0025話 ダブルモフモフパワー
ブラッシングの人数が倍になったものの、やはり少々物足りない。その分は寝ながら、うさみみをモフらせてもらおう。なにせピコンと折れ曲がったミントの耳は、伸ばすと三十センチ近くになるからな。しかもそれが二本だ。
「ミントのお耳、ふわふわになったです。こんなの初めてですよ」
「どうだ。くすぐったさに耐えた甲斐があるだろ」
「はいです!」
元気よく返事をしてくれたが、俺の顔を見て頬を染めてしまった。なにか思い出したのか?
「……ですが男の人にお耳を触っていただくのは、とても恥ずかしいのです」
「大丈夫だ、毎日やってればすぐ慣れる。シトラスもそうだったからな」
「慣れたんじゃない、諦めただけだよ。なにを言ってもキミを止めることはできないんだから、仕方なくさ」
その割に最近は自分から、しっぽを差し出してくる気がするぞ?
「あの……先程タクト様が言われていた〝びっと操作〟というお力、ミントにも使っていただけるのですか?」
「もちろんミントのレベルも上げたいから、使わてもらうぞ」
「じゃあ、しばらく狩りはお休みだね」
「その必要はないから安心しろ、シトラス。今夜一晩くっついて寝れば、明日にはビット操作可能になる」
「ちょっと待ってよ。ボクのときは十日くらいかかったじゃないか。キミは自分の魔力を馴染ませるのに、時間が必要だって言ったよね」
「俺が家で暮らしていた間、ミントはずっとビット操作を受け続けてたんだ。まだその影響が残っているから、馴染むのも早い」
「そんなの全然知らなかったのです!?」
専属の下働きということもあって、用事がなくてもずっと近くにいたからな。ギフトの鍛錬で大いに活用させてもらった。そのおかげで上位四ビットを操作できないことや、同じ演算子を複数の人物に使えないことを学んでいる。
「家にいたミントは従人じゃなかったんだ。レベルも上がらないのに言っても無駄だろ。だから黙っていた」
「ミントはタクト様に六年間も、もてあそばれていたのですね」
ミント、言い方。
それに両手をベッドの上について泣き崩れるような姿勢、一体どこで覚えたんだ。まさかこんなにノリがいいやつだったとは。家にいたらミントのこんな姿、一生見られなかっただろう。本当にあんな家、出て正解だった。
「仕方ないよ、ミント。こいつは自分の欲望に忠実なロクデナシなんだ。事故にでもあったと思って諦めるんだね」
「シトラスも言いたい放題だな。ミントに悪い影響を与えるから、程々にしておけ。そもそも俺は、ずっと家を出るつもりで準備していたんだ。だからギフトの詳細を誰かに知られるわけには、いかなかったんだよ」
「どうして家を出ようと思っていたのです?」
「俺が四等級を育てられるなんて知られたら、必ず政治的に利用される。そうなったら俺と契約する従人は、街を統治するための目に見える暴力や、他国を牽制する道具にされるだろう。そんな恐怖政治の象徴や軍事力みたいなくだらん目的に、自分の従人を利用されるのは我慢ならん」
この力は従人を都合よく使うために、あるんじゃない。俺の手が届く範囲にある、小さな幸せを掴むためのものだ。
「地位や名誉になんの価値がある。牛肉みたいな家名など、こっちから願い下げだ。俺はこうやって好きなことをしながら、のんびり楽しく暮らしていければいい。そのためにはモフモフという、生活の潤いは不可欠ッ!! 」
「やっぱり最後で台無しだね」
「こんなにお耳やしっぽがお好きだったなんて、ミント全然知らなかったのです」
まあ家では従人好きがバレないよう、相当気を使っていたからな。いま思うと、ミントにも随分そっけない対応をしていた。その分はこれからの生活で埋めていこう。モフりまくることで!
「言いたいことも言えたし、そろそろ寝るぞ」
「はいはい。キミは本当に自由だね」
「この家では俺が法の支配者だからに決まってる。それとハイは一回にしとけ」
「あの……ミントも一緒に寝ていいのです?」
「当たり前だ、ベッドは一つしかない。お前を床で眠らせるわけにはいかんだろ」
「タクト様とシトラスさんの、お邪魔になりませんですか?」
「ボクとこいつはそんな関係じゃないよ! 無理やり一緒に寝かされてるだけさ」
「まあそういう訳だ。遠慮なく入ってこい」
俺の左にシトラスを寝かせ、右にミントを招き入れる。毎日の入浴でサラサラになったシトラスのオオカミ耳、そして今日のブラッシングでふわふわになったミントのうさ耳。二倍楽しめて大満足だ。気持ちよすぎて永眠してしまいそうになる。ダブルモフモフパワー恐るべし。
「タクト様のおそば、とても落ち着くのです」
「そういえば家にいた頃は、こうしてベタベタくっついて来るやつじゃなかっただろ。それに俺に対する態度も、もっと他人行儀だったはずだ」
「ご迷惑ですか?」
「いや、そんなことはないぞ。むしろこっちのほうが、付き合いやすくていい。ただちょっと気になって、聞いてみただけだ」
逆に召使いみたいな態度を取るようなら、矯正しようと思ってたくらいだしな。そんな息苦しい関係だと、この先長く付き合っていけん。
「ミントには友達がいないのです。ドジでのろまなミントは、他の方からも邪険にされていたです。でもタクト様だけ、ミントを受け入れてくれたですよ」
「まあ俺は本さえ読めればよかったから、変に世話を焼きにこないミントが専属で、ありがたく思っていた」
俺の専属になってから、両親とは別の場所で集団生活をしている。その中でもミントは浮いた存在だった。用事がなくても離れの家にずっといたのは、そこに居づらかったからだろう。
「なんど失敗しても許してくださいましたですし、仕事中に寝てしまっても怒らなかったのです」
「水浸しになった床の後始末や、汚れてしまった洗濯物の処理で、俺の生活魔法は大いに鍛えられたからな」
「……うぅっ」
むしろそのおかげで、今の快適な暮らしができてるんだ。気にするなという気持ちを込め、ミントのうさ耳を優しくモフる。
「そんなこと望んじゃいけないって、わかってたです。だけどミントは、もっとタクト様と仲良くなりたい。二人で笑ったり喜んだり、一緒にご飯を食べたいって思ってたです。でもタクト様が家を出られてしまって、ミントは……ミントはすごく寂しかった……のです」
ミントの目は潤みきって、今にも涙がこぼれそうになっていた。
「ここは家と違って、誰もミントのことを仲間はずれにしたりしない。悪口を言うやつもいないし、意地悪されることもないから安心しろ」
「タクト様、知ってらしたのですか?」
「当たり前だ。お前は俺の専属だったんだぞ」
ミントを虐めていたやつには、バレないようこっそりお仕置きしといたがな。
「ふっ……ふぇぇぇーん。ミントはもうタクト様と離れるのは嫌なのです。ずっとお側に置いて欲しいですよ」
「お前は俺の従人になったんだ。一生かけて俺に尽くせ」
「嬉しいのですタクト様ぁぁぁー!」
泣きながら抱きついてきたミントの頭を撫でていたら、そのまま寝落ちしてしまう。こういうところは、まだまだ子供か。
「キミってミントに対しては優しいところがあるよね」
「シトラスにも優しくしてるつもりなんだが?」
「どの口がそんなことを言うんだい。ボクにはキミに意地悪された記憶しかないよ」
「それは見解の相違というやつに違いない」
心底呆れたという顔をして、シトラスは背中を向けて横になる。その姿勢は俺にしっぽをモフって欲しいサインだな。よかろう、今夜もしっぽを堪能しながら、寝てやろうではないか。
ボリュームのあるしっぽに触ると、一瞬だけ身を固くしたが逃げる気配はない。
これで今夜も安眠間違いなしだ!
これにて第2章が終了となります。
次はいよいよ旅に出ます。
そこでどんな出会いが待ち受けているのか、ご期待ください。
そしてストックも切れたので、次章より投稿ペースが落ちます。
週1回は必ず更新しますので!