0244話 ひっつき虫
気をつけていたつもりだったが失敗したな。迎えに来た三人組から、幹部連中の不審な動きを警告されていたというのに。嫌がらせ程度は当然だとしても、いきなり攻撃してくるとは。そこまでヘイトを集めた覚えはないのだが……
まあアイツラにとって、よほど気に入らない存在だったのだろう。でなければこんな真似、出来るわけがない。皇帝の勅命を反故にしただけでも極刑だし、冒険者ギルドと全面抗争なんてことにもなりかねん。もみ消す自信があったのか、単になにも考えずやらかしたのか。現時点では不明だ。
ひとまず体の調子を確認し、抱きつきながら泣いているミントの耳を、ふにふにとモフる。
「ふぇぇーん。よがったのでずぅぅぅ、ダグドざぁまぁー」
「心配かけてすまなかった。俺はどのくらい気を失ってた?」
「ほんの数分だったです。ミント、すごく心配したですよぉ」
「ここまで飛ばされた割に、服が破れたりしてないな。ミントが直してくれたのか?」
「ミントの治癒術では、服は直せないのです。タクト様は今の状態で、横たわってたですよ」
「とりあえず、考察は後にしておこう。コハクはどうだ?」
「キュキュキューイ!」
どうやら俺が気を失ってる間、ずっと頬を舐めていてくれたらしい。とっさのことだったが、この子を守ることが出来て本当に良かった。周囲に響く爆音も気になるし、ひとまず人工林から出ることにしよう。
「なんというか……地獄絵図だな」
「いきなりタクト様を襲ったのです。この程度の報いは、当然なのです!!」
「キュィッ!!」
あー、ミントとコハクもそっち側か。変な罪悪感がないだけでマシだな。俺だって許すつもりはないし、どう考えてもこの結果は自業自得。俺たちを派遣した時点で、アンゼリカさんも最悪の事態を、想定しているはず。
「周囲の状況を教えてくれ。誰か怪我したり、捕まったりしてないか?」
「えーっと……皆さんすごく怖いお声を、出してらっしゃるですよ。中でもシトラスさんが、特に憤慨してるです」
「シトラスのやつ、監視塔を素手で破壊したみたいだな。倒れている上人に、敵意を向けまくってるぞ。ひとまずアイツのところへ行こう」
「ハイです!」
ミントと手をつなぎ、焦土と化した駐屯地を足早に進む。しかしまあ、天変地異でも起きたのかって様相だな。広場だった場所は、すべて地割れになってるじゃないか。スイのやつ、あんなことまで出来るとは。
特撮の舞台とよく似た岩山が消え去り、地面に大きなクレーターが出来ている。表面がマグマ化しているから、やったのはユーカリの後ろにいる火龍に違いない。千度近くの熱を生み出せるとか、すごすぎるぞ。
あっちに見える天使はジャスミンか?
四対八枚の翼なんて、熾天使より位が高そうだ。しかも空に浮かぶ多数の魔法陣が、厨二心をくすぐりまくる!!
「みんなパワーアップしたっぽいな」
「ミントは[祝福術]ってスキルが増えてたです」
「ステータスに補正がかかる、バフみたいなものかもしれない。俺もさっきから、やたら調子がいいんだよ」
「タクト様が元気になられて、ミントすごく嬉しいのです」
嬉しそうにはにかむミントの頭を撫で、今にも足を踏み降ろさんとするシトラスに近づく。
「おーい、シトラス。それくらいで勘弁してやれ。三人とも気を失ってるぞ」
――ヒシッ!!
「平気なの? 怪我はない? どっか痛いところは?」
「この通り、かすり傷一つない。強いて言えば、お前に抱きつかれてちょっと苦しいくらいだな」
「うぅー、良かったよぉ」
涙声になったシトラスを抱きしめ、頭をそっと撫でる。すると逆だっていたしっぽがヘニャリと垂れ、ユルユルと左右に揺れだす。俺の可愛いシトラスを悲しませやがって。やはりこのまま蹂躙してしまったほうが……
なんて黒い感情が湧き上がってきたとき、シナモンが背中に飛びついてきた。
「……あるじ様、大丈夫?」
「魔法の影響もほとんど受けてないし、なぜか服とかも破れない程度で済んでいる。少し気を失っただけで、なんともないぞ。ミントのおかげで、後遺症とかも出ないだろうしな」
「ご無事で良かったです、旦那様」
「ねえタクト。服が破れてないってことは、怪我もしてないの?」
「真っ先に駆けつけてくれたミントによると、かすり傷一つなかったらしい。念のため治癒術をかけてもらったが、ちょっと不思議なくらいだ」
「その件なのだが、恐らく我の影響だ」
近づいてきたスイが俺の体に触れながら、少し困った表情を浮かべる。そういえばスイの本体も、触手やタテガミを除いて傷ついたりしないんだったな。人型の場合は髪や爪が例外部分になるんだっけ。
「もしかすると、アレが原因か?」
「主殿から寵愛を受けたことで、龍の加護が働いているのだろう。我もあのような行為は初めてだったゆえ、その影響に考えが回らなかった。申し訳ないことをしたな」
「いやいや、謝らなくてもいい。むしろありがたいくらいだ。本当に助かったよ、ありがとう」
頭を撫でながら見つめると、頬を赤らめながら恥ずかしそうに微笑む。恋する乙女モードのスイは可愛すぎるぞ。二人っきりの時にこの表情をされたら、自制心なんて吹き飛んでしまいそうだ。
「魔法の影響が軽減されたことは、我に少し心当たりがある。あとで確かめに行くとしよう」
「とりあえず俺はなんともないから、そろそろ離れてくれ」
「抱きしめてないと、どっか行っちゃいそうだから、ヤダ」
「……あるじ様、肩車して」
シトラスは自分の体をさらに密着させ、シナモンは肩へよじ登ってきた。非常に歩きにくいが仕方ない。しばらく好きにさせてやろう。
「シトラスちゃんとシナモンちゃんは、タクトのことが好きすぎるわね」
「ところでジャスミンは、いつまでその姿でいられるんだ?」
「最近お供えを欠かさず置いてくれてるから、もうしばらくは大丈夫みたい。でも精霊たちの負担になるし、元の姿に戻るわ」
ジャスミンの体から光の帯がほどけていき、有翼種の姿へと戻る。お供えの効果が、こんなところに現れるとは。これからも水飴を作りまくらねば!
「すごくかっこいいお姿だったのです!」
「あれは[降霊術]っていうスキルなのよ。精霊たちの服を着てるって、感じになるのかしら」
「感覚的には普通の体と変わらないのか?」
「大きくなって翼も増えたけど、自分の肉体そのものだったわ。だから、あの姿になった私も愛してね」
「もちろんだ。また二人でデートしよう」
途中で変身してもらえば、ジャスミンの願いを叶えられそうだ。彼女が幸せになれるのなら、精霊たちも喜んで力を貸してくれるはず。今や精霊界のアイドルだもんな、ジャスミンは。
「ところで旦那様。この後どうすれば宜しいでしょうか」
「後始末は隠密に任せよう」
マジックバッグから特殊な笛を取り出して吹くと、目の前に黒装束の男が現れた。いつも思うんだが、一体どこに潜んでいるのやら……
「呼ばれて飛び出てババババーンナリ」
「関係者には後で事情を説明するから、こっちの処理を任せてもいいか?」
「合点承知の助ナリ」
よし、これで大丈夫だろう。一瞬で姿が消えた隠密に、心の中でエールを送っておく。またフリーズドライの携帯食を作って、差し入れておくか。むちゃくちゃ喜んでくれるんだよな。
シナモンを肩に乗せ、引っ付いたままのシトラスを愛でながら、皇居を目指す。こういう事態も織り込み済みだったのかを、しっかり確かめておかねばならん。なにせ俺のために怒ってくれた、シトラスたちに責任は負わせられない。もし文句を言うやつがいれば、徹底的に潰してやる。どんな権利やコネを使ってもだ。
主人公に宿った加護の詳細、そして仲間たちの新しい力。
更にシトラスが……
次回「0245話 シトラスのお願い」をお楽しみに!




