0251話 赤い花
ニコニコ顔のローリエを腕に抱き、四人で公園を目指す。使役主以外の俺と一日過ごすことで、この子の中にとどまり続けている漠然とした不安が、少しでも和らげばいいのだが……
「さっきのお姉さん、元冒険者とか言ってたっすけど、強いんっすか?」
「俺も現役時代は知らないんだが、十二の頃に冒険者登録して、二十歳で五つ星になった凄い人だ。女性三人パーティーの元リーダーで、魔法の腕もさることながら連れている従人も、かなり強いぞ」
「どうして冒険者をやめちゃったの?」
「あー……実は彼女以外のメンバーが結婚して、パーティーは解散になった。そのまま自分も引退して、現役時代に何度も依頼を受けたことがある、タラバ商会に就職したとか言ってたな」
「見た感じローリエちゃんとも仲良くしてたっすけど、自分の従人となんかあったんっすか?」
「ワカイネトコに来てから、少し様子がおかしいらしい。問いただしてみても、何でも無いの一点張りでな。制約で無理やり聞き出したくないからって、俺に相談してきたんだ」
「それで一緒に運動したり散歩したりして、仲良くなろう作戦なんだね」
「うまくいくと良いんだけどな」
「タクト様が考えたんだもん、絶対に大丈夫だよ」
「キュッ!」
冒険者が使役していたということもあり、問題の従人は男だ。同性のほうが話しやすいってことが、あるかもしれん。その時は俺が話を聞いてやろう。
「どんどん賑やかになってきたっすね」
「このあたりは、いわゆる下町商店街だ。色々なものが売ってて面白いぞ」
「学園の生徒さんたちも、よく買い物に来てるよ」
俺たちが昼食を買った場所は、大手商会の出店が多い。対してこちらは、ほとんどが個人商店になる。俺としては、こういう雑多な雰囲気のほうが好きだ。
「おっ、ローリエちゃん。今日もメイド服が似合ってるな」
「こんにちはー」
「また珍しい組み合わせじゃないか。白い方はどうしたんだ?」
「ステビアお姉ちゃんは、ニーム様と一緒に学園へ行ってますよ。あたしは今日、お休みをもらえたので、タクト様やユズ様と一緒に、公園へ行くとこなんです」
「へー、別行動だったのか。今度は白い方にもメイド服を着るように、言っておいてくれよ!」
「はーい」
そう言い残し、メイド服好きのおっさんは人混みに消えていく。ステビアは家でしかメイド服を着ないぞ。スカートだと護衛任務に支障が出るからな。メイド服を着た暗殺者とか、スカートの奥から重火器を出すのは、世界線が違いすぎるし……
残念だが諦めろ。
「おや? 買い物かい、コーサカさん」
「今日は散歩だ。いまから公園へ行こうと思ってる」
「一緒なのはローリエちゃんだけなんだね。今度はメイドさん全員連れてきなよ。あの子たちが来ると、ここら一帯が華やかになるからさ」
「屋敷の仕事があるから全員は難しいが、今度は何人か連れてくるよ」
「楽しみにしてるからねー」
そんな約束をして、雑貨屋の前を離れる。その後もあちこちから声をかけられた。話題のほとんどは、屋敷で働くメイドたちだ。こんなに認知度が高かったとは……
「メイドさんって、どの世界でも人気なんっすね」
「俺もここまでとは知らなかった。シトラスたちのメイド服は、まだ完成してないんでな」
「いつ出来上がるの?」
「セーラー服の方を優先してもらったから、もうしばらく掛かる」
「っていうか、みんなメイドって言ってたっすけど、こっちにもその言葉ってあったんっすか?」
「いや、普通は使用人と呼ばれてるぞ。うちはオリジナルデザインの服を着せてるから、特別感を出すためにメイドと呼ばせてるんだ」
「可愛い服を着てるねって言われたら、メイド服ですって答えてるんだよ。どこの使用人か聞かれたときは、コーサカ家のメイドですって言ってるし」
どうやらアルカネットたちも、同様の返答をしてるらしい。それでメイドという言葉が広まったわけか。デザイン違いのものを作って、一般販売したほうが良いかもしれないな。今度ボジョレー衣料品店へ相談に行こう。
◇◆◇
公園に到着したが、空いてる場所は……と。屋根のある場所は人が多いし、中央にある少し盛り上がった区画へ行くか。あそこなら公園全体を見渡せる。
「向こうの方に見える、おっきな柱はなんっすか?」
「あれは昔の職人たちが腕を磨くため、どれだけ高い柱を建築できるか競っていた時代の、名残らしい」
「この街で一番高い建物は、真ん中にある柱なんだって。シナモンちゃんが、よく登ってるよ」
「へー、自分も登ってみたいっす」
「今度はシトラスたちと一緒に来るか。お姫様抱っこで頂上に連れて行ってくれるぞ」
少女漫画のワンシーンでも思い浮かべていそうなユズを横目に、昼食の準備を開始。レジャーシートを広げ、テーブル代わりの箱を置く。
さて、ここからが知識チートの真骨頂。クラフトコーラを魔法でキンキンに冷やし、高圧の二酸化炭素で包みこみ撹拌。十分に炭酸ガスが溶け込めば完成だ。
「うわっ! 一気にコーラっぽくなったっす」
「泡がプクプク出てるけど、大丈夫なの?」
「そういえばローリエの前で炭酸水を作るのは初めてだったな。甘みの強い飲み物は、こうやると美味しくなるんだ」
「あの……ちょっとだけ飲んでみていい?」
「構わないぞ。遠慮なく飲め」
自分のコップをローリエに差し出すと、おっかなびっくり口をつける。そして次の瞬間、しっぽがピーンと立ち上がった。初めての刺激に、驚いたってところか。そう言えば、シナモンも同じ反応をしたっけ。
「お口の中がパチパチする!」
「どうだ、面白いだろ」
「今度はあたしも、こっちの飲み物にしてみるね」
「ニームも同じことが出来るようになったから、頼んでみるといい」
「魔法で炭酸水を作るとか、反則すぎっすよ」
「重曹とクエン酸で作る方法もあるが、重曹には塩分が含まれてるからな。健康面への影響を考えれば、魔法で作るのが合理的だ」
ニームによると、ユズも魔力の質が異なるらしい。魔法がない世界の住人だし、魔力やマナとはまったく異なる力かもしれん。支配値も十六だったから、本人はとても残念がっていたが……
それはともかく炭酸が抜けてしまう前に、食事を始めよう。チーズバーガーとポテトをユズに渡し、カレーパンと果実水、そしてクレープをローリエの前に並べる。
「ハンバーガーの包装紙もそうっすけど、ここって紙が結構豊富なんっすね」
「湿地に原料が自生してるんだ。木材パルプより簡単に繊維が取り出せるし、漂白しなくても大丈夫なおかげで、安価に出回っている」
「パピルスや羊皮紙が見られなくて残念っす」
そんな部分にファンタジー性を求めるなよ。色々と遅れている部分こそあれ、割と暮らしやすい世界なんだぞ。なにせ俺たちは聖域わたりや、飛行という移動手段を持ってるからな。
そんな話をしつつベーコン青菜バーガーを一口。ベーコンはカリカリで、野菜もシャキシャキ。少し酸味のある特製ソースも、いい塩梅だ。さすが食材に強いタラバ商会だけあり、俺の試作品より旨くなってる。
唐揚げとポテトを交換したり、ローリエにお裾分けもしつつ、昼食を楽しむ。
「はい、タクト様。さっきのお礼にクレープをどうぞ」
「ああ、ありがとう。一口だけもらうよ」
「ユズ様もよかったらどうぞ」
「いいんっすか? じゃあ自分も一口だけ」
ジャンクフードのあとに、甘いデザートは最高すぎる。俺もなにか頼めばよかった。そんな事を考えていたら、自分たちへ向けられている視線に気づく。愛玩用でもない幼い従人に高価なカレーパンを与えたり、食事を分け合っている姿が珍しいんだろう。興味深そうにこちらを見ている連中が多い。
まあ、わざと見せつけてる部分もあるしな。こうやって少しずつ、世界に影響を与えてやるぜ!
「クルルルルルッ!」
コハクがなにかに反応した瞬間、俺は臨戦態勢を取る。これは警告の鳴き声だ。周囲に視線を飛ばすと、若い男の姿が目に留まった。刃物を振り回しながら公園へ入ってきたぞ。周囲に殺気を撒き散らしてるから、コハクが反応したのか。
「どいつもこいつも、俺のことをバカにしやがって! この力を見ろ、俺は世界最強なんだぞ」
――ゴウッ
「キャー!」
「ひっ、ひぃぃぃ」
男がナイフで植木を刈り取ると、そこから派手に燃え上がる。魔法にしては発動がおかしい。ナイフが当たった部分しか燃えてないぞ。あれだけ器用な魔法制御をしようとすれば、それこそ魔導士クラスのギフトが必要だ。学園でも見たことのない顔だし、持ってるナイフが古代遺物クラスの魔剣かもしれん。一体どこで手に入れたのやら……
「お前ら! こいつを殺されたくなかったら、ギルドの生意気な女を連れてこい」
「いっ……いや! 誰か助けて」
あのクソバカ、女従人を人質にしやがった。よし、お仕置き決定!
「五つ星の義務もあるし、ちょっとあの狂人を止めてくる。ローリエはユズを守ってくれ。出来るな?」
「うん、絶対に守る。だからタクト様も気をつけてね」
「平気なんっすか?」
「俺にはスイとコハクの加護があるからな。心配無用だ」
「キュイッ!」
「なにせ従人が人質になってるんだぞ。この俺が黙って見てられると思うか?」
「うわっ……タクトさんの顔、むっちゃ怖いっす」
昼時ってことで、証人は腐るほどいる。ちょっとやりすぎても、問題ない。それに、どこかの正義マンが首を突っ込むより、俺の力で鎮圧するほうが被害も減るはず。
マジックバッグに手を当て、ストライクフェイスの付いた銃に、フランジブル弾を装填しておく。従人を盾にするようなロクデナシは、この世界に不要な存在。だから俺的には、問答無用でとどめを刺してやりたい。とはいえ公衆の面前だし、流血騒ぎは避けておこう。感謝しろよ。
「おい、そこのお前。ナイフ一本でなにが出来る。バカなことはやめておけ」
「うるせえ! さっきからずっとこっちを見てただろ。これを持った俺は無敵なんだぜ」
「珍しいとは思うが、ただの効果付きナイフだろ? その程度はなんの脅威にもならんぞ。証明してやるから、そこの人質でなく俺に試してみるといい」
「けっ、大勢の前だからってカッコつけやがって! 望み通りやってやるぜ、後悔すんなよ。オラァーッ!!」
両手を上げて無防備な姿を見せると、人質の女従人を突き飛ばし、男が俺に向かって突進してくる。あっさり挑発に乗るなんて、雑魚すぎるぞ、お前。
ナイフが突き刺さろうという瞬間、見えない壁が行く手を阻む。接触のトリガーで発動した炎も、俺の体には届かない。熱も無効化してしまうとか、二人の加護は凄いな。
「ざまぁみやがれ! 一緒にいた女は慰み者にして、メス従人の方は魔獣の餌にでもしてやるから、安心して逝きな」
「あぁん? おいこら、もう一度言ってみろ。誰をどうするって?」
「へっ、だからよー。女は慰み……って、あれだけ燃えたのに、どうして平気な顔してる!」
「俺の家族に手を出そうとしたんだ、そっちこそ死ぬ覚悟はできてるな?」
背中に挿していた銃を引き抜き、男の額に突きつける。取り押さえるだけでも良いかと思ったが、もう許さん。これでも食らって反省しやがれ。
――パァーン
ゼロ距離でフランジブル弾が命中し、男の額に赤い花が咲く。成敗完了、悪は滅んだ。
「この人、死んじゃったの?」
「死んだほうがマシってくらい痛いが、殺してはいないぞ」
「痛みなんか感じる暇もなく、気絶してたっすね」
「それはちょっと失敗したかなと思ってる。ついカッとなって、発砲してしまったからな。もう少し苦痛を与えても良かったが、今さら後悔しても仕方ない。警備兵が来たし、事後処理は任せよう」
俺が流星ランクの冒険者というのは警備兵たちも知っているから、簡単な事情聴取だけで開放された。楽しいランチタイムを邪魔しやがって。クソ迷惑な奴め。
俺を刺した場面は、大勢の人に見られている。間違いなくダエモン教からも連絡が行く。そのまま強制労働の刑罰でも喰らうがいい。二度と出てくるなよ!
今回の件で冒険者ギルドへ呼び出される主人公。
支部長直々に話があるという……
次回「0252話 冒険者ギルドからの呼び出し」をお楽しみに。