0240話 千客万来
門の前に一台の馬車が止まる。そこから降りてきたのは、セイボリーさんとマトリカリアだ。二人とも以前より動きがキビキビしてるぞ。森で経験値を稼いでいる男従人たちが、あい変わらず頑張ってるっぽい。
食材の取り扱い量が多いタラバ商会にとって、森は重要な商材の仕入れ場所。いくつかある調達部隊のうち、トップの成績がその三人とか言ってたっけ。商会に貢献しているご褒美で、かなりいい暮らしをさせてもらってるんだとか。オレガノさんと馬が合うだけあり、セイボリーさんも完全にこっち側なんだよな……
「いらっしゃい、セイボリーさん」
「ようタクト、久しぶりだな。それにしても、なかなかいい屋敷じゃないか。俺の住んでる本邸には劣るがな!」
「あそこと一緒にするなよ。あれは家というより、要塞だろ」
星型の分厚い塀で周囲を固め、内部には私兵たちが暮らす施設を完備。中央にある本邸は、戦車砲でも破壊できないほど頑丈な作りだ。タウポートンのど真ん中に奇抜な家を建てやがって。観光名所みたいになってたじゃないか。
「オレガノさんが待ってるから入ってくれ。メドーセージ学園長と、デュラムセモリナ穀物生産卸売協同組合の代表も、すぐ来るはずだ」
「お前が間に入ってくれると、話がスムーズに進んで助かるよ」
「まあ俺もタラバ商会の外部顧問という肩書をもらってるからな。できる範囲で協力する」
「そうそう。明日開店する支店なんだが、登記上のオーナーはお前にしてあるからな」
「ちょっと待ってくれ。書面上の役職とはいっても、正会員から文句が出たりしないのか?」
「その心配は無用です。タクト様の功績に疑問を持つ者は、タラバ商会に一人もおりませんので」
「お前、あの一族を取り込んだんだろ? なら問題ないよな」
さすがセイボリーさん、お見通しってわけだ。フェンネルを解雇した一件で、本家がブチ切れたからな。サーロイン家を支持する一派から、優秀な使用人たちがどんどん消えている。もしコーサカ家の負担になっても、フェンネルの実家から人員が派遣されると、わかってるんだろう。
まったく、商売人の持つ情報網は半端ない。
「本職には到底及ばないと思うが、せいぜい頑張ってみるとしよう」
「スコヴィル家の長男と組んで、何やら企んでるみたいじゃないか。期待してるぞ」
そんなことまでバレてるのかよ!
ほんと油断ならないな、この人は……
「……いらっしゃい」
「お邪魔してます、シナモンさん。お土産がありますけど、どうされますか?」
「……食べる!」
玄関ホールまでやってきたシナモンに声をかけられ、マトリカリアの顔がパッとほころぶ。そのまま仲良く手をつなぎ、廊下の奥へ消えていく。手土産選びに力を入れすぎて、やたら時間がかかるとセイボリーさんが愚痴ってた。そんな彼女が用意したのは、どんな菓子なんだろう。後で味見させてもらわねば。
「相変わらずお前んとこの従人は自由すぎるぞ」
「昨日の夜から楽しみにしてたんだ、勘弁してやってくれ」
「別に文句を言いたいわけじゃない。マトリカリアからあの表情を引き出せるのは、シナモンだけだしな」
そんな話をしながら手荷物をフェンネルに預け、二人でリビングへ。ユーカリの茶を楽しんでいたオレガノさんが、立ち上がって出迎えてくれる。
「よく来たなセイボリー、雨の多い時期だから大変だっただろ」
「商売人に天候なんて関係ないから平気だ。なにせ雨季の中休みが終わる前に売り出さないと、商機を逃しちまう」
「後半はやたらジメッとするからな。確かにドライヤーを売り出すなら、うってつけの時期か」
「それより、いい店舗を押さえてくれて助かった。あんな一等地の空き物件、よく見つけられたな」
「知り合いから廃業する店があると聞いて、優先的に契約させてもらえただけだよ」
「こんど旨い酒でも奢ってやる。予定を開けといてくれ」
「長い付き合いなんだから、気にしなくても構わんぞ」
気の知れた商売仲間同士だけあって、打てば響くような会話が心地良い。俺もペッパーやクローブと懇意にしていれば、将来こんな感じになるのだろうか……
「ご歓談中、失礼します。タクト様、メドーセージ学園長様がいらっしゃいました」
フェンネルに案内された学園長を招き入れると、程なくしてベニバナの父親が到着。それぞれが覚書の締結をしたり、契約書にサインを入れていく。このやり取りで、中堅都市の年間予算に匹敵する金が、動いてるんだよな。えらい舞台を提供してしまったものだ。
「旦那様。少し宜しいでしょうか?」
「どうした、ユーカリ」
「キャラウェイ・マスカルポーネ様、シトロネラ・マスカルポーネ様、ウォータークレス・プロシュット様がお見えになられました。いかが致しましょう?」
集まっているみんなに視線を向けると、全員が頷く。セイボリーさんの商会でマスカルポーネ家の商品を扱うことになったし、ちょうどいいタイミングだな。
「ここへ通してくれ。茶の用意も頼む」
「かしこまりました」
クミンに案内され、三人がリビングへ姿を表す。最初は少しぎこちなかったクミンも、すっかり使用人が板についてきた。メイド服もよく似合ってるぞ!
「突然押しかけて、すまなかった。息子のことやタラバ商会の件で、お礼だけでも伝えたかったんだ」
「わざわざ足を運んでくれたなんて、とても嬉しいよ」
「色々と気を使ってくれて、感謝してるわ」
「いや。こちらこそ、ボジョレー衣料品店には無理を聞いてもらい、助かってる。本当にありがとう」
「世界的な有名人が集結しているじゃないですか。一体ここで何が起きてるんです。もしかして私はここに居ないほうが良いのでは……」
「ウォータークレスさんは十六家の一員なんだから、そんなことを言わないでくれ。それに娘さんには妹だけでなく、うちの使用人も世話になっている。感謝してもしきれないよ」
「以前にもお伝えしたが、あなたは娘の恩人だ。そんなに畏まられると困ってしまう」
ベニバナの父親が握手を求めると同時に、俺とクミンはウォータークレスさんに頭を下げる。いつか会いたいとは思っていたが、まさかマスカルポーネ夫妻と一緒に来てくれるとは。今はサーロイン家の問題で、色々と忙しいだろうに……
「遊びに来たにゃ!」
「可愛い孫と話をしたくて、便乗させてもらったわぁ」
「ラベンダーたちの様子を見に来たのだが、お邪魔ではないかね?」
ってアンゼリカさんと、カラミンサ婆さんじゃないか。それにローゼルさんまで。
なんてタイミングで訪ねてくるんだよ。まあ顔合わせが終わり、諸々の手続きも完了したあとなので、構わないんだが……
「よく来たの、アンゼリカ君。カラミンサ殿も久しいな。リハビリの方は、もう終わったのじゃな?」
「おかげさまで、この通りよぉ。それにしても……今日はお客さんがたくさんいらっしゃるわねぇ」
カラミンサ婆さんがアチチュードターンを決めながら、メドーセージ学園長に笑いかける。さすがレベルがカンストしてるだけあり、回復スピードも半端ない。ミントとベルガモットの同じ治療を受けた、同年代で同レベルの学園長と変わらない動きだ。
「現役の皇帝がフラっと遊びに来るとか、相変わらずタクトは俺を楽しませてくれるな」
「ロブスター商会の支配人も来訪とは。本当にお前さんの屋敷に居ると、退屈せんわい」
ニヤニヤ笑うセイボリーさんとオレガノさん。そんな二人とは対象的に、ウォータークレスさんが胃の辺りを押さえ始めた。あれはストレス性の胃炎とかだろうか。後でミントに、こっそり治療してもらおう。
とりあえず、まずはお茶の用意だな。クミンに要件を伝え、厨房へ向かわせる。
すると程なくして、ワゴンを押したメイドがリビングに。
あー、そう来るとは……
「皆様お茶をどうぞ。はい、タクト様も」
「ああ、ありがとう」
「……えっと、お味はどうかな?」
「かなり腕を上げたな。すごく美味しいよ」
「えへへぇ~」
ユーカリの妖術で上人に化けた聖女が、頬を染めながらニパッと笑う。こっちの姿でも、かなり似合ってるな。やはり俺の直感は間違いじゃなかった!
「見覚えのある服、そしてサイズ。更に最近耳にしたお声……」
「あー、ここにいるのはエメラルドっていう、非常勤の使用人だからね。そこんとこ、ヨロシク!」
「ここはタクト君の屋敷だ。何が起きても不思議ではない」
「私たちは何も見なかったのよ。いいわねウォータークレス」
「……はい。お義父さん、お義母さん」
すまないな、ウォータークレスさん。まさかこのメンバーが一堂に会するとは、俺も予想してなかったし……
不可抗力ってことで許してくれ。
まあ、コーサカ家にゆかりのある人物や、付き合いのある友人たちが集まったんだ。全員が信頼できる人間なので、この機会に交流を深めてもらうとしよう。
皇帝からの依頼とは?(フラグ
次回「0241話 世界サミット?」をお楽しみに。




