0253話 家族会議
学園へ使いを出し、ニームには研究室の活動を見合わせてもらう。定期的に素材を持ち込んだりしているものの、最近はコーサカ研究室のほうが疎かになってるな。ローズマリーが頑張ってるんだし、そっちもちゃんと見てやらねば……
心の片隅で謝罪したあと、リコリスをあやしながら、冒険者ギルドで聞いた現状を話す。
「ボリジ様が当主になられたからには、遅かれ早かれ問題をおこすと思っていましたが、そこまで深刻な事態になっていたとは……」
「執務室でフェンネル様に聞かせていただいたご懸念が、当たってしまいましたね」
頭を抱えてしまったフェンネルに、カルダモンがそっと寄り添う。わかるぞ、その気持。俺もつい最近、同じようなタイプに出会ったばかりだ。そっちはカラミンサ婆さんのお陰で、かなり更生が進んでいる。口でクソたれる前と後に、サーとつけるような調教結果になっているが。
「兄さんとしては、どうしたいんですか?」
「冒険者ギルドとスタイーン国の全面衝突は避けたい。いくら才人たちが頑張ったところで、こっちは世界的な組織だ。結果は見えている」
「子供でもわかりそうなことに、どうして気づかないんでしょうね」
「エゴマの教育が悪かった、それに尽きるだろう。十六家入りにこだわりすぎてるんだよ、今のサーロイン家は。ダエモン教に目をつけられ、その夢が遠のいたことで、自暴自棄になったとしか思えん」
「その傾向が顕著になったのは、エゴマ様の父上がご当主になられた頃からですね。プロシュット家との関係が悪化したのも、ちょうどその時期です」
「ギフトの価値観を巡るトラブルだと聞いていたが、カラミンサ婆さんとの縁談がご破算になって、プロシュット家を逆恨みしたのかもしれないな」
「その可能性は高いかと」
シャトーブリアン家とプロシュット家の関係は良好だ。カラミンサ婆さんが失踪したとき、プロシュットが裏で糸を引いていたと勘ぐられても仕方ない。サーロイン家の当主だった祖父さんにとってみれば、かなりの屈辱だったはず。そこで家の格を上げるべく、十六家入りに執念を燃やし始めた。そう考えると辻褄が合う。
「どこの世界でも色恋沙汰は厄介っすね」
「この問題、もう兄さんが解決するしか無いじゃないですか……」
「厄介事をこれ以上増やさないためにも、一度サーロイン家としっかり向き合うべきだな。ローズマリーをはじめとして、マノイワート学園にもスタイーン国の出身者は多い。こんなくだらないことで将来の夢を絶たれたら、目も当てられん」
「一つ質問いいっすか?」
「なんだ?」
「そのボリジとかいう人の凶行、どうして自国の才人が止めないんっす?」
「あー、そのことか。スタイーン国で才人同士の諍いは、タブー視されてるんだよ。子どもの喧嘩でも、家のメンツをかけた抗争に発展したりするからな。そして各派閥を巻き込んで、国家の分断を招く。お互い牽制し合ってるせいで、身動きが取れなくなってるんだ」
スクティタク学園で、チャービルが他家の令息に怪我を負わせた件も、すでに一触即発の事態まで発展している。二家を除いた十四家が黙認、あるいは了承に回ったのも、その影響が大きい。
「貴族社会みたいな感じなんすね」
「だから立場上の身分が冒険者である俺に、介入してもらえると助かるってことで、今回の依頼が回ってきた」
「タクトさん、危なくない?」
「問答無用で無力化するだけなら、実は簡単だったりする。ユーカリの威圧術で行動不能にしたり、シナモンの投擲術や俺の拳銃で、出会い頭に倒してしまえば終了だ。ミントに索敵してもらえば、必ず先手を取れるからな」
心配そうに覗き込んできた、クミンの頭に手を置く。大切な家族を悲しませる結果だけは、絶対に避けなければならん。安全対策はできるだけ取ろう。
「ところで兄さん。いい雰囲気のところ水を差すようで申し訳ないですが、その言い方だと一筋縄ではいかないのですよね?」
「いくら相手に非があっても、大義名分が必要でな。絶対にこちらから仕掛けないこと。そして身分開示と通告を読み上げる必要がある。ベチパーさんは、この時点で襲われた」
「相手が先に手を出したのなら、正当防衛が成り立ちますよね。流星ランクの冒険者が簡単に遅れを取るとは思えないのですが」
「ボリジたちは徒党を組んで暴れまわっている。死角から不意打ちとか、卑怯な手段で襲ったんだろう。取り巻きたちだって腐っても才人だ。属性魔法に関するギフトは、かなり強力だからな」
「それなら私も行きます。魔力の流れさえ視ておけば、そうした真似は防げますから。それに魔眼で封殺することだって出来ますので」
「ニームに来てもらうのはとても心強いが、きっと嫌な思いをするぞ」
「私はすでに身も心もニーム・コーサカなんですからね。兄さん同様、サーロイン家との因縁は絶っておきたいんです。それに兄さんは一人で抱えすぎじゃないですか。もう少し私にも背負わせてください」
「ありがとう、ニーム。お前と新しい家族を作ることができて、本当に良かった」
隣のソファーに座っているニームを軽く抱き寄せ、紅赤の髪をそっと撫でる。変な目で俺たちを見るなよ。まったくユズの奴め、禁断の関係とか妄想してるに違いない。
「あの……タクト様。冒険者ギルドからペナルティーを受けた場合、サーロイン家はどうなるのでしょうか」
「アルカネットはあの家で長く働いていたもんな。残された同僚のことが気になるんだろ?」
「移籍の誘いに乗らなかったのは、判断を誤った彼女たちの責任です。しかし、もし野良にでもなってしまう事があれば、あまりにも不憫で……」
「スタイーン国の動きを見る限り、サーロイン家を切り捨てて事態の沈静化を図ろうとしている。そして主犯格のボリジはもちろん、その取り巻きたちも冒険者ギルドへ引き渡す。当主を失ったサーロイン家は、そう長く保たないだろう。従人たちのことはロブスター商会に保護を頼んでみるよ」
「ありがとうございます、タクト様」
とはいえ、現時点でも財務関係はボロボロだろう。使用人の管理すら、まともにできていないのは確実だ。果たしてその時までに、何人くらい残っているのやら……
「サーロイン家の元執事長として、私の方からもお伺いしたいことがあります。ディル様のことは、どうされるおつもりですか?」
「従人嫌いのディルと母親は、この屋敷に絶対呼べないから、スタイーン国に丸投げする。確か身内を亡くした未成年や、学園に在籍している才人を保護するための、基金があったよな。サーロイン家も積立金を支払ってただろ?」
「少なくとも私がいた頃には、毎月納付しておりました」
「もし滞納していたら、こっちで肩代わりしてやろう。それがあれば、野垂れ死ぬことはなくなるはずだ。チャービルが更生して無事に卒業できるか、ディルが成人になった時、家の再興ができるかもしれない」
隠居したエゴマや、その妻たちのことまでは面倒見きれん。全員いい歳なんだから、自分たちでなんとかしろ。最悪土地でも売れば、余生を過ごせるだけの金が手に入るしな。
「家族以外には容赦しない、キミにしては優しいじゃん。そんな手ぬるいやりかたで、構わないのかい? 相手は何人も冒険者を痛めつけてるし、従人も殺害してるんだよ」
「色々と思うところはあるが、冒険者の方は自己責任だ。従人に手をかけた件は、格下の俺に捕縛されるという、最高の屈辱で報いを受けてもらうさ。あとは冒険者ギルドの規定に則って、ペナルティーが与えられる。もし才人の地位を失ったら見ものだぞ。まともな働き口が無くなるからな」
「タクト様、すごく悪い顔をしてるのです」
「わたくしたちに恨みをつのらせ、報復される可能性はないのでしょうか?」
「もしニームやお前たちに手を出すとか、一言でも漏らしてみろ。二度とそんな気をおこせないよう、必ず心をへし折ってやる。コルツフットのようにな」
「……上人の干物、また作る?」
「いっそ最初から乾物にしてしまえば、憂いも無くなるんじゃないかしら」
「これから先、俺の人生に関わってほしくないだけで、サーロイン家に恨みがあるわけじゃないんだよ。無能として誹りを受けたことや、廃嫡されたのは自分の意志だからな。相手から仕掛けてこない限り、過剰な罰を与えようとは思わない」
「それでこそ我の愛する主殿だ。霊獣の主たる者、力の使い所はしっかり見極めねばならぬ」
「キューン」
どんな形で決着がつくかは相手次第。まず間違いなく、ろくな結果にならないと思うが……
ニームやフェンネル、そしてサーロイン家で働いていたアルカネットたちは、結末が予想できているんだろう。その表情から、あきらめムードが漂っている。
まあどう転ぶにせよ、サーロイン家は今のままでいられない。俺はその後のことを考えておかねば。
初めて東部大森林へ足を踏み入れる、主人公と妹ちゃんたち。
そこにはとんでもないお宝たちが……
次回「0254話 東部大森林」をお楽しみに。




