0256話 妹背
ギャアギャアとうるさいので、六人の才人は眠らせておく。ボリジとチャービルのやつ、驚いた顔しやがって。生活魔法でもこれくらいの事はできるんだよ。
「さて、お前たちには二つの選択肢がある。こいつらと冒険者ギルドに行って処分を待つか、ここで開放されてレベル上げをやり直すかだ」
「こんな場所で開放されても……生きて森から出られない」
「その点は心配しなくてもいい。森の外までは俺の従人が護衛する」
「無礼を承知でお伺いしますが、愛玩用の従人にそんなことできるのですか?」
「外見で判断するのは感心しないな。ここにいる全員、キングオーガをソロで倒せるぞ」
「「「「「・・・・・」」」」」
まあ、そんな反応になるわな。実際見てもらうのが早いってことで、ミントの索敵が捉えた獲物にシトラスを向かわせる。程なくして、大きな角が生えた魔獣を片手で持ち上げ、意気揚々と帰ってきた。
「おーい、ブラックディアがいたよ。このお肉、脂身が少なくて美味しいんだよね」
「とまあ、これくらいの能力はある。森の外にはロブスター商会の職員が待機しているから、そのまま保護を求めることも可能だ。改めて聞くが、どうする?」
「レベルがリセットされてもいい、今の生活から抜け出したい」
「どんな上人と契約しても、この人たちよりマシだと思う」
「野草や腐りかけた木の実で飢えを凌ぐ生活、もうたくさんだ」
「ロブスター商会は従人の待遇が、世界一良いと聞いたことがある。そこが保護してくれるなら、レベルなんてどうでもいい」
「俺も!」
「俺もだ!!」
全員が開放を望んだので、その場で契約解除してしまう。これで主人から離れるな、なんて制約があっても大丈夫。シトラスとユーカリ、そしてジャスミンの三人を護衛に付け、あらかじめ決めていた待ち合わせ場所へ。
さて、残るはこっちだな。
「平気か? ニーム」
「……兄さん」
切なげな表情で見上げてきたニームを、そっと抱きしめる。俺ですらドン引きしたくらいだから、ニームにとって覚悟していた以上の現実だったのだろう。
「私って一体なんだったのでしょうね。家のために役に立つかたたないか、ニームという存在の価値って、それだけなんですか? 教えて下さい、兄さん」
「俺にとってニームは、安心して背中を任せられる相棒で、どんな犠牲を払ってでも守りたい存在だ。自分の価値なんて考えなくていい。お前を必要としている者がいる、それで十分じゃないか」
「そうです、ニーム様。あなたは私の全てです。代わりなんてどこにも居ません」
「あたしもニーム様のいない世界なんてイヤ」
本当にサーロイン家は度し難い。実の妹を調教するだの、好きに使わせて売り飛ばすだの、人の考えつくような所業とは思えん。下劣な因子をこれ以上増やさないため、この代で滅亡してもらうしかないな。末っ子のディルにも監視をつけ、不穏な動きをしないよう見張っておかねば……
「ずっとニーム・コーサカでも構わないですか?」
「そんなの聞くまでもない。ニームは大切な妹なんだぞ。この先どんな事あっても、俺とお前は家族だ。安心してワカイネトコの屋敷で暮らせ」
「あのままサーロイン家にいたら、人生に悲観して自ら命を絶ってたかもしれません。本当に兄さんがいてくれて良かったです。絶対にこの手を離さないでくださいね、約束ですよ」
「ああ、約束だ」
抱きしめていた体を離し、向かい合わせで両手を繋ぐ。そこへステビアとローリエも、自分の手を重ねてきた。笑みを浮かべた姿を見る限り、ニームはもう大丈夫だろう。何かあって同じ屋敷に俺がいるし、ステビアとローリエは常に一緒だ。結果的に家族の絆が深まったってことで、これ以上の後悔や自責は終わりにせねば。
◇◆◇
落ち着きを取り戻したニームと今後のことを話していたら、シトラスたちが戻ってきた。胸に飛び込んできたジャスミンの羽根をモフり、シトラスとユーカリの頭を撫でる。
「特に問題はなかったか?」
「うん、みんな大人しく付いてきたよ。途中で狩ってきた魔獣やアイテムは、ボクのマジックバッグに入れてるから、後で渡すね」
「皆さんとても驚いておられましたが、口外はしないと約束してくださいました」
「戦闘経験のある従人が多かったから、商会の人も喜んでたわ」
馬車の近くにいた従人を含め、全員がロブスター商会の誘いに乗ったとのこと。ゴナンクにある本店は、警備員の派遣もやってるからな。即戦力になる人材は貴重なんだろう。
「……撤収、する?」
「ボリジ様やチャービル様たちは、どうされるです?」
「ここに放置していければ良いんだがな……」
「同じ空気を吸っているってだけで、嫌な気分になりますからね。元身内とはいえ、顔も見たくないし、近づきたくもありません」
「さすがに我も、こやつらを乗せて飛ぶのは勘弁してもらいたい」
「キュイッ! キュキュイッ!!」
「俵にでも詰めて引きずっていくか?」
「兄さんの魔力を使わせてくれるなら、俵をひもで縛って浮かせながら運べますよ」
「よし、それでいこう」
一人づつ俵に押し込み、一塊にして紐で結ぶ。物体操作魔法は集中力がいるし、他人の魔力を使うときは接触していないとダメ。ということで、俺はニームをおんぶして歩くことに。森でこうしてやるのは、今回で二度目だな。やたら機嫌がいいし、好きに甘えさせてやろう。
「んー。やっぱり兄さんの魔力は、すごく体に馴染みます」
「俺とスイ、なにが違うんだ?」
「スイの魔力は気を抜くと暴れ出すんですよ。でも兄さんの魔力は素直というか、とても優しい感じがします」
「やはり相性の良い兄妹だということであろう」
「まあニームと相性が良いというのは、正直いって嬉しいぞ」
「これはユズさんから聞いた、デレ期というやつですね。とうとう兄さんにも来てしまいましたか」
俺の知らないところで、余計なことばかり教えやがって!
うちの家族がどんどんサブカル方面に、明るくなっていくじゃないか……
「なんかさー。キミたちもう本当に結婚したら?」
「ミントも賛成なのです」
「旦那様を超える殿方なんていらっしゃいませんし、ニーム様が幸せになれる一番の近道かもしれませんね」
「……あるじ様、する?」
「ねえタクト。本気で考えてみたら?」
「ニームを俺の籍に入れた時点で、結婚したようなものだろ。婚姻届が必要な世界でもないんだし、あとは互いの受け止め方次第で良いんじゃないか?」
「まあ兄さんの言うとおりですね。私は今のままでも十分ですよ」
俺もニームも誤解を恐れる気持ちは、すっかり消えてしまった。そもそも今の状態だって、事実婚や内縁関係と同じ。ワカイネトコでも、俺たちは夫婦として認識されてるし……
ぶっちゃけ、今さら否定や説明するのも面倒くさいので、放置してるくらいだ。
恋愛感情はさておき、互いを思いやる気持ちや価値観の一致はバッチリ。そして信頼関係はしっかりできているし、性格だって合う。円満な夫婦関係を築くための要素が、すべて揃ってるもんな。否定する事柄が一つもないなら、受け入れたほうが楽ってもの。
頭の片隅でそんな言い訳じみたことを考えながら、聖域を目指して森を進む。やがて山脈の一部が森に侵食している場所へ到着した。
「キュキュキュイ」
「扉を開けて、待っててくれたみたい。そこから入れるって」
「……あるじ様。ここ、なにもない」
「ユーカリの妖術みたいな感じだな」
シナモンの腕が、何の抵抗もなしに岩山へ埋まってしまう。全員でそこへ足を踏み入れると、一気に視界が広がる。
これはすごいな。ハクが住んでいる聖域の木より、遥かにでかいぞ。後ろには広大な湖が広がり、樹頭が見えないほど高く枝葉を伸ばした霊木の、威風堂々たる姿は圧巻だ。これは世界樹とでも呼んだほうがいいかもしれん。
その根本に立ってるのはヘラジカか?
平たくて大きなツノが格好いい!
「クォーン」
「あら。この子の声って、すごく明瞭だわ。人が話しているのと変わらない感じで、私に伝わってくるの」
「それだけ大きな力を持った霊獣ってことなんだろう。とりあえずみんなで挨拶に行くぞ」
ニームを背中からおろし、俵の塊も入口に放置。こんな連中をつれて行くと、聖域の内部が穢れてしまう。
「グルルルーン」
「歓迎してくれて嬉しいよ。向こうに置いてきた不純物はすぐ持ち出すから、しばらく我慢して欲しい」
「クォグォッ、グー!」
「森を荒らし回ってた連中だから、すごく迷惑してたみたいね。もう二度と森に入ってほしくないって」
俺に頭をこすり付けながら、ヘラジカの霊獣が訴えてくる。ボリジたちのことは絶対に許さないと決めたものの、具体的にどうするかはまだ未定だ。ニームにあんな思いをさせた以上、単に苦しめるだけじゃ生ぬるい。二度と刃向かおうなんて思えないほどの、トラウマを与えてやれるとよいのだが……
「グルックオッ」
「タクトが身につけた新しい力があるでしょ?」
「レベル百二十で覚えた参照だな」
「それを上人に適用すると、面白い効果が現れるそうよ」
やっぱり霊獣としての格が違うな。ギフトの詳細まで把握しているとは。しかも俺の魔力を媒介して、思考まで読んできた。
まったく使い所の不明な力だったが、その効果は面白いじゃないか。霊獣も手伝ってくれるみたいだし、六人まとめてかけてやろう。ワカイネトコに着いてからが楽しみだ。
冒険者ギルドへ向かう主人公たち。
そこに現れたのは……
次回「0257話 外交特権」をお楽しみに。




