0242話 駐屯地
必要なものをマジックバッグに詰め、出かける準備を整える。みんなが自分用のマジックバッグを持つようになり、ずいぶんと楽になった。キングクラスの魔晶核も大量に卸しておいたし、基幹部品が揃い次第、スイの分を発注だ。
「持って行く荷物は、これだけでいいのか?」
「うむ。正直、今の我に必要なものは主殿だけだ」
「最近のスイは可愛いことばかり言うようになったよな」
「こうした暮らしを始めてから、以前とは比べ物にならないほど、何かを求めるようになった。そんな我の心を満たしてくれるのが、主殿という存在だからな。きっと我に足りないものを、主殿が与え続けてくれるのだろう」
「求めに応じられているのなら、嬉しい限りだ。スイの器が一杯になるまで、ともに歩んでいくと誓うよ」
「我が龍族であること、忘れてもらっては困る。その容量も図りしれぬのだぞ。簡単には満たされたりせぬゆえ、覚悟するがよい」
平たく言えば、もっとイチャイチャしたいってことだな!
任せておけ。
スイの腰に手を回して抱き寄せると、こちらへ身を委ねてくる。性別の概念がない存在だったせいで、最初のうちは見た目と言動がチグハグだった。しかしそれも過去の話。潤んだ瞳で俺を見上げる今のスイに対して、いったい誰がそう思うだろうか。
最近になって、その態度がさらに変化してきたからな。ニームがやたら不審がってたっけ……
「あー!? 目を離すとすぐサカりだすんだから。そんなところで抱き合うのはやめてよ。見てるこっちが恥ずかしいじゃん」
「なんだ。シトラスもやってほしいのか? 遠慮せずこっちへ来い」
「キミに抱きつかれるとかゴメンだね。みんな待ってるだろうし、早く行こうよ。特訓の成果を試してみたいからさ」
それもそうか。皇帝直々の依頼だし、そろそろ向かおう。
あれからゼラニウムに何度か指導してもらったので、シトラスたちの対人経験値も上昇中。彼女たちなら、うまく活かしてくれるはず。
「……手加減、頑張る」
「我も軽く撫でる程度の力で、お相手するとしよう」
シナモンのネコ耳をふにふにとモフりつつ、シトラスの頭に右手を置く。こうして頭をなでても、最近はほとんど嫌がらない。しっぽをユルユルと動かしやがって、全くうい奴め!
ゆくゆくは人前でもハグできる関係になりたいものだ。
「ミントたちが行って、嫌がられたりしないです?」
「以前ほど敵視されないと思うぞ。なんでも指揮官たちの上司に当たる、元老院の再編が終わったらしい。内部のゴタゴタが収まってきたタイミングで、冒険者たちとの確執を少しでも解消したいんだろう」
「わたくしたちがその架け橋になるということですね」
「ああいう組織は実力主義みたいなところがある。力を誇示すれば、話を聞いてもらいやすくなるからな」
「ユズちゃんが言ってた〝わからせ〟ってやつかしら」
まったくユズの奴め、ジャスミンたちに変な言葉を教えやがって。
ケモミミたちと話がしたい。それをモチベーションにして、どんどん言葉を覚えているからな。しかもローリエがかなりいい教師だ。あの子には特別ボーナスを出してやらねばならん。
「まあ弱っちいキミは指導なんてできそうもないし、代わりにボクたちが頑張ってあげるよ」
「俺が教えられそうなのは、小細工くらいだもんな。だから従人部隊の方は三人に任せるぞ」
「主殿はどうするのだ?」
「俺は魔法の講義でなく従人たちとの関わり方について、指揮官たちとディスカッションする予定になってる。みんなとは別行動になるから、くれぐれも無茶しすぎるなよ」
相手のレベル次第では、ジャスミンより身体能力が劣ることだって、あり得るんだよな。いくら体が小さくてひ弱な種族とはいえ、彼女も一等級換算でレベル六百超え。力任せに相手の手足をへし折る、なんて芸当が出来てしまう。
もちろんレベル七百相当のステータスを持つ、ミントとユーカリも同様だ。
今日は軽く手合わせしてみるだけだから、彼女たちの出番はあるまい。とりあえず現時点では、相手の力量を確かめるだけで十分。アンゼリカさんや指揮官たちの真意も、まだわからないし……
◇◆◇
郊外にある駐屯地へ到着。もっと殺風景な場所かと思ったが、これはなかなか。あらゆる環境を想定した訓練をするためだろう。街を模した区画や、人工林まであるようだ。
「へー、なんか面白そうな場所じゃん」
「あっちにある建物は、壊れてるですよ」
「救助訓練をしたり、足場が悪い場所での戦いに、慣れるためじゃないか?」
「……登っていい?」
「あれは軍事施設だ。無許可で入ったら、なにを言われるかわからん」
フラフラと監視塔へ吸い寄せられていく、シナモンの首根っこを掴む。レンガと漆喰で作られた末広がりの足場があり、最上部に四角い櫓が乗っている。高さは学園の物見塔と同じくらいだろうか。
「小さな窓の向こうにいる上人が、ずっとこっちを見てるわよ」
「コソコソ隠れて監視されるのは、あまり気持ちの良いものではありませんね」
「我らの強さを目の当たりにすれば、不躾な視線もなくなるであろう」
「スイの言うとおりだな。迎えが来たようだし、話はここまでにしよう」
見たことのある三人組だと思ったら、ドアッガの森で絡んできた連中だった。無事に帰還できたようで何よりだ。
「おひさしブリーフ、ここで会ったが百年目!」
「この先は俺達が案内するジャン、案内するジャン」
「そっちの男だけ付いてくるっしょ」
人工林の手前に広場があり、大きな天幕が設営されている。なんか最前線にある指揮所みたいだな。
道すがら現状を聞いてみたが、元老院の再編で指揮官たちの待遇も変化したらしい。規律を以前の状態に戻し、罰則規定を明文化。しかしそれを嫌って辞めていった者も多いとのこと。
だから指導者不足になっているわけか。冒険者の俺たちに頼らないとダメなんて、かなり深刻だぞ。
「よく来たゴブ。俺が総司令官のリンデンゴブ」
「皇帝陛下から依頼を受けた、五つ星冒険者のタクトだ。今日はよろしく頼む」
天幕の中にいたのは、小柄で三十代後半に見える男。指揮官をやってるだけあり、支配値は最高の二百四十だ。入り口付近と裏手で控えている一等級の従人を、こいつが使役してるんだろう。レベルはどれくらいなんだろうな……
「すぐに連隊長たちが来るゴブ。冒険者風情がここへ招かれたことを感謝しながら、そこに座って待つゴブ」
語尾が〝ゴブ〟で、名前の二文字に〝リン〟ときたか。コハクが警戒していないものの、明らかに俺を歓迎していない態度。皇帝からの命令で、嫌々従ってる感じだ。こんなやつはゴブ男やゴブ吉で十分だろ。心の中でそう呼ぶことにしよう。
長机の端に置かれた椅子に座り、入口の方へ視線を向ける。その時、扉がわりの布が大きくはためき、俺の体に見えない何かが激突。一瞬の出来事だったが、なんとかコハクを抱きかかえることができた。
――しかし衝撃には抗えず、視界が大きく歪む。
次回は視点を変えて「0243話 逆鱗」をお送りします。
八等級や十六等級のリミッターが外れると……
そして目覚める新たな力。




