0245話 シトラスのお願い
怒り狂う冒険者ギルドの支部長を言葉巧みに丸め込み、各所への根回しも終わらせた。ゴブ男のやつめ、後先考えずにやらかしやがって。カラミンサ婆さんにハートマン式訓練術でも教えておくか……
今日のことを思い出してしまい、心がささくれ立つ。しかし背中に押し付けられた、ほんのりまろやかな感触で、簡単に治まってしまう。せっかく温泉に浸かっているのだから、いつまでも引きずっていたらダメだな。
「そっちは大丈夫なのか?」
「カラミンサ様に、こってり絞られたにゃー」
「まあ改めて言わせてもらえば。元老院の再建にばかり力を入れて、下部組織の改革が疎かになっていたという、政権側の落ち度だったんだ。カラミンサ婆さんが怒るのも無理はない」
「本当にごめんなさいにゃ。それで……冒険者ギルドの方は、どうなったのかにゃ?」
捨てられた小動物みたいな目で、こっちを見上げてくるなよ。またネコ耳を生やしたくなるだろ。
「順番を前後入れ替えて、加護を持っているから引き受けたと、説明しておいた。わざと俺を狙わせることで、言い逃れできない状況を作るのが、目的だったってな。カラミンサ婆さんが落とし前をつけると伝えたら、震えながら納得してくれたよ」
「タクトちゃんの加護って、なんなの?」
「一つは物理攻撃に対する、非常に高い耐性だ」
ナスタチウムたち三姉妹が、興味深そうな顔で近づいてきたので、スイから受け取った加護について話す。正確に表現すると、俺の因子がスイと混ざり合い、龍族の持つ防衛機能に影響。二人を同一個体として、認識しているらしい。その辺りのことはオブラートに包んでおこう。アンゼリカさんにはバレてそうだが……
「他にも……あるのれす?」
「属性魔法に対する完全耐性で、こっちはコハクの加護になる」
「キュキューイ」
皇居の疑似霊木からワカイネトコへ飛び、ハクに診てもらってきた。自分の分体だけあって、コハクの霊格が変わったとすぐに判明。なんでも俺の守護霊獣になったとのこと。
コハクが危機を察知すると、俺の周囲に保護膜のようなものを作り出す。あのとき服が無事だったのは、二つの加護が同時に働いたからである。
「初代様には魔法が効かなかったと、伝記に書かれておったのじゃ。それは霊獣の加護だったのじゃな」
「恐らく初代皇帝の連れていた霊獣も、俺とコハクみたいな間柄だったんだろう」
「カイザーちゃんと仲良くしてたら、私もそんな関係になれるかにゃぁ……」
「ホホーウ!」
「ただ一つだけ残念なことがある。俺の存在なしに、コハクが現世にとどまれないことだ」
「キュイ、キュイ、キュー」
「タクトと添い遂げることが、コハクちゃんの幸せみたいよ」
つまり初代皇帝が崩御したとき、霊獣は森へ帰ったのではなく、一緒に天へ召されたのだ。様々なことが判明すればするほど、初代皇帝には親近感が湧く。一体どんな人物で、どうやってベルガモットのような子孫を、残したのだろうか。
「にゃんか、タッくんがどんどん無敵になっていくにゃ」
「とは言っても、今回みたいな事態にならないよう、依頼は吟味してくれ。なにせシトラスがこんな状態になってしまったし」
「……シトラス、あるじ様から離れない」
「だってこいつの近くにいないと、落ち着かないんだもん」
「好きなだけくっ付いても良いぞ。ほら、抱っこしてやるから俺の前へ来い」
「うん」
背後から回り込んできたシトラスを、胸の中に抱き寄せる。背中を撫でながら耳をモフってやると、しっぽがユラユラとお湯の中を泳ぐ。素直に甘えてくるシトラス、可愛すぎだろ。
契約した初日も、シトラスと風呂に入った。そのとき夢想していた関係に、やっとなれたのだ。こうしていられるのは、一時的なことかもしれない。しかし今日の日を、俺は一生忘れないぞ。
「いくら現場の暴走だったとしても、責任は皇帝である私にあるにゃ。どんな形で償えばいいか、教えてほしいにゃ」
「冒険者ギルドとの確執を致命的なものにしないため、依頼できるのが俺だけだったというのは理解している。指揮官たちの浅慮・浅薄・短慮っぷりが、予想を遥かに超えていたこともな」
「タッくんはやっぱり察しが良すぎにゃ」
「それを踏まえたうえで、駐屯地の機能を麻痺させた俺たち側の責任と、下手すればアインパエが国際的に孤立しかねない今回の愚挙。この二つを相殺って線でどうだ?」
「恩情に感謝するにゃ」
幸いなことに死人が出てないからな。心を折られたやつは居るかも知れないけど……
あとはカラミンサ婆さんとゼラニウムが行う地獄のシゴキに、どれだけ耐えられるやつが居るかってことだ。これで間違いなく今の体制が変わる。アンゼリカさんの目的も達成されるはず。
「あー、そうだ。聖女をはじめとした各種団体や、個人から寄せられた非難を沈静化させる分は、貸しにしておくぞ」
「うにゃぁぁぁー。タッくんへの負債が、また増えたにゃぁ……」
「うそうそ、冗談だから湯船に沈まないでくれ。そっちはみんながパワーアップしたことで、帳消しにするよ」
「使える術が増えたのじゃな」
「ボクは[粉砕術]ってのが増えたけど、ちょっと使い所が難しいかな。魔獣に試してみたら、凄いことになったし」
内部から崩壊して破裂とか、さすがに狩り向きじゃない。肉や素材がすべて駄目になり、後片付けや清浄も大変だ。倒すと消えてしまう魔物相手や、特殊な素材を採集する時に、活躍してくれるだろう。
「ミントは[祝福術]が使えるようになったです」
「ベルガモットの[増幅術]はスキルに作用するが、ミントの[祝福術]は運動機能を向上させるようだ。ハットリくんにかけてみたら、とんでもないことになった」
「木から木へ、ピョンピョン飛び移ってたの。あれは普通じゃなかったの」
まあテンション上がりまくってたからな。持続時間の検証もできたし、君の犠牲は無駄にしないぞ。しっかり体を乾かして、風邪をひかないよう気をつけてくれ。
「……私、[雷操術]。ビリビリ、出せる」
「水は電気を通すから、ここで発動するのは無しな」
「……わかった」
「ユーカリが使う魔術に近く、紫電を意のままに操れる。紐みたいに伸ばして、相手を拘束することも可能だ」
「わたくしは[威圧術]に目覚めました。使役主の制約を超える強制力が働くみたいです」
「本能で行動している魔物や魔獣には効果がない。しかし対人に限って言えば、問答無用で無力化できる」
「我にも効いたくらいだからな。暴動を鎮圧したり、人質を盾にされた時、効果的な武器になるであろう」
「私は[降霊術]よ。精霊の力を借りて、天使の姿になれるの」
「その姿……見てみたいれす」
「ごめんなさいね。待機時間というのが、あるらしいわ。今日は昼間に使っちゃったから、もう少し時間が経たないとダメなのよ」
今夜も水飴を供えておこう。そうすれば明日使えるようになるかもしれない。
今回の件は色々と思うところもある。しかし何かがトリガーになって、新しい力に目覚める可能性があるというのは、大きな収穫だった。そのためにストレスを与えたり、危険に飛び込むのはナンセンスだが……
みんなとの絆を深めていけば、今回変化の無かったスイにだって、転機が訪れるかも。なにはともあれ今後の楽しみが増えたのは、実に喜ばしいことだ。
◇◆◇
耳に届く寝息を子守唄にしながら、今日のことを思い出す。俺がこうして生きていられるのは、みんなの信頼と愛情のおかげなんだよな……
受け取った恩恵以上のものを、ちゃんと返せているのだろうか。時々そんな不安に襲われることもある。
「……ねぇ、まだ起きてる?」
「ん? どうしたシトラス、眠れないのか」
俺のシャツを握りしめながら寝ていたシトラスが、布団の中からゴソゴソと這い出してきた。常夜灯に照らされて光る瞳は、今も不安そうに潤んだままだ。
「そっちこそ、なにか考え事?」
「使役主としての義務をしっかり果たせているか、少し考えていた」
「何に悩んでるか、なんとなく察しが付くけど、キミ以上の使役主はいないと思うよ」
「だったら良いんだけどな」
俺の気弱な発言が気に入らなかったのか、シトラスが小さなため息をつく。
「ボクたち従人が一番嬉しい気持ちになれるのって、どんな事かわかるかい?」
「やっぱり強くなることだろ」
「それは本能的な喜びだけど、一番じゃないよ」
シトラスがこんな謎掛けをしてくるとは……
ヒントは喜ぶでなく、嬉しいだろう。案外難しいぞ、これ。
「ブラッシングや食事、それに風呂とか着る物も違うよな?」
「うん、どれも一番じゃないね」
「すまん、降参だ」
「それはね、一緒ってこと。一緒に同じことをやって、笑ったり泣いたり。一緒に同じものを見て、感動したり落胆したり。一緒になにかを作って、成功したり失敗したり。それが一番嬉しいんだよ」
こんな話、初めて聞いた。もしかすると、シトラスだから言語化できたのかもしれない。なにせ出会った時から、地頭の良さに驚いたくらいだし。
「俺はそれが出来てるってことか」
「普通の使役主ってさ、ああしろ、こうしろって命令したら、後はほったらかしじゃん。でもキミは近くで一緒に作業したり、結果をちゃんと見てくれる。そんな機会が多いユーカリとジャスミンはどうだい? あと、支配値の桁数が一緒なスイや、いつも一緒にいるコハクだって、キミにすべてを捧げてるよね」
なんてこった。今更そんなことに気付かされるなんて。俺は今までみんなの何を見ていたんだ。一流のモフリストになるため、基礎から修行をやり直さねば!
「やっぱりシトラスは凄いな。お前と契約できて本当によかった。俺はなんて幸せ者なんだ……」
「そう思ってるのなら、ボクのお願いを聞いてもらえるかな」
「俺に出来ることなら、何でも言ってくれ」
「あのさ……えっと……ボッ、ボクにもユーカリやスイと同じことをして欲しい」
「いいのか?」
「うん。ボクも一緒がいい。キミとの絆がもっと深くなったら、今の不安も消えると思う。だから、お願い」
一緒というのは、そうしたものも含まれるのか。
「わかった。じゃあ明日二人でデートしよう」
「スイやコハクみたいに加護を与えることはできないし、ユーカリのように包みこんであげられない。それにジャスミンみたいな大人の女性じゃない。だけどボク、精一杯頑張るよ」
「そんなことは気にしなくても構わない。シトラスしか持ってない良いところを、俺はたくさん知ってるからな」
「えへへ。なんか恥ずかしくなってきちゃった。ボク、もう寝るね」
頬を赤く染めたシトラスが、布団の中に潜り込んでしまう。まさかシトラスの方から誘ってくれるなんて。なんか今夜は興奮して眠れそうもないぞ!
遠足前の小学生に戻った気分だ……
ハットリくん「今なら大池を飛び越せそうでござる!」
◇◆◇
ウキウキと街へ繰り出す主人公。
待ち合わせ場所にいくと、そこには……
「0246話 特別なデート」をお楽しみに。




