0241話 世界サミット?
それにしても……
スタイーン国の十六家に名を連ねるウォータークレス・プロシュットさん。マッセリカウモ中央議会の特別顧問をやっているセイボリー・タラバさん。レア種の取り扱いで誰もが一目置く、仲介業の支配人ローゼル・ロブスターさん。マノイワート学園を世界最大の学府にまで押し上げた、学園長のメドーセージ・ゴルゴンゾーラさん。
ヨロズヤーオ国の実質的なトップ、聖女のラズベリー。その筋では知らない者がいない、目利き商人のオレガノ・パルミジャーノさん。デザインセンスと服飾技術が高度に融合し、聖女から衣服の用命を受けたマスカルポーネ夫妻。ワカイネトコの経済を支えていると言っても過言ではない、ディラムセモリナ穀物生産卸売組合の幹部、ベニバナの父親ベンゾイン・モッツァレラさん。
そしてアインパエ帝国を治めるアンゼリカ・スコヴィルさんと、元シャトーブリアン家のカラミンサ・シーズニング婆さん。
これだけの面々が集まるなんて、実質的に世界サミットだな。ウォータークレスさんの胃が痛みだすのも、ある意味当然の結果かもしれん。
「なあタクト、世界征服してみないか?」
「物騒なこと言うなよ、セイボリーさん。俺は今の生活が気に入ってる。どうして世間を騒がせないといけないんだ」
「実にタクト君らしい答えだね。霊獣たちにこれだけ懐かれ、我々がいるにも関わらず、腕に抱かれて眠るリコリス。そんな彼に野心などあるはずもない」
生まれて間もないのに、このモフモフしっぽ。これを至高と言わずなんという。最近では事あるたびに、ラベンダーから預かっている。なにせ俺に抱かれている時は、絶対に泣かないんだよな。
「こうして眠るのは珍しいことなのか?」
「従人の乳幼児は、とても気配に敏感でね。近くに上人がいると、緊張して寝付きが悪くなってしまうんだ。私の商会でも幼い子供のいるエリアは、上人の立ち入りを制限しているくらいだよ」
「そうだったのか。いつもこんな感じだから、特に気にしたことはなかった」
「いやはや。やはりタクト君とクミンさんは、特別なんだろうね」
周囲の気配に動じないリコリスが、大物ってだけなのかもしれない。しかし数多くの従人と向き合ってきたローゼルさんが言うくらいだし、きっとかなりレアなケースなんだろう。
こうしてリコリスを預かるようになり、身の回りにも変化が起きている。ずっとベッタリだったサントリナが、俺と離れていてもグズらなくなってきた。姉としての自覚が出てきたのなら、喜ばしい限りだ。
「ウォータークレスさんって、アロマティカス氏の孫よねぇ?」
「はい、そうです。祖父をご存知なのですか?」
寝顔に癒やされながら雑談していると、カラミンサ婆さんがウォータークレスさんに声を掛ける。シャトーブリアンとプロシュットは、家の格も近い。付き合いがあってもおかしくないよな。
「私がスタイーン国から脱出するときに、あの方が手引してくれたのよぉ。おかげで無事にアインパエ帝国へ、渡ることができたわぁ」
「もしかしてカラミンサ様のギフトは、炎覇なのではありませんか?」
「その様子だと、話は聞いていたのねぇ。サーロインの求婚から逃げて、家を飛び出したのが私よぉ」
「つまり……タクト君には皇帝とシャトーブリアン、両方の血が流れていることに!?」
「なあタクト。やっぱり世界征服しろよ」
世界征服が好きすぎだろ。俺に何をやらせたいんだ、セイボリーさんは。
「タクト君の肩書は、とどまる所を知らぬな。儂らの後ろ盾を使えば、世界の頂点に立てそうじゃ」
「北方大陸を支配したいなら、喜んでタッくんに譲るにゃ!」
「俺は家族とのんびり暮らしていきたいだけなんだ。だから勘弁してくれ」
「タクト様がこんな人だから、私も気兼ねなく遊びに来られるんだよね」
俺のライフワークは、従人や野人の地位向上だからな。しかも目標は〝気がつけばいつの間にかそうなっていた〟だ。
理想を実現するために必要なのは、無理やり従わせる支配力でなく、真似してみようかと思わせる影響力。そんな力で変えていかないと、一過性の風習で終わりかねん。
家族や大切な者たちは、子々孫々幸せに暮らしてほしい。それが俺の夢なのだから……
「私の娘は、とんでもない研究室に所属してしまったものだ」
「私たちの孫もそうだな。きっといい経験ができるだろう」
「ロージーちゃんは幸せ者ね」
「お義父さん、お義母さん、それにベンゾインさんも、呑気に笑わないでください。私はさっきから、お腹がシクシクと痛みますよ。これほどの人物を廃嫡してしまうとは、本当に彼は愚かなことを。息子に家督を譲ったところで、サーロイン家の本質は変わらないでしょうし、もしタクト君があとを継いでいれば……」
どうやら対外的なアピールのため、エゴマが当主の座を辞すそうな。ということは、これからボリジがサーロイン家を率いていくわけか。いくら形だけとはいえ、これはかなり危ういぞ。あいつの性格だと調子に乗って、更に事態を悪化させそうだ。
「まあ家を追い出されることになったのは、俺にも責任があるからな。今更スタイーン国へ戻るのは無理だが、なにか出来ることがあれば協力するよ」
「タッくんの力があれば、サーロイン家くらい一捻りにゃ! そんなタッくんにお願いがあるんだけど、いいかにゃ?」
「あまり変なことじゃなければ構わないぞ」
「質が落ちちゃった従人部隊に、実技指導してあげてほしいにゃ」
「シトラスたちに対人戦の経験は少ないぞ。どちらかと言えば、カラミンサ婆さんのほうが適任じゃないか?」
「私は手加減が苦手で、ついついやりすぎちゃうのよぉ。ゼラニウムもあんな感じで全力を出しちゃうし、格下を指導するのは向いてないわねぇ」
開放しているリビングの窓から庭を見る。ゼラニウムに挑んでいるのは、シトラスとシナモン、そしてスイ。
「シナモンはん。行きたい方向へ視線を向けるクセ、直しなはれ。そないに判りやすいことしてはったら、簡単に動きを読まれてしまいますえ」
「……うにゃっ!? 難しい」
高速で接近してきた動きをそのまま利用し、シナモンの体を上空へ投げ飛ばす。庭にある木の高さと、同じくらいまで上がってるぞ。
「シトラスはんは、力任せに突っ込みすぎどす。いくら強力な攻撃ゆうても、当たらんかったら意味ありまへん」
「くっそー。なんでそんなにカウンターが上手いのさぁぁぁー」
蹴飛ばされたシトラスの体が、塀の外まで吹っ飛ぶ。即座にジャンプして戻ってきたものの、かなり悔しそうな表情だ。
「スイはんは動きが単調すぎますえ。もっと緩急をつけて攻撃しなはれ」
「ぬぅ……龍族たる我が、まるで子供のようにあしらわれるとは」
ゼラニウムは攻撃してきたスイの腕を掴み、そのまま背負投げで地面に叩きつけた。ものすごい音と同時に土煙が上がり、屋敷の中にまで振動が伝わってくる。
「たしかに普通の従人だと、怪我どころではすまないな」
「従人があそこまで強くなれるとは。セルバチコが組手を辞退するわけだ」
「俺のマトリカリアが、青ざめたくらいだしな。ありゃバケモンだぞ」
「うふふふ、人様の従人を化け物とか酷いわねぇ。あの子は可愛い相棒よぉ」
二人で数々の修羅場をくぐり抜けてきたオレガノさんも、ゼラニウムの強さに舌を巻く。そして相手の力量を察知できるマトリカリアですらその反応。もし二人が従人部隊や指揮官に稽古をつけたりすれば……あたり一面が焼け野原になり、重軽傷者続出で壊滅しかねん。
「わかった。時間の都合が付いたときだけで良ければ、やらせてもらう」
「それで十分にゃ」
そんなこんなで、実技指導を請け負うことにした。アインパエ帝国の治安維持に関わることだし、出来る範囲でやってみよう。あとは安請け合いしすぎだと、シトラスが余計な心配しないように、うまく説明せねば。
次回、お約束の展開へ。
「0242話 駐屯地」をお楽しみに!




