの想いはしっかり届いたんだろう。
彼女たちの未来に思いを馳せていると、開会のアナウンスが聞こえてきた。抱いていたリコリスをラベンダーに渡し、ニームと一緒に競技会場へ。そこで準備運動していたシトラスたちと合流。観客だけでなく、近くにいる従人たちの視線がすごいぞ。
「よお、タクト。相変わらず目立ってるな」
「注目度でいえば、マトリカリアも負けてないだろ」
「この一年、ちょっと張り切ってみたからな。簡単に勝てると思うなよ」
「シトラスたちの走りがどこまで通用するか、胸を借りるつもりで挑むとしよう」
「余裕ぶっこきやがって。全く可愛げのないやつだな」
ハクの体調不良で引き起こされた大氾濫。ニームやフェンネルたち、そして今はクミンとユズも加えてやっている、スキマ時間のパワーレベリング。リコリスを救うために敢行した、モンスターハウスへの突入。俺たちもこの一年で、様々な経験をしている。
公平を期すために論理演算師の遮蔽で、シトラスやシナモンが持つ強化系の術を封じているとはいえ、簡単に引き下がるつもりなんてない。
『さあ! 今年もやってまいりました、真夏の水着運動会コンテスト。昨年の四十八名から大きく増え、今年の参加者は総勢七十一名! 降りしきる日差しの下で、どんな姿を魅せてくれるのか楽しみです』
去年と同じ司会者の声が会場に流れ、今年から新設された実況ブースに姿を現す。何だその右目につけてる眼帯。去年までそんなもの使ってなかっただろ。ユズのやつ、なにか変なこと吹き込んでないだろうな……
『さて開会式の準備が整うまで、注目選手の紹介をしましょう。まずは前大会で最優秀賞を勝ち取った、九番シトラス選手です! 去年マトリカリア選手と繰り広げたデッドヒートは、記憶に残っている方も多いはず』
「今年も頑張るから、みんなボクの応援よろしくね」
『ご覧ください。白銀に輝く髪としっぽ! 衣食住と心技体は、従人の姿をここまで進化させるのかぁーッ!!』
スタンドに向かってシトラスが手を振ると、観客たちがスタンディングオベーションで沸き立つ。
『そして今年も私の心をピョンピョンさせてくれると信じている、十番のミント選手は契約主に抱っこされて笑顔を振りまくー! 同じく契約主に抱っこされているのが、初参加の十二番シナモン選手!! 小さな体でどんなパフォーマンスを見せてくれるのか、期待しましょう』
「ミント、一生懸命頑張るです」
「……優勝、狙う」
『さすがタクトさんの使役する従人、自信満々です! 更に忘れてはならないのが、十一番のユーカリ選手。去年より更に迫力を増した魅惑のボディーで再登場ー!!』
「ユーカリおかーさん、がんばれー」
「絶対に賞を取ってみせますから、見ていて下さい、サントリナちゃん」
『おーっと、応援席から可愛い声援が送られる。ピコピコ動く耳としっぽが可愛いぞー。ユーカリ選手に負けずとも劣らず、将来有望な従人だァーッ!!』
こら実況。俺たちの娘をいやらしいで見るな。閃光魔法を食らわせるぞ!
『今や世界的な有名人になったタクトさんが使役するのは、彼女たちだけではない。十三番のジャスミン選手は、幻の種族と言われる有翼種! そしてなんと、十四番のスイ選手は龍族だッ!! 我々は今、伝説を目の当たりにしているぞォォォ』
「全部の競技には出られないけど、チームのサポートは任せてね」
「主殿から褒められるよう精進するゆえ、よろしく頼む」
その後もマトリカリアや、去年の受賞者たちが紹介されていく。しかし番号のみだった前回と違い、今年は名前で呼ぶようにしたんだな。それだけでも従人に対する扱いが、変わっていると実感できる。この流れを断ち切らないよう、今年もみんなの活躍に期待しよう。
「どうやら準備が整ったみたいです。では特別ゲストをお呼びしましょう! アインパエ帝国皇帝、アンゼリカ・スコヴィル陛下と、霊獣のカイザーくん。お席の方へどうぞー」
ネコミミの付いた麦わら帽子をかぶり、その上にカイザーを乗せたアンゼリカさんが席につく。水着は紺色で、レース編みのフリルが付いたビキニ。胸元に赤いリボンをあしらってみたが、キュート系のデザインを着こなせる四十四歳って……
そして後ろに控えているのは、イカ焼きを頬張るサフラン。あまり食べすぎるなよ。イカにはプリン体が多いから、痛風になるぞ。
「今日はお招きありがとにゃ! アインパエの特産品を海の家に卸しておいたから、ぜひ味わってほしにゃー」
「ホホォーーーウ!」
「「「「「おぉー」」」」」
観客――主に男連中の目が、アンゼリカさんに釘付けだ。未亡人だからって口説こうとしたら、サフランに斬り刻まれるから気をつけろ。
「お前なぁ……皇帝を運送屋みたいに、こき使うなよ。ウチの商会員たちがドン引きしてたぞ」
「ほんと、兄さんは自重を知りませんね」
「中央議会へ信書を手渡したり、ちゃんと公務もやってたのは、セイボリーさんだって知ってるだろ」
「娘たちには任せられなかったのか?」
「スケジュールの都合で夜の花火に参加できないから、昼間はアンゼリカさんが運動会の叡覧。そして夜は娘たちを呼んで花火鑑賞と、スコヴィル家の話し合いで決まってな」
今は三姉妹かアンゼリカさんのどちらかが居れば、アインパエ帝国の政治に支障は出ない。この短期間で、よくもあそこまで安定したものだ。
「まあ俺としちゃあ、海の家オオクリでボロ儲けできてるから、文句はない。お前のことだから大丈夫だと思うが、くれぐれも皇族を身の危険にさらすような真似だけは、するんじゃないぞ」
「隠密も何人か連れてきてるから、その点は心配しなくてもいい。観戦者の中にハットリくんとか、紛れ込んでるはずだし」
青いバンダナを取ると、どこに居るのかさっぱりわからん。さすがスニーキング系のギフト持ち。こんな任務だと最強だよな……
そして実況席は魔封じの結界範囲だし、剣の達人であるサフランを倒すのはまず不可能。加えてロブスター商会の私兵も総動員してる。ここからでもタンジーの姿はよく目立つ。
おっ!? 観戦者の誘導で動き回ってるのは、ボリジたちが使役していた従人じゃないか。ロブスター商会でしっかり頑張ってるみたいだ。
「それを言ったら、兄さんも皇族なんですけどね」
「こいつに危害を加えようなんてバカ、もはや世界のどこにも居ないだろ」
ボリジを殴り倒した例の騒動で、一気に名前が売れてしまった。期せずして手に入れた知名度だが、今の立場を最大限に活用し、獣人種の地位向上に邁進するしかない。この運動会を新たな第一歩にしよう。
俺はそんな事を考えながら、ローゼルさんの開会宣言を聞く。さあ、いよいよ大会開始だ。
最初の種目は「0263話 障害物ペア競争」。
新しい競技にユーカリとサントリナが挑む!




