0246話 特別なデート
誤字報告ありがとうございました。
メインキャラの名前をタイポするとは、なんたる不覚!
黒のスキニーパンツを履き、白いシャツの上から濃紺のサマージャケットを、ラフに羽織る。軽く髪をセットしたあと、レッドブラウンのデッキシューズに履き替えて出発だ。
デートらしく外で待ち合わせしているが、シトラスはどんな服を着てくるのだろう。モデル体型のあいつは、どんな服装でも似合うからな。昨夜から楽しみすぎて、まったく落ち着かん。今朝は危うく寝坊するところだったし……
北方大陸特有の爽やかな風を浴びながら、待ち合わせ場所を目指して歩く。はやる気持ちを抑えながら進んでいくと、左拳を天に突き上げ「我が生涯に一片の悔い無し」、とでも言いたげな石像が見えてくる。
ここが待ち合わせで有名な、リンベル広場か。ベンチにカップルが座っていたり、着飾った上人たちが、そこかしこに立っている。
……って、あそこの集団はなんだ?
不審に思って近づくと、金色のイヤーカフをつけたケモミミが目に飛び込む。これだけ注目を浴びるなんて、さすが俺のシトラス!
彼女が身に着けているのは、袖の短い白いブラウス。ゆったりしたサイズで、エンジェル・スリーブになっているのが可愛らしい。そしてヒザ下まで隠れる、涼し気な淡い水色のフレアスカート。履物は厚底の黒いベルトサンダルか。
従人がこんな格好で立っていたら、そりゃ人だかりも出来るわ。ほら、散れ散れ。その子は俺の大切な彼女だぞ。
「おーいシトラス。待たせたな」
「ううん。ボクもいま来たとこだから」
これこれ、これだよ!
まさかシトラスとのデートで、定番セリフを聞くことが出来るとは。俺は今、猛烈に感動している!!
群がっている男どもをかき分けながら進み、やっとシトラスの前に到着。周囲から舌打ちや、落胆の声が聞こえてきた。しかし俺が振り返ると、蜘蛛の子を散らすように離れていく。
「よく似合ってるな。可愛いよ」
「スコヴィル家で使ってた服を、アンゼリカさんが貸してくれたんだ。衣装部屋ってところに連れて行かれたときは不安だったけど、キミにそう言ってもらえて良かった」
「あれだけ注目されてたんだ。もっと自信を持っていいぞ」
「ボクが認めてるのはキミだけなんだから、他人の評価なんてどうでもいいよ」
くっそ、シトラスのやつめ、ぐっと来ることを言いやがって。俺を萌え殺す気かっ!
「大体さ。こうしてチョーカーをつけてるのに、一緒に来たらいい思いさせてやるとか、失礼だよね。この格好じゃなかったら、蹴り倒してたとこだよ」
「まあ今日一日デートすれば、そんな連中は寄ってこなくなるだろ」
「そう言えばさっきも、一目散に逃げていったね」
「昨日、駐屯地で派手にやらかしたことが、かなり広まってるみたいでな。みんなは術のことを知らないから、全て俺がやったことになってるらしい。しかもカラミンサ婆さんの孫という、おまけ付きだ。あんな反応になっても仕方ないと思うぞ」
「それに目つきも悪いしね!」
うんうん。やはりこういう会話は楽しい。歯に衣着せぬ言葉遣いはニームと同じだが、シトラスの場合は心が浮き立つ。きっと惚れた相手だからだな。
「とりあえず今からどうする? 行きたい所があったら言ってくれ」
「う~ん……ドアッガの街ってまだよくわからないし、あちこちぶらついてみようよ」
「よし、買い食いでもしながら歩くか」
「うん!」
手を差し伸べると、ためらうことなく握り返してきた。そのまま恋人繋ぎをして、街へ繰り出す。
「そういえばさ。皇居にあった肖像画とここの石像って、ずいぶん印象が違うね」
「肖像画の方は、少し美化してるみたいだ。スイの話や書物から感じる印象だと、こっちのほうが本人に近いかもしれないな」
「腕もそうだけど、胸やお腹の筋肉がすごいよね。でも、どうして上半身が裸なんだろう?」
「恋のライバルだった義弟と、すべてを出し切る死闘ができて、満足してる状態だからじゃないか?」
「またキミはわけの分からないことを……」
くだらない話で盛り上がりながら、気になる店へ入ったり屋台で軽食を買う。そしてお互いの食べ物を交換したり、路上でやっている大道芸を楽しむ。
「今日はいつもより視点が高いから、見やすくていいや」
「歩きにくくないか?」
「もう慣れたから平気。スカートはまだ違和感があるけどね」
厚底サンダルのおかげで、シトラスの顔がほぼ真横に来る。今の身長差は五センチ程度だろうか。これくらいだと立ったままキスがし易いな、なんて考えが頭の片隅に浮かぶ。いやいや、焦りは禁物だぞ、俺。
邪な気持ちを鎮めるべく、思いついた言葉を紡ぐ。
「出会った頃はあれだけ嫌がってたのに、よくスカートを履く気になったな」
「前に温泉で口を滑らせたの、もう忘れたの? シナモンにスケッチを見せてもらったけど、セーラー服とかいうのを作ってるんでしょ。無理やり着せようとか企んでるくせに」
「そういえば、そんな事もあったな」
「嫌がったり恥ずかしがったりするボクを見たかったんだろうけど、残念だったね。まんまとキミの楽しみを奪ってあげたよ」
「シトラスは本当に、なにを着ても似合うよな」
「また調子のいいこと言って……」
ふっふっふっ。嘘の付けないしっぽが、ユラユラ揺れてるのだが?
「今日のデートは一生忘れられない思い出になりそうだ」
「キミに喜んでもらおうと思って選んだんだから、せいぜい感謝してよね」
あー、ちくちょう。頬を染めながらはにかむシトラスが、可愛すぎてつらい!
ついに我慢できなくなり、背後からギュッと抱きつく。
「まったくもー、人前で急に抱きつかないでったら」
周りの観客が何事かとこちらを見るが、無視だ無視。俺たちはそのままの姿勢で大道芸を眺める。今の俺は、とんでもなくだらしない顔をしてるだろう。そんな姿をシトラスには見せられん。
◇◆◇
散策デートを存分に楽しみ、海の見える丘までやってきた。ベルガモットたちが穴場スポットだと、言っていただけはある。俺たちの他には誰もいない。
大きな木の根元にレジャーシートを広げ、マジックバッグから弁当を取り出す。わっさわっさと揺れるシトラスのしっぽを愛でつつ、電子レンジ魔法でおしぼりを加熱。スープを温め直したら完成だ。
「よし、食べるか」
「やったー! いただきまーす」
目をキラキラさせたシトラスが、耐油紙に包まれた物体へ手を伸ばす。作ってる途中から気にしていたし、やっぱりそれからか。
「焼き肉ライスバーガー、おいひー! タツタアゲもさいこー!!」
「こっちは新作だぞ、食ってみろ」
「この串に刺さってるのってなに? お肉じゃなかったんだけど」
「それは白身魚のすり身に、野菜やハチワンを混ぜて、油で揚げてある。前世ではさつま揚げと呼ばれていた」
「丸い方は中にご飯が入ってるんだ。すごく味が染みてるし、色々入ってて美味しいね!」
「そっちは昨日から仕込んでいた料理で、イカ飯という。今回は二種類の水麦に、たけのこ・油揚げ・黒茸・赤根・黒根を加え、五目ごはんにしてみた」
「これ、ボク好きかも。そこの全部もらっていい?」
「二杯持ってきたから、遠慮なく食え」
さつま揚げをぺろりと平らげ、イカ飯を次々と口に運ぶ。相変わらず気持ちのいい食べっぷりだな。そんな姿を見ているだけで、俺は幸せになれる。
「あのさ……そんなふうに見つめられると、食べづらいんだけど」
「すまん、すまん。シトラスはいつも旨そうに食うなと思って、つい」
「だって美味しいんだから、仕方ないじゃんか。やっぱり今日は、お弁当にしてもらって正解だったよ。お店じゃこんな料理、絶対に食べられないもん」
ドアッガにも従人同伴で入れる店はあるが、弁当はシトラスからリクエストされた。まあ畏まった店じゃ息も詰まるし、頑張って作ってきた甲斐があるってものだ。
「これからはもっと旨いものが作れるようになる。期待しておくといい」
「ミリンとコメズとチョウリシュだっけ? ユズが作ってくれるんだよね」
「彼女に発現した神酒ってギフトは、発酵に必要な麹菌を生み出せるそうだ。秋くらいになれば、試作品がいくつか出来上がるとか言ってたな」
「へー、楽しみだなぁ」
「ってシトラス。頬に米粒が付いてるぞ」
「えっ!? どこどこ?」
「俺が取ってやるから、じっとしてろ」
「うん」
シトラスの顔に手を伸ばし、頬についていた米粒をつまむ。それをそのまま自分の口へ。少し驚かれてしまったが、こういうのも恋人同士っぽくていいよな!
軽くイチャコラしつつ食事も終了。デザートとほうじ茶で一息つく。
「んー、風が気持ちいい。シトラスも横になったらどうだ?」
「ボクは疲れてないし、このままでいいや。それよっか、お弁当のお礼に膝枕してあげるよ」
「ほんとか!? ぜひ頼む」
横座りしたシトラスの足に頭を乗せる。優しく髪を撫でてくれる手が、とても気持ちいい。この瞬間がいつまでも続けばいいのに。そう思ってしまうほど穏やかな時間だ。
「あのさ……このあと、行くんだよね?」
「そのつもりにしているが、今日はデートだけでも十分だと思ってるぞ」
「それはヤダ。昨日のことで、キミの存在がボクにとってどういうものか、わかっちゃったんだもん。逆にキミはボクのこと、どう思ってるの?」
「俺の人生で最も幸運だったことを挙げるとすれば……シトラス、間違いなくお前との出会いだ。あの日の出来事がなかったら、俺はまだジマハーリでくすぶっていたかもしれない。それに今日デートしてみて実感した。俺はシトラスに惚れている。誰にも渡したくないし、全て自分のものにしたい」
「それはボクも同じだよ。だからね……して」
シトラスの顔が、俺にゆっくり近づいてくる。少しだけ見つめ合ったあと、そっと口づけを交わす。軽く余韻に浸ってから起き上がり、シトラスと腕を組んで繁華街へ。
こんなに愛してもらえるなんて、俺はなんて幸せ者なんだろう。生まれ変わることができて、本当に良かった。
とあるアイテムに秘められた力とは?
次回「0247話 未知のパワー」をお楽しみに!




