0250話 タラバ商会ワカイネトコ支店
2025年もよろしくお願いします。
あちこち寄り道しつつ、目的の場所に到着。タラバ商会の紋章がついた暖簾をくぐり店内へ。お昼前ということもあり、それほど客は多くない。しかし近隣の店舗に比べれば活気がある。
「雑貨や食料品、あっちは軽食と飲み物っすか。イートインコーナーもあるし、コンビニみたいっすね」
「実はこういう形態の店が少なくてな。一号店ってことで、新しいことを始めてみたんだ」
「あっ! ドライヤーが売り切れてるよ、タクト様。補充しなくていいの?」
「ああ、それはな……」
店の隅に行き、予約販売になっていることを話す。そうせざるを得ないほど、客が殺到してしまったのだ。今のところ店頭に並べているのは、予約キャンセル分や余剰在庫のみ。それも開店と同時に、売り切れてしまう。これだけ人気があれば、セイボリーさんも笑いが止まらないはず。
「知識チートとかタクトさんらしいっす」
「俺は商品化のアイデアを出しただけで、技術特許を持ってるのはアインパエ帝国の皇族だぞ」
「ペッパー様が発明したんだよね」
「新しい魔道具開発の研究資金が手に入って、あいつも喜んでたよ」
「この間の集まりは直接見てないっすけど、やっぱりタクトさんの人脈っておかしいっす」
「あのときのフェンネル様、すごい顔してたよ」
軽く雑談しながら店内をグルリと見て回る。ニーズに合わせて入れ替えてるんだろう、開店当初よりタウポートン産の商品が増えてるぞ。
「おっ! 魚の干物まであるじゃないか。こんなのを見ると、みりん干しを作りたくなるな」
「ギフトの力で工程がかなり短縮できるっすから、もうちょっとだけ待って欲しいっす」
「いつまででも待つから、納得できるものを作ってくれ」
「発酵や熟成、しかも蒸留まで出来るとか、ギフトってマジチートっすね」
「ギフトは神技の劣化版とか言われてるからな。それくらい出来てもらわないと困る」
とはいえビンに詰めた米が、一瞬で酒に変わったりはしない。酒母を数回に分けて醪にする段仕込みや、味を整えるために寝かせる工程は省けないとのこと。そのあたりは専門家のユズに任せよう。俺の役目は作業に集中できる、専用の蔵を建てることだ。
「レベルを上げるとギフトも成長する。この先、一緒に森へ入ることもあるから、体力もつけておいてくれ」
「うっ……運動は苦手っすけど、頑張るっす」
「もうじき海水浴に連れて行ってもらえるし、一緒に泳いで体力つけましょうね、ユズ様」
「キュイッ!」
さて、混みだす前に昼食を買っておくか。
軽食コーナーの方を覗いてみると、こちらへ向かって小さく手を振る、若い女性の姿が見える。この時間帯って、店長はシフトに入ってたっけ?
俺の姿を見た店員に、呼び出されたのかもしれん。まあ話しやすい人だから、対応してもらえるのはありがたい。
「この時間にオーナーが来るなんて、今日はどうしたの?」
「今日は客として来たんだ。うちで働くことになった職人に、街を案内しようと思ってな」
「どうも、初めましてっす。ここ凄いっすね。カレーパンにハンバーガー、焼きそばやアメリカンドッグもあるっすよ」
「この店は鉄板とフライヤーだけで、調理可能な料理を売ってるの。冒険者や街の住民だけでなく、学園生にも人気なのよ。ちなみに、このメニューを考えたのは、そこにいるオーナーね」
「一部はマノイワート学園でも提供してるんだが、噂を聞いた住民たちから学食を利用できないかと、ものすごい数の問い合わせがあったんだ。色々協議した結果、ここにタラバ商会の支店を出すことになって、やっと開店にこぎつけた」
「本店のあるマッセリカウモ国は緩いんだけど、ヨロズヤーオ国は出店審査がすごく厳しいの。でもほら、この人ってやたら顔が広いでしょ。学園との取引実績も出来たし、タラバ商会も晴れて出店許可が下りたってわけ」
「今日はここで昼飯を買って公園へ行こう。好きなものを選ぶといい」
米が中心の我が家では、あまりパンを食べないからな。たまにはファストフードなんかも良いだろう。
「自分はチーズバーガーとポテトのセットにするっす。飲み物は、えーっと……クラフトコーラで」
「俺はベーコン青菜バーガーと唐揚げのセットを頼む。飲み物はユズと同じ、クラフトコーラにするよ。ローリエはどうする?」
「んーと、あたしは甘口のカレーパンにする」
「それだけでいいのか? 今日はローリエの頼みをなんでも聞く日だから、デザートや飲み物も好きなだけ頼めよ」
「……いいの?」
本当にローリエは、わがままを言わない子だ。ニームに対しても、ちょっと遠慮してるようなところが、あるんだよな……
頭を撫でながらネコ耳をモフってやると、嬉しそうな顔でしがみついてくる。
「あの……じゃあ、フルーツのクレープもお願いします。飲み物は果実水を」
「はーい、ちょっと待っててね」
できたてを包んでくれると言うので、店内で少し待つことに。顔をグリグリ擦り付けやがって。クレープが買えたこと、そんなに嬉しかったのか? まったく、シナモンに負けず劣らずうい奴め!
「タクトさんって、誰の従人とも仲良くなれるっすよね」
「さっきから気になってたんだけど、いつも連れてる子はどうしたの? この子って妹さんの従人でしょ」
「はい。あたしはニーム様と契約してますよ」
「ここ最近ずっと俺の頼み事に手を貸してもらっててな。その特別報酬で、この子のやりたいことに付き合ってる。だからコハク以外はみんな留守番だ」
「キュッ!」
「私は元冒険者だから、従人の貸し借りってやらないんだけど、それってあまり普通じゃないよね?」
「まあ自分の従人を放置して、他人が使役している従人と出かけたり、ましてや優遇したりすると、双方の関係に亀裂が入ったりするな」
自分は必要とされてないのではないか、従人にはそんな疑念が生まれる。いくら制約で縛れるとはいえ、チリも積もればなんとやら。やがて修復不能な溝になってしまう。
ちょっとした不和が生死に直結する冒険者の場合、従人の貸し借りは結果的に不幸を生む。それを原因とした死亡事故が、過去に何度もあったからな。
「タクト様とニーム様は仲良しだから、平気だよね?」
「コーサカ家でその心配は無用だ。フェンネルが使役してるサントリナも、俺と一緒にいる時間のほうが長いだろ?」
「ラベンダーちゃんもタクトさんに、子供を預けに来るっすからね」
「今日はこのままタクト様と一緒にいていいの?」
「従人の貸し借りで、使役主同士の関係がギクシャクしないか、不安に思う気持ちはわかる。だが俺の屋敷にいる者は全員が家族だ。それぞれが支え合いながら生活している環境で、不和が発生したりしない」
じっと見上げてきたローリエの前にしゃがみ、目線を合わせながら頭を撫で回す。この子は無理やり使役契約させられた挙げ句、その直後に契約主が死亡。半ばなし崩し的に、ニームと再契約した。そうした負い目を持っているせいで、不安になってしまったんだろう。
そのまま抱き上げてやったら、ギュッとしがみついてくる。
「あー、不安にさせちゃってごめんね。これはお姉さんからのお詫び、受け取って」
「いいんですか?」
「いつも頑張ってるちっちゃなメイドさんに、食べてもらえると嬉しいな」
「ありがとう!」
「良かったな」
「うんっ! これ、ニーム様やステビアお姉ちゃんと、いっしょに食べる」
パンケーキが入った包みを受け取ったローリエの顔に、満面の笑みが浮かぶ。うんうん、やはり子供は笑顔が一番だ。あとでニームに話をして、追加でフォローしてもらおう。
「会長がやたらオーナーを気に入ってるの、その姿を見てたらわかるよ。あの人が使役してる従人も、親父さんとか呼んで父親みたいに慕ってるし、マトリカリアなんか片時も離れようとしないからね」
「そっちはどうだ。従人との距離は縮まったか?」
「一緒にトレーニングしたり、散歩に出かけたりしてるけど、よく話しかけてくるようになったかな」
「ちゃんと効果が出ているようで何よりだ。その調子で続けてみてくれ」
「私じゃ解決できないことかもしれないけど、気長にやってみるよ」
「俺で力になれることがあれば、頼ってくれてもいいぞ」
「うん、ありがと。注文の品が出来上がったみたいだから、持ってくるね」
どうやら厨房の方にも話が聞こえていたらしい。クレープに入っている果物が、増量されてるじゃないか。さすがにセイボリーさんが送り込んだ人員だけある。相手が従人でもおまけしてくれるなんて、ワカイネトコにぴったりの従業員だ。
ローリエの笑顔に癒やされながら支払いを済ませ、軽く挨拶してから店の外へ。
さあ、公園に行こう。
公園でランチを楽しむ主人公たち。
そこへ闖入者が……
次回「0251話 赤い花」をお楽しみに!




