0026話 お弁当
シトラスを先頭にして、森の中を三人で進む。ミントは俺と手をつなぎながら歩いているが、足取りはだいぶしっかりしてきた。
「こんな場所をスイスイ歩けるようになるなんて、ミント自分でもびっくりなのです」
「まあ、お前もレベル八だしな。一等級に換算したら、レベル六十四相当だ」
「何かにぶつかったり、何もない所でつまづくのは、変わらないけどね」
「あうぅー、それは言わない約束なのです、シトラスさん」
身体能力が上がって転ばなくなっても、ドジな部分は変わらない。これはミントの個性と言ってもいいんだろう。おかげで戦闘や家事で役に立つ機会は少ないが、こいつにだって良いところはある。
「あっ! あっちで物音がするです。なにかいるですよ」
「食べられる動物か魔獣だといいね」
「コッコ鳥なら、近くに卵を生んでるかもしれん。潰さないようにな」
「わかってる。ボクに任せておいて」
俺がミントの特技について考えていたら、ちょうどなにかを発見したようだ。本当にこの聴力はすごい。おかげで不意打ちを食らうことが無くなった。俺に毎日癒やしをくれるこの耳は、決して飾りとは違う。
音を立てないよう森を進んでいくと、少し開けた場所に中型犬くらいの鳥がいる。鶏冠が小さいし、あれは間違いなくメスだな。
「(じゃあ、いくぞ)」
「(いつでもいいよ)」
小声でシトラスと合図を交わし、俺は魔法の準備をする。地面をつついて虫を食べているコッコ鳥の近くで、小さな事象改変を発動。
――ポン
驚いて逃げ出さないような小さな音だが、警戒心の強いコッコ鳥はすぐさま反応する。しかし音の方角には何もない。発動したのは音響魔法だから、空気が振動しただけ。それで安心して警戒を緩めたのが命取りだ。
音を立てずに飛び出したシトラスは、死角からナイフを一閃した。コッコ鳥はなにが起きたのかもわからず、首がないまま数歩進んだあと、地面に倒れてしまう。
「よし、こいつはハムにでも加工しよう。俺はこのまま血抜きと内臓の処理をしておく。シトラスは卵を探してみてくれ。ミントは周囲の警戒を頼む。血の匂いで寄ってくるやつが、いるかもしれんからな」
「わかった、探しに行ってくる」
「はいなのです!」
いつものように役割分担し、首のないコッコ鳥の横に小さな穴をつくる。吸引魔法で血をどんどん抜いていき、ついでに羽根も毟っておく。そのあと軽く表面を魔法で炙り、産毛を燃やす。丸坊主になったところで腹に切り目を入れ、内臓を取り出して穴に放り込む。それらを血と一緒に乾燥させ、粉砕しながら土に混ぜ込んで埋めれば完了だ。
「相変わらずタクト様の手際は見事なのです」
「魔法を併用すれば、こんなもんじゃないか? 慣れてくれば誰でも出来ると思うぞ」
「お屋敷にいた方でも、こんなに魔法が上手な人は、いなかった気がするです」
細かい制御だけは得意になったが、相変わらず規模や威力はさっぱり向上しない。まあ今さら攻撃魔法が使えるようになっても、活躍の場はあまりなさそうなんだよな。なにせシトラスが強すぎる。レベル二十ってことは、一等級換算だと百六十相当だ。一部の上位冒険者が連れている従人なみの、スピードやパワーが有るはず。
「おーい、卵みつけたよー」
「まだ殻がピンク色じゃないか。これだけ新鮮なものなら、マヨネーズが作れるぞ」
「ミントそれ、大好きです!」
「炊きたての水麦に、マヨネーズと黒たまりの煮汁をかけても美味しいよね!」
「唐揚げにかけるのも好きなのです」
俺の従人たちは、立派なマヨラーに成長中のご様子。コッコ鳥の卵はニワトリと比べて二回りくらい大きいから、一個でもそこそこの量を作ることが出来る。帰ったら撹拌魔法を駆使して、サクッと終わらせてしまおう。
「そろそろいい時間だし、お昼にするか」
「さっきボクが入っていった方向の奥に、少し開けた場所があるみたいだよ」
「水の音がするのです」
シトラスの案内で奥へ進むと、岩の隙間からチョロチョロと水の湧き出ている場所があった。木もまばらで日差しが届く良い場所だ。
そこにレジャーシートを広げ、コップを三つ並べる。袋から板チョコ状の破片をいくつか入れ、魔法で加熱したお湯を注ぐと辺りにいい匂いが漂う。
「今日はおにぎりと、野菜のポタージュスープだ。具は甘辛く煮た肉と、チーズ入りの焼きおにぎり。それから塩漬けにした野菜を混ぜ込んだ三種類ある。好きなものから食べていいぞ」
「ボクお肉が入ったやつ」
「ミントはお野菜のにするです」
それなら俺は、まず焼きおにぎりからにするか。表面に焦げ目のついた三角おにぎりを噛んだ瞬間、焼けた醤油の香ばしさが口いっぱいに広がる。そして中に入っているチーズのコクは、醤油との相性もバッチリだ。
「乾燥してパサパサになった板が、お湯をかけるだけで美味しいスープになるのは、とても不思議なのです」
「〝ふりーずどらい〟とか言ってたっけ? 本当にキミは妙なことばかり知ってるよね」
「凍結と減圧の二つは、どちらも生活魔法に存在する。それを組み合わせた時に、昇華という現象が起きることさえ知っていれば、工夫次第で再現可能だぞ」
厚みがあると水分を抜くのに時間がかかるし、瞬間冷凍や真空に近い減圧は魔力をバカ食いしてしまう。そのため薄く伸ばせる料理でないと難しい。今のところ具の細かいスープしか作れないのが、少し残念ではある。それでもこの技術は旅の必需品だからな。かなり試行錯誤して完成させた。
「タクト様の生活魔法は、本当にすごいのです」
「食べることに関しては、ほんとに妥協しないね、キミは」
「うまいものが食えていれば、大抵の不満は消えてしまうからな。それにこうやって色々工夫するのは楽しいんだ」
着るものと住む場所は我慢できても、食べることは難しい。なにせ食わないと死んでしまう。そこを充実させれば、従人たちも気持ちよく働けるってものだ。
食事の間中シトラスのしっぽは揺れ続け、口を動かすたびミントのうさ耳がピコピコ跳ねる。こんなに素晴らしい光景を見られるのであれば、俺はどんな困難にも立ち向かってみせるからな。
「少し食休みをしたら、軽く探索して帰るか。今日は魔獣の肉も手に入ったから、作ってみたいものがある」
「それは楽しみだね。ならキミのレベルが上がるように頑張ってあげるよ」
「あの、タクト様。ちょっと気になることがあるのです」
「近くに魔物でもいるのか?」
「いえ、そうではなく。さっきから水が出すものとは違う音が、ずっとしてるですよ」
最初は水が落ちる音だと思っていたが、よく聞くとそれよりもっと重い感じがするらしい。不規則に鳴り響いてるものの、移動してくる様子がないので黙っていたとのこと。
「それは調べてみる必要がありそうだな。少し心当たりもあるし、音の出る方へ行ってみよう」
俺たちはミントの耳を頼りに、音の発生源を目指す。もしアイツがそこに居たらラッキーだ。なにせ早いもの勝ちだからな。
森の奥で待ち構えているものとは?
次回をお楽しみに!